おはようございます。
昨日のさきさんの夢の話、そしてヌマさんの投稿を読んで思ったことを何回かに分けて書きます。まず、ヌマさんの投稿、
「現状がどうであっても、人としての理性・価値観や自分としての感情などがかけ離れていても、霊としての魂のエネルギーは同調できるはずです。
思考や言葉でやり取りすることが三次元の地上界の原則ではありますが、それが成り立たない状況であれば言葉を重ねるよりも、一切の違和感を昇華した、地上に生きる霊としての魂のエネルギーで包み込むことの方が理に適っているというか、有効なのでしょうね。 有効性を軸にするわけではありませんが、原理・法則の話として。」
特に、「思考や言葉でやり取りすることが三次元の地上界の原則ではありますが、それが成り立たない状況であれば言葉を重ねるよりも、一切の違和感を昇華した、地上に生きる霊としての魂のエネルギーで包み込むことの方が理に適っているというか、有効なのでしょうね。」という部分、2年前に投稿した古内栄一のエピソード(血盟団事件で服役していた小菅刑務所で起こったこと)がぴったり当てはまると思いますので、以下に再投稿します。
最近の読書で、「抱き参らせる」という言葉がぴったり当てはまるエピソードに出会いましたので、紹介させていただきます。
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古内栄一著 「念波」(私家版です。)の第7章念波問答(古内と青年との対話という形での念波についての問答が展開されています。)にそのエピソードが語られています。
著者の古内は1901年(明治34年)生まれ、血盟団事件で懲役15年の刑を受け、恩赦で1940年(昭和15年)に釈放されるまで、小菅刑務所で服役しました。これから紹介するエピソードは、その服役中に起こったことです。
同じ小菅刑務所に、強盗強姦の罪を犯し、懲役12年の刑に服していたKという人物がいました。Kは凶悪極まりない人物で、犯した犯罪の手口も極めて残酷で、また「出所したらさらに凶悪な犯罪を犯し、絞首刑になる」というようなことを公言していました。
いろいろと経緯があって、刑務所はKを独房へ移すことになりました。強引に移すこともできなくはなかったのですが、そんなことをするとKは何をするか分からないので、看守部長が説得することになりました。そして、部長は古内にも応援を求め、二人で二時間余り、Kを説得したものの、「絶対に行きません」の一点張り。万策尽きで無言のまま、古内は、Kをじっと見つめていたところ、突然一種のヒラメキが古内の脳裏をかすめたのです。
そして、以下、「念波」p.144-145の引用個所に続きます。
引用開始
古内「凶悪限りないKではあるが、このKも等しく神の子であり、仏子でないか。だが現実は社会は勿論、この刑務所内でも無条件でこのKを抱容しつくす者が誰一人いないじゃないか。一体之は如何したことか、”神よ、仏よ、この気の毒なKを何とかして救い給え“と念じた瞬間、私の身底からムラムラムラッと、何とも言い得ぬ暖かい、そして大らかな、ふんわりとした感情が溢れて来たと思った瞬間、自分も、Kも、部長も、暖かい、ふんわりとした雰囲気に包まれてしまって、Kを説得するなどという気持はどこかへいってしまって、只一言”K“と云ったまゝKをがっちりと抱きしめていたんですよ。処がKはその瞬間、ウワーッと大声で泣きだしてしまい、泣きながら”行きます。行きます。早く独房へやって下さい“と云うんですネ。私はその声にびっくりして、”K本当に行くのかい“と云ったら”行きます。行きます。“と云うんですよ。部長を見ると部長もすすり泣いておるんですよ。 Kが独房へ移ってからも、時々私は薬を持って行ってやったのですが、私が行くと、Kはニコニコ”古内さんお早う“と云って鬼のような顔をほころばせて、まるで乳児が母親になじむような気持で私に話しかけるんですよ。そしてしみじみ思ったんですよ。”こんな素直なKが、どうして強盗強姦と云うような凶悪なことをしたのか“とネ」 青年 「あれ程頑固だったKが、一変して幼児のように素直になったのは如何してでしょうか。」 古内 「如来の大慈悲が、私の全身を通して溢れ出で、Kの眠っていた魂を揺り動かしたからでしょう。人間は理性や学問だけでは救われんですよ。世界も同じですネ。今や世界は宇宙時代に突入し、科学の躍進は目覚ましいが、只之だけでは人類は決して幸福になれないですよ。全人類個々の奥底に眠っている宇宙の大精神なる大慈悲の心が目覚め、この大慈悲心を以って、日々躍進して止まない科学を人類幸福増進の為に活用し得て初めて全世界の平和は実現され、同時に人類の至福が招来されると云う宇宙の哲理を三思四考する時期が到来しているんですよ」
引用終了 |
22/07/2026(水) 08:25:52
| No.44007 飯沼正晴 |
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エーちゃん、投稿ありがとう!
43998の投稿を書きながら、以前エーちゃんが紹介・転載してくれた本の話を思っていました。
私たちもその境地、そのエネルギーにつながるために、「指導霊になったつもりで」とか、いろいろやってきたことではあります。
要するに、感情の領域で足し算や引き算をして、感情の領域で相撲をとるよりも、感情が分厚くなった時にはいっそのこと意識・心をバージョンアップする機会にしたらどうか、ということです。
その境地、その精妙な波動の清々しく美しい心地よさを体験していけば、どろどろした感情を昇華しやすくなるんじゃないかと思うのですが。 |
22/07/2026(水) 13:52:26
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