おはようございます 前回の書き込みでかけていなかったこと書きます 遅くなってすみません
Bさん 定例会の朗読、進行役ありがとうございました Bさんが朗読されている時は、 Bさんの声を通して伝えられる言葉、エネルギーを感じたくて プリントを見ずに集中して聞いていました 進行役もさすがでした ありがとうございました
おばあちゃん 美味しいお料理いつもありがとうございます おばあちゃんのパワー、 お料理が好きで美味しいものも好きで みんなに食べてもらいたい、 自分の作ったお料理で喜んでもらえるのが嬉しい、 という気持ちが強くて おばあちゃんを動かしている、元気の源で やっぱり、この強い気持ちが大切なんですね 自分を動かす源なんですね おばあちゃん ありがとうございます |
30/05/2026(土) 07:22:16
| No.43816 飯沼正晴 |
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☆☆ 愛は時空を超えて 254 ☆☆ ―― 霊界の克との対話 ――
飯)こんにちは。 いつもお世話になっています。
克)はい、こんにちは。
飯)今回は主にそちらから伝えてもらえるようなので、よろしくお願いします。
克)はい。 5月定例会では皆さんにあの内容、あのスケールを共有していただくために、「地上人類の歩み」の最終章を朗読していただきました。それは悠々塾というエネルギー場が、それにふさわしい段階に達しかけているということでもあります。今回もまた暗黒界からの妨害を受ける中での定例会になりなしたが、それに影響されることなく健やかなる喜びのエネルギーを共鳴させることができました。
今回は私の方から、「自分の気持ち・自分なりの気持ち=感情」というものについて、お伝えいたします。 といっても、「自分の気持ち・自分なりの気持ち=感情」の中身ではなく、人間の意識・心における位置づけについてです。 こちらからお伝えすることはいつもそうなのですが、今回は特に言葉では表現しきれない部分もありますので、分かりにくいところは改めて質問してくださいね、
今の地上の人間のほとんどは、「自分の気持ち・自分なりの気持ち=感情」を軸に日々を生きている段階です。それが全てであるかのように思っている人も少なくありませんが、感情というものは人間の意識・心の全部ではなく、意識・心の領域の一部分にすぎません。
まず、人間の生命や意識・心の原点は魂であり、魂こそが生命であるのです。 その魂はそれぞれの魂の故郷・出自である霊界とつながっています。霊界にもさまざまな段階や傾向があり、そこに存在している魂(霊)は喜びの中で向上進化の学びを続けているのです。さまざまな学びの段階があるにしても、それぞれの魂の波動はそのまま肉体に同調することはできません。
魂ー霊体ー理性ー感情・感覚―肉体というように、より精妙な波動領域から幾つかの波動変換を経た上で、肉体・言動という地上的カタチとして表現されています。 魂が属している境涯(霊界)は喜びのみの世界ですから、人間はそれぞれの魂の喜びを波動変換しながら、物質界である地上に霊界と同じ喜びを顕現するための通路であるのです。
魂はその人本来の意識であり、霊体は魂の意識を表現する「からだ」です。 魂・霊界は向上進化のみが喜びです。 逆に言えば、もたらされることの全てが向上進化の喜びなのです。 魂の意識をそのまま反映した霊体にはカルマの情報も含まれていますが、それはあくまでも「過去世では喜びにできなかったことを、今回の地上人生では喜びにする」という、喜びに向かう意識です。
理性の領域・理性体は「人として」という意識領域ですが、そこにはその人の魂の学びの段階や傾向も含まれています。
つまり、「人として」の喜びというところでは同じでありながら、その人の魂の学びの段階や傾向によって多少の違いが生じてきます。さらに言えば、霊界は喜びのみの世界ですから病はなく、不調和もありません。
しかし現状の地上には病を初めさまざまな不調和が存在・蔓延しています。価値観もさまざまであり、個々の人間の意識における「人として(の喜び)」というものも、一様ではありません。その人にとっての「人として(の喜び)」はその人の魂の学びの段階や傾向によって差異があるのです。しかし、調和を喜びとしているならばそれらの差異は多様性という豊かな喜びを形成するはずのものです。
理性の層は霊体のカルマの情報も伝達されているのですが、理性の領域ではカルマの情報がある種の歪みとして作用する場合も少なくありません。そこから人としての意識に歪みや偏りが生じてくるのです。
「理性のからだ(層)」の下位に「感情のからだ・感情の層」があります。下位というのは、比較において粗い波動の意識領域のことです。意識とは波動であり、エネルギーであるのです。感情の層の下位には「感覚」の領域が含まれています。
理性の層は「人として」という意識ですが、感情の層は「自分として」という意識領域です。 霊としての喜びを人としての喜びに変換して、さらにそれを自分としての喜びに変換して、肉体や言動を通じて地上次元に霊界と同様の喜びをもたらしていくのです。
それぞれの領域の波動は隣接する領域の波動の影響を受けるので、この感情の層は地上界(物質次元)の影響を諸に受けることになります。
人間における意識・エネルギーの通路は一方通行ではありません。 自他の肉体や言動で表現されたことを経験し、それを変換しながら喜びとして自らの魂に戻し、自分の魂が属している霊界に戻していくのです。(ここではいわゆる類魂のことは省きます)
感情の領域の意識は「自分の気持ち」です。 喜びというところでいえば、自分の喜びを人としての喜び(皆の喜び)に昇華していくことが地上での学びです。 今の地上界は自分の気持ちが陰ることが多い段階です。自分の気持ちが陰った時には、できるだけ速やかに自分としての喜びに切り替えて、それをまた皆の喜びに昇華していくことが学びであり、カルマの解消になるのです。
その心の作業は自分の意識を感情レベルに留めたままでは、難しいものになってしまいます。 なぜならば感情というものはあくまでも自分としての意識・心であるからです。そこに留まったままであれば、自分の気持ちをさらに凝縮して陰りを自己増幅することにもなりかねません。それは地上における幽界ですし、陰りに留まることを選択した人は地上における暗黒界に生きることになるのです。
気持ちが陰った時こそ自らの霊性を高めて、感情の層に霊としての喜びを引き入れ、人としての喜びという健やかなエネルギーを引き入れることが重要です。
自分の気持ちを軸にして、いくら自分の正当性を主張しても、それはせいぜい幼児レベルの主張にすぎません。もしも地上ではそれを強引、あるいは巧妙に貫いたとしても、死後は全く通用しないのです。
人間が生きる目的、人間が地上に派遣された目的は、より高次元の喜びをより低次元の境涯に顕現して、より低次元の境涯の喜びをより高次元の境涯に循環させることであるのです。つまり霊としての喜びを自分の喜びとし、自分としての喜びを霊としての喜びに高める循環です。
喩えていえば、人としての心が十分に成長した両親が、生まれたばかりの我が子が両親をお手本としてすくすくと成長して、やがて人として十分に成長した大人になることを喜ぶようなものです。そういう喜びと学びの循環が霊界と地上界にも、一人の人間においても成されているのです。
つまり、一人一人の人間の意識・心は、霊界レベルから動物に近いレベルまで幅があるのです。そして感情・感覚の層は波動的には最下層になります。
人間が地上人生を終えれば(死亡すれば)、物質である肉体は土に返し、感覚・感情などの意識の下層は人として・霊としてという意識に昇華・融合させて、人としてという意識も霊としての意識に昇華・融合させて、霊としての喜びのみの世界に移行するのです。それができなければ、死後も幽界や暗黒界に堕ちていくことになるのです。
今の地上界にはさまざまな不調和や苦しみが蔓延しています。 全ての人間が何らかの陰りの感情を抱くことになるのですが、それぞれの人のカルマ・今回の地上人生の目的に規定されたものであるのです。ですから、全ては喜びに昇華するためにもたらされているのです。
地上で生きる人間が時に陰りの気持ちを抱くことは致し方ありません。 しかし、陰りの気持ちに留まることや、それを自己増幅することは自分が地上に生きる目的に反することです。そういう気持ちを解消・昇華できないままに地上を離れたら、死後の心の作業が大変になるだけです。
どうしても受け入れがたいことで、なかなか自分の気持ちが切り替えられなくても、それを解消・昇華するために自分は地上に産まれ、地上に生きているのだということを肝に銘じていただきたいのです。そしてすぐに切り替えられなくても、感情よりも高次の意識を総動員して、「何としてもこの陰りの気持ちを解消・昇華するのだ」という方向性を確立し、心の力を総動員して意志を高めていただきたいのです。
心が陰る度にその作業を繰り返していけば、感情の層にこびりついた陰りの元が排出されて、凝縮傾向にあった感情の領域が喜びに解放されていくでしょう。
それによって、自分自身がまだまだ不十分な状態・段階であっても、魂から感情・肉体までが健やかなる喜びで同調・循環するのです。自分自身が健やかなる喜びで霊界から地上をつなぐ通路になることができるのです。
今まで無数の人間が地上で人生を送りましたが、心・意識の構造を踏まえて、意志の力で陰りを光にしようとしたものはほとんど皆無です。 それを成し得た人たちがその喜びのエネルギーを共鳴させれば、地上人類の霊性進化の雛型が成就します。そういう場で何が起きていくか、そういう場を構成している個々人に何が起きていくかはすでに何度もお伝えしている通りです。さらにそこで起きる喜びは多くの人たちに伝播して、地上界の浄化・地上人類の霊性進化が進捗していくのです。
もちろんその雛型を構成する人数は多いに越したことはありません。しかし、自分の気持ちを軸に据えたままで、明らかに喜びの循環の流れを阻害している者は、そのままの状態では雛型に参画することはできません。地上人類の霊性進化から脱落する者として雛型に含まれるとしても、地上界にエネルギー的な風穴を開けるスタッフとしては参画できないのです。
そういう者が心からの気づきに至って、このプロジェクトへの参加を希望すれば、仲間たちの祝福の中で参画することになります。そういう者のエネルギーが雛型のエネルギーに深みを加え、雛型成就に向けてのパワーも伝播力も格段に高まっていくのです。
その雛型成就に向けてのリーダーであるあなたはそのことを十分に分かり、理解しています。ですからあなた方が担う雛型において「排除」などあり得ないのです。
自分の気持ちや都合を軸にしたままの者が、雛型のエネルギーの高まりについてこられなくなって、あなた方がいろいろと誹謗中傷されることもありますが、その度ごとに真摯に自分・自分たちを点検する機会とすればよろしいのです。
陰りや闇に囚われている人は、事実・真実よりも自分の都合や気持ちを優先するものです。 特に闇の勢力に付け込まれて、闇の勢力に使われている状態の人間は、完全に事実・真実を踏みにじって平然としています。
それを自覚できている場合もありますが、自分の都合や気持ちを軸にした世界に埋没していれば、その時その時の自分の都合や気持ちでついた嘘を自分で信じてしまう場合もあるのです。それでもその人間の良心は完全には失われていないので、真実に照らされた時にはどこか不自然な態度が垣間見えることもあります。
それでも闇に取り込まれている人間は、事実・真実を語っている人間を嘘つき呼ばわりするのですが、あなた方はそれに憤るべきではありません。むしろ、その者の今後の人生や死後のことを思えば、あまりにお気の毒なことになることは分かるはずです。
であれば、憤るのではなく、その者のために祈ってあげることです。その者からの不当な攻撃が続いたとしても、反撃などしてはいけません。そこまでの状態に陥っている者であれば、いくら事実・真実を提示しても聞き取ることも受け止めることもできないでしょう。真実に対して、さらに闇を深めて攻撃してくるだけです。ですからあなた方はその状態の者に反撃するのではなく、その者のために祈ってあげるのです。かのイエスが、「悪人に手向かってはいけない」とお訓えになったのはそういう意味です。これ以上、罪を重ねないようにしてあげることです。
大人になっても自分の利益や都合や自分の気持ちを最優先の軸にしているということは、人よりも動物・獣に近い心で生きているということです。その者たちがこのままであれば、死後はもう地球霊界には残ることができず、動物・獣のような意識の境涯に移行させられることになるのです。
もちろんその時点での地上界の浄化の進捗度にもよりますが、地球霊界に残ることができたとしても幽界・暗黒界に堕ちていくのです。その者たちに限りない慈しみの心で祈ってあげてこそ、あなた方は光の戦士であり、豊かな霊性に裏付けされた「霊止(ひと)」として輝きを放つのです。
あなた方にも人間としての気持ちがあるのは当然ですが、そこに埋没することなく、陰りに自分の心を陰らせるのではなく、光の戦士としての心を成長させる機会にしていただきたいと思います。
最後に、今回のその人については、ようやく暗い境涯から本来の霊界に戻ることのできたご親族が、「あの子たちが自分たち夫婦と同じ過ちを犯しませんように。経済力の有無に関わらず、本当のことを大事にして、自由な心で選択できますように」と願っておられることをお伝えして、今回の通信を終えることにします。
(2026・5・30) |
30/05/2026(土) 07:55:23
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| No.43817 さいこ |
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定例会、お疲れ様でした。 皆さん、ありがとうございました。 美味しいお料理もたくさん、いつもありがとうございます。 愛は時空を超えて、しっかり読み直します。
定例会で、話した事を書きます。 前に掲示板にも書きましたが、自治会の役員になってから、気持ちが不安で一杯になって、何をするにも落ち着かない日々でした。 最初の自治会の会議が終わったのと、周りの人から 「ひとりで抱え込まんでいいよ」、「もっと気楽にやっていこう」と声をかけてもらったのもあって、やっといつもの日常に戻りました。 私は他人にどう見られるかを、けっこう気にしているのが分かりました。 今まで、リーダー的や役割をしてこなかったので、分からないし、不安でした。 もういい歳なのに、恥ずかしいと思いましたが、これも自分だし、受け入れて、もっと気楽な気持ちで、余裕をもって、出来ることはして行こうと思っています。 前から言っていることですが、自分を喜ぶのが苦手で、何かするにしてもいつも自信がなく、不安な気持ちになります。 でも喜ぶということを常に意識して、自分を振り返ることをしていきます。 地上を離れる時まで、行きつ戻りつを繰り返して行く事になると思うのですが、すこしでも自分の喜びを皆の喜びに昇華していきたいです。
話は変わりますが、家の近くの公園の木に、この数年カラスが巣を作って子育しています。 巣は木のかなり高いところにあるので、雛はみれないのですが、雛の鳴き声で子育中なのがわかりました。 先日、雛は大きくなって、巣から出て来たので、2羽確認できました。 親鳥は巣の近くの電線から鳴いて、巣立ちをうながしているようですが、雛はまだ巣の側の枝に居て、なかなか親鳥のところまではいけないようです。 でももう数日したら、親鳥の元に飛んで行って、巣立って行くと思います。 雛の鳴き声が聴けなくなるのは寂しいですが、元気に巣立ってくれたら嬉しいです。 |
30/05/2026(土) 23:09:58
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| No.43818 ゆうき |
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定例会ありがとうございました。 時間が経ち、自分の事が振り返りやすくなりました。
職場での事です。 定例会の日の数日前に、僕の夜勤(一人夜勤)の時(20時頃)に、入居者が転倒し、大腿骨を骨折する事故がありました。 ふらふらとご自分で歩かれる方だったので、椅子から立ち上がる動作があれば様子を見守るようにしていたのですが、その時は音もなく立ち上がられたようで、転倒されるまでまったく気がつきませんでした。 (パソコン仕事をしていたせいもあります)
救急車を呼んだり、病院に付いていかなければいけないので、代わりの職員を呼んだり、ご家族に連絡したり、バタバタとした夜勤になったのですが、やはり、自分の見守りが出来ていなかったせいで骨折を招いてしまった、という自責の念が大きくありました。 (大腿骨の骨折となると、入院、手術が必要となり、リハビリをしても果たして同じように歩けるまで快復されるかどうかもわかりません)
入居者に痛い思いをさせてしまったうえに、歩けなくさせてしまった、となれば自分の不注意を恨む気持ちがありました。
自分なりの気持ち、と言えばそうですが、 僕の気持ちをさらに深く落ち込ませる要因がもうひとつあります。
去年、秋ごろ、僕の事業所で喉詰めの事故がありました。 昼食時、入居者が食べ物を喉に詰まらせ、意識不明の状態で救急搬送され、その後病院で1ヶ月ほど意識が戻らない状態のまま亡くなられた事故でした。
僕は公休で、現場の対応は職員が連携して対応してくれました。 口の中にたくさん詰め込んでおられたのを指で掻き出し、背部叩打法を何度もして、それでも喉詰めが解消されず、意識が喪失したため、救急車の要請と胸部圧迫(心臓マッサージ)、AEDの使用など、出来る事は全てしてくれ、命があるうちに救急隊に引渡しができました。
事業所内で亡くなるのと、救急搬送先で亡くなるのとでは事故の扱いが大きく違ってきます。 現場の職員は力をあわせてよくやってくれたと思っています。 でも、どこかで「自分がいれば喉の詰まりを取り除く事が出来たのではないか」という気持ちと、「職員にもっと出来る事があったのではないか」という気持ちが今までずーっとありました。
自分を責めても仕方ないし、職員を責めるつもりはまったくないのですが、気持ちのどこかで、「あの時にどうにか出来ていたのではないか、、、」という気持ちを持っていました。
幸い、どちらの事故もご家族の理解があり、責任問題やそういったトラブルにはなっていません。 (救急搬送時の病院での家族対応など、僕が行って対応しています) (亡くなられた方には後日お線香をあげに行かせていただきました)
今回、自分が夜勤の時に事故を起こしてしまい、去年の秋の事故の事を思い出しました。 当時、自分にも職員にも喜びではない気持ちを向けていたのではないか、その気持ちとは自分の「自分なりの」気持ちだったのではないか、と。なんだか重たい気持ちになりました。
今思えば、去年の秋の事故の時、相当大変だった現場をなんとか命がある状態で救急隊に引き渡せた事をうわべだけでなく、ちゃんと気持ちの全部で表現してあげられていたらよかったな、と反省しました。
自分にも出来ない事があるし、みんなが完璧な存在ではないのだから、自分の気持ちに拘ることなく、みんなが喜べるように気持ちを使っていきたい。
今回、自分でも事故を経験し、落ち込む気持ちはあるけれど、落ち込んだところで現状は良くならないのだから、気持ちを切り替えて楽しくやっていきます。
*「愛は時空を超えて」の受信ありがとうございます。 しっかり読み込みます。 |
31/05/2026(日) 14:42:48
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