☆☆ 愛は時空を超えて 258 ☆☆ ―― 霊界の克との対話 ――
飯)こんにちは。
先日、そちらからポンと伝えられたことがありました。ようやく筆記できそうな感じになったので、改めて伝えてもらえますか。
克)承知しました。 今の地上界の人間は「自分を守る」ことが大きな要素になっています。こちらから見れば、獣から進化してきた痕跡であるのですが、多かれ少なかれ、誰もが肉体のみならず心のところでも自己保全本能を有しています。
そこから派生して、自分を守ろうとする意識の強い人は、自分の過ちや落ち度や至らなさを認めにくくなっています。 表面的にはすぐに謝って見せても、それはある種の処世術で、そういう守り方をするタイプの人間も少なくありません。 当然ですが、それらはその人の向上進化の妨げになっているのです。
霊界では「自分を守る」という必要がないので、誰も自分を守ることなど考えません。 考えないどころか意識にないのです。 そして霊界では絶対安心の中で、向上進化が皆の喜びになっているので、誰もが自分の至らなさ・不十分さをありのままに認めて受け入れます。自分の至らなさ・不十分さをありのままに認めて、それを摂理に沿ってどうクリアして皆の喜びにしていくのか。それが霊界での「生きる」ということです。
それが霊界と地上界の最大の違いの一つです。 地上の人間でも「自分を守る」という意識が強い者と、それほど強くない者がいます。 多くの場合、その違いはその人の生い立ちの違いによるものです。 自分を守ろうとする意識の強い者は、そういう境遇に置かれていたということです。 自分を守るために、自分の側からだけの説明(言い訳)を重ねたり、「事実」を自分に都合よく捻じ曲げて自分を正当化しようとします。相手を攻撃して自分を守ろうとする場合もありますし、自分の殻に閉じこもって自分を守ろうとする場合もあります。
周囲からはとても歪に見えるのですが、本人は相互性をかなぐり捨てて自分軸を強めているので、自分の姿が見えなくなっています。自分の歪んだ振舞いを相手がしているかのように思い違え、そう主張して相手を攻撃することも珍しくありません。 こういう場合は理性が働いていないか、理性を封印しているので、事実に基づいて筋道を立てて話してもほとんど全く通じない状態に陥っているのです。
弱い立場の者が強く自分を守ろうとすれば、自分を相手や周囲から遮断することが必要になります。 全面的に遮断する場合もありますし、相手の話のみ遮断して自分の言い分だけを主張しつづける場合もあります。 自分軸が強いので相手の痛みなどへの共感力は弱くなります。それでは自分を守れないと思う場合や、共感力の豊かな人間に見せたい・そういう人間になりたいと思う場合は、そのように振る舞いますが、ちぐはぐさが浮き上がってしまう場合も少なくありません。
いずれにしてもこれでは健やかな人間関係は成立するはずがないのですが、本人は自分の問題であると分かっていない場合がほとんどでしょう。
そうなってしまう原因は幾つかあります。 押しなべて言えば、幼いころに自分で自分を守らねばならならず、その反復継続が潜在意識に染み付いて、大人になっても半ば自動的にそういう反応をしてしまうということです。
幼いころに自分で自分を守らねばならないと思った原因も幾つかあります。
自分の非を認めれば、親や兄弟姉妹からの評価が下がってしまう、兄弟姉妹との競争に負けてしまうと本人が思ったことの積み重ね。
親の暴言や暴力にさらされて、そういう状況の時には心を固く閉ざして、暴言・暴力・恐怖が通り過ぎるのを待とうとしたことの積み重ね。
家族仲が悪く、諍いが頻繁に起きる中で心を閉ざし、家族の状態を他人に知られまいとして心を閉ざしてきたことの積み重ね。
親が、自分よりも他の兄弟姉妹を可愛がっていると感じて、辛く寂しい気持ちの中で「自分が悪いんじゃない」と自分に言い聞かせてきたことの積み重ね。
幼いころに、大好きな家族が家族以外の者たちから好奇の目で見られたり、後ろ指を指されるような事情がある時、「自分(たち)が悪いのではない。無理解な人たちが悪いのだ」と反発しながら、外に向けては心を固く閉ざして耐えてきたことの積み重さね。
幾つか原因になることを挙げましたが、他にもいろいろあります。
いずれにしても、幼いころから自分を守るために固く心を閉ざして、「自分は悪くない」という思い方で自分を守ろうとしてきたことの積み重ねが、潜在意識に染み付いてしまっているということです。
別のラインからいえば、絶対的な愛に包まれながら毅然として導いてもらっている、という安心感がなかったということです。
幼いころのそういう状況ももちろんカルマに基づいています。ですから、何かあった時に頑なに自分の思い・自分の殻に引きこもるのではなく、「自分は悪くない。相手が悪い」という思いの刷り込みを解消して、自分の意識・心を解放していくことがその人の今回の地上人生のテーマになっているのです。そのテーマをクリアしてこそ、今回の地上人生を本当の意味で自分らしく生きていけるのです。
しかし実際には、幼いころに自分の心を守るために、自分の心を周囲と遮断してカプセルのような逃げ場を作ってしまうと、大人になってからも何かある度にそのカプセルに逃げ込んで自分を守ろうとしてしまう場合が多いのです。 普段は特に問題にならなくても、「自分を守らなければいけない」というスイッチが入ると別人のように自分本位に陥ってしまいます。いわば心の大腸憩室炎のようなものですが、合併症を起こしたり重症化する場合もあるのです。
自分に落ち度や不調和の原因があっても、周囲と心を遮断し、自分自身の理性も封印しているので、本人には「自分は悪くない」としか思えていません。 幼いころから自分が謝って事を収めようとしてきた人の場合は、「自分が間違っていました。自分が悪かったのです」と言いながら、その内実がほとんど伴わないことも少なくありません。
こういう自分の守り方が周囲との摩擦やトラブルの元になり、自分や相手の人生を喜び薄いものにしたり、心身の病や症状の元になる場合も少なくありません。 しかし何度も言うように、本人は理性と遮断している幼児的状態であるので、いくら周囲の者が筋道を立てて話してもほとんど伝わらないのです。
そこでその人たちが幼いころにどのような思いの中で自分を守ろうとしていたのか、それがその子なりの思い方であったとしても、その子に寄り添い、無条件の限りない慈しみの心で優しく静かに抱きしめてあげていただきたいのです。
それがさきさんが見た夢のエネルギーです。 。。。。。。
数日前に見た夢の話
仲間の皆さんと一緒に何人かでどこかに派遣されています。 そこは荒涼とした大きな川の河口です。人間より何倍も大きな岩石や粘土のような土の塊がゴロゴロと積み重なり転がって、堰き止められたようになっています。水もほとんど枯れています。
そこで仲間の皆さんと何かしてます(詳しくははっきり覚えていない)。そしたら、精妙な光の粒子のような、羽衣のような、薄いベールのようなキラキラしたものが上から降りてきて、大きな岩とか荒涼とした世界の上にかぶさっていくんです。薄―い布みたいな感じです。
うぁ〜綺麗だなと思って見てたら、そのベールが巨大な岩石にかぶさって密着していくと、枯れていた水がそこにしみ込んでいって、その水が浸透圧みたいに岩石にもしみ込んでいって、巨大な岩石がゆるんで、ふにゃっと溶けていく感じ。
あっちでも、こっちでも、同じことが起こってて、、目の前に広がっていた粘土のような土の塊も、巨大な岩石もその形を変えて崩壊していく感じを目の当たりにしていました。 いずれ、この大きな川に上流から水が流れてくるのだろうと想像できました。
精妙なキラキラした粒子のベールのようなものの美しさと、そっか、こんなことができるんだということを強く思ったことがとても印象的な夢でした。 。。。。。。。
悠々塾で学んできた皆さんは、このエネルギーをイメージできるようになっています。
上っ面のお花畑的なイメージではなく、理解の程度はさまざまであっても意識・心のエネルギーの仕組みを理性・理論でも踏まえた上でのイメージです。毅然とした父性のエネルギーに裏打ちされた、限りない母性のエネルギーです。
そして、まだ手始めの段階ではありますが、皆さん方は実際にこのエネルギーを使えるようになり始めているのです。
今までの理論的な学びは、エネルギー的な実体をもってここにつながるためのものであったと言っても過言ではありません。 無条件の慈しみのエネルギーによってこそ、理屈抜きに人を癒していけるのです。
そして定例会以降(新年会のさきさんの足の劇的改善もそうですが)、皆さんが注ぐ(包み込む)このエネルギーの効果は実証されています。さらにこのエネルギーに馴染み、使いこなせるようになることで、自分を守ろうとすることで心身の不調和を生じている人たちだけでなく、あらゆる病・症状・トラブルに苦しむ人たちの力になっていけるでしょう。
もちろん治る準備のできていない病や症状や歪みを治すことはできないのですが、言葉ではなくエネルギーによって治る準備を後押ししてあげることはできるのです。
悠々塾のエネルギー場は確立したと私は断言します。 もちろんまだ端緒についたばかりですから、これからも多少は揺らぐことはあるかもしれませんが、もう崩れることはないはずです。ここまで進んでいただくために、昨年からのさまざまな混乱が計らわれていました。そしてようやく目指すエネルギーを共有・確立できたのです。
そして私からのお願いです。 さまざまな理由で一旦は悠々塾を離れることになった人たちが、もしも再び共に学び、共に働いていく意志と意欲があるのであれば、誰であっても無条件で再び受け入れていただきたいのです。彼らこそ癒しの対象であり、同時に癒しの働きの仲間であるのですから。驚く人もいるでしょうが、これは当初からのシナリオでした。(あなたはシナリオの内容を知らされないままで、こちらの意図に沿って動いたということです)
たとえ再参加を希望する人がいなくても、皆さん方が自分の気持ちを昇華することで、悠々塾という場のエネルギーはさらに前進していくことになるのです。
飯)分かりました。 そういう申し出があれば、受け入れていくつもりです。 そのことは7月定例会の翌朝、僕が膝をぶつけて強く痛んでいたのに、数人の仲間がエネルギーを通してくれたことで痛みが一気に解消して、それに感動して外の椅子に座っている時にそちらから伝えられた。9月定例会でのこのエネルギーの共鳴・確立の状態を見てからになるのだろうと思っていたが、早くなったということですね。
克)はい。 皆さん方がこのエネルギーに共鳴できていることが実証されたので、この時期にこういう提案になりました。 繰り返しますが、再参加を希望する人がいなくても、皆さん方が自分の気持ちを超えて仲間として受け入れるつもりになることに、エネルギー的な意味があるのです。
飯)分かりました。受信・筆記が不安定だったような気もするが、補足などがあればまた後日受信することにして、とりあえずこれでアップします。
克)はい。 いつもお伝えしているように、暗黒界からの妨害は続いています。 その波動と同調して付け込まれないように、いかなる時も喜びベースでお願いします。
(2026・8・10) |
11/08/2026(火) 10:10:36
| No.44063 飯沼正晴 |
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少し補足・手直ししました。
感想や意見など、書き込んでもらえると嬉しいです。 |
11/08/2026(火) 13:23:32
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| No.44064 千夏 |
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愛は時空を超えての受信、ありがとうございます。
どうして人は自分を守るモードに入ると、頑なになってしまうのか? 今回のメッセージを読んで、その理由がよくわかりました。
>幼いころに自分の心を守るために、自分の心を周囲と遮断してカプセルのような逃げ場を作ってしまうと、大人になってからも何かある度にそのカプセルに逃げ込んで自分を守ろうとしてしまう場合が多いのです。
心のなかの安全な場所に逃げ込んで、ぎゅっと目を閉じ、耳も塞いでうずくまっている幼い子‥‥ そんなふうに想像すると、その子を抱きしめて「大丈夫だよ」と声をかけたくなります。 ただただ安心して沢山の人と心で繋がる喜びを感じてもらいたい‥‥
さきさんの夢のイメージ、やっぱりすごいですね。 夢のイメージに馴染めるよう、心を整えながら毎日気になる人にエネルギーを送ります。 |
11/08/2026(火) 16:57:10
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| No.44065 ポポ |
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皆さま、おはようございます。ポポです。 昨日の夜にはこの書き込みを読んでいたのですが、 諸事情で返信が翌朝になりました。ごめんなさい。 飯沼さんと克子さんの通信の労に感謝します。 昨日、自分のパソコンの不調で既定の閲覧ブラウザから悠々塾のサイトを見ることが出来なくなり、飯沼さんにも問い合わせて何とか昨日中の閲覧を試みて四苦八苦し、結果、閲覧ブラウザアプリを変更して見ることが出来ました。すみません。 新しい閲覧ブラウザの方が閲覧時の印象がスッキリしていて、 「必要な変化だったのかな?」と思いました。 ここの所、余りに暑さが厳しいので苦しく感じる日々が続いていたのですが、悠々塾のサイトの閲覧をして少しでも前向きに生きて行きたいと思います。今後ともよろしくお願いします。 追伸 実は、攻撃を受けたのか、あらぬことで小銭入れを無くしてしまいました(泣)。 |
12/08/2026(水) 07:25:57
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