おはようございます。 なみさん、あきえさん、とてもじーんときました。 皆で幸せになりましょうね。ありがとうございました。
定例会では的外れな話をしてしまいました。 すみません。
悠々塾でたくさんのことを学びました。 もたらされることは全部、向上進化のための計らいであること 意識が現実を創るということ 地上界浄化のためのシナリオは進んでいること その風穴を開ければ喜びの世界は夢ではないこと 無条件の祝福と感謝のエネルギーを常に注ぐことができればエネルギー場が変わり喜びの現実を創ることができる
霊界にはかげりはない。祝福と感謝の愛のエネルギーの中で常に向上進化しようとし、役立てようとしている。
地上にいてかげりを持たないことは難しいことだけど、かげりを光に変えるということはずーっと学んできたこと。 無条件の祝福と感謝ということが、何かあるごとに着地点になるよう努力する。 自分がかげりを生み出さないようにする。 人のかげりに心をかげらすことなく祈りの気持ちを向ける。
残りの人生、喜びベースで楽しみながら、これらの学んできたこと実践していきたいと思っています。
・もしも自分が地上を去ることになれば よくここまで来たよねと、労って、悔いはないと自分では感じると思う。 今を幸せだと感じ生きることができたことに感謝が溢れてくると思う。
・自他に喜びを表現するために努力したかどうか? 喜びベースでいることの大事さを知ってからは努力してきたつもりですが、自分なりの思いで相手を不快にしてしまうことは度々あり反省しながら、努力していきます。
・愛に基づいて出来事や人間関係に対処してきたかどうか? してきたように思うが、自分なりの気持ちで、考えが浅いし、深く関わろうとしないことや、不十分なことだらけです。
・他者、他の生命に喜びをもたらしてきたかどうか?喜びをもたらそうとしてきたかどうか? 他者に対してはもちろん喜びをもたらそうとしてきました。 他の生命、ということでは考えてしまいます。ペットとして身近にいる生命には喜びをもたらそうとしてきました。しかし特に害をもたらす生命に対しては残酷であると思います。 害をもたらさない小さな生き物たちにも時には残酷なところがあったと思います。 もっと細やかな視線で他の生命たちとも共生していけたらと思います。 物にたいしても同じことだと感じています。大事に丁寧に扱うことで物たちも喜ぶんだと思います。 全然できてないです。心がけたいと思います。
・真実・本当のことを大事にしてきたかどうか? 大事にしてきたと思います。が、これも自分なりの浅い考えで留まることが多いと思います。深く知ろうとすることをしてこなかった。
・どんな自分として地上で生きたかったか? どんな自分で再生したいか? 常に喜びベースで、周りを楽しくして明るくする自分で生きたい。 |
03/08/2025(日) 08:38:13
| No.42898 あおやま |
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定例会後の自身の言動について振り返っています。 その人の発言の動機となるものが、わたしの発言、態度、ひいてはわたしの存在そのものに原因があると言うことでしたら、謝罪させていただきます。 許し難さを超えて受け入れることについては、長い期間蓄積してきた思い、簡単に融けてしまうものではないのでもうしばらく時間を下さい。 ° ° ° ° ° 定例会のテーマについて。 ・今地上を離れることになったら‥‥。 以前そんなことを考えた時には、やっと離れられる、解放されると言うことでした。 この痛みから、地上の醜さ、愛や喜びとほど遠い人の心のありよう、言葉の激しさ。どれも見るのも聞くのももうたくさんと言う思いでいます。
・今地上を離れて霊界でたどるであろう道筋。
伝えられている過去世の情報、金銭について。祖父母、両親との関わりの中で、一般的に親ならこんなことしないだろと思えるような惨めを味わってきました。 許せないと思ってきたその母の姿は 、過去世金銭に執着して大切な人を傷つけ、失うことになった自分の姿かもしれないと、ごく最近になって気づきました。 母親として父親として、我が子を喜ぶことの無い人生、娘から慕われることのない家族となる縁を選んで再生してくれたことに申し訳ない思いと、感謝の気持ちを向けられるかなと思えるようになりました。
過去世の情報、家族について。 過去世死に別れたつれあいと再会し、幸せになるために家族となり娘を授かりながら、私の身勝手、傲慢さを反省することができず、別の生活を選んでしまいました。 家を出た日、何も言わずに玄関で私を見ていた娘の姿が忘れられません。ごめんねと抱きしめてあげなかったことは後悔と言う言葉では例えられません。 お父さんと二人の生活、夜勤の夜は一人で怖かったろうと思いますが、不満も不自由もないよと言う心の底の寂しさに気づくのが遅すぎました。 仲良くしていて欲しいと願う娘の気持ち、二人の優しさに気づくことなく自分の気持ちだけを優先させてしまったのだから、今の現状がもたらされているのは当然と思っています。 いっぱい嘘もつきました。 つれあいは本当は優しいのに不器用で、喜ぶことが下手で褒めることもありがとうとも言えないで、いつも不機嫌で文句言われてました。 自分だけが寂しいと言う思い、なぜわかってくれないのかという不満から、家族より楽しい自分の時間を優先させてしまいました。
地上を離れたら、金銭、家族について今生での至らなさについて静かに振り返ることになるだろと思います。
意地の悪さばかり強調されて、優しさとはほど遠い悪意の塊のように思われていると思います。 父母の会話は今もケンカ越しです、 常にネガティブに他人を批判していました、特に母は立場の弱いと思える地域の人たち、障がいのある人に対しても非常に差別的な発言をしてきました。 身体の不自由な方を笑って揶揄することも度々見聞きしました。 私はごく小さい頃からそのことが不思議で仕方ありませんでした。 私も身体的なことを笑われてきまし、そのせいかどうかわかりませんけど、気持ちのところで差別的な視線は持たずに来れたように思っています。 決して悪意優位の者ではないと思いたいです。
悠々塾とつながり、霊性進化について学ぶと言う意志、役割について今自覚できる部分はありません。家族、友人との関わりも社会的な評価も私にとって辛く寂しいものでした。何を贖い、償って貢献に生きるべく再生したのか、この苦しみの意味、なぜそうできなかったのか、地上人生の全てについて、総括の機会となるのだと思います。
・もしもう一度地上に生まれることになったら、今度こそ、大切な家族と労わりあって穏やかに心を通わせられる人生を送りたいと思います。 皆に可愛がってもらえる存在でありたいです。 |
03/08/2025(日) 16:57:28
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| No.42899 ちぃ |
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こんにちは。定例会ありがとうございました! 2部には母までお邪魔させていただきすみません。ありがとうございました! 書き込みが遅くなりすみません。
○「もしも今、自分が地上を去ることになれば、死後の自分はどういう道筋を辿るのだろうか?」 まずは先に死んでごめんねと、にぃくんと母のことを思うと思います。 生きるのしんどいと思っていたけど、もっと長生きしたかったな。 スーパーヒーラーになれなかった。 やり残してることを色々と思うと思います。
大好きなおじぃちゃんに迎えに来て欲しいと思っていますが、きっとでしゃばりの父が来るはずです。 嬉しいよりも胸を張って父に会えなかったことを謝るんじゃないかと思います。 父の愛情を感じるなかで父だけでなく母やにぃくん、にぃ両親、じっちゃん、ばぁちゃん、家族に愛されていたことを思うんじゃないかと思います。 悠々塾の皆さんのことや友人、仕事仲間や利用者さんやお客さん。 嬉しいご縁にたくさん恵まれていたこと。 感謝とともに、私が思っていたよりうんと幸せだったんだと思うんじゃないかと思います。 なのに私は、、というところから自分を振り返る作業が始まるのではないかと思います。
◯自他の喜びを実現するために努力したかどうか? 誰かの役に立ちたい。そこはずっとの願いで、誰かの喜びや幸せのために自分を役立てられることが嬉しいし、そのために自分は在ると思っていた。 でも自分を喜ぶということがなかなか難しくて、自信が無くて、人が怖くもあって、しんどいという気持ちがいつもベースにあった。自分なりの感情を手放せず役割を果たせなかった。
◯ 愛に基づいて、出来事や人間関係に対処してきたかどうか?(愛は見返りを求めません) ◯ 他者・他の生命に喜びをもたらしてきたかどうか? 喜びをもたらそうとしてきたかどうか? (本来の喜びとは向上進化の喜びですが、楽しさや嬉しさも喜びに含まれます)
まだまだ至りませんが、悠々塾と出会ってからそうできる時が増えてきたと思います。 仕事においては、個人的な感情というのはあまり差しはさむことなく、その人やその人につながる人たちが健やかに、幸せになって欲しいと、道具として自分を役立ててきていたと思うし、楽しさや嬉しさも共有させてもらってきていました。 どうしたらその人や皆が健やかになるか悩むことはあっても、思い通りにならないことにあれこれ思ったり、見返りを求めるということは多分ないと思います。 ですが、しんどいがベースにあったからすべてを役立てることはできていなかったと思います。 そして、相手が家族になると、私の思い通りにしてくれるかどうかが最優先事項になっていて、思い通りにしてくれたら嬉しいし、してもらえなかったから心をかげらせる。 ものすごく自分軸で、まわりをしんどくさせたり、萎縮させたり、傷つけてもいて、そのことに気づいてもいるのに、それでも同じ過ちを続けてしまっています。
◯ 真実・本当のことを大事にしてきたかどうか? (自分の損得や自分なりの気持ちで事実・真実を歪めることがあるのなら、謝罪と共に事実・真実に立ち返る喜びに帰着してください) 悠々塾と出会うまでは自分がどう思うか、自分なりの気持ちで思いたいように思い、それを事実、真実と思い込むことが多々あったと思う。 でも人として正しく優しくという生き方の教科書を手にしてからは、事実や真実というのは、汚せられないというのか、不動のものになってきたと思うし、真実を知りたいと思う気持ちも強くなってきたと思います。 とはいえ、まだまだ自分の気持ち優先で事実を歪んで受け止めてしまうことがあります。
○どんな自分として地上で生きたかったか? また地上に再生するとしたら、今度はどんな自分として生きると意志するか? みんな大好き、ありがとう。無条件の感謝と祝福。 喜びベースで自分を役立て、スーパーヒーラーになってたくさんの人を癒やしたい。風穴を開けたいです!
なみさん、お母さんへの思いにこみ上げました! なかなか素直になれない私の心に響くものがありました。 なみさん、ありがとうございます。 素敵なご家族です! |
03/08/2025(日) 17:46:26
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| No.42900 飯沼正晴 |
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まゆみさん、ちぃさん、テーマに沿った書き込み、ありがとう!
定例会に参加しなかった人、参加していない人も、このテーマで書いてくださいね。 いずれは必ずこういう心の作業をするのですし、その時の準備になるはずです。 そして、生まれ変わったつもりになって、残りの地上人生を本当の意味で自分らしく有意義に、自他に喜びを現実化して生きていきましょう!
あおやまさんの書き込みを読んで、私は何ともいえない気持ちになりました。
>悠々塾とつながり、霊性進化について学ぶと言う意志、役割について今自覚できる部分はありません。<
これが、「悠々塾で共に学ぶ意志がない」ということであれば、主宰者としてあおやまさんが定例会に参加することなどについて考えねばなりません。 しかし、あおやまさん本来の心根や本来の波動を知っている者としては、今さらあおやまさんを見切ることもしたくないのです。 なので、他の仲間の皆さんの異議がなければ、今のあおやまさんを迷える子羊(私たちも同じですが)として受け入れていこうと思います。(ご異議のある方は遠慮なく書いてもらって構いません) あおやまさんが「自分は悠々塾で学ぶ意志がないので、もう定例会にも参加しない」と言うのであれば、もちろんそれは受け入れます。
もしも引き続き定例会などに参加するとしても、あおやまさんが陰りを振りまくようなことがあれば、その時は厳正に対応するつもりなので、あおやまさんもそこはしっかりと踏まえておいてください。 |
03/08/2025(日) 20:33:19
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| No.42901 Bさん |
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>この痛みから、地上の醜さ、愛や喜びとほど遠い人の心のありよう、言葉の激しさ。どれも見るのも聞くのももうたくさんと言う思いでいます。<
なのに、
>悠々塾とつながり、霊性進化について学ぶと言う意志、役割について今自覚できる部分はありません。<
というあおやまさん。 「今自覚できる部分はありません。」って、どういうこと? 積年の思いもあって相手を許す、受け入れることができない、その思いからの言葉なのかな? よくわかりません。
いずれにしろ相手がどうあれ、乗り越えるべきは自分なのでは? と思います。
>意地の悪さばかり強調されて、優しさとはほど遠い悪意の塊のように思われていると思います。<
誰一人、そんな風にあおやまさんのことを思っている人などいません。 あおやまさんの心根の優しさだけでなく繊細ささえも、もうとっくに皆さん周知です。 あおやまさんは十分に皆さんに愛されていますよ。 もう自分本位に自分をいじめるのは止めてください。 とても辛いです。
皆、五十歩百歩の迷える子羊です。 皆、まだまだ至らなさいっぱいです。 だからこそ、いまのこれからを生き直すために、いままでの己を振り返り、死後すべきことを、いまここで促されているんですよね。
私はなにがどうあれ、あおやまさんのことが大好きです! もっとご自分を大切にしてください。 お願いします。 |
03/08/2025(日) 22:43:33
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