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悠々塾 掲示板


「スピリチュアリズムに学び、スピリチュアルな生き方を目指す交流の場」



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No.43048 あおやま  
(No Subject) 引用
近況報告です。

お盆明け、ホーム入居の利用者様がコロナ陽性となり、同じフロアの方から感染が広がりました。
お盆でお寺さんが来られるため自宅に戻られたのですが、ご家族が風邪気味だったようです。前回の感染も同じ利用者様からでしたが、その時も「うちと違いまっせ〜」と呑気に
他人事のようでした。

もしかしたらデイサービス利用前から熱症状あったのかもしれませんが、いつもと違う発熱がありなかなか下がらないため看護師が付ききりで観察していました。咳も続いていました、苦しかったのだと思いますがマスクはあごの下に下げたままでした。その日の夜、コロナの陽性がわかりました。
向かいの席にいた方と看護師、咳、声枯れの症状等おかしいなと、思う方から広がって行きました。
私の場合は送迎車の中で咳をされている方がいて、もしかしたら‥と思い、毎日検温、コロナの検査をしていました。
私は高熱とならず、検査を初めて2日目まではマイナスでしたが、
咳、喉の痛みが出た翌日になって陽性となり受診しました。
熱が高くなかったのとクリニックの咳止め薬が効いて喉の痛みも咳も3日とかからず良くなりました。
陽性当日を含めて6日間のお休みは有り難くゆっくり休養させていただきました。

コロナで休養中、「トコジラミ」を発見。
シラミは、現状に対する不満、早く変えたいと言う欲求のたかまり‥だそうです。

すっかり元気になりました、明日から出勤します。

25/08/2025(月) 20:18:32



No.43047 のものも  
8月23日 土曜日 引用
嫌われてたと思ってる人に
久しぶりにLINEしたら
既読が付いて返信があって
嫌われてなくて、ホッとした朝です。


私は影ってしまうと、相手を排除はしないけど
自分の気持ちがシャットダウンしてしまう
傾向があります。
それは、今までの人生を振り返っても
多かったと思います。
自分なりの気持ちだったんだと思います。

自分の気持ちを開くように努めていこうと思いま
した〜
その時その時に自分が抱いた陰りを
光に転換していこうと思います。

私にとって、大きな一歩の朝だったので〜
あ〜良かった。

今日も喜びベースで〜

いろいろな側面の中、たくさんの真実があるが
本当の真実は一つなのだろう。

23/08/2025(土) 08:34:14



No.43043 さき  
8月22日、金曜日 引用
おはようございます。
皆様にご心配おかけして申し訳ありません。
飯沼さんごめんなさい。

思うことがいっぱいありますがごちゃごちゃで言語化できないです
私が何をしたんだろう、、
何が悪かったんだろう、、、
って気持ちがあります。

それだけのカルマがあるってことなんでしょうね

祐造さんには真摯に自分を顧みてほしいですが
自分はいい人だと思っている、思えるうちは同じことを繰り返すでしょう。これだけのことがあっても、この状態です。

>大部分において善良な地上人生を生きた者であっても、そういう自分にもある陰りに向き合えず、陰りに囚われたままであれば、その者はその陰りに支配されて幽界や暗黒界に堕ちていくことになるのです。<

そういうことですね。

>無条件の祝福と感謝<
ということをぼんやり思っています


こんな状態ですが、明日はドネの節目の会議です。
心血注いで築いてきた信頼に応えたい、裏切ることなく前進したいです。

22/08/2025(金) 09:18:58


No.43044  飯沼正晴
Re: 8月22日、金曜日 引用
さきさん、ほんとにお疲れさまでした。

今回の「愛は時空を超えて」で、なぜこの時期にこういうことになったのか、その計らいの意味が分かりました。

やはり私たちは壮大かつ綿密なシナリオに沿って、その時その時に必要な計らいがもたらされているようです。

ということは、仲間の皆さん一人一人がもたらされた計らい(出来事や人間関係も含む)を受け入れて、その時その時に自分が抱いた陰りを光に転換していくことで、地上界に霊的エネルギーが流れ込む風穴を開けて、雛型成就につながるのだと思います。

「人として優しく、人として正しく。自分も皆も幸せに」ということと「陰りを光の喜びに」ということに尽きると思います。


>無条件の祝福と感謝
ということをぼんやり思っています<

私も同じくです。
まだまだ薄ぼんやりとではありますが、今までよりもエネルギー的なリアリティも感じています。

近いうちにどこかに籠ってきます。
ただ、今は何も調べる気にもならないので何の予定も立っていないのですが。
今まではどこかに行く前に列車の乗り継ぎや宿を調べるのがちょとした楽しみだったのに、今は気持ちが萎えてしまってそういう気にもなれなくて。

22/08/2025(金) 11:03:18

No.43045  Bさん
Re: 8月22日、金曜日 引用
>無条件の祝福と感謝
ということをぼんやり思っています<

>「人として優しく、人として正しく。自分も皆も幸せに」ということと「陰りを光の喜びに」ということに尽きると思います。<

さきさん、お疲れさまです。本当に。
飯沼氏もぐったりのようです。

ここで「祐造さんも(お疲れさま)」などと書いてしまうとヒンシュクかもですね。
いえ、この期に及んでもご自分を顧みることができないだけでなく、さらに同じ過ちを繰り返す姿は見るのも辛く、ヒンシュクで当たり前なのでしょう。
己を棚上げにして顧みずに言うと、浅ましささえ覚えてしまいます。

でも天から見ると、それでもきっと(お疲れさま)の一人なんだろうと思います。
決して終わってはいませんが。

大なり小なり、その重さの違いはあっても生きている以上、何らかの過ちはあっただろうし、これから先も完全無欠の人なんていないでしょうから。
半霊半人を目指しながらも、迷いながら選択しながら喜びを求めての向上進化の道なんだと思います。

今あること、存在を出来事を、大きく受け入れ受け止め、どこまでも神がこの世に許し存在するものへの尊さと感謝の念を抱き続けること。

そのことの大切さと、心に渦巻く思いを超え、その困難を乗り越えていく力を養うよう促されているようです。

バトルの時、自分を守ることだけに必死だった私に「自分のことばっかりで、周りの人のことをちっとも見ていない!」と、やすこさんが泣きながら必死に気づきを促してくれました。
やすこさんの必死の呼びかけにも応じることができず、なんのことやら?という感じで私はまだまだ自分の主張を繰り返していたと思います。
祐造さんの姿から、自分しか見えなかったあの時を思い出します。

今では、肋骨を折る痛さは大きな反省をもたらすためであり、バトルは私に学びをもたらす大きな計らいだったと感謝しています。
「学び」というのも、長らく抵抗がありなかなか言葉にできなかったのですが、漸く身に着いてきたようです。(笑)

祐造さんが、人としてどうなのか今一度、真摯にご自分と向き合い、ご自分が期待する予定調和の言動から一日も早く脱却されるよう祈っています。

22/08/2025(金) 13:10:35

No.43046  飯沼正晴
Re: 8月22日、金曜日 引用
Bさんの場合とは中身がかけ離れていると思いますよ。

祐造さんは、ちいさんに「介護の愚痴を聞いてもらっていた」という認識のようです。
だから「お母さんへの言葉の暴力についてのちいさんからの度重なる注意など、全く聞いていなかった。だから覚えていない」ということだそうです。

それがウソかほんとかは別にして、ダブルワークでしばしば体調を崩していたあの頃のちいさんを、「愚痴の捌け口」として利用していたことに、私は改めて怒りがこみ上げています。

Bさんの場合とはまるで違っていますよ。

22/08/2025(金) 14:04:49


No.43039 さき  
8月21日、木曜日 引用
おはようございます
Bさん、さいこさん、祐造さんへのコメントありがとうございます。

離婚に至った時と同じだなーと思っています。
祐造さんは相変わらずですが
当時とは全然違う自分がいて、成長させてもらったなと思います。

私が何か言うと祐造さんはそれに合わせようとされるので、それではよくないと思っています。
かといって何も言わなかったら、祐造さんが壊したくない穏やかな日常に戻ります。
どうしたもんか、、、ですが、
そんな嘘っぱちの偽りの穏やかさなんか壊れちゃえばいい!!
というのが今の気持ちです。

この先は全然わかりませんが、
私は私として、喜びのなかで向上進化する意志を高めます
(どこかで、別の未来が見たいと思ってる、願ってるから)

21/08/2025(木) 09:10:39


No.43040  飯沼正晴
Re: 8月21日、木曜日 引用
Bさん、さいこさん、さきさん、書き込みありがとう。

昨夜の祐造さんの書き込み、私は納得できていません。

私は、祐造さんは相変わらずだなと思っています。
無意味に近いから、その根拠は示しません。
でも、事実経緯や祐造さんの心の動きを見ていれば、どうしてもまだ誤魔化しているとしか思えなくて、私は納得できません。
もちろん、これ以上の説明は不要です。

一つだけ言えば、指導霊さんや死後の査定を持ち出したのは、私が「私は推測で、祐造さんは当事者だから事実を知っている」と書いたことに乗っかって、自分の誤魔化しを押し通すためのものだったと思っています。
祐造さんには勝負をかける「決め手」だったのでしょうが、その後のみっともない腰砕けです。
あんな手を使ったのであれば、それが通らなかったら祐造さんは「自分が指導霊さんに誓って言っていることを信じてもらえないのなら,もういいです!」と言って、自分から悠々塾を離れるべきだったのです。
私は祐造さんはそうするしかないだろうなと思っていました。

要するに祐造さんは指導霊さんや死後の振り返りを自分の誤魔化しに利用するという、私たちが絶対にやってはいけない「禁じ手」を覚悟もなく使ってしまったのです。
これはまさに幽界・暗黒界の者のすることだと思います。


お母さんへの暴言の件に戻りますが、それにしても毎回定例会に参加しながら、祐造さんは何を学んできたのか?
何を学ぼうとしてきたのか?

その欠片も感じられません。

>今回明らかになってしまった自分の重大な過ちや至らなさ、そしてそこから逃げ続けてしまったことに、自分はとんでもないことをしてしまったと思います。
でもその過ちの重さにいたたまれない思いが湧き上がったり、気持ちのところでたまらない思いになったりしてるかというと、申し訳ないことにそうではありません。
気持ちが大きく動いてはいないし、心を動かすということがよく分からない状態です。<

>ダウンロードのときに伝えられた言葉
>>こんな自分はもう嫌だと、心の底からそう思える日が来るといいですね<<
を思い出します。
僕はまだ「心の底から」には程遠いところにいます。<

ということですから、話になりません。
心が大きく動いてから、定例会に参加しようと思えばグループラインで知らせてください。
ほんとに心が動けば自分で分かるものです。

その時は今回の件での「誤魔化し」についても、私が納得できる事実を書かずにはいられないかもしれませんね。
ま、祐造さんはかなり特殊な記憶障害があるようなので、その頃にもしも覚えていればの話ですが。

仲間の皆さんは優しいから、「心の底から気づけて良かったね!」という状態でなくても、戸惑いながらも祐造さんにできるだけ今まで通りに接しようとしてくれるでしょう。
さいこさんも書いていますが、私もそれが祐造さんのためになるとは思えないのです。

祐造さんの書き込みを読んでから決めるというのはそういう意味でした。
昨夜の祐造さんの書き込みを読んで、躊躇なく決めることができました。

掲示板には参加してもらっても構わないのですが、そういうことになれば祐造さんは「良い人に思われるためにはどれぐらいの頻度で、どういうことを書けばいいのか?」ということに意識を向けるように思います。

なので、心の底から大きく動いてから、定例会にも掲示板にも参加したらいいと思います。
もちろん、学ぶ気がないのなら参加しないでください。

それと最後に一つだけ。
祐造さんは、何かちょっとしたことでお母さんを怒鳴りつけていたことを、「介護が大変だったから」ということにするかもしれません。
しかし克が他界した直後のころ、祐造さんは悠々塾を離れたある人(私よりも年長の女性です)のお店で、その人が祐造さんの思い通りの返答・対応をしなかったことに腹を立てて怒鳴り、お店の皿を床にぶつけて叩き割ったことがありました。
1000円、弁償させられましたね。

せっかくの機会だから、自分のそういう面もしっかり見ていければいいですね。

21/08/2025(木) 10:55:34

No.43041  飯沼正晴
Re: 8月21日、木曜日 引用
20年も前の件は、私が祐造さんとさきさんに「その人が修復する気があるかどうかみてきてほしい」と頼んだからでした。
私が直接行くよりも、その人もいろんな思いを言えるかもしれないと思ってのことです。
でも実際は非常に頑なな対応だったようです。

それからしばらくして私は一人で昼間にその人のお店に行って、いろいろとお世話になったことへのお礼を言って帰りました。
その人は頑ななままでしたが。

その後、その人が私への批判や中傷めいたことを吹聴しているという話も聞きましたが、私は反論も抗議もしませんでした。

その甲斐あってというか、今年だったかにその人からまゆみさん宛てではありましたが、近況を知らせる手紙と私が大好で慕っていた木〇乳業の元社長さん(数年前に100歳ぐらいで他界されています)の著書を2冊送ってくださいました。

その人も高齢ですし、おそらくはもう地上で出会うこともないのでしょうが、私は修復できたと思っています。

21/08/2025(木) 11:36:49

No.43042  飯沼正晴
Re: 8月21日、木曜日 引用
◆櫻井よしこ氏「南京大虐殺はなかったことが証明済み」発言に疑問続出…専門家は「あったと結論が出ている」と否定

8/21(木) 11:00配信 女性自身


《今、被爆者の方々の平均年齢は86歳を超え、国民の多くは戦争を知らない世代となりました。私は、広島平和記念資料館を訪問した際、この耐え難い経験と記憶を、決して風化させることなく、世代を超えて継承しなければならないと、決意を新たにいたしました》

8月6日に広島市で行われた、平和記念式典でこう語ったのは石破茂首相(68)。1945年8月6日に広島、9日に長崎に原子爆弾が落とされ、15日に終戦を迎えてから今年で80年。戦争経験者は年々減少し、戦禍の記憶が風化していくことが危惧されているなか、驚きの発言が飛び出した――。

8月4日の「産経新聞」朝刊1面に、「反日宣伝に手貸すのか」と見出しが打たれたジャーナリスト・櫻井よしこ氏(79)のコラムが掲載された。そのなかで櫻井氏は、石破首相が戦後80年について首相個人としてのメッセージを秋以降に出すとした報道を紹介した上で、そのことが“中国の反日宣伝に手を貸すことになる”と忠告。続けて、中国で7月25日から上映されている南京大虐殺をテーマにした映画『南京写真館』が公開後4日間で、5億元(約105億円)の興行収入を得たことに触れ、《反日感情はいや応なく過熱する》といい、31日に江蘇省蘇州で子供連れの日本人の母親が石で殴られる事件をあげた。そして、《早くも反日宣伝映画の影響が懸念されており、展望は暗い》と持論を展開した上で、こう綴った

《「南京大虐殺」はわが国の研究者らによってなかったことが証明済みだ。にもかかわらず中国は事実を曲げ日本への憎しみをかき立てる。怒りの渦の中で9月3日には「抗日戦争勝利」の大軍事パレードを迎え、日本の受難は終わらない》

”南京大虐殺”とも呼ばれる「南京事件」とは、日中戦争の最中の1937年12月、日本軍が中国国民党政府の首都・南京を陥落させ、南京の都市部や農村部で中国兵捕虜や一般市民らを殺害し、略奪行為などを重ねたとされている事件だ。

犠牲者数は不明だが、東京裁判では“20万人以上”、中国側の南京軍事法廷では”30万人以上”とされ、日本側の研究では”数万〜20万人”などと推計されている。

外務省のホームページでは「南京事件」について下記のように記載されている。

《日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています》

犠牲者の数については議論がわかれているものの、国も公式に「南京事件」を認めている。そのため、保守の論客として高い知名度を誇り、影響力の高い櫻井氏による歴史の否定と、その主張を掲載した「産経新聞」にXを中心に批判が集中した。

櫻井氏に、《「南京大虐殺」はわが国の研究者らによってなかったことが証明済み》と記した根拠などについて問い合わせたが、期日までに回答は得られなかった。

そこで、今年7月30日に『南京事件 新版』(岩波書店)を上梓した、「南京事件」研究の第一人者で都留文科大名誉教授の笠原十九司氏(以下、括弧内は全て笠原氏)に話を聞いた。笠原氏は「その論争はすでに終わっている」とした上で、こう続ける。

「70年代、80年代から続いてきた”南京事件論争”ですが、今はもう論争はないんです。’06年に安倍元首相が選出した『日中歴史共同研究』の北岡伸一東大名誉教授や筑波大の波多野澄雄名誉教授が中心となって政府間の正式な共同研究で『南京事件はあった』と結論を出しているわけです。

南京事件があったことは大前提として、日本側の委員は暴行が行われた原因を研究し、中国側は南京事件で日本軍が何をしたかの実態を研究しました。真っ当な研究者で南京事件そのものがなかったと主張している人はいませんよ」

中国では日本軍が南京を占領した12月13日を「南京大虐殺犠牲者国家追悼日」として、毎年南京事件の被害者を追悼しているという。

「習近平氏ら国家幹部も全員参加して追悼式を行っています。’15年の10月には南京事件がユネスコにも登録されました。日本政府はこれに抗議して、ユネスコへの分担金・拠出金の停止、支払い保留をちらつかせ、登録取消を要求して、日本政府が南京事件を否定していることを曝け出しましたが、国際社会からの批判を受けてうやむやにして、分担金を拠出したのでした。国際社会から見れば日本で横行している南京事件否定論は恥ずかしいことなのです」

21/08/2025(木) 13:53:20


No.43031 あおやま  
8月20日(水曜日) 引用
今頃ですが、改めて書かせて下さい、あんまり変わってませんけど。

○もし今地上を離れることになったら、自分はどんな道筋を辿るのだろうか。
一緒に過ごすことのできなかった家族に詫びる気持ちをきちんと伝えていないことの後悔でいっぱいになると思います。
離れることになった原因の全てが自分自身にあること、母を、妻を思う優しい気持ちを受け止めてあげられなかったこと。
「行かんといて」と言えなかった娘の思い、娘と離すことを選んだつれあいの思い、どれだけ冷たい母で、妻であったか。自分にとっての都合、感情を優先させて、彼らの優しい気持ちに報おうとせず、傷つけてきた罪の大きさ、愚かさを知り心から申し訳なく思うことができるまで、明るいところには行けないだろうと思っています。
父母に対しても、有り難く尊敬すべき存在だと思えずにきたこと、カルマの情報を知り、自らの過ちの大きさを反省し心から感謝することができるまで、深く暗いところで過ごすのだろうと思っています。


>大部分において善良な地上人生を生きた者であっても、そういう自分にもある陰りに向き合えず、陰りに囚われたままであれば、その者はその陰りに支配されて幽界や暗黒界に堕ちていくことになるのです。

一丸となって風穴を開けるために、どうしても必要だからこそもたらされた大切なメッセージ。
思い違いや忘れてました、思い出せないから無かったなんて言い訳も自分の都合も通用しない、霊界のリアルを生々しく学ばせてもらうための計らいだったのかと思えます。
誰の中にもある陰りをどれだけ小さくし、他者のために光をもたらそうとするのか、今一人一人に向き合いなさいと言われているのですね。

>個人差は非常に大きいのですが、全ての人間が霊的輝きと陰りや闇を併せ持ちながら日々を生きています。

20/08/2025(水) 14:53:28


No.43032  飯沼正晴
Re: 8月20日(水曜日) 引用
この投稿の下に祐造さんの投稿が入っています。

20/08/2025(水) 15:11:14

No.43033  飯沼正晴
Re: 8月20日(水曜日) 引用

   ☆☆ 愛は時空を超えて 246 ☆☆
    
       ―― 霊界の克との対話  ――

飯)こんにちは。
いつもお世話になっています。

克)はい、こんにちは。

飯)知っているとは思うけど、いろいろあってちょっと参っています。
「喜びベース」を言っている者としては恥ずかしい話だが、今回は気力が萎えてしまっている感じがする。
アタマでは分かっているのだけど、気持ちのところがついていかない。「今まで自分は何をしてきたのだろう?」という思いから抜け出せない状態です。もちろん仲間たちの確かな向上進化も実感しているので、全く大丈夫ではあるのだが。

畑の方も急に雨が続いて、作物よりも草が一気に生長して、特にN地などは手が付けられない状態になってしまっている。

前回の「愛は時空を超えて」で農業のことを伝えられて、なんだか一気に気が抜けた感じになった。お盆休みということもあってしばらくは畑に出ていなくて、その間に雨も続き、草が一気に生長したようだ。

それにしてもN地の黒豆などはかなりの手間をかけて除草したのに、あっという間にまた草に覆われてしまっている。乾燥が原因だったのか、ある時期から今までにないぐらいに生育が悪くなり、鹿の食害などもあった上にまた草に覆われて、手が付けられない状態になっている。去年まではかなりの草の中でも黒豆はちゃんと生育していたのに、こんなひどい状態は初めてのことだ。どうしようもないので、草と一緒に刈ってしまうしかないと思う。それもかなりショックですが。


克)はい。
前回にお伝えした通りなので、今回は繰り返しません。あなたはショックでしょうが、今回はそれでよろしいのです。

単に天候の影響だけではなく、あなたの場合は自分のエネルギーも畑の状態に大きく影響を及ぼしています。その意味ではあなたの発するエネルギー次第で、嬉しい意味でもその逆の意味でも、普通はあり得ないことがカタチになりやすいのです。
特に7月の後半からは「この30年間、自分は何をしてきたのか?」という思いが湧き始め、その後その思いはさらに重くなってきました。気力が萎えるということだけでなく、あなたを取り巻く現実に作用しないはずがないのです。


飯)はい。自分でもそんな気がしていたけどね。
前回の「愛は時空を超えて」や先日の緊急メッセージを読んで、おおよそのことは理解しているつもりです。これも当初からのシナリオにあったことで、これによって私たちが形成するエネルギー場は大きく向上進化するのだということも分かっているのだけど、今はまだ気持ちがついていかない。「人として優しく、人として正しく」という学びのテーマは何だったのかという思いに引っかかってしまって。
もちろん自分なりの感傷や安っぽい自己憐憫に浸るつもりはないので、すぐに切り替えていきますが。


克)はい。相変わらず結構な心構えです(笑)
せっかくの心構えに水を差すようですが、頑張って気持ちを高めようとしなくて構わないのですよ。今回はというよりも今はありのままの気持ちに浸ってよろしいのです。畑のことも無理して頑張らず、今は最低限のことだけしていればいいのです。

そもそもが面積に見合う労働時間を作れないのですから、あなたのエネルギーが減退・不調和になれば、畑というエネルギー場も乱れを生じて、あなたがいくら頑張っても嬉しい現実にはならないのです。
それはあなたもよく分かっているはずですし、今は理性で感情を抑えることよりも、根本からあなたのエネルギーを切り替えて、それをしっかりと根付かせることが優先されるのです。

あなたが地上で私と出会う前のことですが、あなたは数日間寝込んだ後、外に出てみると木の葉や草の葉から山々の稜線に至るまでが美しく見えて涙が出たことがありましたね。
なるべく早く、ゆったりとした時間をとって、そこにつながりなおしていただきたいのです。


飯)あれは自分にヒーリングの能力があることが分かってからしばらくした頃だったと思う。まだスピリチュアリズムも知らなかったと思う。突然、ほとんど食べられなくなって、3日間ほど泥のように眠り続けた。そのあと久しぶりに外に出てみたら、あらゆるものの輪郭の少し外側、いわゆるオーラといわれている領域が透明に美しく輝いていることが見えるようにリアルに感じて、思わず涙が出た。
それからしばらくの間はその美しさに涙が出るような感動が続いたが、慣れてしまったのかいつの間にか何も感じなくなっている。


克)はい。その後のあなたは忙しく意識を働かせることが続いて、その美しさを体感できなくなってきたのです。それをもう一度体感して、あなたの感覚に溶け込ませるには、短時間の瞑想では不十分であるのです。それを体感しなおすことの意味を今はお伝えしませんが、しばらくの期間はひたすら意識を休めることをお勧めします。もちろんその美しさは意識して体感できるものではありません。日常を離れなくてはそういう境地にはなりにくいので、どこかでゆったりできる時間を確保してくださいね。


飯)分かりました。すぐには無理だけど、そのつもりで予定を組んでいきます。
今年の夏の暑さや長さもあるのだろうが、今は心底疲れましたと言わずにいられない気分でもあるし。


克)そのようですね。
いずれにしても、あなたの地上人生最後の大掃除になるでしょうから、自分が納得できるまで意識を休めてくればよろしいのですよ。それは間違いなく、悠々塾というエネルギー場のさらなる向上進化につながり、仲間の皆さんにも喜びの作用・影響を及ぼすことになるはずですから。


飯)どこかに籠るにしても、ほとんど食べずにずっと寝ているのは気が進まないけど、自由にして構わないんだよね?


克)それは当然です。あの頃のあなたは喜びよりも苦の方が大きかったので、つまり喜びの霊界とのつながりが直接的ではなかったので(さまざまな夾雑物が邪魔をしていたので)、泥のように眠り続けることが必要になったのです。今のあなたは苦よりも喜びが圧倒的に大きい状態ですし、喜びの霊界とのつながりも直接的になっています。さまざまなスケールのことについて、目まぐるしく意識を働かせることを休止して、ゆっくりと意識をくつろがせてあげればばよろしいのです。


飯)分かりました。畑のことは最低限の作業にさせてもらって、あとは「ごめんなさい」にさせてもらいます。
ここしばらく強烈に浮き上がっている件についても、もうあれこれと心を煩わせることなく当人に委ねてしまうつもりです。
何も考えずに乗り鉄を楽しんで、豊かなエネルギーのお湯に浸かってこようかな。


克)それでよろしいのです。
今回の件で、すでにあなた方のエネルギー場はさらに霊的エネルギーで満たされていくことになります。仲間の皆さんがたが喜びベースで日々を送っていれば、完全にはできなくてもそうしようとしていれば、今までよりも健やかなる喜びが現実化しやすくなるのです。もちろん自分だけにではなく、自分が心をつなげている人たちにも、健やかなる喜びをもたらしていけるようになるのです。


飯)はい、それは緊急メッセージを読んで分かりました。泥水に浮かんだバケツの底に空いた穴をふさぐ作業のようなものだったのだと思います。だからこそ今の時期は仲間の皆さんたち一人一人が、陰りを光にして喜びベースをさらに確立することが重要なのだと思っています。
それにしても今の時期になって、どうしてこういうことが浮き上がるのかと思ってしまう。浮き上がった経緯からして、シナリオに基づく計らいであることは分かるのだけど・・・。


克)仲間の皆さん一人一人の向上進化は、その時期に解消することになっているカルマの再現とセットになっています。かつての人生で作ってしまったカルマが、どのような時期にどのように再現されるかもシナリオに織り込まれています。この時期に大きなカルマ解消の大詰めを迎えている人もいるということです。

それが解消されたら本人も楽になって喜びが現実化していくだけでなく、悠々塾というエネルギー場も大きく向上進化できるのです。つまり皆の喜びが現実化しやすくなるということです。

喜びベースは本来の霊界と同調できているということですし、喜びではないものをベースにしていることは幽界や暗黒界とのつながりが強いということです。誰もがまだ本来の霊界と完全には同調できていないのですし、個人差はあっても誰もがまだ幽界や暗黒界と完全に絶縁できているわけでもありません。

だからこそ、試練の中でも今の立ち位置から大きな光の一歩を進めることが求められているのです。


飯)分かりました。
僕自身が今回のことでは喜びベースではいられなくて、今も気持ちの陰りを払拭できない状態だから、自分でもまだまだだと思っています。頭では分かっていても気持ちがついていかないというのは誰もが同じなんだろうし。


克)はい。
いずれにしても、今回は自分の感情を理性で切り替えようとしないでくださいね。


飯)あ、なるほど。
なぜ今回は理性で切り替えようとせず、ありのままの思いで、意識を働かせることを休む期間を持つのか、その意味が分かりました。言葉にすればまた理性のエネルギーを使うことになるから、今は何も言わないけど。


克)はい。それでよろしいのですよ。


飯)ということで、今回は短いけどここまでにしようか。
いつもありがとう!


克)はい、お疲れさまでした。
どこかに籠る時までの間、あなたの場合は気持ちの陰りは感情レベルの喜びで薄くするようにしてくださいね。今のあなたには、いわゆる気晴らしが必要です。


飯)気晴らしと言っても特に思い当たることもないけど、そうしていきます。
ありがとう!
それではまた!

(2025・8・20)

20/08/2025(水) 15:45:42

No.43034  飯沼正晴
Re: 8月20日(水曜日) 引用
「愛は時空を超えて」、一気に受信して、ざっと読み返しただけですがアップしておきます。

あとでまた読みなおして、多少の手直しをするかもしれません。


スレッドが下になっていますが、祐造さんの投稿が入っています。

20/08/2025(水) 15:49:32

No.43035  飯沼正晴
Re: 8月20日(水曜日) 引用
畑で草刈りしている時に克から伝えられたので、書き加えました。
私が文章化できていなかったようです。

祐造さんへのコメントがあれば、このスレッドにお願いしますね。

20/08/2025(水) 19:06:07

No.43036  Bさん
Re: 8月20日(水曜日) 引用
祐造さん、書き込みありがとうございます。

ふと、「いい人」とは何ぞや?って思ってしまいました。

「いい人である」こと、「いい人であろうとする」ことと、「いい人に見られたい」こととは、心に雲泥の差があるようです。

人にどう見られようが、人がどう思おうが、「いい人」の視点はそんなところにはないはずです。本当に「いい人」はきっともっと大切なところを観ていると思います。

「いい人に見られたい」人の視点は、あくまで見られたいのであって、本心、本音は別のところにあるのでは?
「見られたい」人の姿は、きっと周りの人の目にも「見られたい」姿として映っているでしょうね。

それってとても寂しいことですよね。
もっと本音で生きていきましょうよ。


今までの自分がどうであれ、噓偽りのない世界を求めて自らを戒めていききます。

20/08/2025(水) 23:09:33

No.43037  飯沼正晴
Re: 8月20日(水曜日) 引用
あおやまさんはかなり変わってきたと思うけどな。

まだまだ喜びベースに向かって、伸びる余地ありますね。

祐造さんには明日ぐらいにコメントしましょうか。

20/08/2025(水) 23:17:45

No.43038  さいこ
Re: 8月20日(水曜日) 引用
祐造さん、思ったこと書きます。
私が祐造さんの立場だったらどうするか、きっといたたまれなくて、ぬまさんに電話するなり、会いにいくなりすると思います(ぬまさん、嫌かもしれませんが)掲示板に書き込みする余裕なんてないと思います。
今の思いを書いたとしても、消えていなくなりたい、そんな心境になると思います。

>こんな自分ではありますが、許されるならみなさんとともに歩ませていただければと願ってます。<
祐造さんはまだ気持ちが大きく動いてないし、心を動かすということがよく分からない状態です。
この状態で、今、祐造さんとどう関わったらいいのか、分かりません。
祐造さんを排除するつもりはないですが、今の祐造さんを受け入れることが、祐造さんにとって良いことなのか?と考えてしまいます。私たちにとってもです。
祐造さんの心が大きく動いた時、自ら過去を振り返り反省してからでも遅くないと思います。
祐造さんは大事な仲間です。
それは変わりません。
もし分からなかったら、分からないでいいと思います。
ただ、自分を良い人の型にはめるのはもうやめましょう。
そんなことしなくても、祐造さんの良さは伝わります。

自分の事を棚に上げて、厳しいことを書いてしまいました。
お許し下さい。

20/08/2025(水) 23:41:36


No.43030 祐造  
8月20日(水曜日) 引用
この間、僕の問題で飯沼さん、皆さんにとんでもない思いをさせてしまったこと、本当に申し訳ありません。
大事な時期に大きなかげりを振りまいてしまったことをお詫びします。
すみませんでした。
こんな僕にエネルギー送って下さって皆さん、グループラインで励ましてくださった皆さん、気持ちを向けて下さった皆さん、本当にありがとうございました。

この間僕は、飯沼さんがどんな気持ちで関わってくださったのか、みなさんがどんな思いでエネルギーを送ってくださったいたのか、そんなことも見えずに自分のことばかりしか見えていませんでした。
自分が逃げること、この場をなんとか切り抜けること、そのために意識的・無意識的に誤魔化すことを続けてしまいました。
自分の至らなさから逃げながらその場を取り繕うこと、それがもう身に染み付いてしまっていることがよくわかりました。
本当に卑怯でみっともない限りです。

今の思いを書かせてもらいたいと思います。
「覚えていない・覚えていなかった」というのは嘘であり誤魔化しでした。――― そう認めることになったのは、もうどうにも逃げきれなくなったから、そしてこのままでは幽界に堕ちていく怖さが迫ってきたことからでした。
そしてグループラインで皆さんがどんな自分をさらけ出しても受け止めて下さるとういうコメントに、今なら間に合うと助けられた気持ちもありました。
(でも自分にとって助けられた思いであって、そこでも自分大事の状態でした)
あの日は午前から飯沼さんの理詰めの問いかけに、もう前後左右どうにも動けなくなったからか、意識が混乱した状態になりました。
認めざるを得なくなって認めたにすぎないという状態です。


18日のさきさんの書き込み
>・上辺を取り繕い、自分自身の内実に向き合うことから逃げてきた付け
・高齢になり認知症で祐造さんの世話に頼るしかなかった、抵抗できないお母さんに、自分の思い通りにならないことに負担感を募らせ、圧力をかけ、イライラをぶつけ続けてきたこと。
・夜にごそごそするお母さんに我慢ができず、ブチ切れて夜中に大声で怒鳴り続けたこと。
・そういう自分を正当化するために、愚痴と称してちいさんぬまさん、仲間の皆さんに「母親に迷惑をかけられてる」という自分のしんどさをぶちまけ続けたこと。
・親身に寄り添う仲間の忠告を聞こうともしなかったこと。
・このことが浮き上がった時に、自分の至らなさをみようとしなかったこと。思いだせない覚えてないという嘘とごまかしで逃げ続けたこと。<

今回明らかになってしまった自分の重大な過ちや至らなさ、そしてそこから逃げ続けてしまったことに、自分はとんでもないことをしてしまったと思います。
でもその過ちの重さにいたたまれない思いが湧き上がったり、気持ちのところでたまらない思いになったりしてるかというと、申し訳ないことにそうではありません。
気持ちが大きく動いてはいないし、心を動かすということがよく分からない状態です。

8月16日の僕の書き込み(No.43001)で、飯沼さん、皆さんにどんな思いをさせてしまったことか、考えると怖くなります。
読み返すのも恥ずかしく、苦しい気持ちです。
あの書き込みをする前に、何度も自分の記憶を確認したのですが、やはり記憶の空白がありこれは間違いのない事実だと思いました。
その確信があったので指導霊さんのことまで書いてしまいました。
今思えばその時僕は深い陰りの世界の中に居て、そこに居ることすら全く分かっていなかったのだと思います。
克子さんからのメッセージにある
>陰りを陰りとして認識できず、闇を闇として認識できないことが、「幽界や暗黒界と同調している」ということです。<
これは正に僕のことでした。
その世界に居ると、もう自分が本当に正しい現実を見ているとしか思えず、とても恐ろしいくておぞましい世界だと感じています。
そこでは僕は、認めてから以降も「意識的に嘘をついてあの書き込みをしたのではない」ということだけは分かって欲しいという気持ちが昨日まで強くありました。
でもそれも含めて自分であり、自分のしたこと、してしまったこととして受け止めなければ始まらないことだと今思っています。

今年の新年会の前夜に僕が飯沼さんを激しく怒鳴り続けてしまったこと、思い違いのせいにしてきたことも、僕がとっさに事実を誤魔化したのだと思います。
もう身に染み付いた「いい人でなければ」の意識が、そうしてしまったと思います。
自分のやる気のなさを誤魔化すために怒鳴り続けて、その理由も思い違いのせいにして逃げていたのでした。
飯沼さんには本当に申し訳なく、お詫びします。
恥ずかしく、情けなく、みっともないばかりです。

僕は「介護なんかするんじゃなかった」という言葉で大事な、仲間のちぃさんの思いを裏切ることをしてしまいました。
とんでもなく忙しい毎日のなかでも、僕に介護のアドバイスを丁寧に丁寧に続けて下さったちぃさんなのに、その大変さ、ありがたさを心で受け止めることができていませんでした。
イライラをぶつける自分に何度も何度も忠告をもらいながら、自分の行為を改めることができなかったこともあわせて申し訳ありません。

僕は今回のことでさきさんに悔しい思いさせ、あきれ果てさせ、みっともない姿に落胆させてしまいました。
さきさんがドネ総会の準備で忙しいなか、僕はこのことでまたドネの活動の足を引っ張ってしまいとても申し訳なく思います。
離婚当時と全く変わらない自分を思い知りました。

一時帰宅していた母親が、今日老健施設に戻りました。
母親が自宅に帰ってきた日の夜に、母親の手を握って自宅で介護していたときに怒鳴り続けてしまったことをお詫びしました。
怖い思い、辛い思い、不安な思いをずっとさせ続けたことを謝りました。
認知症の母親はほとんど覚えていない様子で「そんなことがあったかなぁ」というだけで、その様子にまた心が痛みました。
メガネが少し涙で濡れましたが、こころの底からのお詫びかと問われれば、まだまだだと思います。これもまた申し訳ないことです。


これからどうするのか、どうしたいのかと問われれば、もうこんな愚かなことはしたくない、繰り返したくない、こんなことをする自分は嫌だと思っています。
ずっとずっと逃げ続くてきたことの付けは重いです。
でももう逃げ続けたくないと思います。
ここでなんとかしなければ、もう本当に後がないと思います。

ダウンロードのときに伝えられた言葉
>こんな自分はもう嫌だと、心の底からそう思える日が来るといいですね<
を思い出します。
僕はまだ「心の底から」には程遠いところにいます。
まだまだ幽界につながったままだと思います。
でもここから脱したいと願います。
心を動かすということをしなければ、学ばなければと思います。
自分自身の内実に向き合うことから逃げてきた、その重さを今から思い知ることになるのかも知れません。

また何かで自分の至らなさを指摘されたなら、その時こそ自分を守る方に動くのではなく、ありのままに正直に、取り繕うことなく自分の至らなさをかえりみることをしなければならないと思います。
自分のことばかり、しんどさばかり見て、相手や周の人のことが見れない。
そんな自分は卒業したいです。
今まで逃げてばかりでしたが、本当に変わらなければと思います。
風穴に向けての大事なときに、この場で陰りをぶちまけてしまいました。
こんな自分ではありますが、許されるならみなさんとともに歩ませていただければと願っています。

20/08/2025(水) 14:46:09



No.43029 飯沼正晴  
8月19日(火曜日) 引用
眩暈がするような日々が続きましたが、気がつけば8月ももう後半です。

気分が落ち込み気味になるのは仕方ないでしょうが、克からのメッセージを読めば今回の件の意味は分かります。
そして経緯を思い返せば、やはりすべてが計らいであったのだと思います。
雛型成就に向けて、この時期にどうしても必要な計らいだったのだと思います。

どんな時も、指導霊さんたちに見られている・見守っていただいているのでしょう。

それを心の底から「ありがたい」と思えるような自分として、日々を生きていきたいものです。

特にこの1週間ほどでどっと疲れてしまいましたが、気分のところでも喜びベースに切り替えていきます。

昨日、軽トラを運転している時、昔流行った「若者たち」という歌が頭の中で流れてきて、思わず涙が出ました。
もう若くもないどころかすっかり高齢者になってもまだ、ひたすら新しい地上界の雛型成就を目指す自分には「若者たち」よりも「馬鹿者たち」の方がふさわしいのかもしれません。

それが「夢」ならばとっくに諦めているのでしょうが、ある時期からの私には夢のレベルではなく、実現可能な確かなプロジェクトとして在るのですが・・・。

やはり疲れているのでしょうね。
この30年あまり、「人として優しく、人として正しく」を掲げて悠々塾の働きを続けてきました。
その悠々塾の古参メンバーが定例会に毎回参加する一方で、高齢の母親に対する虐待のリストに載せられるような行為を5年以上にわたって続けて警察にマークされていたこと、何度忠告されても虐待を疑われる行為をやめなかったこと。
救急搬送と同時に警察官が駆け付けて、しつこく事情を聴くというのは、虐待に対する「警告」でもあるし、それは当人にも分かるはなのに。
そして7月定例会以降の言動・態度・・・。

「見守りリスト」は単なる通報でリストに載せるのではなく、場合によれば地域の民生委員さんなども合議に参加して「認定」するようです。
つまり、家族間の暴言の域を超えて、虐待の疑いが濃厚であると認定されてリストに載るのです。
自宅介護している家族の暴言はさほど珍しいものではないでしょうが、そういう域をはるかに超えていると認定されていたのです。
介護関係者でもそんなリストがあることは聞いたことがない、救急搬送と同時に警察官が駆け付けるなんて聞いたことがないと言うぐらい、極めて珍しいことのようです。

私はそこまでのことをしているとは全く思っていなかったので、この時期にそれが分かって何ともいえない気分です。
もちろん自分なりの感傷に浸るつもりはないので、すぐに立て直しますが。

19/08/2025(火) 11:15:27



No.43017 さき  
8月18日、月曜日 引用
ぬまさん、皆さん、おはようございます。
ご心配おかけしてすみませんでした。
エネルギーありがとうございます。

祐造さんは昨日の朝、ぬまさんの書き込みを見て、まだ言われるのか、って感じで、少し話しましたが、どうしたらこの場をとりつくろえるのか、切り抜けられるのか、どう言ったら許してもらえるのか?という状態で、自分を守ることにしか意識も心も向かない様子でした。
もう死んでからしか気づかないのかもしれないと思いました。
まあ、死んだらわかるんやからいっか、、、
ほんまにしょうもない人やなと、、
気の毒な人やなと、、という心境でした。

午後はお母さんの帰宅準備をして、、
そのあと一人で二階でパソコンにむかっていましたが、同じような感じでした。
けどぬまさんの最後に書き込みを見てなんか動いたようです。
ぬまさん、ありがとうございます
仲間の皆さん、ありがとうございます
グループラインに勇気づけられ、涙、涙、でした。
ぼろぼろですが、ここからはじめます。

18/08/2025(月) 07:57:20


No.43018  のものも
Re: 8月18日、月曜日 引用
さきさん
おはよ〜ー

ギィちゃんも、ど、どうしたこの2人と
思っているかもしれませんね(笑)
やっぱ魂の伴侶なんですね。

さきさんの大きな愛に感動の中
私も行ってきま〜す

18/08/2025(月) 08:30:31

No.43019  飯沼正晴
Re: 8月18日、月曜日 引用
さきさん、お疲れさまです!

まあ、そんな感じだろうと思っていました。

昨夜も心が動いたとは思えません。
逃げきれなくなって、ウソや誤魔化しを認めるしかなくなった。
そういう状態、そういう段階だと思っています。

しかしそれにしても、「指導霊さんたちに誓って」というニュアンスで、真っ赤なウソを主張したのはマズいでしょうね。
もちろん指導霊さんたちは全てわかった上で見守ってくれているでしょうし、絶対的な赦しの境涯の方々です。

なので指導霊さんたちが罰を与えることはないのですが、祐造さん自身の魂がどういう意識・エネルギーを発していくことになるのか?

いずれにしても、祐造さんはまだ心から気づいたとは思えず、であれば何事もなかったかのようにはいかないし、祐造さんのためにもそうしてはいけないと思っています。

エネルギーを送り、グループラインでさまざまな応援コメントをしてくれた皆さん、ほんとにありがとう!
まだまだではありますが、大きな一歩を進めることができたとも思っています。
先日の克からのメッセージを改めて読み込みます。

18/08/2025(月) 08:48:55

No.43020  飯沼正晴
Re: 8月18日、月曜日 引用
克からのメッセージを再掲載します。
。。。。。。

今回のテーマは、「もしも今、自分が死んだらどういう道筋を辿るのだろうか?」ということです。
今までの自分・今の自分を霊的視点で振り返り、過ちや不十分さに向き合って、これからの地上人生を喜びベースに切り替えるための重要な心の作業です。
喜びではない自分なりの感情を健やかなる喜びに昇華し、地上人生に霊的視点を軸として加えることで、霊界との同調・共鳴も進み、自分や自分が属している場のエネルギー・現実も大きく変化していくのです。

今の地上界には霊界と完全に同調できている人間はいません。
そして幽界や暗黒界と完全に同調している者も少ないのです。
個人差は非常に大きいのですが、全ての人間が霊的輝きと陰りや闇を併せ持ちながら日々を生きています。

ですから全ての人は死後、地上の自分が霊としての輝き・人としての輝きを発揮できたことを喜び、その一方で地上の自分の陰りや闇に向き合い(自分で認識できていない場合はそれを見せられることになります)、光の喜びに昇華できてから本来の霊界に戻るのです。
陰りに囚われたままの者は幽界に赴き、陰りを手放さないことを意志・選択した者は暗黒界に堕ちていきます。
大部分において善良な地上人生を生きた者であっても、そういう自分にもある陰りに向き合えず、陰りに囚われたままであれば、その者はその陰りに支配されて幽界や暗黒界に堕ちていくことになるのです。
死後も自分の過ちや不十分さに向き合えず、自分の非を認めることができず、幽界や暗黒界に堕ちていく者が大勢いるのが実情です。

あなた方が担っている地上人類の霊性進化の雛型成就=地上界にエネルギー的な風穴を開けるプロジェクトは、霊界との同調度を高め、同時に幽界や暗黒界と絶縁する(影響を受けなくなる)ことで成されることなのです。
もちろん今の地上に生きていれば幽界や暗黒界と完全に絶縁することは容易ではありません。
しかし、少なくともその影響下から脱すること、すなわち陰りや闇が浮き上がった時に光の喜びに切り替えること、切り替えようとすることが雛型成就の必須条件になります。

陰りを陰りとして認識できず、闇を闇として認識できないことが、「幽界や暗黒界と同調している」ということです。
認識はできても、自分の感情を優先して陰りや闇に留まろうとすることも、「幽界や暗黒界と同調している」ということです。
そういう自分を超えていこうとすることが、幽界や暗黒界の住人を救い、その次元の境涯の影響を受けている人間を癒すことにもなるのです。

光の喜びといっても、今の地上界においてはさほど高度なものではありません。
「自分を含む皆に健やかなる喜びをもたらしていく」ということです。
それを自分の喜びにしていくことです。
「人として優しく、人として正しく」、「皆も自分も幸せに」、「陰りを光の喜びに」ということでもあります。

陰りや闇の要素は個人差が大きいものですが、それが浮き上がった時にどうしていくのか、どうしていこうとするのか、それが全てです。
躓きながらでも陰りや闇を健やかな喜びに切り替えようとしていくこと、実際にそうしていくことが、この悠々塾における学びであり同時に働きでもあるのです。

個人差はあるとしても皆さん方の多くは、この地上人生において善良さをベースにしながらもさまざまな陰りも闇も併せ持つ人間として生きていました。
そして悠々塾で共に学びを続ける中で、自らの陰りや闇と向き合い、行きつ戻りつしながらでもそれらを大きく解消してきたのです。
大きく向上進化できてきたのです。
その意味では「選ばれし迷える子羊」でもあり、同時にまさに「光の戦士」でもあります。

とはいえ、皆さん方も完全に陰りや闇を払拭できているわけではありませんし、今それが大きく浮き上がってまさに正念場を迎えている仲間もいます。
上辺を取り繕い、自分自身の内実に向き合うことから逃げてきた付けが回ってきているのです。

大事なことはそこで皆さんがどうするかということです。
今のその人には言葉は通じませんが、エネルギーは届きます。
その光のエネルギーを作用させるには、皆さんがた自身がまだ自分にも残っている陰りや闇に向き合って、それらを健やかなる喜びに切り替えようとすることです。
すなわち「自分を含む皆の喜び」に切り替えることです。
これが地上に生きる意味でもあるのです。

それによって大事な仲間を救えるのですし、あなた方のエネルギー場における幽界や暗黒界からの影響をさらに薄くすることができるのです。
雛型成就に向かって大きな歩みを進めることになるのです。

今回も感覚の層に染み付いた設定が作用しているので、それを解消するのは容易ではないでしょう。
今回は「良い子であろう・良い人であろう」という善良なる願いが感覚の層に染み付いて、「自分は良い人だ・自分は良い人でなければいけない」という設定になり、実際がどうであれ本人の意識・認識は全てそこに帰結している状態です。
「良い子であり続けるのはしんどいことだ」という反復継続した思いも、感覚の層に強固な設定を形成しています。

それを解消するエネルギーを送ってあげていただきたいのです。
それは「無条件の感謝と祝福」のエネルギーであり、同時に喜びの中で向上進化に向かう「強い意志」のエネルギーです。
しかし、もしも今回そのエネルギーが作用しなくても大丈夫です。
皆さん方が本気でさらなる向上進化に向かい、本気でそのエネルギーを送れば、その人がどうであれ雛型成就に大きく近づくことになるのですから。

もちろん霊界側としても、全ての仲間が共に雛型成就の暁を迎えていただきたいと願っていますが、最終的には本人次第ということになります。
これは突き放すという意味ではなく、死後どの境涯で生きるのか・地上人生をどのような人間として生きるのか、やはり最終的には内実を伴ったその人の自由意思に委ねられているのです。
幽界や暗黒界に堕ちた者は、自分自身の意志によって、「こんな自分は嫌だ」と心の底から思えるまではその境涯に留まることになります。

しかし、皆さん方が自分自身にも残っている陰りや闇を光で照らし、光の喜びに切り替えていこうとすることが、どこかではつながっている幽界や暗黒界の者たちに、地上でその境涯に生きている者たちも含めて、行く手を照らす一条の光をもたらすのです。
一条差し込んだその光に向かうかどうかは、やはり本人次第ではありますが、それは今の段階では致し方のないことです。

(2025・8・13)

18/08/2025(月) 09:11:33

No.43021  さき
Re: 8月18日、月曜日 引用
のもちゃん、おはよう。
ギィくんはどうだったのかな、わりと無頓着だったかもです。

ぬまさん、はいです。
ここで安心してこれまで通りにとどまって、ここから何ごともなかったかのように今まで通りを続けるのであれば、同じことだと思っています。(そうできる、そういう傾向のある人なので)
同じようにはいかない計らいがあるのでしょうね。
これで済むとは思ってません。

驚くほどお粗末で見苦しい限りですが、ここからはじめます。
と言えることが嬉しいです。

ぬまさん、みなさん、ほんとうにありがとうございました!

18/08/2025(月) 09:17:15

No.43022  ゆりか
Re: 8月18日、月曜日 引用
克子さん、さきさん、ヌマさん、祐造さんの現状をわかりやすく伝えてくださり、ありがとうございます。
私も、これからが正念場だと思います。

今迄以上に 自分も進化向上の意志を最大限に高めて 自分の中の翳りを光に切り替える努力をします。
その上で、祐造さん・及び、どこかではつながっている幽界や暗黒界の者たちに、地上でその境涯に生きている者たちも含めて、行く手を照らす一条の光をもたらそうと強く意志し、
毎日無条件の感謝と祝福のエネルギー、喜びの中で向上進化に向かう強い意志のエネルギーを送ります。

18/08/2025(月) 10:23:25

No.43023  飯沼正晴
Re: 8月18日、月曜日 引用
ゆりかさんもありがとうね!

引き続きよろしくお願いします!

さきさんも書いているように、祐造さんはしばらくはしゅんとした様子を見せて、時間がたてば何事もなかったかのように今まで通りに戻ってしまう可能性があると思います。

昨夜の投稿もカタチは担保しているものの、心の底からのリアリティは感じられません。

なので、ウソや誤魔化しを認めて、本当のことを明らかにできて良かったとは思いますが、心の底から気づけて良かったと思える状態ではなさそうです。

どうすることが祐造さんの心からの気づきや切り替えにつながるのかを軸に、今後のことを考えていきます。

18/08/2025(月) 11:30:37

No.43024  ちぃ
Re: 8月18日、月曜日 引用
祐造さん、とても勇気の要ることだったと思います。
さきさんの大きな愛あってこそで、さきさん、あっぱれです!
そして、ぬまさんの祐造さんへの大きな愛、みんなの愛もですね!

お母さんと良い時間を過ごして下さい。
直接思いを伝えられること、心を交わし合えること、とてもありがたく幸せなことです。
心のぜんぶでお母さんに思いを伝えてあげて下さい。

これからも祐造さんを応援しています。
エネルギー送ります!

18/08/2025(月) 11:49:15

No.43025  さき
Re: 8月18日、月曜日 引用
・上辺を取り繕い、自分自身の内実に向き合うことから逃げてきた付け

・高齢になり認知症で祐造さんの世話に頼るしかなかった、抵抗できないお母さんに、自分の思い通りにならないことに負担感を募らせ、圧力をかけ、イライラをぶつけ続けてきたこと。
・夜にごそごそするお母さんに我慢ができず、ブチ切れて夜中に大声で怒鳴り続けたこと。
・そういう自分を正当化するために、愚痴と称してちいさんぬまさん、仲間の皆さんに「母親に迷惑をかけられてる」という自分のしんどさをぶちまけ続けたこと。
・親身に寄り添う仲間の忠告を聞こうともしなかったこと。
・このことが浮き上がった時に、自分の至らなさをみようとしなかったこと。思いだせない覚えてないという嘘とごまかしで逃げ続けたこと。

自分で蒔いた種は自分で刈り取るしかありません。
ここからどうするか
どんなエネルギーを発して生きていくのか
二階から見られていると思います。

お母さんに、お詫びするなら心からお願いします。

働きの重圧、、とか以前に
あたりまえの、人としてどうなん!って話です
その自分を見ることもできず、ごまかして逃げてるだけなのに
わかったように指導霊とか言うな!って思います
みっともない。
いままで何を学んできたのかと思います

ほんまに、上辺を取り繕い、自分自身の内実に向き合うことから逃げてきた付けがまわってきてますね。
ここからどうするん。

祐造さんは祐造さんでいいんよ
どんな祐造さんも祐造さんです

ここからはじめるために、少なくとも7月定例会のテーマにもういちどきちんと向き合ってやってほしいです

18/08/2025(月) 12:26:22

No.43026  さき
Re: 8月18日、月曜日 引用
ちぃさん、ありがとう。
ありがとうございました!

すみません、ちょっと言わずにいられなかった。
喜びベースでいきます!
お母さんといい時間にします!

18/08/2025(月) 12:30:37

No.43027  飯沼正晴
Re: 8月18日、月曜日 引用
ちいさんも、ありがとう!
個人ラインも力づけられました!


さきさんがあんなふうに書くということは、昨夜から今日の祐造さんの様子を見てのことかもしれませんね。(分かりませんが)

さきさんも書いているように、自分から指導霊さんや死後の査定のことまで持ち出して、ウソや誤魔化しを通そうとしたことはとても重大なことだと思います。
あれを読んで、「祐造さんはほんとのことを言っているんじゃないか」と思った人もいたようです。

今まで何を学んできたのかという以前に、何も学んでこなかったのでしょうし、学ぶ気すらなかったんじゃないかと思ってしまいます。
多少の知識は覚えたとしても、心では何も学んでこなかったし、心で学ぶということが分からないのだと思います。

いくらこの時期の計らいとはいえ、けっこうガックリきています。

私は今の祐造さんに改めて死後の振り返りを書くことを求める気にもなりませんが、この先の祐造さんの書き込みなどを読んで処遇も含めて考えていきます。
排除などはしませんが。

18/08/2025(月) 13:44:53

No.43028  飯沼正晴
Re: 8月18日、月曜日 引用
◆【速報】「彼の功績、生き方を伝えられたら」死亡した元兵庫県議の遺児2人のために同僚議員らが遺児育英基金を立ち上げ

8/18(月) 16:03配信 読売テレビ


 兵庫県の斎藤元彦知事の疑惑を調査する百条委員会の委員を務めていた竹内英明元県議が亡くなったことを受けて、元県議の同僚議員らは18日、遺児育英基金を立ち上げたと発表しました。

 寄付は振り込みで、11月18日まで受け付けるということです。また、メッセージを受け付ける専用のサイトも立ち上げ、内容は遺族に送られるということです。

 呼びかけ人の一人であるひょうご県民連合の上野英一県議は「(竹内元県議は)議員になるべくしてなった人だった。これまでの彼の功績、生き方を残されたお子さんたちに伝えられたら」と基金を立ち上げた理由を明かしました。


□受け付けサイト
https://takeuchi-kikin.com
(18日午後5時から)

□振込先
銀行名:三井住友銀行(0009)
店名:神戸営業部(500)
預金種目:普通預金
口座番号:2005226
タケウチヒデアキサンイジイクエイキキン


■「夫の尊厳を守りたい」妻がNHK党・立花氏を名誉棄損の疑いで刑事告訴

 竹内元県議をめぐっては、妻がNHK党の立花孝志党首を竹内元県議に対する名誉棄損の疑いで刑事告訴し、兵庫県警が受理しています。

 竹内元県議は昨年11月の知事選投開票日の翌日に「一身上の都合」を理由に辞職し、今年1月に死亡しました。発見時の状況から自さつとみられています。

 告訴状によりますと、立花氏は去年12月、自身が立候補していた泉大津市長選挙の街頭演説で、竹内元県議について「警察の取り調べを受けているのは間違いない」などとウソの発言をし、名誉を棄損したとしています。

 また、竹内元県議が亡くなったことが判明した直後にも、立花氏は動画投稿サイトでのライブ配信中に「竹内元県会議員、どうも明日逮捕される予定だったそうです」「本人は逮捕される前にも自ら命を絶ったのではないかと。お亡くなりになったといっても自業自得であったとしか言いようがない」などと発言し、名誉を棄損したとしています。

 竹内元県議の妻は今月8日に記者会見を行い、「夫は立花氏から『黒幕』と名指しされ、そこから夫の運命が変わりました。 生涯をかけて打ち込んできた議員の仕事、その職責から逃げた自らを責め自己を否定し、もがき苦しんでいた姿が、今も脳裏に焼き付いて離れません。間違いなく、この兵庫県政の混乱の中で追い詰められ、孤立し、社会に絶望してこの世を去りました」と辛い胸の内を明かしました。

 その上で、「私は夫の尊厳を守りたい。夫は死んでも、遺族の心の中に生き続けています。そう思い、声を上げることを決めました。デマで人を貶め、死者にむち打つ行為が平然と、公然と行われる。民主主義の根幹をなす選挙が、死者の冒涜に利用されることの異常さ、悪質さを私たちはもっと深刻に受け止めなければならない」と思いを語りました。

■立花氏「受理は妥当、真実相当性を説明し不起訴になるよう努力する」

 一方、刑事告訴された立花氏は、「名誉毀損罪は、名誉を毀損した段階で受理されるものであって、名誉毀損容疑について、警察が受理したことは妥当であると考えている。今後、警察には『なぜ私が竹内さんの名誉を毀損したのか』についての真実、あるいは真実相当性を説明して、不起訴になるように努力していきます」とコメントしています。

18/08/2025(月) 20:52:38


No.43003 飯沼正晴  
8月17日(日曜日) 引用
昨日のスレッドの下部に祐造さんの投稿が入り、私が返信しています。

>でもこれだけは胸を張って言えます。
本当のことですと。<

とのことですが、
認知症の母親に対してブラックリストの載せられるほどの暴言を吐いてきたことを忘れて、どうしても思い出せないことを、「胸を張って、本当のことですと言えます」という感覚はおかしくないですか?
そんな恥ずかしい話、胸を張って言えるものでしょうか?

お母さんへの暴言を何度も注意されたことをすべて忘れていることが本当であっても、胸を張って「本当のことです」と言えるのですか?

もしも本当に覚えていないとすれば、祐造さんはいつから覚えていないのでしょう?
少なくとも5年以上もの間、祐造さんはお母さんの介護をきちんとする一方で、お母さんを怒鳴りつけてきたのです。
これは事実ですね。

そして初めの頃からちいさんや私は、祐造さんに対して注意・忠告してきたのです。
にもかかわらず、祐造さんはお母さんを怒鳴りつけることをやめなかった。

お母さんを怒鳴りつけていることも、そういうことをやめるようにという忠告も、まるで記憶に残らなかったということでしょうか?

それとも自分がしていることが分かりながらお母さんを怒鳴りつけ、忠告されていることも分かりながら、忠告を無視していたのでしょうか?

自分がやり続けていた過ちを心の底から悔いるのであれば、「胸を張って」などという言葉が出るはずがないと私は思います。


祐造さんは数日前に過去のメールを読んで「思い出した」ことになっています。
でも、8月10日の投稿には以下のように書いています。

>こうして振り返ると、この一件だけでなく様々なシーンで僕は母親にとって喜びでないものを向けてしまったように思います。
母親の気持ちを大きく受け止めることより、こまごましたところで「こうあるべき」という圧力をかけてしまったことに気が付きました。
身内ならではの「ちゃんとしていて当たり前」という思いが強く、何かと口うるさく言ってしまい。認知症の母親にはしんどいものだったことでしょう。<

以下は8月11日の投稿です。

>そういうシステムになっているのなら、きっと僕は虐待の疑いで通報されて、「見守りリスト」に載っていた可能性が高く、それで警官が駆けつけてきたのだと思います。
自分が母親に向けて発していたものが、周りの人にとって大変心配に映るものだったのであり、だからそういうことになったのだと自分の至らなさを思います。

当時僕は事あるごとに、みなさんに母親の介護の愚痴を聞いてもらっていました。
日ごろの介護のしんどさを分かってほしい、という気持ちが強かったと思います。
かなりの勢いで大変さを言い続けていたことを思い出しました。
それくらいのエネルギーを母親にも向けていたということを、もっと自覚しなければならないのでした。
上から目線で、厳しいことを母親に向けてきたと思います。
自分の見たくないところを見てませんでした。
本当に振り返りがまだまだです。<

祐造さん、言葉は多少曖昧ですが、どうしても思い出せないどころか、ちょっと思い返せばはっきり思い出せる、つまり覚えていましたね。


こう書けば祐造さんは、「母親に対して強い言葉を向けていたということは覚えていたが、怒鳴りつけていたことは覚えていない」と言うかもしれません。

しかし、7月定例会の少し前にお母さんの救急搬送と同時に警察官が病院に駆け付けて、しつこく事情を聴かれた」という話を笑い話としてしました。
私はびっくりし、「それは近所の人が祐造さんがお母さんを怒鳴りつけている様子を聞いて、虐待を疑って通報したのだとしか考えられない。自宅介護で怒鳴ってしまうことは珍しくないけど、その程度のことで警察は動かない。救急搬送と同時に警察が動くというのは、よほどのことだと思う。祐造さんの怒鳴り声がご近所に響き渡っていたんじゃないか」というようなことを言いました。

祐造さんの顔が一瞬雲って、祐造さんは小さく「誰やろな」とつぶやき、その話を続けることを嫌がる顔になって、その話は終わりました。
私もお母さんが入所しておられるのだから、今さら改めて問題にする必要もないと思いました。

祐造さんが本当にお母さんを怒鳴りつけていたことを全く覚えていないのなら、その時に「僕は虐待を疑われるような怒鳴り声なんてあげていないのに」と憤慨すると思うのです。
でも、祐造さんは近所の人が怒鳴り声を聞いて虐待を疑って通報したことについて、驚いた感じもなく、怒鳴りつけていたことを普通に認めている感じでした。

つまり祐造さんは自分がやっていたことを忘れて、どうしても思い出せないわけではなかったと思います。
むしろ普通に記憶していたのです。

それでもまだ、「自分は全く覚えていなかった。どうしても思い出せなかった」と言うのでしょうか?

ちょっとここで中断します。

一つ質問があります。
昨夜の投稿に以下のようにありました。

>でもその普通ではないことが実際に起こっています。
これが僕の正直な自分の事実です。<

>僕はこのところ一部の記憶がおかしいことがあります。<
>さきさんが嘘を言うはずもなく、これは自分でも壊れてるのではないかと怖くなりました。<

こういうあり得ないことが起きるということですが、他にはどんなことがありますか?
今年に入ってからの事例を思い出せる限り書いてください。

もしも自分では思い出せないということなら、こういう症状はさきさんが直に知っているはずなので、さきさんに訊いて書いてください。
さきさんが代わりに書いてくれても構いません。

17/08/2025(日) 08:30:56


No.43004  飯沼正晴
Re: 8月17日(日曜日) 引用
祐造さん、

>でもこれだけは胸を張って言えます。
本当のことですと<

この言葉はまるで冤罪被害者のようですね。

私が「これはいわば冤罪です」と書いたことに食いついて、冤罪被害者のように潔白を訴えているのでしょうか?

虐待のブラックリストに載るようなことを5年以上も続けておいて、「覚えていない。思い出せない」というのはさらに罪深いことであるか、分からないのでしょうか?

しかも7月定例会の翌日の話や、8月10日・11日の祐造さんの投稿を読めば、覚えていることは明らかです。
それなのに、まだ「思い出せません。覚えていません」と言うのでしょうか?


>今これを書いているこの時にも指導霊の人が僕のオーラを見ていて、嘘や誤魔化しのオーラが出ていないか見られていると思います。
そして死んでからシビアに査定されることも知っています。<

だから「自分は嘘やごまかしはしていない」という意味ですね?
では、5年間以上もの間、虐待のブラックリストに載せられるようなことをしつづけている時には、そういうことは全く思いもしなかったのでしょうね。
指導霊や死後のことを意識していれば、そんな酷いことは続けることができませんからね。

昨夜の投稿も誤魔化しだらけのように感じてしまいます。


それと、宿題の件で私を怒鳴り続けたことは、不思議な現象が原因ではないと思いますよ。
ああいうのは世間でもよくあることです。

私は宿題を出してからは催促めいたことも一切言いませんでした。
最初からそのつもりでした。
でもあの夜はお酒を飲んでいたこともあって、「宿題をする気があればできるはずだが、祐造さんはやる気がなかったということだ。荒唐無稽な夢物語でいいと言っているのだから、できないはずがないのに」と言いました。
別に責めるような言い方ではなく、それこそ「事実」として言ったはずです。

それに対して祐造さんは、「夢物語でいいなんて聞いていない。それだったらできたんだ!」と怒り始めたのです。
私は宿題を出した時に自分がどう言ったのかはっきりと覚えていたので、重ねてそれを伝えたのですが、祐造さんは激怒して怒鳴り続けていました。

祐造さんが普通ではありえない真逆の理由を主張して怒鳴り続けたことは、不思議現象でもなんでもなくて、要するに「やる気がない」と言われたことへの逆襲でした。
自分を守ることが全てだったのでしょう。

自分の落ち度を守るために、自分を守るためにその時思いついた理由を闇雲に主張しつづけることは世間によくあることです。
「そんな話は聞いていない!」という主張も、ごくありきたりの逃げ口上です。
たまたま後で証拠のメモが出てきましたが、それがなければ祐造さんはずっと「そんな話は聞いていなかった」ということにしていたでしょう。

そして、「夢物語でいいのなら書けたんだ!」と繰り返していたのに、結局は8ヵ月以上も書かずに知らん顔をしている。
それが全てですね。
要するに祐造さんは自分のやる気のなさを誤魔化すために、自分を守るために、その時思いついた嘘の理由・言い訳を主張しつづけただけなのです。

あの件はそういうことだと思いますよ。
要するに世間でよくある誤魔化し方だったのです。

それでは私の投稿に対する返信、今朝の私の質問への回答をお待ちします。

17/08/2025(日) 11:36:33

No.43005  サマンサ
Re: 8月17日(日曜日) 引用
こんにちは!
遅くなりました、

「無条件の感謝と祝福」のエネルギー
喜びの中で向上進化に向かう
「強い意志」のエネルギー
送ります!

今までの自分を霊的視点で振り返り過ちや
不十分さに向き合って陰りや闇を光の喜びに切り替えて行きます!!
今このタイミングなんですね…
すべては良きに計らわれているとあらためて
確信しました!
みんなで風穴開けましょう!
喜びの中でさらなる喜びの向上進化の喜びに生きましょう!

克子さん飯沼さんメッセージありがとうございました!

17/08/2025(日) 16:10:11

No.43006  飯沼正晴
Re: 8月17日(日曜日) 引用
祐造さん、

こんなことで長く掲示板を引っ張りたくないので、昨夜と今日の私の質問になるべく早く回答してくださいね。

・昨夜の質問

それにしても、さほど重大なことじゃないのに、そういうことは過去のメールを辿ってすぐに調べるのですね。
ではなぜちいさんやさきさんや私からのメールは、さきさんに促されてもなかなか調べなかったのでしょう?

調べれば自分に都合が悪いから?
調べるまでもなく、メールの内容・趣旨をおおよそ覚えていたから?

それ以外に理由があるとすれば、どのようなものでしょう?

どうしてすぐに調べなかったのか、そこにちゃんと意識を向けることも、祐造さんがまともな自分を取り戻す助けになると思いますよ。

・今日の質問

>僕はこのところ一部の記憶がおかしいことがあります。<
>さきさんが嘘を言うはずもなく、これは自分でも壊れてるのではないかと怖くなりました。<

こういうあり得ないことが起きるということですが、他にはどんなことがありますか?
今年に入ってからの事例を思い出せる限り書いてください。
。。。。。。

祐造さん、

こういう展開になるとは思っていなかった。
だって、最初の振り返りにお母さんへの対応が含まれていないと指摘された後、祐造さんは軽い話にしながらもお母さんにきつく接したことを自分で書いていました。
周囲の人やちいさんに自分のしんどさを訴え続けたとも書いています
自分が言ったことだけ覚えていて、言われたことは全く思い出せないということかもしれませんが、それもヘンな話です。

まさかお母さんへの接し方について自分の非を認めたあとで、「全く覚えていない。思い出せない」などと言い出すとは思ってもいなかった。
だって、全く成り立たない話だから。

それはやはり「誤魔化し」であることは、祐造さんも分かるはずです。
意図的であれ、無意識の逃げであれ、いずれにしても誤魔化しなのです。
誤魔化しているから話の辻褄が合わなくなって、もうボロボロじゃないですか。
ボロボロになっていることすら分からないのなら、心が腐り始めているということですよ。

祐造さん自身が「潜在意識や感覚を含めて自分なのだから」と書いていますね。
であれば、まずは誤魔化している自分、逃げている自分を認識することですね。

そこからしか始まらないと思います。
虐待のブラックリストに載るような自分の行為を完全に忘れていることを、胸を張って言えると高らかに断言する祐造さんは今、深い陰りの中にいます。
今の祐造さんのどこに光の喜びがあると言うのでしょう?
今の祐造さんがさきさん健やかなる喜びをもたらし、幸せにできるのでしょうか?

陰りから光に向かうのか、あるいは陰りに留まることを選択して闇に堕ちるのか?
まさに正念場です。

出来るならば自分の非をありのままに認めて、学びの仲間として、雛型成就の働きの仲間として、つながり続けてほしいと願っています。

17/08/2025(日) 16:28:07

No.43007  飯沼正晴
Re: 8月17日(日曜日) 引用
祐造さん、

しつこいですが、やり取りの最後になるかもしれないので、もう少しだけ書いておきます。


今回の件はまさしく計らいであると思います。
前にも書きましたが、もうお母さんへの関り方が問題になるとは思ってもいなかった。

祐造さんがお母さんをしばしば怒鳴りつけていたことは知っていましたが、それも過去のこと・済んだことだと捉えていました。
怒鳴りつけるといっても、自宅介護でよくある程度のことだろうと思っていたし。
しかし、7月定例会の少し前に祐造さんから、「救急搬送の時に、同時に警察官が病院に来て、廊下の長椅子で診察が終わるのを待っている祐造さんから離れず、いろいろと事情を聴かれた」という話を聞いて、祐造さんは早い時期から虐待の疑いで警察からマークされていたことを知りました。

おそらくはご近所からの通報に基づくものでしょうが、祐造さんの叱責が通常をはるかに超えた激しいものだったことを知ったのです。
警察のことはあれだけ相談していたちいさんにも伝えていないということで、あの日に私に笑い話としてポロっと話したのは、まさに指導霊さんに背中を押されたとしか思えません。

どうしても今の時期に祐造さんが向き合わねばならないことだからでしょう。

救急搬送と同時に警察官が病院に駆け付けて、祐造さんの張り付くようにして事情を聞いたのは、診察でもしも虐待の疑いが判明した場合に、証拠隠滅をさせず、虐待ではないという虚偽の説明を考える余裕を与えないということでしょう。

つまり警察は場合によればそのまま連行・逮捕ということを視野に入れていたのです。
これはかなり濃厚な嫌疑をかけられていたことになります。

祐造さんは自分ではそこまでのつもりはなくても、周囲からはそう見えて(聞こえて)いたということです。
それは新年会の前夜の私への逆ギレの様子からも想像できるものです。
まして相手は私ではなく、年老いて認知症を発症しているお母さんなのだから、祐造さんの激情に歯止めがかかりにくくなっていたのでしょう。

やはりそれは極めて重い過ち・至らなさであるのです。
しかも何度忠告されても、お母さんを怒鳴りつけることをやめられなかった(自分の感情を抑えることができなかった、抑えようともしなかった)のだから、祐造さんの過ち・至らなさはさらに重大です。
それが分かっているから、向き合うことができずに逃げているのだと思います。

今の時期に計らいによってもたらしていただいた機会ですから、苦しいとは思いますが、覚えていないとか思い出せないとか卑怯でみっともない話に逃げ込まないで、しっかりと向き合って出直してほしいのです。

どうか私の進言を聞き入れて、新しい本来の祐造さんに脱皮する機会にしてほしいと思うのです。
どう考えても、まともな選択肢はそれしかないのだから。

17/08/2025(日) 18:03:50

No.43008  祐造
Re: 8月17日(日曜日) 引用
>つまり警察は場合によればそのまま連行・逮捕ということを視野に入れていたのです。
これはかなり濃厚な嫌疑をかけられていたことになります。
祐造さんは自分ではそこまでのつもりはなくても、周囲からはそう見えて(聞こえて)いたということです。<

>やはりそれは極めて重い過ち・至らなさであるのです。
しかも何度忠告されても、お母さんを怒鳴りつけることをやめられなかった(自分の感情を抑えることができなかった、抑えようともしなかった)のだから、祐造さんの過ち・至らなさはさらに重大です。
それが分かっているから、向き合うことができずに逃げているのだと思います。<


そのまま連行・逮捕ということを視野に入れられていたほどのことに衝撃をうけます。
自分は何をしてきたのかと思います。
覚えていないとか、思い出せないとか、そんなことばかり言って逃げまわり、警察から濃厚な嫌疑をかけられるほどのことを長期間も繰り返してきてしまたことを、見ていませんでした。
そこまでのことと認識していなかった、したくなかったのでしょう。
軽く思いたい、軽く見せたいのは、それだけ大変なことをしてしまっていたことをどこかでわかっていたからだと思います。

つぶさにその時の場面が思いかえせないと覚えていたことにしないように自分でハードルを上げて、全体にわたって記憶がないことにしてきたのでした。
そうして思い出せない、覚えていないようにしてきたのでした。
いい人でありたいがために、思い出せないことにして、逃げ回ってたということです。
なんて卑怯で情けない人間かと思います。
自分のしんどさばかり見て、母親の痛みに目を背けていました。
相手が反撃できないことをいいことに、自分のイライラをぶつけていたこと、大変大きな過ちです。
周りのみなさんからの注意・忠告が何度も何度もありながら、長期間母親を怒鳴りつけることが止められずにいたこと、とんでもないことでした。
母親の痛みや辛さを思い、自分の至らなさにしっかり向き合わなければと思います。

17/08/2025(日) 20:30:50

No.43009  飯沼正晴
Re: 8月17日(日曜日) 引用
祐造さん、私にもわかるように、端的にストレートに書いてください。

それと、私からの質問への回答もお願いします。

17/08/2025(日) 21:36:37

No.43010  祐造
Re: 8月17日(日曜日) 引用
上の書き込みで、自分「思い出せない」という状態から動きだすことができたのは、飯沼さんからの質問に答えるなかで、意識を向けていく中で、これは何かおかしい、、、と思ったところからでした。
飯沼さん最後の書き込みの前に書いていた文章を貼り付けます。
********************************

・昨夜の質問です。
メールを見直すように勧められて、夜遅い目の時間だったのでまた時間のあるときにしようと思って、そのまま次の日は忘れていました。
そのまた翌日にもう一度言われて、その日は翌日が仕事が休みだったので、遅くまでかけて4〜5年分のメールを探して見ました。
まとまった時間がないと探せないからと思っていました。
でも、次の日に忘れていたのはたぶん見たくない気持ちがあったからだと思います。
なぜ見たくなかったのか、意識を向けています。
どんなメールが出てくるのか、不安だったのかもしれません。
なんで不安なのか。 自分の言っていることに矛盾する内容だったら困るから?
なんで困るのか。 自分が事実と違うことを言っているからではないだろうか。
それしかないか。
でも「思い出せない」のは自分のなかの事実なのに。
何かがおかしいと感じています。
飯沼さんの言う誤魔化しとはこのことなのか、、、。
「思い出せない」は自分が作ってしまっている世界なのでしょうか。
これは大変なことだと衝撃です。


>意図的であれ、無意識の逃げであれ、いずれにしても誤魔化しなのです。<
そうであれば、僕が思い出せないことも自分が作り出した誤魔化しなのだと。
いい人でありたいがために、思い出せないことにして、逃げ回っているということでした。

17/08/2025(日) 21:48:00

No.43011  祐造
Re: 8月17日(日曜日) 引用
先に飯沼さんの書き込みが入っていました。

端的にですね。
それともう一つの今日の質問もこの後投稿させていただきます。

17/08/2025(日) 21:52:32

No.43012  祐造
Re: 8月17日(日曜日) 引用
僕は長年、認知症の母親を怒鳴りつづけることを繰り返してきました。
介護からくるストレスを母親にぶつけてしまいました。
警察のブラックリストに載るほどに激しく怒鳴っていました。
僕が介護の愚痴を激しく吐き出し続ける様子を見て、これは危険だと感じたちぃさんや飯沼さんやさきさんが、僕に何度も何度も忠告をしてくれていたのに、それを意に介さずに怒鳴ることを止めませんでした。
そして今回この問題が浮かび上ったのに、僕は「覚えていない」「思い出せない」と逃げ続けて、自分の過ちや至らなさを見ようともしませんでした。
「覚えていない・覚えていなかった」というのは嘘であり誤魔化しでした。
逃げ続けるために大事な場面で話を誤魔化し、それを指摘されても認めることができませんでした。
とんでもないことをしてきてしまいました。


・今日の質問です。
記憶のおかしいところです。
〇7月定例会の前夜に、第1部で最初に誰が話すかの話になったときに、飯沼さんが
「祐造さんは予定調和で面白くないから指名しない」といった内容のことを言われました。
僕はそれを「最初には指名しない」のところを全般にわたっての話だと思い替えてしまっていたのです。
後になってさきさんから間違いを指摘されても、気が付くのに時間がかかりました。

〇7月定例会の帰りのクルマのなかで、上記の思い替えの話をしていたときに、さきさんが強い言葉をつかったので、僕が「そんな言い方しなくてもいいだろ」と言いました。
僕はそこで会話は終わっていたと認識していたのですが、あとでさきさんに聞くと強い言葉をつかったことを謝って、そのことについてさらに話をしたそうです。
僕は謝ってくれたことやその後の話が思い出せません。

〇先日さきさんから勧められて過去のメールを探したときに、飯沼さんとのメールがでてきました。
そのメールのなかで僕が次のように書いているのですが、その時の様子が全く思い出せません。このことをメールに書いたことも思い出せません。
〜〜〜食後に薬を飲むように言っても、返事をするだけで飲みません。
1時間にわたって十回以上言っても薬を飲まないので、少し強く言うと逆切れされたので、
こちらも声を荒げてしまったのでした。(あとで謝りましたが、、)〜〜〜

17/08/2025(日) 22:25:24

No.43013  飯沼正晴
Re: 8月17日(日曜日) 引用
ゴチャゴチャ付き合うのがめんどくさくなってきたので、今日の私の投稿から一部コピーしておきます。

>祐造さんは数日前に過去のメールを読んで「思い出した」ことになっています。
でも、8月10日の投稿には以下のように書いています。

>こうして振り返ると、この一件だけでなく様々なシーンで僕は母親にとって喜びでないものを向けてしまったように思います。
母親の気持ちを大きく受け止めることより、こまごましたところで「こうあるべき」という圧力をかけてしまったことに気が付きました。
身内ならではの「ちゃんとしていて当たり前」という思いが強く、何かと口うるさく言ってしまい。認知症の母親にはしんどいものだったことでしょう。<

以下は8月11日の投稿です。

>そういうシステムになっているのなら、きっと僕は虐待の疑いで通報されて、「見守りリスト」に載っていた可能性が高く、それで警官が駆けつけてきたのだと思います。
自分が母親に向けて発していたものが、周りの人にとって大変心配に映るものだったのであり、だからそういうことになったのだと自分の至らなさを思います。

当時僕は事あるごとに、みなさんに母親の介護の愚痴を聞いてもらっていました。
日ごろの介護のしんどさを分かってほしい、という気持ちが強かったと思います。
かなりの勢いで大変さを言い続けていたことを思い出しました。
それくらいのエネルギーを母親にも向けていたということを、もっと自覚しなければならないのでした。
上から目線で、厳しいことを母親に向けてきたと思います。
自分の見たくないところを見てませんでした。
本当に振り返りがまだまだです。<

祐造さん、言葉は多少曖昧ですが、どうしても思い出せないどころか、ちょっと思い返せばはっきり思い出せる、つまり覚えていましたね。<

さっきの投稿でも祐造さんは、以下のように書いています。

>でも「思い出せない」のは自分のなかの事実なのに。
何かがおかしいと感じています。
飯沼さんの言う誤魔化しとはこのことなのか、、、。
「思い出せない」は自分が作ってしまっている世界なのでしょうか。
これは大変なことだと衝撃です。<
。。。。

祐造さん、自分が書いた文章なのに、時系列的にもまるで辻褄が合っていないんじゃないですか?
これが誤魔化しだと自分で思わないのかなあ?
ほんとにやる気があるのなら、遠回しにカッコつけてないで、端的に本当のことを書きなさいよ。
やる気がないのならそれで結構です。

17/08/2025(日) 22:37:13

No.43014  飯沼正晴
Re: 8月17日(日曜日) 引用
あ、投稿、入れ違いになりましたね。

>そして今回この問題が浮かび上ったのに、僕は「覚えていない」「思い出せない」と逃げ続けて、自分の過ちや至らなさを見ようともしませんでした。
「覚えていない・覚えていなかった」というのは嘘であり誤魔化しでした。
逃げ続けるために大事な場面で話を誤魔化し、それを指摘されても認めることができませんでした。
とんでもないことをしてきてしまいました。<


祐造さんは意識してこういうことをやってきたということですね。
ほんと、とんでもない話です。

17/08/2025(日) 22:46:11

No.43015  飯沼正晴
Re: 8月17日(日曜日) 引用
アホらしすぎて、今日はもう寝ます。

昨夜は嘘まみれの大見得のおぞましさに呆れて、朝方まで眠れませんでした。
あたしゃもう疲れましたよ〜

17/08/2025(日) 22:54:48

No.43016  祐造
Re: 8月17日(日曜日) 引用
飯沼さん、こんなことに大変な思いをさせてしまって、本当にすみませんでした。
お世話になったちぃさんにも嫌な思いまでさせてしまって、すみません。
エネルギーを送って下さったみなさん、メッセージで励ましたくださったみなさん、ありがとうございます。
恥ずかしくて情けなくて、みなさんに会わせる顔がありません。
まだまだスタートラインにすぎません。

明日から2泊3日で母親が帰宅します。
母親にはまずはお詫びからしか始まらないと思っています。

17/08/2025(日) 23:17:12


No.42996 飯沼正晴  
8月16日(土曜日) 引用
日付が変わったので、スレッドを更新して私の投稿を入れておきます。
。。。。

祐造さん、

要するに祐造さんは今日になって、過去のメールを読みなおして、お母さんへの暴言やちいさんたちからの助言が「事実」であったことを認識したのですね?
それまでは完全に忘れていた、ということですね。

つまり、「忘れたことにして誤魔化していたのではない」、ということですね。

しかし私はそうは思えません。
祐造さんは、長期間にわたるお母さんへの暴言や私たちからの助言などについて、本当は覚えているのに、忘れたふりをしてきたと思っています。
忘れた振りが通用しなくなってきて、新たな落としどころとして、仕方なく「事実」を認めただけだと思っています。

「忘れたことにして事実を認めない」ことが通用しなくなったので、「思い出したことにして事実を認めるしかなくなった」のだと思っています。
もしもそうであれば、祐造さんは今までと何も変わっていないのだと思います。

しかし私は当事者ではなく、さまざまな状況証拠によって「祐造さんは本当は忘れてなどいない」と推測しているに過ぎません。
それなのに当事者である祐造さんが「覚えていない。思い出せない」と言っているにもかかわらず、「そんなわけないでしょ」といって、誤魔化しだと決めつけているのです。

祐造さんは当事者ですから、推測ではなく「事実」として「自分は覚えていない」と言っているのに、私は端から祐造さんが主張する「事実・真実」を誤魔化しだと断定しています。

これは大変失礼なことで、いわば冤罪です。
それが分かっていてもなお、私は祐造さんが「覚えていない・覚えていなかった」というのは嘘であり誤魔化しであると断定しているのです。

これはあってはならないことで、悠々塾の主宰者として私は責任を取らねばならないことです。
祐造さんだって、自分が本当のことを言っているのに誤魔化しだと決めつけるような人間を信頼することはできないでしょう。

しかし今の私は悠々塾の主宰者として、「祐造さんは幾つもの重大な事実について、本当は覚えているのに忘れたことにして誤魔化していると思う」と重ねて断言せざるを得ないのです。

正直に本当のことを言っている仲間を、証拠もなく「誤魔化している」と決めつけ貶める人間が主宰する悠々塾に、祐造さんは引き続き参画する気になりますか?

証拠もないのに、自分の思い込みでそんなふうに決めつけて、訂正も反省も謝罪もしない主宰者であれば、祐造さんの方から見限ればいいんじゃないかと思います。
だって祐造さんは「自分は覚えていない・覚えていなかった」と本当のことを言っているのですから。
主宰者の私が強く断定したからといって、祐造さんが迎合・忖度して「事実」を認める必要もないのですし、急に思い出す必要もないのです。

祐造さんは「事実・真実」を貫けばよいのです。
祐造さんが忘れていたことが本当であれば、いずれは克からそれを伝えてもらえると思います。
あるいは事実・真実が私にも分かるような計らいがもたらされるように思います。

ということで祐造さん、推測に基づいて決めつけている私が言うのもナンですが、私が祐造さんは本当に覚えていなかったのだということに納得できるまで、定例会などへの参加は見合わせてもらえませんか?

さきさんはショックでしょうが、今の時期にさきさんが働きから離脱することはないと信じています。
それではカルマの繰り返しに過ぎなくなってしまいます。

当事者が「覚えていない」と言っているのに、私が推測で「覚えていないはずがない。誤魔化している」と決めつけているのですから、これは祐造さんの参画を拒否しているのではありません。
「私が納得できるまでの間、参加を見合わせてください」とお願いしているのです。

どうぞご理解の上、主宰者の意向に従ってもらえますようにお願いします。

16/08/2025(土) 00:11:04


No.42997  さき
Re: 8月16日(土曜日) 引用
飯沼さん、
感覚の層からの喜びベースを確立し、この地上界に風穴をあけるために、皆がエネルギーを高め、共鳴を高めてきたこの時に、足を引っ張ってごめんなさい。
みなさんごめんなさい。

飯沼さん、私は大丈夫です。
彼がどんな姿を見せても、働きから離れることはありません。

祐造さんは昨夜は投稿して寝たので、
今朝ご飯の時に、飯沼さんの返信が入ってたよ、と伝えました。(時間ないのでまだ読んでません。)
(昨夜の投稿は)離婚になった時と同じと思った、と私が言い。。祐造さんは、あんなに正直に書いたのに、、と言って出勤していきました。

上辺を取り繕い、自分自身の内実に向き合うことから逃げてきたつけを、、チャンスにするのか、また上辺で誤魔化すのか。
祐造さん次第だと思っています。

>死後どの境涯で生きるのか・地上人生をどのような人間として生きるのか、やはり最終的には内実を伴ったその人の自由意思に委ねられているのです。<

はいです。
自由意志を行使してこその地上人生です。
何を選んでもいい、どんな祐造さんでもそれでいい、その祐造さんと一緒にいたいです。

彼も、私も、みんな神の子です。

無条件の祝福と感謝、喜びのなかで向上進化に向かう強い意志のエネルギーを高めます、そのエネルギーを送ります。


■補足です
肝心なことを書いてませんでした
>彼がどんな姿を見せても、働きから離れることはありません。
というのは、
祐造さんは主宰者の意向に従ったらいいですし、それでも私は働きから離脱することはありません、という意味です。

16/08/2025(土) 09:04:07

No.42998  飯沼正晴
Re: 8月16日(土曜日) 引用
さきさんの投稿を読んで安心しました。

>祐造さんは、あんなに正直に書いたのに、、と言って出勤していきました。<

はい。
人間はいろいろと記憶違いをしたり、忘れてしまうことが多いものです。
私なども事実を思い違いすることもあれば、忘れてしまっていることもよくあります。

でも10年間ぐらいにわたって、繰り返しおこなっていたことを忘れるなどあり得ないと思っています。

たとえば、10年間で数回だけ飲酒運転をしたのであれば、自分に都合よく忘れてしまうことはあるでしょう。
でも10年間にわたって半ばに日常的に反復継続して飲酒運転を繰り返していたのであれば、それを忘れるなんてあり得ないと思うのです。
まして、周囲の人からやはり10年間にわたって「飲酒運転はしないように」と注意されてきたのであれば、注意されてきたことも飲酒運転してきたことも忘れて、どうしても思い出せないなんてあり得ないと思っています。
しかも本人が折に触れて「先日も飲酒運転をしてきた」(「こんなふうに怒鳴ってやりましてん」)と話してきたのです。


あるいは、10年間にわたって親が我が子の世話をする一方で激しく叱責し、周囲の人から「そんなにひどく叱責してはいけないよ」と忠告されてきたとして、その両方を忘れてしまって、どうしても思い出せないなど、あり得ないと思うのです。
しかも本人が「この前、こんなふうに子供を怒鳴ったのよ」と言い、その度に周囲の人が「そんなしかり方をしてはいけないよ」と忠告してきたのです。
それをきれいさっぱりと忘れるなんて、私は信じられません。

でも常識ではありえないことが起きる場合もなくはないとも思っています。

それでも、周囲の人が「過去のメールを読めば、事実は分かるはずですよ」と言えば、本当に思い出せないのであればすぐに過去のメールを辿ると思います。
メールをなかなか辿りもしないことも不自然ですし、促されてからかなり日にちが経ってからようやくメールを探して、「事実が分かりました。メールに書いてある範囲で事実を認めます」なんて、あまりにも作為的すぎると思っています。

祐造さんは正直に書いたそうですから、それをどうしても信じられないのは私の問題ということかもしれません。
祐造さんの側からすれば、私は祐造さんを貶めているのだから、そんな人間が主宰している定例会などに参加する意味もないと思うのです。

私の側からすれば、そこまで惚けて誤魔化そうとしている人は悠々塾で学ぶ気がないとしか思えません。

なので、「本当はどうだったのか」について、祐造さんと私の認識がそれなりに合致するまでは定例会などへの参加をしないようにお願いしました。
当面は「棲み分け」するしかないと思います。

7月定例会のテーマは、自分の過ちや至らなさに埋没して自分を否定することではなく、もちろん自分の過ちや至らなさを無いものにすることでもなく、正当化することでもありません。
今までの自分の過ちや至らなさに真摯に向き合って、それを喜びに切り替えてこの先の自分の人生を今までよりも霊的基準に合致した喜びベースにしていくためのものです。

過ちや至らなさは誰にもいろいろあるものだと思います。
だからこそ、具体的には書かなくても自分の中でしっかりと向き合い、心の内実を伴う振り返り・辿りなおしが必要なのです。
「今はまだ向き合えない」と思っている人も、いつ自分が地上を去るかもしれないのです。
大事なことを先送りにしないで、この機会に真摯に正直に、今までの自分の人生を霊的基準・人としての輝きというラインで点検・査定して、この先の自分に取り入れていきましょう。

それは必ず、自分や周囲の人たちや全ての人・生命たちに喜びをもたらしていくのです。

16/08/2025(土) 11:36:57

No.42999  飯沼正晴
Re: 8月16日(土曜日) 引用
ということで、祐造さん、

今日か明日中に、定例会などに参加しないということへの、同意のコメントをお願いします。
掲示板や悠々塾グループラインや悠々農園グループラインについてどうするかは後ほど考えることにしますが、今の時点では私が納得できるまでは抜けてもらう方向で考えています。

それと、以前の定例会の前夜に祐造さんが私を怒鳴りつけた件について、昨日私が書いたことが間違っているのかどうかも、解答だけ明確に書いてください。

昨日も書きましたが、宿題を書きかけていた紙に「夢物語でもいい」とメモしていたわけです。
祐造さんはものすごく悩みながら宿題に取り組んでしんどかったとのことですから、同じ紙に書いている「夢物語でいい」というメモにも何度も目がいったと思うのです。
それなのに祐造さんは「夢物語でいいなんて話は聞いていない。俺はあんなにしんどかったんや!」と怒鳴り続けていました。

私は祐造さんがいつ・どのようにしてそんな思い違をしたのか、どうしても分かりません。
普通に考えれば、そんな思い違いはできないと思うのです。
もしも一瞬思い違いをしても、私から「荒唐無稽な夢物語で構わないと伝えていた」と言われたら、すぐにメモのことを思い出すんじゃないかと思うのです。

喩えていえば、算数の計算問題のプリントを渡されて、「これは計算機を使ってするように」と言われたとします。
自分でそのプリントに「計算機を使う」とメモしているのに、「計算機を使ってはいけない」などと思い違いをするはずがないと私は思います。
まして、本当は知っているのに「計算機を使ってはいけないと言われていたから、あんなにしんどかったんや! できなかったんや!」と怒鳴り続けたら、完全にアウトでしょう。

「怒鳴ったことも、思い違いをしていたことも謝ったんだから、それで十分なはずだ」と思うかもしれませんが、私はそうは思いません。
「思い違いをした」ということがウソであれば、不正直・不誠実なままですから、謝ったことの意味がなくなるんじゃないかと私は思うのです。

16/08/2025(土) 15:18:48

No.43000  飯沼正晴
Re: 8月16日(土曜日) 引用
訂正です。
祐造さんが私を怒鳴りつけたのは1月定例会の前夜ではなく、新年会の前夜のことでした。
どうでもいいことですが訂正しておきます。

ついでに宿題についても書いておきますが、「正解」に囚われて、意識や思考に歪みが生じる傾向のある祐造さんの枠を打ち破るために、もともと正解のない宿題を出しました。
お題は、「ドネを劇的に広げるアイデア」でした。
正解に囚われることなく自由に意識を広げて思考するきっかけになればいいと思って、「もともと正解はないんだから(あればとっくにやってるんだから)、荒唐無稽な夢物語でいい」と言って、そういう宿題を出しました。
去年の夏か秋のことでした。

それをやっていれば、今回のことも少しは違っていたのかもしれませんね。

16/08/2025(土) 19:33:55

No.43001  祐造
Re: 8月16日(土曜日) 引用
まず結論から書かせていただきます。
忘れたことにして誤魔化したりはしていません。
嘘や誤魔化しはしていません。
7月の定例会はとても重要なテーマだと思っていました。
それを分かったうえで意図的に嘘や誤魔化しをするなど、僕にはできません。


少し書かせていただきます。
今日調べてみたのですが、母親がアルツハイマー型認知症の初期だと診断されたのが2018年4月です。
そして母親が老健施設に入所したのが2023年5月ですから、約5年間は認知症の母親を在宅介護したことになります。

母親の物忘れが多くなり、僕がA4サイズの貼り紙を作って注意を促すようになったのが、2017年9月でした。(ワードで作っていたので作成日がわかりました)
このとき貼り紙の文言について、ちぃさんからアドバイスをいただき、否定形の言葉ではなく肯定的に促す貼り紙を作ったことは記憶しています。
もうそのころちぃさんから、母親にきつく当たらないように、否定的な言葉を向けないようにと言ってもらっていたと思います。

でもその後のことはほとんど思い出せません。
飯沼さんから、ちぃさんが「祐造さん、それは虐待よ」と言っておられたと聞いても、
全く覚えていませんし、ちぃさんが何十回と繰り返し僕に注意してくださったというのも、思い出せません。
飯沼さんが何度も言ってくだことも思い出せません。
僕が「母親がちゃんとしないから、怒鳴ってやりました」と何度も言っていたそうですが、それも覚えていません。
それらの場面や情景も思い出せません。

これが僕の嘘偽りない事実です。
今日の飯沼さんの書き込みにある飲酒運転の例や、親が我が子を激しく叱責する例は、僕もその通りだと思います。
普通、忘れるはずがないだろうと思います。

また、「ドネを劇的に広げるアイデア」の宿題についての「思い違い」も嘘ではありません。
飯沼さんが書かれているように、用紙の上部に「夢物語でもいい」と自分が書いていたのだから、普通は見落としようがないと僕も思います。

でもその普通ではないことが実際に起こっています。
これが僕の正直な自分の事実です。

とても信じられないかもしれません。
僕も誰かがそんなことを言っていたなら「本当か?」「あり得ない」と思うことでしょう。
疑われても仕方ないかもしれません。
誰にも信じてもらえないかもしれません。
でもこれが事実です。


僕はこのところ一部の記憶がおかしいことがあります。
先日僕がさきさんに「こんなことなら介護なんかしなければよかった」と言ってしまいましたが、僕は寝る前に2階の部屋で1回だけそう言ったのを覚えています。
翌日さきさんが掲示板に「本音」としてそれを書き込みしたときに、僕は「1回愚痴をこぼしただけなのに…」と言いました。
でもさきさんによると、2階に上がる前にすでに1階の部屋で僕が何度も「こんなことなら介護なんかしなければよかった」と言っていたそうです。
昨日のことなのに全く覚えていませんでした。
僕が何度も言うのでさきさんが「言っていいことと悪いことがあるよ!」と大きな声で言ったそうですが、それも全く覚えていません。
さきさんが嘘を言うはずもなく、これは自分でも壊れてるのではないかと怖くなりました。

そんなこともあり、僕は前回の書き込みで次のように書きました。
>メールだけでも、そうなのだから実際に会って僕が介護の愚痴を言い続けてたときにも、同じ指摘やアドバイスをしてもらっていた、「何十回と言ってきた」と言われる状況なのに
「思い出せない」「覚えていない」のは、「自分は良い人だ・自分は良い人でなければいけない」という自分が、無いことにしたからです。
それしかありません。<
>自分の思いたいように思い、自分にとって都合の悪い記憶は消し去り、または都合よく思い替える。
僕は自分で作り上げた世界に生きていたようです。<


全てを潜在意識や感覚の層のせいにするつもりはありません。
それも含めて自分なのだと思っています。
でも今回のことで意図的に嘘をついたり、誤魔化したりなどは一切していません。
課題から逃げ続けてしまっている情けなく愚かな自分ではありますが、皆さんに迷惑かけてばかりですが、でもこれだけは胸を張って言えます。
本当のことですと。

今これを書いているこの時にも指導霊の人が僕のオーラを見ていて、嘘や誤魔化しのオーラが出ていないか見られていると思います。
そして死んでからシビアに査定されることも知っています。
定例会に出席できなくなることは、とても辛く悲しいことです。
でも、だからと言ってここで「誤魔化しました。すみません」なんて嘘は言えません。
定例会に出席して学ばせてもらいたいという気持ちは全く変わっていません。
みなさんと共に学ばせていただきたいと願っています。
これが僕の思いです。

あとは主宰者の意向にゆだねます。

16/08/2025(土) 23:53:46

No.43002  飯沼正晴
Re: 8月16日(土曜日) 引用
また改めて書きますが、とりあえず祐造さんの「振り返り」から引用しておきます。

>・真実・本当のことを大事にしてきたかどうか? (自分の損得や自分なりの気持ちで事実・真実を歪めることがあるのなら、謝罪と共に事実・真実に立ち返る喜びに帰着してください)

変に自分を守ってしまうときや、ちょっとした見栄で話を盛ってしまったり、そんなつまらない自分がありました。こうして照らされると恥ずかしいことだと思います。
真実・正直を大事に、自分を守らないこと、神の子として生きようとすることが、実は一番守る必要すらないことなのだと、そんなふうに生きたいです。<

ここでは軽く書いていますが、祐造さんは「真実・正直」や「自分を守る」ということについて、それなりに自覚があったようですね?

それと、10年間ぐらいと私が書いたのは少し違っているようですね。
すみません。
でも、ちいさんが「虐待ですよ」と言ったのは、祐造さんがまだお母さんと同居する前でした。
アルツハイマーの診断を受ける前か後かは分かりませんが。

それにしても、さほど重大なことじゃないのに、そういうことは過去のメールを辿ってすぐに調べるのですね。
ではなぜちいさんやさきさんや私からのメールは、さきさんに促されてもなかなか調べなかったのでしょう?

調べれば自分に都合が悪いから?
調べるまでもなく、メールの内容・趣旨をおおよそ覚えていたから?

それ以外に理由があるとすれば、どのようなものでしょう?

どうしてすぐに調べなかったのか、そこにちゃんと意識を向けることも、祐造さんがまともな自分を取り戻す助けになると思いますよ。

17/08/2025(日) 00:29:50


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