5月定例会での飯沼さんのお話です。(文字起こしうまくまめることができてないですが、そのまま掲載させていただきます。)
今生きてる人、ほとんど、自分の気持ちを軸にしている。 だから、しょうもないことでぎくしゃくしたり、わけのわからない反応したりするわけだけど、テーマは一つで、自分としての気持ちを、どんな風にして、相手や皆に重ねていくか、広げて行くか。 方向性として、相手の喜びや皆の喜びと重ねて行こうとすれば、それは広げていくことになるわけです。 いかにして皆の喜びに広げていくか、重ねていくかというのが、地上人生を生きる大きな意味で学びの目的である。
そもそも人間の生命、心は魂であって、その魂というのは、その人が属している霊的な世界、段階とか傾向と、繋がっている、肉体を持った我々、動物から進化した我々には魂の意識がストレートには反映できない。だから高級霊になると肉体に宿れないという。シルバーバーチなんかもそうなんですが、そういう段階になるんです。 スピリチュアリズムの基本みたいなものは、肉体があって、肉体と心(魂)の境界にダブルという半物質の層があって、感覚・感情の層があって、次が理性、次が霊性、霊性と魂は密接につながっている。
粒子の粗さや振動数があって、そういうものによって段階的に人間の体というのは構成されている。肉体だけではなくて、その人の領域というか、霊体というのかな。シルバーバーチは霊界で参加者の何を見てるのですかとの質問に、肉体は基本見えない、自分たちは人間の霊体を見てる場合が多い、と応えてるとこがある。
魂の意識が直接、肉体とか感情には伝わらない、波長が違い過ぎて。それで霊体という領域を通って次は理性(人として)という波動の領域を通って、それが感情(自分として)というそこに変換されて、肉体につながって言動に反映する。 我々は本来は自分の魂の意識をこの肉体で表現していくために生きてる。そういう仕組みになってる。
それはスピリチュアリズムでも言ってるし、古神道でも肉体は荒魂(あらみたま)、感情の体を和魂(にぎみたま)というのかな、次は幸魂(さちみたま)次は奇魂(くしみたま)と。神智学でもアストラル体と、呼び方は変わるけれどもそういう層になってると同じふうにみてる。
層として繋がりながら重なってる。肉体だけでなく、心も含めてその人の体というふうな認識になる。感情というのは肉体に近い、動物的な要素がいっぱいあって、自分なわけです。自分としての思い、心の領域、だから、身勝手なことも平気で言うし、周りのことも意に介さず自分の思いで揉めたりするわけですが、それを我々繰り返してるわけですが、そこを一段上げて、人としてどうなのか。
人としてというのは、自分も含めながら皆というところで、皆と重なった人としてどう心を使っていくのか、どう心を動かして、人としての心をどう自分の肉体に反映させていくのか、言動して行くのか、我々はそういう過渡期にいるのだ。
みんな自分の思いというのはあるけれども、それがどうであれ、それをもっと波長を高めて広げていく、それが今我々が地上に生きてる意味で、やがて(メッセージによるとまもなくですが)、地上に生きるものは全てそうなる。逆にそういう者でないと地上に存在することができなくなる、そういう過渡期に我々は生きているんだ。
自分の気持ちはみんなにある。その自分の気持ちをどうやって相手とか誰かとか周囲の喜びと重ねて、どう広げていくか、ということが最大のテーマなんです。 |
26/06/2026(金) 08:44:51
| No.43912 飯沼正晴 |
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まゆみさん、文字起こしありがとう!
>シルバーバーチは霊界で参加者の何を見てるのですかとの質問に、肉体は基本見えない、自分たちは人間の霊体を見てる場合が多い、と応えてるとこがある。<
ざっと読んだだけですが、この部分、訂正しておきます。
シルバーバーチは交霊界で「あなたは参加者の何を見てるのですか?」との質問に、「肉体は基本見えない、自分たちは人間の霊体を見てる場合が多い」と答えているとこがある。 |
26/06/2026(金) 14:16:24
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