おはようございます みなさんの書き込み、読ませていただいています とても勉強になるし、一緒いっしょって思って 元気をもらっています ありがとうございます!
毎日毎日、湧き上がってくる「自分軸の気持ち」ですが 昨日みたIさんの動画でいわれていたように、感謝の気持ちへ切り替えていこうと、取り組んでみました 今朝も、ネガティブな思いがわいてきたので 状況や気持ちを書き出してみました 人と比較して、そのことに対して、 自分の力、能力、センスがない自分に、悲しい、くやしい、 自分に能力、センスがあったらいいのに、など思っていました 自分に〜です いやいや自分軸やん 自分をなくそう いまの状況でどういうことがもたらされている? みんなも自分も 何が、どうなることが一番よいこと?幸せなこと? と考えました 自分の〜は必要なかったです 一番大切だと思っていることを 能力、センスがなくても やり続けること、関わり続けることが大切だと思いました また、いろんなものが足りなくても やり続けていれば力もついてくるだろうし、 自分と同じような能力・センス・不器用なもんにもできるようになるよって例になれるよなって、ちょっとした光になれるよな、って思いました ということで、くじけずやっていきます |
30/04/2026(木) 06:24:48
| No.43715 まゆみ |
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おはようございます。 みゆきちゃん、おはようございます。 みなさんからエネルギーもらってます。 やはり表現するということは大事で、そこにエネルギーが込められるんだと改めて思いました。
3月定例会の飯沼さんのお話の追加です。
どうして地上人類は駄目出しをされるか、という理由に、前も確か言ったことがあるのですが、人類というのは有史以来だんだん霊性も進化してきて、とんでもない野蛮なことを基準にしている段階からだんだん成長してきたわけです。シルバーバーチの霊訓の中に、誰かが「どうして人間の寿命が最近伸びているのか」と質問している。シルバーバーチはこれでも地上の人間は霊性が開発されてきてるんです。だから総体として寿命が延びてきてるんだ、という箇所が確かあったはずなんです。
強いもの勝ち、弱肉強食が当たり前の動物的な世界からだんだん人類も成長してきている。人間というのは生まれながらに基本的人権を持ってるんだという理念が何百年もかかって浸透してくるわけです。1789年のフランス革命なんかは自由と博愛という理念をかかげて革命を起こしてる。自分たちにも権利があるんだ、というふうにだんだんに基本的な人権、それは神から与えられたものなんだ、人間としての存在と切り離すことができない、という理念を人類は確立してきたわけです。
それは大変な犠牲の中で、大変な努力の中で、何百年もかかってようやくここまできたわけです。 でも今それを、そういう先進国であったはずのいわゆる民主主義を標榜している国を筆頭に、完全に踏みにじってしまった。それに対して、民衆もそうではないだろうと、いう声をあげることがほとんどなくなってしまった。
これは霊界から見てれば残念だけれどここまでだったな、やり直しをした方が結局はいいんだろうなというふうにおそらくはなるんだと思うんです。いつそうなるかは分からないけど、必然的に大破綻、やり直しの流れに入っているんだろ。我々が生きている間にそれが起きるかどうかは分からない。だったらいいやというのは正にエゴイズムで、自分は子供がいないからいいとか、子供がいてももっと先ならいいとか、先になることを願ってそれでいい、というのではなくて、その流れを本来のものに切り替えて後の世代の人たちに引き継いでもらおうと。
我々だって前の時代の人たちががんばってきたものを引き継がせてもらってるわけですから、もっといいものにしてバトンタッチしようというのが当たり前の考えです。 どう考えても破綻の流れにあるからこそ本当に頑張りたいなというふうに改めて思います。 |
30/04/2026(木) 07:25:02
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| No.43716 恵美子 |
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みゆきさん、まゆみさんおはようございます
定例会のぬまさんのお話、「愛は時空を超えて」ありがとうございます ぬまさんの話、分かりやすく、後ろ向きになりそうな私たちにとって、あたたかですね、そこに甘えていては間に合わないと言うことでもありますね。
先日、古い友人の宮下さんが北海道から篠山に来るということで、会いに行ってました、30年ぶりのことでした、なんとも満たされた時間でした。 でも、ギリギリセーフで行けたのでした。 3月頃から始まった筋肉痛になるほどの激しい咳が続いていました、でも発熱擦ることもなく、食欲もあって妙な感じでした。 前回の「愛は時空を超えて」で今回のSさんのことについての魂の意思やシナリオについて伝えられたものでした。 そこで、気持ちに引っ掛かりが生まれどうにもならなくなっていました、別のシナリオだってあったはず、という霊界の克子さんからのメッセージに異を唱える自分がいたのです、(今となっては冷や汗ものです) 気持ちの持って行き場がなくて、天地悠々の?@ から読み返し、途中色々な気付きがあって、篠山に出かける4、5日前にフッと沸いたのでした、“霊的視点で見る“ 我に帰ったような感じでした。 自分に湧いた気持ちを自分なりとは認識してなかった、全くもって、地上に生きるものとしての当然の感情として受け止めていた、 続いていた咳が止まり、やっと気持ちの整理がついて、篠山に向かうのとができたのです、篠山に着くなり、ぬまさんに吐き出してしまいました、困惑しましたよね、ごめんなさい。
篠山では、私たちのぐずぐずをよそめに、畑さんのエネルギーを借りて、喜びが加速しているように思いました。
大きな計らいでもたらされた、にぃくん、ちぃさんのお家や畑さんがあっての今です、 そこで生み出される喜びのエネルギーと協調していくには、私たち自身の身をさらに軽くしていく必要があるからこそ、今もたらされているこたも起きたのでしょうね、そういう意味では私たちも同じです。
もうどうにもならない程に劣化したこの地上を、小さな光だとしても役に立つのなら、小さな自分を打ち捨てて、共に進む仲間があることを喜び、貢献していきましょう。
篠山でのさきさんの姿はまさにそうでした。 |
30/04/2026(木) 09:15:47
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| No.43717 恵美子 |
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| 天地悠々?@ではなく、一号からでした、他にも誤字色々ありますが、ご容赦を! |
30/04/2026(木) 09:20:09
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| No.43718 ゆりか |
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おはようございます。。 昨日書く予定が 今日になりました。
自分なりの気持ちというものは 日常生活を送る中では(テレビを見てたり 家族であれ地域の人であれ友人であれ 自分以外の人と世間話を交わす時にも 悩み事を相談されている時にも 自分が人に困り事を相談する時にも)常に自他の自分なりの気持ちというものを意識して感じているので 多様な自分なりの気持ち(もちろん自分の自分なりを含めて)を学ぶことのできる機会を喜び もし何がしか心に引っかかりを感じたならば 伝えるべきか否かを判断し 言葉にして表現する事を選択したら できるだけ時間をかけて熟慮(あくまでも自分なりですが)した上で その時の相手にとっても(自分にとっても)喜びが循環し広がっていく事を願いながら 自分の呼吸を整え ゆっくりと丁寧に お互いが本来の素直な愛情を伝え合いたいと思って だいたいの場合は私の方から 口火を切ることが多いです。。
だから 判断ミスも 未だに多いのですが 自分が独りよがりだった事に気がついたら できるだけ早く 謝るようにしています。
おかげさまで 多くの愛情深い人達(悠々塾のお仲間方・親族家族・友人・地域の共同体の人々・お塩のお客様方)との出会いに恵まれ 今の自分という人が存在していると思うし お塩作りを通じては 近年は新しい若者達との出会いも多く 今年2月に産まれてきてくれたお孫君世代が健やに過ごせる未来を創造したい気持ちの高まりもあり 命尽きるまで 健やかな未来をイメージしながら 日常生活(もちろん悠々塾掲示板・2ツのLINEでの出逢いも)で出逢う人達との喜び多い時間を大切にしたいと思います。。
皆さん、今後とも どうぞよろしくお願いしますね〜〜 |
30/04/2026(木) 11:52:35
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| No.43719 エーチャン |
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「地上人類の歩み」から引用します。「自分」という意識、思いが誕生した瞬間を記述したものと思います。この部分は折に触れて読み返しています。
p.121-122 「同じ光であっても、光の明るさに違いがある。より強く明るい光のもとでは、やや弱い光は、強く明るい光よりもかげっているのだ。より強く明るい光はさらにその輝きを増すための変化を求める。しかし、一方の明るさを、まぶしさを、輝きを感じてしまった者は、そこに自らがそれには及ばないことを知るのだ。それは事実であり、与えられた力の差異である。しかしそこに、その差異を協調へ向かわせるべき違いと認識しきれない何か、受け入れきれない何かが存在するのだ。それは何か。それは自分ということ、個という意識である。自分を強く意識するからこそ、他が意識される。それはすなわち、自と他とを区別することだ。区別とは違いによって両者を明確に分けることだ。人々が喜びのみで生きていた時代には、個でありながら、個別の存在として、全体と切り離したり、別の個と比較するという意識は、人々の間にはなかった。だからこそ、全体のなかに生かされる喜びを見ることができたのである。しかし私たちの時代は、生じた能力の差異は誰の目にも明らかであったし、それがその人の個としての違いをはっきりと知らしめることにもなっていたのである。当然、人々の間には個としての自分を意識し始める者が現れる。それは決まって、貢献の度合いが少ない、と自分を見る者であった。大きく働く者たちに対して、尊敬・感謝の気持ちを持つと同時に、そういう働き・貢献ができていない自分をも見ることになったのである。役割の違い、与えられる能力の違い、自らの地上での目的、ということからすれば、生じる違いも差異もそれぞれが納得し、受け入れられたはずである。しかしながらそうはならなかった。」
みゆきさんが書いている、 「人と比較して、そのことに対して、 自分の力、能力、センスがない自分に、悲しい、くやしい、」 ということ、私もよくわかります、というか、サラリーマン時代ずっとそういう思いを抱えていました。そういう自分を支えたのが、「特別な自分」という思い、別に特別な能力があるわけではありません、母との再会が普通ではありえない、偶然の重なりとしてはあまりに出来すぎているような形での再会であって、そこから「特別な自分」という思いが出来上がったのです。それがサラリーマン時代の自分を支えてくれました。(書きながら、情けなく、恥ずかしくなります)そして、それは会社を辞めて悠々塾につながってからもずっと持ち続けていましたが、最近になって、この場の学びのなかで、すごく時間がかかりながら、ようやく薄くなってきたと思います。
やっぱり、このような変な「自分」から解放されてこそ、みんなが喜べる地上社会を創ることができるのだと思います、もちろん一人ではなく、思いを同じくする人々の共鳴で、それを大きくしていくことで。その喜びが大きいのです。 ただ、揺るぐことなく、ぶれることなく、できると信じる、そこはまだまだ弱いです。挑み続けます。 |
30/04/2026(木) 12:02:22
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| No.43720 Bさん |
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まゆみさん、またまたたいへんな文字起こしを、ありがとうございます。
「これでも地上の人間は霊性が開発されてきてるんです。」とのシルバー・バーチの言葉に、なるほどこれでもと頷くとともに、王様気取りで人を人とも思わぬ現代の独裁者たちの暴挙に時代の逆行を感じざるを得ません。
>どう考えても破綻の流れにあるからこそ本当に頑張りたいなというふうに改めて思います。<
はい、そう強く思います。
みゆきちゃん、恵美子さん、ゆりかさん、エーチャン、皆さんの書き込みを嬉しく読ませていただきました。
みゆきちゃんの「比較」という言葉に対して、エーチャンの「地上人類の歩み」からの掲載、ありがとうございます。
些細な「比較」からの陰りの始まりが、とんでもない社会全体の崩壊へと向かう悲劇に繋がり、いまもその影響下にある私たちです。 始まりは心に湧いたほんの些細な「比較」からです。 それを知った限りは、心陰らさず、自分と同様に他者に思いを寄せられるよう心の学びを続けていきたいと思います。
>やり続けること、関わり続けることが大切だと思いました<
みゆきちゃん、本当にそうですよね。 芝居を始めたころ、へたっぴんでどうしようもなかったころ(今もへたっぴんですが)に言われた言葉がありました。 可能性のある石でも磨かないと宝石にはならないと。 どんなにいいものを持っていても、自分で磨かない限り輝かないと。
いろんな人生があり、マルチな方も居られるでしょうが、人それぞれの個性を大切に、ただただ己を磨き続けることですよね。 己磨きなしでは花は咲かないし輝きようもないでしょう。 結果はどうあれ己の可能性を信じて、まずは磨き続けることでしょう。 まして、この世に完全はないのですから、続けることの大切さを思います。
みゆきちゃん、みなさん、ありがとうございます。 |
30/04/2026(木) 15:17:17
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| No.43721 久美 |
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3月定例会のお話、愛は時空を超えての受信、ありがとうございます。 私たちは少し遅れての参加だったので、飯沼さんのお話を聞けず、本当にありがたいです。
みなさんの投稿から力を頂いています。 何度も読みたいです。 自分なりからの解放への道筋を示してもらっているようで、とてもありがたいです。
私は違和感を感じると、自分なりに考えて不安を膨らませてしまったりします。 そんな時は全体を大きく見て意識を広げてみると、本当はどうなのか?が見えてきたりして、そんなに不安に思う必要はなかったんだと思ったりします。
そして、みゆきさんの言われている「何があっても大丈夫。もたらされること全部が喜び」は、私も何かあった時に心で唱えさせてもらおうと思っています。
私は身内に対する許しがたさを抱えてきた反面、実は身内のことが好きな気持ちもありました。 身内の寂しさや体調の悪さに、少しでも力になりたい思いもあり、力になれることが嬉しくて、そうすることで自分も救われた気持ちになりました。 そうしている内に、身内の優しさを知りました。
相反する思いがあると自律神経のバランスを崩してしまうようですが、身内に対する相反する気持ちがあり、自律神経のバランスを崩して、体のあちこちが不調となっていました。 酷く体調の悪かった時もありましたが、このところ良くなってきたように思います。 とっても嬉しいです!
そして、先日、姉と面会したのですが、いつものように姉の好きな絵本を読んでいると、今までにないくらい大きく笑い、感極まって今までにないくらい大きな声で嬉し泣きしていました。 看護師さんたちが心配して姉の様子を見に来てくださいましたが、姉がうれし泣きをしていると分かり、みなさん安心したように一緒に喜んでくださいました。
姉のことも嬉しかったですが、看護師さんたちが一緒に喜んでくださったことも、すごく嬉しかったです。 思い出して、私も込み上げたりしました。 姉が入院してから、今までで一番姉と意思の疎通がとれたように思いました。
嬉しいことが続き、本当に嬉しいです!
それから、みなさんが言われているように、私もやり続けることの大切さを思います。 大きな陰りをぶら下げて、時には絶望してフラフラしながらも、やり続けてきました。 本当の失敗は、諦めてしまうことだと思っています。 諦めてしまわない限り、必ず変わっていくから、大丈夫なのかな・・・と。 自分を信じることは時に難しいけれども、諦めずにやり続けることの大切さを思います。 |
30/04/2026(木) 22:38:58
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