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悠々塾 掲示板


「スピリチュアリズムに学び、スピリチュアルな生き方を目指す交流の場」



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No.43312 みやっち  
2026年1月4日(日曜日) 引用
おはようございます。
あっという間に年末年始が過ぎて、また日々の生活が始まろうとしています。

元旦には藍子さん、飯沼さんはじめ家族のみんなに大変な心配をかけてしまいました。
午前中からお酒を飲み料理をいただきました。昼寝をすることなく、子供達と近くの学校で結構な時間遊んだりしてとても体調が良かったと思います。
1日を通して長時間お酒を飲んでいましたが量はそんなにたくさんは飲んでなかったと思います。
それでも夜になって片付ける時間が近くなってきて突然体調が悪くなってきて、気分が悪くなってきました。
最初は飲みすぎたかなと思っていたのですがそんなに飲んでないし、胃がすごく痛くなってきて、嘔吐の回数や仕方が普通ではなく、しかも全然体調が楽にならないのですごく心配になってきました。
藍子さんと話しをしていて、痛みが出始めた時間や状況を考えるとアニサキスを疑っていました。
そう考えると年始でどう対応しようか、自然に痛みがおさまるのは一週間くらいかかるらしく、それならなるべく早く病院に行きたいと思いましたがどこも診察してくれそうにないし。この段階で帰省することはほとんど無理だと思っていました。
とりあえず痛み止めを飲んで寝れるなら寝たいと思って布団に入っていたら痛みがすぐに治ってきて、痛みがぶりかえすのがこわいと思いながら寝たら朝までぐっすり眠れました。
起きてからは普通の体調に戻っていて、食欲もありました。

>極めて短時間で、「全てを受け入れた上での無条件の祝福と感謝」のエネルギーと、「治ってほしいという願望をはるかに超えた、治ることへの欲求のエネルギー」が融合しました。>

飯沼さんにエネルギーを送っていただいたのは聞いていましたが直接会って話しを聞くまで、まさかそんな感覚でエネルギーを送っていただいたとは知らなかったです。
すぐに体調が良くなったのに納得出来ました。
ありがとうございました。
おかげさまでお昼ご飯もたくさん食べることが出来ました。とても元気に帰省することが出来て、家族・親戚集まって楽しい時間を過ごすことが出来ました。

岡山では宗忠神社へお参りに行き、おみくじを引いたのですが末吉なのに前向きなことばかり書かれていて。
その中に「難あり有り難し」とありました。
「難事は人生の転機であり、難を有り難く前向きに受けきる姿こそが難を乗り越える秘訣です。」
まさに元旦の夜のことだと思いました。
何かあった時こそ自分の気持ちを軸にするのではなく、他者・皆に喜んでもらえるようにしていきたいと思います!
僕もみなさんと一緒に風穴を開ける事が出来るように全力で頑張ります!
みなさん今年もよろしくお願いします。

04/01/2026(日) 09:16:22


No.43313  飯沼正晴
Re: 2026年1月4日(日曜日) 引用
みやっち、(岡山から)お帰りなさい!

元旦の夜は急なことでびっくりしたけど、ヒーラーとしての自分の今年のテーマを提示してもらいました。
今年のテーマというよりも、ヒーラーとしての集大成の時期に入っているようで、ワクワクしています。

新年会の夜も、足の痛みが酷そうなさきさんに皆でエネルギーを注いだのですが、今朝は痛みがだいぶマシになっているそうです。

私は新年会が始まると、今までの体調不良がウソのように改善して、日本酒も美味しく飲めて、40度の焼酎のロックも美味しく飲んでいました。
昨日は朝にお雑煮を食べただけで、あとは何も食べずにほとんど横になっていたのに、新年会では普通に食べられました。
今朝はまた少しぶり返し気味ですが、もうほとんど問題ない感じです。

エネルギーってほんとに凄いと、改めて思い知らされました!

深い闇に埋没したままの仲間もいて、波乱含みではありますが、飛躍に向けてとても有意義な三が日になりました。

みんな大好き、ありがとう!
みんな健やかに、幸せになった!

04/01/2026(日) 14:13:23

No.43314  祐造
Re: 2026年1月4日(日曜日) 引用
飯沼さん
>昨年に私が指示したことなどを参考にしながら、具体的に自分がどうしていくのか、公表するように。<

はい。
飯沼さんが年末にグループラインでの書き込みで指摘・解明してくださったこと。
自分のなかの「いい人でなければ」という感覚の層の設定のもと、心が大きく歪んでしまっていることが分かりました。
その影響なのでしょう、自分がしてきてしまったこと、人として絶対にやってはいけないことをしてしまった、その重大さ・酷さをまだありのままには見れていない、直視できていないのではないかと感じています。
皆さんから見えている自分のとんでもなく酷い姿と、自分が見ている自分自身の酷さは違っている。
自分はそれほどのこととは思えていない。思いたくないから。
それは飯沼さんが指摘されたように「だって自分はこんなにいい人なんだから」という強い刷り込みがベースで働いているからだと感じています。

なので、自分は「いい人」なんかではなく、人間として最低の「悪いヤツ」「酷いヤツ」だということを、自分自身に思い知らさなければなりません。
自分が絶対にしてはいけないことをやり続けてしまったことを、痛感しなければなりません。

その作業として、自分の過ちへの指摘や叱責などを自分自身に向けて言葉で書いていこうと思います。
毎日書いていくことで、自分の過ちの酷さを直視したいです。
それが良心の呵責にもつながるのではないかと思います。
もしも迷惑でなければ、それをグループラインにも書き込みさせてもらいたいです。

それともう一つは、提案してもらって始めた「実際の痛みを伴うことでの療法」としての、大阪のこども支援をされている現場への毎月のカンパも、これからも継続して続けさせてもらうつもりです。


Bさんが書いてくださったこと
>困難な時こそ、軸を切り替えるチャンスです<
「チャンス」という言葉に希望を感じます。
励みにします。

04/01/2026(日) 22:13:02


No.43307 Bさん  
2026年1月3日(土曜日) 引用
新年のメッセージをありがとうございます。
早々のにぃくんの力強い宣言に勇気をいただきました。にぃくん、ありがとう!

のもちゃんと祐造さんの書込みにホッと一息、長いトンネルを抜け、ようやく新しい年を迎えることができたようです。
というか、気がつくとあっという間に年が明けてたって感じで、今ごろになってちょっと慌てています。笑

私たちの日常に潜む落とし穴、幼い頃からの無意識の刷り込みと、イスラエル民族の刷り込みとが同じパターンで語られるとは思ってもみませんでした。
なるほどと飯沼氏の考察に流石と思うと同時に、ここに至る祐造さんの存在に深い意味があるのではと思いました。

>もうひとつは、自分は、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしているかどうか?
それを自分自身の喜びにしているかどうか?
それを真摯に点検し、不十分なところに気づいて、意識も言動も切り替えていく作業を続けていただきたいのです。困難な時こそ、軸を切り替えるチャンスです。<

のもちゃん、祐造さん、
>困難な時こそ、軸を切り替えるチャンスです<

いろんな思いが湧いてくることもあるでしょう。
行きつ戻りつもあるでしょう。
でも、お二人とも苦しい大きな山を一つ乗り越えたのですから、決して後戻りしないで、一緒に一歩でも二歩でも前に進んでいきましょう。
一緒に、真摯に自分を点検していきましょう。
ここに集う皆さんは、選ばれし迷える子羊であり、指導霊の卵でもあるのです。
みんな一緒です。
前を向いて進んでいきましょう。

自分軸を卒業し
皆の喜びをわが身の喜びと重ね合わせ
幸せを求めていく
そのまた喜びと幸せ
さらに大きく膨らみ広がっていく喜びと幸せ

大きく膨らみ広がっていく喜びと幸せを求めて、真摯に自分を見つめ直し正していきます。

皆さん、今年もよろしくお願いします。

03/01/2026(土) 08:33:03


No.43308  のものも
Re: 2026年1月3日(土曜日) 引用
はい、Bさん。
私は、いつも自分の気持ちばかりを
相手に押し付けてしまって
そのことに、気づきもしなかったので

相手の気持ちになることが
最優先でした。
テンパると自分の気持ちでしかなかった、
これからも真撃に自分を点検していきます。


彼のことでは、今は感謝感謝でしかない
どんな愛の形であろうが
こんな大きな愛は、もう無いくらいです。
私も彼も愛し合っているのに
愛し方は間違ってしまいました…
それは私に責任があると思っています。

最後の病室の生活の思い出は
最高の思い出になっています。
最後に夫婦になれたと思っています。
この思い出と彼の大きな愛を思って
私は強く生きていきたいと
思います。

これからの人生
何が自分の喜びなのかと思っているけど
人を幸せにしたいと思っています。
それには、やっぱり
相手の事を優先に思うことだと思っています。

今年もよろしくお願いします。

03/01/2026(土) 12:33:28

No.43310  飯沼正晴
Re: 2026年1月3日(土曜日) 引用
RMSさんの投稿が入っていますが、このスレッドを上にしておきます。

この掲示板はその日に最初に投稿する人が件名欄に日付を入れて、その日の投稿者はその日付のスレッドの返信欄に書き込みしていくことになっています。
絶対にそうしなければいけないというわけではありませんが、そうしてもらった方が読み落としなどがないので、できればRMSさんもよろしくお願いしますね。

玄米食を勧めるスピリチュアリズムのグループといえば、私は元教師の男性が主宰しておられたところしか知りませんが、他にもあるのかもしれませんね。
私はそのグループが発行しておられた会報はある時期までは購読していましたが、実際の交流は全くありませんでした。
掲示板などでそのグループのことを取り上げたこともないと思います。

>飯沼代表が、「あなたは大学を休学したのち、トラブルに巻き込まれて不登校になったから大学を中退しなさい」と宣告して切り捨てる○○裁判史観の大学教授のような方でないことを祈りつつこのスレッドを閉じさせていただきます。<

すみませんが、おっしゃっている意味が分かりません。

悠々塾は、「人として優しく、人として正しく。皆も自分も幸せに」をテーマに、学びを進める場です。

「自分は、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしているかどうか? それを自分自身の喜びにしているかどうか?」というキーで自分を点検しながら共に学びを続けています。
自分自身の霊性を高め、それを言動で表現・発揮することで、地上人類の霊性進化の雛型成就に向けて歩みを進めているところです。

そこに関心・共感を持つかどうかでしょうね。
よほどのことがなければこちらから排除することはありませんが、そこに関心・共感がなければ自ずとつながることが喜びではなくなっていくように思います。

今後ともよろしくお願いいたします。

03/01/2026(土) 14:07:40

No.43311  飯沼正晴
Re: 2026年1月3日(土曜日) 引用
祐造さん、

>自分は何一つ変われることなく、相変わらずの自分で年越しをすることになってしまいました。
自分の心からも逃げ続けて、過ちも至らなさも、年をまたいで持ち越してしまいました。
皆さんの気持ちに甘えることなく、自分を甘やかさずに、前を向いていかなければ。
頭で考えることより、心で受け止め、心を動かしていけるようにと思っています。<

ということであれば、この状態での「平穏・安定」はありえない。
「自分に向き合ってるフリ」ではなく、具体的な行為・行動で以って、自分が犯し続けた人間として最低レベルの非道さに向き合い続ける必要がある。

昨年に私が指示したことなどを参考にしながら、具体的に自分がどうしていくのか、公表するように。

03/01/2026(土) 14:40:28


No.43309 RMS(アールエムエス)  
(No Subject) 引用
こんにちは。悠々塾傍観者(?)のRMSです。
新年初の書き込みをさせて頂きます。よろしくお願いします。
20年ほど前にこちらの掲示板を拝見させて頂いていたのですが、
その当時、私が通っていたスピリチュアルサークルで、
当時勢いのあった人物のダークサイトを見てしまい、
それをサークル上層部に報告しようとしたが、
行き違いから受け取ってもらえなかったのですが、
当時は私もスピ初心者だったため、
シンクロニシティと言う言葉を浅く解釈していたので、直接関係のない飯沼代表のこの掲示板でされたある発言を
私の経験を切り捨てる物として受け取ってしまったためにいたたまれなくなり、それ以上ここに関わるのを止めたのでした。
この掲示板に関わっている方は飯沼代表の元でリアル世界での交流含めて切磋琢磨されている方々がほとんどなのだと思いますが、
何分、インターネットの掲示板の文字情報のみでは、
実際の当事者の距離感をつかみきることはかなり難しく、
行間が読めるようになった実感が出来るまで
この場に戻ってくることを控えていた次第であります。
家庭の事情で自分のサークルで勧められている玄米食が難しいので、去年になってやっとペットボトル玄米茶をネット購入することでそれに代替することをし始めてから、
生活に調和が生まれ始めたので、
限界ギリギリのところまで来ていた状況がやっと好転し始めた次第です。
自分の話ばかりしてしまいました。ごめんなさい。
飯沼代表が、「あなたは大学を休学したのち、トラブルに巻き込まれて不登校になったから大学を中退しなさい」と宣告して切り捨てる○○裁判史観の大学教授のような方でないことを祈りつつこのスレッドを閉じさせていただきます。長文お読み下さりありがとうございます。
皆さま、今後ともよろしくお願いします。

03/01/2026(土) 13:02:24



No.43306 飯沼正晴  
2026年 1月2日(金曜日) 引用
お正月も2日になりましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?

うちの元旦は家族全員集合で、とても賑やかでした。
いつもながら大人も子供も仲良く、和気あいあいの時間が嬉しいです。
昨年11月に膝を粉砕骨折した次男坊も、ドクターも驚くほど早い回復ぶりのようです。
言いませんでしたが、たぶんヒーリングの効果もあるのだと思います。


今日のお昼前にはねねたちも加わって、上は16歳から下は2歳の10人の子どもたちは、皆が仲良しの兄弟姉妹のようにくっついて楽しい時間を過ごしていました。

私はまだ体調が回復しきらず、あまり食べられない状態が続いています。
お酒もあまり飲めません。
やはり軽度の胆石症とストレス性胃炎のような感じです。
この2週間で3キログラム以上、痩せました。

それでも回復してきているので、明日を楽しみにしています。


昨夜遅く、藍子さんからラインが入りました。
楽しく飲んで食べていたみやっちさんが、帰宅してから急に激しい腹痛と嘔吐が始まったとのことでした。
状況からして、アニサキスの可能性が高いように思いました。

アニサキスには正露丸が有効だということは知っていたのですが、正露丸を購入するのを忘れていて、コンビニでも取り扱っていないとのことでした。

元旦の夜ですから、救急車を呼んでも処置してもらえる病院が見つかるとも思えません。
それですぐにヒーリングを始めました。
緊張感というか、臨場感がリアルでした。

極めて短時間で、「全てを受け入れた上での無条件の祝福と感謝」のエネルギーと、「治ってほしいという願望をはるかに超えた、治ることへの欲求のエネルギー」が融合しました。

みやっちの痛みはすぐに治まり、朝までゆっくり眠れたそうです。
今日のみやっちは、昨夜そんなことがあったとは思えない元気さでした。
そして予定通り、午後には岡山の実家に向かいました。

もしかしたらアニサキスではなかったのかもしれませんが、いずれにしてもヒーリングの効果は劇的でした。


私は好臨場感をリアルに感じながら、治ることへの欲求のエネルギーと無条件の祝福と感謝のエネルギーと融合できた時には、劇的効果をもたらすことが多いのです。
次男坊の粉砕骨折の時もそういう感じでエネルギーを送りました。


駆け出しヒーラーの頃はそういう感じだったのでしょうが、いろいろなことを学ぶにつれて、地上的に治ることへの欲求のエネルギーのリアリティが薄くなってきたというか、高次の霊的エネルギーとうまく融合しにくくなってきている気がしていました。

10年ぐらい前にBさんと再会して、「欲求のエネルギーと霊的エネルギーの融合」というテーマを伝えられているのですが、元旦の夜にそこに立ち戻る計らいがもたらされたように思います。

話は飛びますが、数日前の夜に電話でBさんの「体調は大丈夫?」という一言を聞いた瞬間、急に吐き気がしてトイレに駆け込みました。
それまでは吐き気なんてなかったのに、何度も何度も激しくカラ嘔吐気を繰り返しました。
カラ嘔吐は15分ぐらいで収まり、それから回復傾向も顕著になってきたようです。

たまたまかと思っていましたが、大晦日の夜も少し電話で話している時に、また急に吐き気がしてきました。
これはもう偶然ではなく、Bさんの浄化のエネルギーなのだと確信しました。

そういえば高校生の頃も、再開した直後も、Bさんと一緒にいると何度も何度も尿意を催し、恥ずかしい思いをしたことを思い出しました。

今年はさらにBさんのエネルギーと融合することを目指します。

そして、治ることへの欲求のエネルギーと、無条件の祝福と感謝のエネルギーを融合させて、私のヒーリング能力をバージョンアップして、仲間の皆さんにダウンロードしていきたいと思っています。

これはもちろん病気治しだけではなく、あらゆる不調和を調和の喜びに切り替えるエネルギーです。

年の初めに宣言しますが、期待してくださいね!

02/01/2026(金) 16:10:10



No.43304 飯沼正晴  
2026年1月1日(木曜日) 引用
◆2026年 新年のメッセージ

地上では新しい年の始まりです。
霊界には時間も暦もなく、ただただ向上進化の喜びが連続する世界です。
霊界においても「区切り」はありますが、それはあくまでも状態の変化の節目ということです。
暦や季節とは別に、それは地上界も同じです。


地上界は今年も大崩壊の予兆の中で、単発的に大小さまざまな事象が起こります。
それら単発的な事象は無関係に見えて、実は大崩壊に向けて根底でつながっているのではないかと、気づき始める人も増えていくでしょう。

悠々塾というエネルギー場が新たな段階に入っていることは、すでにお伝えしています。
そしてこの1年もまたその生みの苦しみが続いたことは、皆さんもご存じのことです。

昨年もまた、感覚の層の設定・感覚の層の防護膜の強靭さを目の当たりにすることになりました。
感覚の層の設定・感覚の層の防護膜が、その人の言動も意識も規定している場合も少なくないのです。

しかし、仲間の皆さんがそれらを解消することができれば、そしてそのエネルギーをさらなる喜びで共鳴させることができれば、地上界にエネルギー的な風穴が開くのです。
霊界との遮蔽物がなくなり、霊的エネルギーはもちろんのこと、守護霊や指導霊の導きもストレートに伝わるようになるでしょう。
光の霊界との共鳴度が高まり、地上人類の霊性進化の雛型が成就するのです。

そうできた時には皆さんがたの地上的現実が大きく喜びに変化するのですし、そのエネルギーはまず皆さんにつながる人たちに伝播して、さらに広がっていくのです。

それは決して夢物語ではなく、現在進行中のプロジェクトです。
日常のさまざまなこともあるでしょうが、自分が地上人類の霊性進化の雛型成就のスタッフであることをしっかりと自覚していただきたいのです。

そして人間心を超えた、「指導霊になったつもりのエネルギー」を誰かに注ぐことを日常に取り入れていただきたいのです。
もうひとつは、自分は、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしているかどうか?
それを自分自身の喜びにしているかどうか?

それを真摯に点検し、不十分なところに気づいて、意識も言動も切り替えていく作業を続けていただきたいのです。
困難な時こそ、軸を切り替えるチャンスです。
これは全ての人に共通する、地上に生きる意味・目的であるのです。

昨年は停滞感があったかもしれませんが、決してそうではありません。
蛹(さなぎ)の中では羽化に向けての力強い変化が続いているのです。

どうぞ今年こそ、健やかなる喜びの中で、健やかなる喜びの世界に羽ばたいてくださいますように。

01/01/2026(木) 00:05:36


No.43305  にぃ
Re: 2026年1月1日(木曜日) 引用
明けましておめでとう御座います。
今年もよろしくお願いします。

新年のメッセージありがとうございます。
今年はみなさんと一緒に風穴を開ける事に全力を注ぎます!
 
自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、皆に喜びをもたらす事を優先的な軸にする生き方を意識して行動します!

篠山の家もある程度落ち着いたので今年は色々とチャレンジしたいと思います!
皆さん、遊びに来て下さいね!

01/01/2026(木) 10:22:21


No.43296 さき  
12月31日、水曜日 引用
大晦日になってしまいました。
11月定例会のテーマだった「自分は日々の生き方を、自分の利益・都合や自分なりの気持ちを優先的な軸にしているのではないか?」という点検です。

克子さんから
私が「自分の都合や自分なりの気持ちを軸にすれば、かげりの共鳴を起こすことになります。」と伝えていただいていたのに、自分の感情を押さえられずに爆発させました。
喜びを与えること、何が喜びなのかを検証することよりも、自分の気持ちを表現すること=あるものをないことにしないこと、自分に正直なこととして、優先的な軸にしてきました。
大事な人にこうなんじゃないか、こうあってほしいと思うことは、自分の都合でした。

ボロボロですが、気づくことが出来てよかったです。
わからなければならなかったことでした。
光の戦士としての自覚と意識を高めます。
ぬまさん、ありがとうございます。

31/12/2025(水) 08:49:17


No.43297  やすこ
Re: 12月31日、水曜日 引用
大晦日ですね。

今年に入って父は何度かの入院をしました。先月は肺炎で入院しましたが退院することができ家でお正月を迎える事ができます。
今はベッド上での生活ですが穏やかに過ごしてくれています。

私は父が地上を離れる事を受け入れらませんでした。(口では分かった様に言いながら。)死の意味を学んでいるのに父を失うということが怖かったんです。自分の気持ちだけ、自分の気持ち優先、だったと思います。

先月の定例会。父が気管支炎ならショートステイは無理なので定例会に参加出来なかったのですが、肺炎で入院となったので定例会に参加する事ができ、これも計いなんだなと思いました。
それをきっかけにという訳ではないのですが、その時から父の地上人生(地上を離れる事)について向き合って考えるようになりました。

父は人に頼ったり甘える事もせず自分にとても厳しい人でした。我慢する事も多く、いつも自分の気持ちは後回しでした。6年前病気になって自分の事が出来なくなった時は、「もう終わりにしたい」と泣いた父です。

でもこの6年の間に、父はこれまで我慢してきた気持ちや悔しさを初めて表現する事が出来て、私も娘としてそれを理解し分かっている事を父に伝える事が出来ました。

甘える事が出来なかった父ですが、私にいっぱい甘えて、時に子どものように甘えて、私もいっぱい甘えさせてあげる事が出来ました。嬉しかった。

父とのカルマは知りませんが、父も私も満たされてとても幸せなんだ、とやっと心で気づく事が出来ました。

そして。父との時間は長い方が嬉しいけれど、父の地上人生は父に任せようと、父のシナリオに任せようと、最近思うようになりました。

自分の中の大きな変化でした。

ちぃさんに勧めてもらって、夏の退院の時から訪問看護師さんに来てもらっています。今回も退院の日から訪問して頂いています。

1か月ぶりに看護師さんとお会いしましたが、父の事より私の雰囲気が変わったと驚かれていて、
「ドーンとしましたね!」と、言って下さいました。

別の看護師さんにも、「娘さん、何か変わりましたね。何か心の変化があったのですか?良かったら聞かせてください」言われたので、一喜一憂しないで父に任せようと思うようになりました。と答えたら、目を潤ませて一緒に喜んでくださいました。

前の私は一生懸命はいいけど周りから見たら、心配になるような感じだったのだと気が付きました。

やはり、自分の事は自分でわからないものですね。


夫の事ですが。
少し前、夫の足腰の痛みで飯沼さんにヒーリングをお願いしました。夫さんをもっと構ってあげてね、とアドバイスをもらい、ハッとしました。

父の入院中、出来るだけ夫とコミュニケーションを心がけていたのに、私の話ばかりで夫の話をゆっくり聞いてあげる事をしてませんでした。
もちろんそれは反省なのですが、それよりも、私の中に夫に対して、〜してあげる、という気持ち、構ってあげるとか、話を聞いてあげるとか、そんな傲慢さがある事に気がつきました。
 
これは本当にとても恥ずかしくなりました。
来年は夫にいっぱい頼って、そして美味しいものを作って、可愛い女房になりたいと思います。


○先月高齢の友人が抱えてるストレスや不安を話してくれました。自分と同じような境遇の人たちのサポートをしたい、と頑張っておられるのですが上手くいかない事も多いそうです。でも生きがいだそうで、しんどい事があっても頑張れる、と嬉しそうでした。

数年前、どん底から生まれ変わったように生きてる方との出会いがありました。そんな方たちをみて、何歳であろうがどんな厳しい状況であろうが、人はやり直す事はできるんやなと、あの時思いました。

どんな今にも喜びを見つけ喜んでいくこと。
「こんな自分だからこそ!」と今に留まらないこと。
そして、喜びは心と身体、そして全ての免疫力。
そんなエネルギーは周りに伝播していくのを目の当たりにしました。

そんな人たちは悠々塾で学んだ訳じゃないし、生まれてきた意味や死の意味を知ってる訳じゃないし。カルマも知らないし死んだら終わりや、って言います。
ただ、自分の意思で違う自分に変われる事を心の奥で知っておられるんだなと思います。人は知ってるんですね、きっと。

自分を変えていくことで心も身体も救われた私なので、来年も変化の喜びベースに過ごしていきます!来年も学び多い年になりますように。

飯沼さん、皆さん
今年一年、ありがとうございました!

31/12/2025(水) 10:51:50

No.43298  千夏
Re: 12月31日、水曜日 引用
2025年も残すところ、あと数時間になりました。
11月定例会のテーマに沿って、あらためて振り返りたいと思います。

「今年の自分は自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたかどうか?それを自分自身の喜びにしてきたかどうか?」

これまで私は人から嫌われたくないとか、皆のなかで浮いた存在になりたくない、という消極的な気持ちから自分の意見や感じていることを表現することが苦手でした。
自分の気持ちを表に出さないくせに、周囲が察してくれない時には勝手に寂しくなったり、腹を立てたりもしていたので本当に自分本意でした。
周りの人からみたら「そんなん言うてくれな、どんな気持ちかなんてわからんわー」というところですよね。

今回このテーマで振り返りをして、20数年前にいただいたメッセージのなかに、「どうすれば皆にとって喜ばしいことにできるのか」があなたの人生のテーマです、と記されていたことを思い出しました。
そこには、“皆が嬉しくなるような言葉を発することの大切さ“についても書かれていました。
相手に伝わるように表現することの大切さに今さらですが気付けたので、素直な気持ちを表していくことに取り組み中です。
でもやっぱり掲示板書き込みは緊張しますね…

自分本意の思い込みやこれまでの人生で染みついてしまった処世術みたいなものを手放して、みなさんと喜びのなかで進んでいきたいです。

みなさん、2025年は共に学ばせていただきありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします!

31/12/2025(水) 16:03:10

No.43299  飯沼正晴
Re: 12月31日、水曜日 引用
はい、2025年の大晦日です。

数か月間も続いたグループラインでの働きかけもようやく一定の着地に至ったようです。
とはいえ、「どうしてそんなことができるのか? どうして良心が痛まないのか?」という謎を解明したに過ぎません。
残りの肝心な部分は来年に持ち越しです。

私はといえば、しばらく前から胆石発作の予兆や胃痛に苦しんでいました。
お蔭さまで、皆さんからのエネルギーで胆石発作は激痛には至らずにすんでいますが、いつあの激痛が始まるかという不安定な状態が続いています。
明日は家族全員集合なのに、冴えないお正月になりそうです。

さてさて、この体調では今年をじっくりと振り返ることもできません。
それにしても、畑も散々な一年でした。

働きも停滞していたとしか思えないのですが、どうやらそういうことでもなさそうです。
全てはシナリオに沿った計らいであったのでしょう。
そう思えば、確かにそうとしか思えないような展開ではありました。

こうして書き始めたら書きたいことが湧いてくるのですが、やはり今日は心身を休ませてもらいます。
来年の抱負などは、けっこう早い時期から意識にありましたし。
「来年こそは」という未来形の願望ではなく、完了形の成果を書き連ねていける年にします。
11月定例会でつながり始めたエネルギーを確立し、地上人類の霊性進化の雛型成就に向けて、さらに進んでいきます。

この一年間もいろいろなことが続きましたが、苦しい中でも皆さんがたの向上進化を如実に感じることができたこと、何よりも喜びでした。
いろんな面でまだまだ至らない私でしたが、共に歩んでくださったこと、心から感謝申し上げます。

来年もどうぞ共に進んでくださいますように!

31/12/2025(水) 17:01:17

No.43300  オレンジ
Re: 12月31日、水曜日 引用
11月定例会のテーマについてですね。

定例会で学んだ指導霊としてエネルギーを送ることは母には即効果がありましたが日がた立つにつれまた元に戻ってしまいました。
それはまだ私に不十分さがあったからだと思います。忙しさでそのエネルギーを送ることさえ忘れた時もありました。

夜眠れないと毎日のように騒ぐ母。数時間は眠れていても眠れないという思い込みが強いのですが、考えると私が帯状疱疹になった時も同じように眠れないと違和感を強くしたのと似ています。

胸が苦しい、胃の辺りが痛い、こんなに苦しいのなら死んだ方がましだと泣く日々。母の状態を見てどうしていいかわからず困惑する自分がいてその気持ちがダイレクトに伝わる母は「あんたも忙しいのに負担をかけることが辛い、悪いなあと思う」と言う母。
苦しみが続くと思えるこの先の恐怖を思うと母も苦しかったのだろうと思います。

食欲も半分以下に落ち姉も心配して毎週来て一緒に出掛けないかと気を遣ってくれていました。
思えば私自身がいっぱいいっぱいで忙しさを理由に母の存在が重荷になっていた時期もあり、今思うと可哀想なことをしました。
もしかすると母は私の成長の為に病気になってくれていたような気もします。

何がきっかけだったかは忘れましたが、自分を喜ぶことと指導霊になったつもりでエネルギーを送ることを少しづつ続けたら、以外に効果がありそれは私自身にもそのエネルギーが通過することでもあり、次第に母は回復し峠は越えられたと思いました。

私自身の問題だと思いました。
今では申し訳なさと安堵と喜びと感謝の気持ちがあります。
食欲も以前に戻り感情もほとんど安定しています。過去世で同じ経験をしてクリアできなかったのかもわかりません。

仕事に関しては人間関係も不必要に結果を気にすることも減りました。萎縮する必要がないのに勝手に萎縮してしまう相手もいるからです。それは自分の自身のなさだと思います。

気にしなくすることにより最近は仕事で一緒になりたくないなあと思う人と全く会わなくなり、ストレスにならない状態が続いています。
これもヒーリングと霊界の援助があってのことよなあと思い感謝しています。

今年も大変お世話になりありがとうございました。
来年も仲間のみなさんと一緒に学べることも喜びだし定例会で会えることも楽しみです。
来年もよろしくお願いします。

31/12/2025(水) 17:18:15

No.43301  みさお
Re: 12月31日、水曜日 引用
今日まで仕事だったのと、叔母の事でなかなか書き込みできませんでした、

叔母の事でストレスが溜まり、その事で妹とも嫌な感じになっていました。
昨日から叔母に対しては思い直せるようになりましたが、やすこさんの書き込みを読み私は叔母がいなくなる事が不安で寂しくもなっていたと思いました。
いなくなると寂しい、でもヘルパー拒否や困らされる事があると
イライラしてしまう。
それこそ、私の自分なり、自分の都合と今思っています。
相手を祝福できるように。

寂しくなるよりその時まで、もっともっと幸せにしたい。
と思います。
年末ぎりぎりまで妹との事がありましたが、指導霊になった気持ちで
指導霊になった気持ちと思うと、浮かぶ言葉も変わってきます。
まだ指導霊になった気持ちで直接話した事はないですが、話し方も変わるのだろうと思います。

今年は1月に鬱になったり、夏は叔母が入院したり色んな事があったけど去年より良くなっているのではと思います。

今まで同じ土俵に立たない等、と学びましたが
来年からは指導霊になった気持ちで、人に癒しのエネルギーを注ぎたいと思います。

飯沼さん、克子さん
皆さん、今年もありがとうございました。
学べる幸せ、実感しています。
学べる幸せを噛み締め、来年も皆さんと進んでいきます。

来年は風穴を開ける!
飯沼さんの苦労、頑張りに報いるよう
私も変わっていこうと意志します。

31/12/2025(水) 18:31:06

No.43302  エーチャン
Re: 12月31日、水曜日 引用
2025年2月16日放映のNHKスペシャル 臨界世界―ON THE EDGE 生か死か 難民たちのゲームより

東欧ポーランドの東側の原野で、国境を接するベラルーシから流入する中近東やアフリカからの難民の支援活動を行う女性。「難民たちは極度に衰弱し命を亡くす人たちも少なくない」と支援の重要性を説く一方で、彼女の活動に理解を示してくれる人々はほとんどないと、次のように語る。

「まるで風車と戦っているドン・キホーテのように孤独を感じます
私たちを支持している人はいません
ポーランドの人々も軍隊も国境警備隊も私たちに反対しています
それでも彼らを助けるべきだと信じています
なぜ人々はそうおもわなくなってしまったのでしょうか
人々がともに助け合う人道主義の世界
それはもう虚しい幻想になってしまったのかもしれません」

彼女のような思いをしている人は世界中各地におられるのではないでしょうか、そしてみんな待っている、私はそう思います。

この場で教えられたことを実践していくとき、思いを言葉と行動で表現するとき、一人一人それぞれに違いがあれど、自分にできることをしていくとき、間違いなく世界は変わります。

31/12/2025(水) 22:16:22

No.43303  祐造
Re: 12月31日、水曜日 引用
11月定例会のテーマに沿って、書かせてもらいます。

この半年近くの間、自分が引き起こした問題でこの掲示板やグループラインで大変なかげりを広げてしまいました。
長年に渡って母親に虐待的𠮟責を続けてしまったこと。
その事実から逃げるために、ウソや誤魔化しで皆さんを騙し裏切ってしまったこと。
認めざるを得なくなって認めても、心が動かない、実感が無いと言って逃げたこと。
そして良心の呵責につながらないとして、自分の心からも逃げ続けていること。
どこまで行っても、「自分の都合、自分の気持ち」を最優先に、人のことなどお構いなしの言動を続けてしまいました。
本当にとんでもなく酷いことを続けてしまいました。

定例会のテーマに照らすと、自分の気持ちを軸とする生き方を卒業するどころか、自分の都合や自分の気持ちを最優先にしてしまいました。
また他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方どころか、皆さんに喜びとは真逆のものを向け続けてしまいました。
事実を見るようにと促されるなかでも自分を守ることに意識がいっぱいで、周りに人の気持ちを考えたり人を気遣ったりすることもせず、皆さんの喜びになることなど何一つできずにきてしまいました。
それどころか、逆に皆さんの気持ちや信頼を裏切ることを繰り返し、落胆や失望をもたらしてしまいました。

そうしたかげりを繰り広げてしまっていることへの罪悪感もうすく、何につけても自分大事で、自分の平穏を守るためなら、人のことなどお構いなしの言動を重ねてしまいました。
そして、未だに自分がしてきてしまったことの重大さを直視することを避けてしまっています。
この半年近くもの長期に渡って、毎日のように強く働きかけてもらい、指摘してもらい、アドバイスをもらってきたにもかかわらず、そこに向き合うことを避けて逃げ続けてしまうという、更に過ちを重ねることをしてしまいました。


今回のことで、自分のなかのとても多くの自分軸、自分なり、かげり、問題点があらわになってしまいました。
〜〜〜上辺で取り繕い、心がこもっていない。
強い者には媚び、弱い者には強く出る。
いい人であろうとして、不自然な言動で人を傷つけ不愉快にさせる。
自分を守るためなら、人のことなどお構いなしの言動をとる。
自分の都合次第で平気でウソや誤魔化すことをして、はばからない。
人の痛みよりも、自分のしんどさに目がいく〜〜〜。
書き連ねると、本当に酷いことばかりです。

こうした「自分の都合や自分の気持ち」を優先した意識・認識・思い方・言動を、他者の喜びとなるように変えていくことは、本当に大変なことだと感じています。
あまりにも多くのかげりを抱えてのことですが、それでも一つ一つを意志して弛まぬように変えていかなければ。
そして何より、人として絶対にやってはいけないことをしてしまったこと。
母親への虐待的𠮟責や、ウソや誤魔化しを繰り返してしまったこと。
その事実を直視して、良心の呵責につながり、心から思い至って、悔い改めること。
何度でもあきらめずにやっていかなければ。
そして心からのお詫びと謝罪をさせてもらい、埋め合わせと貢献につなげていきたいです。


昨夜のグループラインでの飯沼さんの書き込みで、自分の問題行動の原因について指摘があり、自分でも思い当たることがありました。
自分は子どものころから「自分はいい子だ」と刷り込んできた。
そしてそのまま「自分はいい人だ」ととらわれながら成長してきたので、失敗や至らなさがあったときに、自分の過ちや不十分さを心で十分に省みることをしてこなかった。
普通は自分の失敗や過ちの痛み・反省から成長していくものだが、自分はそれをしてこなかった。
何かあっても「自分はいい人」だと思ったままで、子どものように幼稚な心の大人になってしまった。
自分はいい人だから、良心に反するようなことはしない、だから良心の呵責の必要なんてない――― そんな歪んだ心になってしまったようです。
「いい人でなければ」という設定のもと、こんなにも心が育っていない部分があることは大変なことだと感じています。
まともな人間の感覚とは大きくかけ離れています。
でもこうして解明してもらえたことで、そこを育て直していくことができる機会をもらえたのだと、そう思うようにします。


この半年近くもの長期に渡って、飯沼さんから毎日のように強く働きかけてもらい、指摘してもらい、アドバイスをいただきました。
それがどれほど大変だったことか。 (自分にはまだ分かっていないほどに深く)
そのことも思えずに、自分を守って逃げてばかりでかげりを振りまき、飯沼さんにはどれほどの思いをさせ続けてしまったことか。
自分のせいで体調を崩されても、それでも働きかけをしてくださった。
それにもかかわらず、自分はまだしっかり応えることもできず、まともなお詫びができる状態ではありません。
それ以前に、まだ自分の心からも逃げている状態なのですから。
そのことがなんとも情けなく心苦しいです。

こんなにも酷い自分なのに、飯沼さんやさきさんが見捨てることなく、見放すこともせずに働きかけてもらえることは、ありえないほどのことだと感じています。
そして自分は仲間の皆さんをウソや誤魔化しで騙し、裏切ってしまったのに、逃げ続けて
皆さんを落胆させ、うんざりさせてしまっているのに。
それでもエネルギーを送ってくださり、励ましや𠮟責叱咤の言葉を向けてもらえることが、どれほどありがたくもったいないことか。
こんな最低のクズのような人間が、こんなにも思われている。
半年近くも酷いことをし続けてしまっているのに、それでも誰一人として心を離したりしないでいてもらえること、それを思うと涙がにじみます。

もう気が付けば大晦日になってしまいました。
こんな自分でも、こんなにも思ってもらえているなかで、新しい年を迎えることができることは本当にもったいなく、ありがたいことだと思います。
自分は何一つ変われることなく、相変わらずの自分で年越しをすることになってしまいました。
自分の心からも逃げ続けて、過ちも至らなさも、年をまたいで持ち越してしまいました。
皆さんの気持ちに甘えることなく、自分を甘やかさずに、前を向いていかなければ。
頭で考えることより、心で受け止め、心を動かしていけるようにと思っています。

31/12/2025(水) 23:47:30


No.43294 飯沼正晴  
12月26日(金曜日) 引用
「来たるべき地上界に向けて」より


*このままいくと地上界はどうなるのか(概論)

今の地上界が「皆が喜べるところではない」ことも「心から幸せだと思える者がほとんどいない」ことも、あなた方は分かっています。けれども「それはそれでどうしようもないじゃないか。」と半ば他人事のような思いで見ています。自分たちのことでありながら、自分たちのこととして正面から向き合おうとしないのは、あなた方人類の歩み続け、“発展”し続けた(と思っている)結果がこの状態なのだという認識があるからです。

あなた方が思うように、確かに“人類”はさまざまなところで“発展”してきました。“進歩・向上”もありました。しかしそれのみかと言うと、そうではありません。自分たちの力では解決が難しい問題が時代を経るにつれて、次々と出てくることに、気づいている者、知らされている者はむしろ少ないでしょう。あえて問題を見ていこうという姿勢を持つ者も少数です。それは“人類”が自分たちの“快”や“喜び”に焦点を当てて進化しようとしてきたからなのです。見る目を持って自分たちのまわりに目をやれば、たくさんのことが飛び込んでくるというのに。

あなた方はそれぞれに、今回の人生で目的を持って生まれてきます。その“目的”とは大きくふたつに分かれます。ひとつは「与えられた力・能力によって全体に貢献していくこと」であり、もうひとつは「それまでの人生で積み重ねてしまった心のかげり(カルマと言います)を清算し、さらに喜ぶ心を広げていくこと」です。この、カルマとは、個人のなかにあるだけではなく、個人間、家族どうし、地域、民族、国どうし、そして人類全体にもあります。本来ならば、ある人生で作ってしまったカルマは次の人生で解消されていくべきもの、それを乗り越えてさらに心を広げるためのもののはずなのです。あなた方の心が次第に「愛情」を広げ、深めていくことこそが「進化」なのです。

しかし、あなた方が人類として歩み始めてから今日に至るまで、前の人生で作ったカルマを解消し、進歩していくことのできる者はそう多くはなかったのです。むしろ、また同じ過ちを繰り返し、カルマを深めてしまう結果となったのです。もちろんそれも、個人のレベルのみのことではなく、さらに大きなレベルにおいても同様でした。ですから今の地上界には、清算しなければならないものが渦巻き、絡み合い、層を成していると言えるのです。もちろんそれは見えません。しかし起こってくるさまざまな問題・トラブル・現象はそういったものが形を成したものだと言えます。そのひとつひとつについて、ここで解説を交えるわけにはいきませんが、何の理由もなく“現象”は起こらない、ということです。

あなた方それぞれに何か問題が起こった時、あなた方はそれを何とかして解決しようとします。そこでは、どうしてそうなったのか、だからどうしていけばいいのか、という思考をします。しかしそこで忘れてならないのは、「自分だけでなく、皆が(またはその人と自分が)、どうすれば嬉しいか」、「どうすればその人のためになるか」という視点で考えるということです。
解決の糸口は「喜びに向けて」というところにあるのです。

これを踏まえて、改めて地上界を見てみれば、皆が喜べる状況にないことはすぐ分かります。それをどうしていくか、どう考えていくかはこの通信によってこれから綴られます。
しかしこの通信を貫いている視点は「喜びに向けて」というところですから、それを現実のもの、実現可能のものとしてとらえにくい人もたくさんいるでしょう。どうすれば健康になるかを聞いてもなかなかそうはできず、しかし自分が病を得て初めて、「ああそうだったのか、ならばそうしていこう」と思えるのと同じです。

今の地上界において最も問題となっているのは、「さまざまなものの偏り・集中・独占」です。それがある限りは、決して「皆が喜べること」にはなりませんし、「誰もが安心すること」にはつながりません。とどこおることなく、物やエネルギーや情報が全体にいきわたるようにと人々が思っても、なかなかその動きは始まらないでしょう。しかしだからと言って、そのままでいいはずがないのです。この、偏り・集中・独占がそのまま手つかずであればそれをもとにして次々と派生してくる“かげり”が実に多いのです。少しでも多くを手にしようとすること、他を出し抜こうとすること、偽りや欺き、さらには支配に至るまで。

地上に生きるあなた方全体が、本当の「進化」を遂げていくプログラムは、地球という星が形づくられる前からありました。その流れのなかには、もちろん「かげり」の発生も含まれます。「かげり」を乗り越えることにより、それよりさらに大きな「光」の心を獲得していけるからです。その意味では、人類がさまざまな問題を抱えるのは“予定通り”だとも言えます。しかしそれはそれを乗り越えることが前提だからこそです。 乗り越えることがなければ、その先にあるのは崩壊と「やり直し」なのです。重なり合ったかげり(カルマ)が極限に達しようとしている今の時期こそ、その分かれ目だと言えるのです。それを乗り越えて新たな地上界へと再生できるのか、それとも一旦全部壊してゼロからやり直すのか。

ある時期から、霊界側からの働きかけが強まったのは、あなた方人類に“前者”であってほしいからです。地上に生きる者たちが、できれば喜びのなかで新しい地上界へと移行してほしいからです。崩壊に伴う苦しさを味わわせることを、こちら側の者たちも避けたいのです。

しかしながら、先にも述べたように、「病となって初めて自らの肉体や心を見つめ直すことができる」のと同様、厳しい事態が発生して初めて、あなた方は気づいていくことが多いようです。

最も問題となる「偏り・集中・独占」については特にそうです。それが解消されないのであるならば、改めて、「そうはできない状況」がもたらされます。それは、「独占しようとしても、しようと思う“物”自体がない」という状況です。そこからたくさんのかげりを次々と生み出す“もと”であるならば、そしてそれを改められないのであれば、「無い状態」にするしかあるまいということなのです。それは、天候異変で農作物が採れなくなることであったり、家畜や捕獲されるものの病や激減であったり、エネルギー源の枯渇・事故による生産の停止であったりします。これらのなかの、どれかひとつをとってみても今のあなた方にとっては大問題です。ダメージが少なくてすむものなどありません。それに加えて、“コントロールされていた情報”は“コントロールできない状態”へと陥り、それがさらにあなた方の不安や恐怖をかき立てていくことになるでしょう。

そういったなかにおいては、どうしても「自分が手にする」ということをやめさせることができずに、いかなる手段に訴えても物を得ようとする人の“かげり”は増します。しかしそれも時間の経過とともに手放さざるを得ないでしょう。そしてあなた方は、ようやく「分かち合うこと」や「与えてもらうこと」の喜びに気づき始めるのです。「助け合う」ことの必要性から「助け合う喜び」を知っていくのです。もたらされた、どうしようもない状況を喜べるものにしていくためには、それぞれの力を集め、また、ふさわしいところでいかすことが望ましいのだ、とも分かります。それまで力をふるっていた“金銭”は何の役にも立たず、「人の心」こそが、多くを救い、最も役に立ち、力になり、希望や喜びをもたらしてくれるのだとやっと実感できるのです。

そのことにめざめれば、与えられた「心の力」をさまざまにいかすことが可能となるでしょう。可能性と力を秘めた見えないエネルギー、心の力に対して、それを“希望”としてあなた方は歩み直すことができるでしょう。

しかしこれもまた、“希望”を糸口とした見方であるとも言えます。次々と発生する事態のどの時点で、あなた方が気づいてくれるのかが、その先の全てを決めていくのです。繰り返し起こっていく「どうしようもないこと」「手の打ちようのないこと」のなかで学ぶことができなければ、その時は、あなた方は「やり直し」を選択した、ということになるのです。

それは地上の全てのものを失い、崩壊した状況のなかではもう生きられる人はいないということです。つまり一旦、全ての者が地上を離れ、再び「ふさわしい時期」を選んで(それはあなた方の時間では、何万年という単位以上のものです。)地上界を再び形成していく者と、別の星に別の形で生まれていく者と、そして、その魂をエネルギーとして宇宙全体に役立てることになる者(魂そのもので存在できなくなるということ)とに分かれます。

これはあなた方をおどかすために伝えているのでないことをぜひ分かって頂きたい。「このままではいけない」「このままでいいはずがない」と分かっている人には、変えていきたいという意志を、まだ気づかずにいる人には「このままではいけないということなのか」という気づきのきっかけを、それぞれ持って頂くためのものです。

それでも、実際に「そうしていくのだ」と踏み出せる人は少ないかもしれません。けれども、皆が、誰かが、ひとりが動き出すことなしには、「人類の歩みのプログラム」は、「そうせざるを得ない状況」を作っていくように作用します。それは誰にも止めること、阻むことができないのです。たとえ霊界側であっても、です。私どもにできることは、あなた方があなた方の意志に基づいて、“変化”を迎えられるよう、援助していくことのみなのですから。

26/12/2025(金) 10:16:31


No.43295  エーチャン
Re: 12月26日(金曜日) 引用
こんにちは

「来たるべき地上界に向けて」の転載ありがとうございます。

「次々と発生する事態のどの時点で、あなた方が気づいてくれるのかが、その先の全てを決めていくのです。繰り返し起こっていく「どうしようもないこと」「手の打ちようのないこと」のなかで学ぶことができなければ、その時は、あなた方は「やり直し」を選択した、ということになるのです。」

本当にその時が迫ってきているという実感があります。一方で、この場の私たちの頑張りで、破滅に向かう流れを変えられる、そのために緻密に導かれているんだと思います。導きのもとにあるという確信、私の場合まだぐらつくことがあります、これまでの人生で身に着けた変な思い癖みたいなものが顔を出します。行きつ戻りつしながらですが、少しずつかもしれないけど、導かれているという確信が深まってきているという実感もあります。そして、いずれ喜びモード全開で生きられると確信しています。

以下はグループラインに書いたことを少し修正したものです。
今、改めて気付いたのですが、小さな、身近なところで人に喜びをもたらす、人に役立つ機会は必ずあります。その機会を活かせた時、目一杯喜ぶ、その喜びをじっくり時間をかけて、心の底にまで染み渡らせる、そしてまたもっともっと役立ちたいと思い、それを日々繰り返していく、それこそ本当に大事なのではないしょうか

26/12/2025(金) 12:12:46


No.43293 飯沼正晴  
12月25日(木曜日) 引用
「来たるべき地上界に向けて」より、

*地上界は本来どうあるべきなのか

この問いに対する答えを、あなた方は本当は知っています。
「人は人に優しくするべきだ」「人と人は助け合っていかねばならない」「困っている人に親切に」「いつも感謝を忘れずに」「ほかの人のことも尊重て」・・・というように。

しかしながら、すでに知っているこれらのことが、ごく当たり前のこととして今の世でなされているかと言うとそうではありません。ほとんどの場合、これらのこととは違った現実があるのです。むしろ自分の優位を確保することに必死になったり、少しでも物や金銭を得ようと躍起になったり、あるいは人をおとしいれたり、ねたんだり・・・・というように、「本来人があるべき姿」からはずい分、離れてしまっています。

けれども、それでも、あなた方の心には「あるべき姿」は消されずに残っているのです。そして本当はそういった心で生きたいと誰もが願っているのです。

これからあなた方が目指すべき社会は、本来あるべき心の姿を実現していくための仕組みが政治や経済であり、あるべき心の姿を伝えるのが教育であり、自分の心の姿にふさわしい“働き”が仕事となっていく、そういった社会です。それが今すぐ現実のものとはならないとしても、その一歩目はあなた方が作り出すことができます。

今あるところで、あなた方それぞれが、「人としての当たり前の心」でそれを素直に表現して生き始めること、です。そうやって生きることの喜びを知ることができれば、その流れは大きなうねりとなって全体を動かしていくことになるでしょう。たとえ初めはひとりでも、それが喜びであるならば、(もともと求めているのですから)その喜びにひかれて、まわりの人も変わっていけるのです。

やがて、誰もが、自分の優しさを人に向け、躊躇(ちゅうちょ)なく手を差し伸べ、また援助を受けるといった、素直な心のやりとりが当たり前のこととしてなされていけますように。それこそが、心を言葉・行為・行動によって表現する地上界を健やかなものにしていくことであり、“心”と“かたち・もの”が調和した世になっていくことなのです。

25/12/2025(木) 10:15:08



No.43292 飯沼正晴  
12月22日(月曜日) 引用
のものも、祐造さん、昨日の書き込み、嬉しく読ませてもらいました。

祐造さんはまだグループラインで心の作業を続けている段階ですが、昨夜遅くの書き込みは今までとは違ってきていました。
ようやく光が見えてきたように感じました。

今日は長い文章を書く余裕がないので、先日の投稿を再掲載しておきます。
。。。。。。

11月定例会のテーマでもありましたが、「自分は日々の生き方を、自分の利益・都合や自分なりの気持ちを優先的な軸にしているのではないか?」ということについての自己点検、とても大事だと思います。

自分の利益・自分の都合は、誰かの不利益・誰かの不都合とセットになっている場合が多いものです。
自分の意識や視野が狭くて、あるいは自分の感覚が我よし過ぎて、分からないかもしれませんが。

そして、自分に気持ちがあれば、当然ですが自分以外の人(相手・誰か)にも気持ちはあるわけです。
自分の気持ちを軸にして、相手・誰かの気持ちを無視することは我よしですし、自分の気持ちを押し通そうとすることは相手・誰かの気持ちを踏みにじることになりかねません。

もちろん自分としての自由はありますが、自由とは自分勝手や自己中心ではありません。

自分の利益・都合や自分なりの気持ちを優先的軸にすれば、そこには対立や諍いや不調和や支配が生じるのです。
他者に対する冷酷な無関心も生じます。

強い者が勝ち、声の大きい者が勝ち、狡い者が勝つのです。

地上界はまだそういう段階ですが、だからこそ次の段階に進化する時期を迎えているのです。
大破綻か霊性進化か、その岐れ道に立っているのだと思います。


自分は、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたかどうか? 
それを自分自身の喜びにしてきたかどうか?

ということについて、引き続き自分を点検し、まだできていないところを改めていくことの重要性を再認識しています。

定例会に参加している人のほとんどはこのテーマについての書き込みをしてくれていますが、新たに気づいたところなども含めて何度でも書き込みしてくださいね。

悠々塾につながって共に学び、地上人類の霊性進化の雛型成就を目指す仲間として、自分自身の向上進化の道を進んでいきましょう!

22/12/2025(月) 10:27:28



No.43290 のものも  
12月21日 日曜日 引用
私は、ずっと今までの自分の過ちを
振り返っています。
過去のことは、もう変えられないのですが
長年と自分の思いたいように思って
相手の気持ちを知ろうともわかろうともせずに
自分を振る舞ってきてしまいました。
謝るだけでなく
生まれ変わって悔い改めて生きていくことだと
思っています。

私は彼を失ってしまい
自分の過ちに
胸がずっとキュッと苦しいけど
ずっとずっと愛している、
彼に心からありがとう、
いつか会える日まで
待っててねと思い
本来の自分として生きたいと思っています。
彼と悠々塾に感謝しています。

今の自分は、どうしてそこまで何も見ようとせず
自分を振る舞い、自分の感覚が正しいと思ってしまったのか
そう思います。

21/12/2025(日) 14:46:36


No.43291  祐造
Re: 12月21日 日曜日 引用
もう半年近くも、自分の問題で飯沼さん、仲間の皆さんにとんでもない思いをさせ続けてしまいました。
自分の母親に虐待的𠮟責を繰り返してしまったこと。
その事実に向き合えずに、ウソや誤魔化しで逃げようとしたこと。
ウソや誤魔化しを認めざるを得なくなると、心が動かない・実感が湧かないと逃げたこと。
そして、心の痛み・良心の呵責につながらないと、自分から逃げ続けてしまいました。

今日グループラインで飯沼さんから
>取り返しのつかない過ちであっても、悔い改めた自分・
生まれ変わったような自分として生きていくことで、
過ちも神に祝福してもらえるのだ。<
という言葉をもらい、涙がでました。

そして「さきさんの前で、さきさんに自分の良心の痛みを洗いざらい聞いてもらいなさい。」
と促され、尻込みしながらも、さきさんに聞いてもらいました。
最初は頭で思ったことの「説明」になってしまったのですが、
それを話終わって胸に手を当てていると、感情が噴き上がってきました。
「ごめんね」とか「ごめんよ」という言葉と強い感情が出てきて、
涙があふれ、しばらく泣いていました。
誰に謝っているのか、何を謝っているのか分からないのですが、
深い後悔とともにむせび泣くような感じでした。
心の痛み、良心の呵責につながったのですが、まだまだ入口だけだと思います。
その後もなんとかその奥につながろうと、胸に手を当てていたのですが、
時間ばかりかかって、つながりませんでした。
「守らなくていい」「怖くない、大丈夫」「安心してつながればいい」
そう自分に言い聞かせながら胸に手を当てていたのですが、
まだまだ自分でブロックしているようです。
>必死になって心の眼を閉じてる力を緩めると、全部見えてくるのだ。<
とアドバイスをもらっていながら、まだそうできていません。

でも今日のことで、自分のなかの「心の痛み、良心の呵責」への蓋が開きかけたこと、
そこへの実感があったことは、大事にしていきたいです。
そのための作業として、グループラインなどで自責の念・良心の痛みを書いていくようにと飯沼さんから提案されました。
後戻りすることのないように、前向いて作業していきます。

ようやっとここまでたどり着けたのは、飯沼さんに強く導き続けていただいたおかげであり、みなさんがこんなに酷い自分を信じてエネルギーを送り続けてくださったおかげです。
本当にこんなに酷いことをしてきた人間なのに、見放さずに信じ続けてもらい、働きかけ続けてもらって、もう言葉になりません。
まだまだここからですが、自分の酷く醜悪な姿を直視できるよう、自分のしてきたことの酷さに心から思い至れるよう、真っ当な人間になれるように歩み続けます。

21/12/2025(日) 16:50:20


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