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悠々塾 掲示板


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No.43219 Bさん  
11月26日(水曜日) 引用
はい、後はもう祐造さん次第!

そう思います。
ご本人は誤魔化しているつもりはないと仰るでしょうが、認めながらも実感がないと言うのならば、もううんざりですが、駄々っ子のようにずっと言い続ければいいと思います。
それはご本人の意志ですし、ご本人の勝手です。

皆さん同様、ずっと祐造さんのこと大事に思い心を寄せてきましたが、でもこれ以上、祐造さんの見苦しい姿は見たくないです。
その度に皆さんがどれだけ心を痛め傷ついていたか。
祐造さんはそういう皆さんの思いに心から思い至ることはなかったでしょう。
なんせ、実感のない方ですから。

実感がないとはもう幽界を通り越して暗黒界でしょう。
まして、それをいまだにずっと押し通し自分の至らなさを心から認めることができないのではなくて、認めたくない、認めないというのは、落ちるところまで落ちていくしかないのかなと危惧しますが。
でも、それもすべてご本人の選択ですしご本人の意思なのですから、いくら周りが心を砕いても致し方ないことです。

なので、訳の分からぬ言い訳で振り回されるのは、私はもう御免こうむります。

これって無条件の感謝と祝福に反することかと思うのですが、いやいや決してそうではないと、ご本人に意思がある以上、たとえ指導霊さんであってもそれ以上は踏み込めないと思います。

はい、後は祐造さん次第!

。。。。。。。。。。

オレンジさ〜ん、
定例会ではどんなリクエストにも応えてくださり、みんなで楽しく歌いましたね。
うっかり、昨日オレンジさんの演奏のことに触れなかったので、気になって。
いつも素敵な演奏をありがとうございます。
今回もなにもお話しできなかったですね。
オレンジさんのお国言葉に触れるとなんだか安心できて心が落ち着きます。
本当にいつもありがとうございます。
また、お話ししましょうね〜。

26/11/2025(水) 11:22:05


No.43220  飯沼正晴
Re: 11月26日(水曜日) 引用
掲示板でいつまでもこんな話を続けたくないので、昨夜の私の投稿に少し書き加えて、掲示板での区切りにしたいと思います。


祐造さんが何年間にもわたって日常的に、お母さんへの虐待的叱責を続けてきたことに対する実感が薄いというのは、あり得る話だと思っています。
DVの加害者が罪の意識が薄いのと同じでしょう。

しかも祐造さんはお母さんと同居する前から、つまりお母さんの認知症がそれほど進行していない時期から虐待的叱責をしていたのだから、介護疲れによる虐待的行為ではありません。
DV加害者と同じように、そこに歪んだ喜びがあったからだと思います。

しかし、お母さんが施設に入所してから虐待的叱責が明らかになり、祐造さんは「記憶にない」と惚け続けていました。
さまざまなウソをついて、誤魔化そうとしてきました。

そういうことを含めて、祐造さんは「実感がない」と言い続けています。
心が痛まないということです。
日常的な虐待的叱責によって、お母さんの認知症の進行を早めたかもしれないのに。
しかも祐造さんは、進行を早める可能性が高いことを知っていたのに、虐待的叱責を続けていた。


お母さんへの虐待的叱責だけでなく、その後のウソや誤魔化しの数々、そしてそれがバレて赤っ恥をかいてみっともない姿をさらし続けてきたことに対して、「実感がない。心が動かない」などということは絶対にないと思います。

もしも本当にそうであれば人間失格どころか、人間としての心を持っていないことになってしまう。
祐造さんはそんな人ではないと信じているので、私やさきさんや仲間たちは働きかけを続け、エネルギーを送り続けているのです。

そして、もしも昨夜私が書いたことが的外れであるのなら、定例会での私の指摘をすぐに忘れた祐造さんは、本来の自分の心を取り戻す気など全くないということです。
やる気が全くないということだから。
この数か月間、自分に向き合う作業を続けているフリをして、さきさんや仲間たちを欺き続けてきたことになるのです。

もちろん昨夜私が書いたとおりであっても祐造さんは私たちを欺き続けてきたわけですが、ここでまた「実感がない」ということにすれば、さらにまた欺き続けることを選択したことになります。
繰り返しますが、少しでも自分に向き合おうとしていれば、定例会での私の指摘をすぐに忘れることなど絶対にありえないからです。

いずれにしてもさらにみっともない姿をされすことになりますが、悠々塾で学ぶ気が少しでもあるのなら、もうこれ以上さきさんや仲間たちを欺かないで、本当のことを言ってほしいと思います。

もう噓や誤魔化しによる逃げ道はどこにも残っていないのです。
本当のことを言って、今まで通りのみっともない自分から脱皮するしかないのです。

「僕はこんなにダメな人間です」と謙虚そうにいくら繰り返しても、それはダメな自分に留まることを宣言しているだけの話だ。
ダメな自分を甘やかせて重症化させることにしかならない。

人間は取り返しのつかない過ちを犯してしまうこともある。
そこから自分がどうしていくのかによって、過ちの意味も変わっていくのだ。
お母さんが果たしてくれた役割に祐造さんがどう応えていくのか、それが問われ続けている。
祐造さんが自分の犯してしまった過ちを埋めて余りある喜びに切り替えてこそ、お母さんの地上人生も報われるのだ。

26/11/2025(水) 11:46:39

No.43221  サマンサ
Re: 11月26日(水曜日) 引用
皆さん定例会お疲れ様でした!
ありがとうございました。

「今年の自分は自分の利益、都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、
他者、皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたかどうか?
それを自分自身の喜びにしてきたかどうか?」

私は去年の10月から定例会に参加させて頂き、この1年で物凄く向上進化出来た
のではないかと思っています。
それまでは自分軸での生き方だったので、多くの学びや気づきによりまだ卒業までは遠いかもですが近づけたのかなと思います。
他者、皆に喜びをもたらすことは私の喜びであり、皆が幸せで喜びの中で居てくれることが1番の嬉しい事です。

色々学んだ中で今年1番の大きな気づきは久美さんも挙げられてましたが
飯沼さんの「起点」というワードでした!
今までこの方向からの考えは全く無く、スゴイと震えました!
過去の辛い出来事で悪役を演じてくれた人に対して上辺ではだいぶんと許せているフリをしてましたが…
そんな私が「出来事の起点をどこに置くか」という文章で『はっ』と気づきました。
「本当は誰も悪くなくて皆が不充分だったから」涙が溢れました…
やっと本当に許すことが出来ました。
そして悪役を演じてくれた人にも、分け隔てのない無条件の感謝と祝福のエネルギーを送ることも出来ました!
大きな大きな気づきをありがとうございました!!


飯沼さん、にいさん、Bさん、さきさんからのエネルギーのダウンロード
今回は今までとは違う感じで、陽だまりの中で絶対的な安心感に包まれ、何も
心配や不安のない身体も心もリラックスした状態で、いつも大神神社に入った時と同じ感覚でした。
ありがとうございました!

2部では皆さんの唄や演奏、踊りやパフォーマンスで
感動し笑い、最高の時間でした。

畑で採れた野菜やお料理も美味しかったです。
いつも大変だと思います。
まゆみさん、お母さん、皆さんありがとうございます!
みやっちさんもいつもお料理を取りに行って下さってありがとうございます!

皆さんに感謝です!!!

26/11/2025(水) 15:24:10

No.43222  なみ
Re: 11月26日(水曜日) 引用
定例会ありがとうございました。

「今年の自分は、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたかどうか?それを自分自身の喜びにしてきたかどうか?」

職場の人や友人など、もともと関係が良好だったと言えばそうなんですが、よりいい関係、嬉しいなと思うことが多くなりました。自分の都合や気持ちではなくて、一歩引いて相手のことを思ったり、その人の喜びを思って言動しようと意識するようになりました。そうできたときは、今までの自分の見方とか受け止め方、言動を少し変えるだけで、こんなに変わるんだと思ったし、そうできた自分を喜ぶことができました。

それが家族になるとなかなか難しくて、また違和感を大きくしてしまったり、否定的に見てしまったり、またかと落胆したり、時にはその感情を出してしまって、その場の雰囲気をもっと重くしてしまったり、そんな自分に落ち込んで自己否定してを繰り返してしまっていました。

自分の気持ちを優先させていたら、こんなことになってしまうのか、このままではいけないと思う出来事もあり、そのおかげで相手の不十分さばかりに目が行っていたけど、自分も何て自分勝手なんだろう、私も同じじゃないかと、はっと気づかされて、すごく反省したし、気づけたことがありがたかったです。


「自分の利益・都合や自分の気持ちが軸になっている部分については、どのように意識・認識・思い方、言動を変えていこうとするのか?」

特に家族に関しては、まだまだ自分の気持ちが軸になっています。
違和感を抱いてしまうのは、自分なりの基準で物事を見ているから、自分の気持ちを軸にしているから。自分の問題だなとつくづく思います。

自分の気持ちをできるだけ薄くして、なぜこういう言動をするのか、相手の気持ちや背景を考える。自分の思い込みがないかを考えてみる。
自分にも同じようなところがないのかと自分を点検する。自分に同じようなところがあれば、それに気づかせてもらったことに感謝して、自分を改める。
自分も相手も不十分なところがあるんだということや、もしかしたら過去世で今自分がしんどいと思っている思いを相手にさせてしまったのかもと想像してみたり、今世で再チャレンジさせてもらっているんだ、自分に学びを与えてくれる大切な役割を担ってくれているんだと思ったり、今まで学んできたことを総動員して、自分の気持ちを軸とする生き方を卒業したいです。

そして、今この場で自分はどういった言葉を発せばいいのか、どうしたら他者、皆の喜びになるのかを一番に考えて、言動する。
どんなことにも感謝の気持ちを持って、喜びの気持ちで日々を過ごす。
将来の不安ではなく、今を喜ぶ。
そうしていきたいです。

家族という場では、その場が陰りのほうに傾くと、自分の感情を抑えること、我慢することにエネルギーを費やしたり、自分も引きずられてしまうので、実習でやった指導霊になったつもりの意識、高いところに視点を置くこと、大切だなと思いました。

私は影響をすぐに受けてしまうので、影響を与えられるように強くなりたいです。
重苦しい場の雰囲気を明るく吹き飛ばすことができるような人になりたいです。
絶対になろうと思っています!


実習では、指導霊になったつもりでというのが、これでいいのかなと思いながらでしたが、エネルギーを送るときは、きんもくせいさんも言われてましたが、私もお腹がぐるぐる鳴っていました。

最初、まみさんにエネルギーを通してもらったのですが、すぐに胸のあたりがすごく熱くなって、それが頭頂のほうまで広がり、手がびりびりして、ずっと安心感に包まれているようでした。まみさん、ありがとうございました!
その後、ちづちゃん、ミスターさんとペアを組ませていただいて、ずっとこのエネルギーに触れていたいと思うぐらい心地よかったです。送らせてもらっているときもそうでした。ちづちゃん、ミスターさん、ありがとうございました!

それから、飯沼さん、Bさん、さきさん、そしてにぃくん、ダウンロードありがとうございました。
ダウンロードしてもらっている間、みんなのことを幸せにできるように自分を変えたいと心の中でずっと思っていました。がんばります!

懇親会では、イッシンさんの歌、オレンジさんの演奏にみんなで歌ったり、皆さんの歌や踊りや出し物に、悩んでいることやしんどさなんか忘れてしまうぐらい、楽しくて元気をもらいました。

オレンジさんが、私がピアニスト辻井伸行さんの「神様のカルテ」という曲が好きなんよと言ったのを覚えてくれていて、今回演奏してくれました。この曲を聴くと心が落ち着いて、何だか希望みたいなものも感じられて、大好きな曲なんです。私にとってはサプライズで、嬉しくて胸がいっぱいになりました。オレンジさん、素敵な演奏を本当にありがとう!

畑で採れたお野菜、お料理、どれも本当においしくて、いつも食べ過ぎてしまいます。
まゆみさん、準備してくださった皆さん、ありがとうございました。

Bさん、明るい笑顔が嬉しかったと言ってくれて、私も嬉しいです。ありがとうございます。
今こうやって笑うことができるのは、皆さんに助けていただいたからです。
改めて皆さんに感謝しています。

26/11/2025(水) 17:52:15

No.43223  千夏
Re: 11月26日(水曜日) 引用
定例会、ありがとうございました。

今年の自分は、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたかどうか? それを自分自身の喜びにしてきたかどうか?

私は自分ばかりが大変な思いをしているという気持ちに囚われてしまったために、嫁ぎ先の家族との関係が壊れてしまいました。その後長い間自分を責める気持ちや自己否定から抜け出すことができず、今思えばまさに幽界と繋がっていたと思います。
音信不通だった娘と再会することができたのをきっかけに
貢献の道を歩みたいとの気持ちが大きくなり、初めて
定例会に参加させていただいてから、1年が経ちました。

定例会でみなさんと学び合い、実習でエネルギーの通し合いや神の子のダウンロードをしていただくうちに
私の心に残っていた重たいものが、どんどん軽くなっていく感覚がありました。

ぬまさんや克子さんが伝えてくださる自然農への取り組みにも、とても興味が湧いて積極的に参加させてもらいました。
畑でみなさんと一緒に無条件の祝福と感謝の気持ちで作業すると、自然界のエネルギーのおかげなのか、今まで体験した事のない清々しい気持ちになりました。
そうするうちに、今まで通りの自分にこだわる心も薄くなっていったようで、新たに生き直したい気持ちになりました。

そして会社と自分の利益や都合を軸にし、いかに要領良く立ち回るかが常識で、どうしても喜びを感じることができなかった職場を退職しました。
これから何をするのか模索中ですが、関わる人に喜びをもたらし、自分もそれを喜びとするような働き方をしたいです。

20数年前にぬまさんと克子さんの直接ヒーリングカウンセリングを受けた際に、嫁ぎ先の家族との係り方についてアドバイスのメッセージをいただきましたが、そこには
「どうすれば皆にとって喜ばしいことにできるのか?」が
あなたの人生のテーマです、と記されていました。
メッセージには自分の気持に囚われて喜びではない気持ちになってしまった時にこそ、自分も相手も嬉しくなるような言動を心がけるように、とも記されていました。

20数年前の私は未熟すぎて自分のことで精一杯で
アドバイスに沿うことができませんでしたが、
自分なりの気持ちに引っ張られそうになった時には
このメッセージを思い出して軌道修正していきます。
そして自分を薄くして向上進化の努力を続けながら、皆の喜びを自分の喜びとする生き方に近づいていきたいです。

指導霊になったつもりでエネルギーを通し合う、という実習では、ミスターときんもくせいさんと組ませていただきました。
指導霊さんはきっと指導する対象者の深い気づきや向上進化を願いながら、大きな愛情で見守っているのだろうとイメージしながら、エネルギーを通させていただきました。
エネルギーを通していただいている時は、ポカポカして
安心感があり、とても心地よい気分でした。
ミスター、きんもくせいさん、ありがとうございました。

2部ではイッシンさん、オレンジさんの演奏に心を洗われ、
みなさんの個性溢れるパフォーマンスに大笑いして
いろいろなモヤモヤも吹っ飛びました!

いつも美味しいお料理を用意してくださる、まゆみさん、
おばあちゃん、藍子さんありがとうごさいました。
悠々農園の黒豆やさつまいも、ぬまさんの白菜もすごく甘く美味しくて大人気でしたね!
翌朝いただいたBさんのポタージュは、とても優しい味わいで心と身体に沁みました。
Bさん、ありがとうございました。

みなさんとお会いできるのが楽しみで、次の定例会が今から待ち遠しいです。
みなさん本当にありがとうございました。

26/11/2025(水) 21:40:00

No.43224  オレンジ
Re: 11月26日(水曜日) 引用
定例会ありがとうございました。

他者、皆に喜びをもたらすことではピアノの仕事に関しては優先的に動いていると思います。役立つ喜びもあります。
畑の生命さんは悠々農園の報告を読んだり写真を見せてもらうだけで畑には参加していない気持ちもあり全く不十分です。

飯沼さん、Bさん、さきさんダウンロードありがとうございました。

今回は是非してもらいたかった理由があり、それは母のことです。
兄の他界もあり寂しさからまた鬱が出てしまいました。それがだんだん酷くなって「生きていても仕方ない。何も欲しくないし美味しいと思わない。何もしたくない」と毎日のように言い、デイに行ってもご飯は少し食べるだけで、しんどいから早い時間に送ってもらい、家で寝てる日々。

朝起きたら母を気遣い、帰宅すれば泣いているか横になって何もできない母。土日は車に乗せてとりあえずどこかを走るなど、くたくたでした。母も辛かったろうと思います。

それが定例会以降嘘のように回復しています。「もうあんまり気にしないことにしたらその方が楽よなあ。」と言います。
今日はデイでお昼ご飯を完食したようです。

夕飯の準備はしてくれているし、今朝も何かすることある?手伝うことある?あんたもしんどい思いをしているだろうからちょっとでも楽をさせてあげたいわと言います。

昨晩はぐっすり眠れたようでいつもより機嫌のいい顔をしています。母も私の成長の為に病気になったのではないかと思うと可哀想でもあり感謝の気持ちもあります。
何もしないよりは実習でやったようなやり方でエネルギーを送るといい感じもしています。

ダウンロードはもちろんのこと、ペアになったミントさん、あきえさん、やすこちゃんありがとうございました。指導霊になったつもりでを忘れていた時もあり、すぐに切り替えたらシャキッとして自分の意志の違いを感じました。
おかげ様でエネルギーいっぱいになったようで日曜、月曜とかなり疲れました。
今回のエネルギーは特に凄かったんですね。

Bさん、私のこと気にしてくれてありがとうございます。まだにこにこして弾く余裕ないですね笑。緊張しますよ〜
いつも深夜まで話に参加したくても眠気に勝てず早くに寝てしまい、せっかくの機会なのに勿体ないことですよね。
でも翌朝みんな楽しく喋ったり話を聞いてもらったりが凄くたのしいです。今回もBさんと話ができなかったですね。
次回はゆっくりお話ししてくださいね。
いつも気にかけてくださりありがとうございます。お話も楽しいですよ〜。

みなさん、どこで歌が終わるかもきちんと把握できてなくて今回はすみません。でも合わせてくれてありがとうございます。思えば伴奏を初めて弾かせてもらって以来幸せな経験となっています。
歌があまり得意でない方もおられますが歌ってくれてありがとうございます。

やすこちゃん、ありがとう。イッシンの歌の時みなさんよく泣いているけど、感情豊かなやすこちゃん私も返って癒されてます。
喜んでもらえて嬉しいです。
やすこちゃんは一発芸を頼まれても即答ですぐ行動に移します。
その場の雰囲気ががらりと楽しくおもしろくなってしまうからその才能と度胸が羨ましくて何度もそのエネルギー頂戴よ!と言ってます。最高の一発芸よ〜

久美さん、清らかな久美さんの歌声ステキです。また歌ってくださいね。きんもくせいさん、サマンサさん、千夏さんもありがとう。

きんもくせいさん、働きのことをいきいきと話してくれるのできっと喜びなんだろうなあと思います。こちらまで楽しくなります。

なみさん、神様のカルテはシンプルなメロディーだけど済んだ心を感じます。この曲を知ることができて感謝してます。ありがとう。

まゆみさん、お母さん、藍子ちゃんいつも美味しいお料理をありがとうございます。今回は畑で採れた野菜、悠々農園の野菜とたくさん頂きました。Bさんの毎度の美味しいスープもありがとうございます。
みなさん、ほんとにありがとうございます。

26/11/2025(水) 22:20:23

No.43225  ミスター
Re: 11月26日(水曜日) 引用
飯沼さん、皆さま 定例会ありがとうございました。

「今年の自分は自分の利益、都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、
他者、皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたかどうか?
それを自分自身の喜びにしてきたかどうか?」

昨年43年のサラリーマンを卒業してすぐに新たな居場所に出会いました。

以前投稿したこと:
>思えば長い会社員生活を振り返るに、自分は本当に言いたいことを言ってきたのか、戦ってきたのか。戦ってきたとして、自分が正しいと信じたからだとして、部下を守るためだったとして、それが何だったんだろう。
そして会社の中での落とし所は、祈ることではなく、右が左かどちらかに決めなければならない。その連続。
自分のキャリアを否定はしないが、画一の価値観の中で右往左往していただけであったと最近になって身をもって感じています。<

自分の利益、都合、気持ちを優先してきたものでもないけど、企業組織に馴染んでいただけでむしろ自分の気持ち自体がなかったのかも知れない。

今参加している団体は「年をとっても、しょうがいをもっても、外国籍でも、ひとりになっても安心して暮らせる町とはどんな町だろう」という終わりのない問いの答えを考え続けてきた。私たちはその心に真底共感しています。
他者、皆に喜びをもたらすことを是とする人たちと出会い、自分もこれまでの経験を生かして貢献できていることを嬉しく思っています。

一方、新しく加わるメンバーの中にはそのマインドに共感してではなく、自分の善行?に酔っている?、それを堂々と表明する人もいて、、。
げ、と思うがそこには違和感を持つのではなく、いずれ分かっていってくれることを期待して自分の責任ある言動を心がけていきます。
ここまで書いていて、ひとつ決心することができたように思いました。自分がやりたいこと。自分らしくやれることを「これから」やっていく。

実習について
指導霊になったつもりで…。なんと言うかすごく安心してできました。
自分がエネルギーの中継点になっている感覚がより鮮明に自覚できました。
そして、エネルギーを送っていただくときに、心地よさの中に頭頂にエネルギーの「形」を感じました。うまく言えませんが、丸とか四角みたいな。
一緒に実習に取り組んでいただいた皆さま、ありがとうございました。

2部はまた美味しく楽しく。
朝のおでん!巾着や大根がまた絶品で。
そして無料にしていただいて恐縮の極みです。
ありがとうございました!

26/11/2025(水) 22:43:58

No.43226  ぽんた
Re: 11月26日(水曜日) 引用
定例会、ありがとうございました。
帰ってきてから翌日の夕方まで、ほとんどおかしなくらい眠っていました。
たくさんの力強いエネルギーを浴びてきたからだろうと思います。

「今年の自分は、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたかどうか? それを自分自身の喜びにしてきたかどうか?」

自分の作りたいものを作ることが主体だったのが今年だとみると、そこは自分の都合や気持ちベースの大きな流れの中で過ごしてきてしまい、ただ自分がひたすら楽しかった自分の喜びだけで、他者、皆に喜びをという軸からは離れてしまっていたかもしれません。
また、5年続けてきた地域の高齢者のための活動も、あまりできない一年だったと思います。
そもそもコロナ禍に「いかにお年寄りに対面せず安否を確認するか?」から始まった活動で、ほとんど対面交流がなく手ごたえもなく、ただひたすら事務的な事業に時間が取られるだけ。自治会長さんや民生さんからは継続して欲しいと切望されているという形でお役には立っているようだし、もちろんそれから汲み取れるものもありますが、モヤモヤしたものがあるところなので、来年はもう少し自分にとっても喜びになるような形を考え直したい気持ちです。

家族の関係の中では、不十分ながら、自分の利益・都合や気持ち以前に、相手に喜びと癒しをもたらすことを優先しようとなるべく努力してきた、努力している最中だと思います。今健康に不具合を感じている兄のつらさ、それが薄まれば私自身の喜びにもなることは間違いないので、それを願いながら心を使っていきたいです。なかなか動かない兄や状況への違和感も、模索しながらでも自分の気持ちを越えて喜びを目指していければ、エメルギー場を変えることができると信じます。

「自分の利益・都合や自分の気持ちが軸になっている部分については、どのように意識・認識・思い方・言動を変えていこうとするのか?」

どのように変えれば、と具体的なことは言葉にならないのですが、もう抜本的に自分のある部分を、大きく思い変える必要があるような気がしています‥‥曖昧でごめんなさい、私自身が大きな喜びそのものに自分を変えていけたら、とかそういう感じの意味です。


実習について
「その人の指導霊になったつもりで」送るというエネルギー。エネルギーを送る時、どこかまだまだ迷いや不安の気持ちがあるところ、「指導霊になったつもり」で、自分の感情を棚上げできる気がしました。そのぶんストレートになって強くなった感覚がありました。
実習で送りあってくださった皆さん、ありがとうございました。
それから飯沼さん、Bさん、さきさん、そしてにぃさん、ダウンロードありがとうございました。

また二部では、いつもイッシンさんの音楽や(軽快な新曲も素敵でした!)オレンジさんのピアノの音色に、素敵な場所に連れて行ってもらってうっとりです。
みんなで歌ったのも楽しかったし、悠々塾演芸部も最高でした!
農園の恵みで美味しいお料理を作ってくれたまゆみさん、お母さん、みなさん、そして、
定例会で一緒に過ごしてくださった皆さん、感謝でいっぱいです。
飯沼さん、深夜の公開カウンセリングもありがとうございました。

26/11/2025(水) 22:56:34


No.43209 飯沼正晴  
11月25日(火曜日) 引用
祐造さん、

>過ちや至らなさの重大さが分かっているからこそ、そこに向き合うのが怖くて逃げてしまってる、という意味で書いたものですが、その重大さということに実感をもっているのかと言われれば、そうではありませんでした。<

どういう意味ですか?
分かるように説明してください。

それと、祐造さんの言う「実感」とはどういうものですか?
「重大さが分かっている」とはどういうことですか?
。。。。。。。。

追加です。

定例会で私が指摘したことは他にもありました。
祐造さんにやる気があれば、帰りの車の中や帰宅してからも、「どうしてそういうことを言われるのだろう?」と考え続けるはずの指摘でした。

定例会の場では祐造さんは私の指摘に無言のままだったので、この場でちゃんと答えてください。
。。。。。。

もう一つ追加です。

どうでもいいと思ってスルーしていたのですが、意外と大事なポイントかもしれないので。

>また、実習の時間にはダウンロードもしていただき感謝しています。
緊張していたせいか、エネルギーが通りにくかったそうで申し訳ない気持ちです。<

祐造さんにエネルギーが通りにくかったのは事実です。
でも、それはエネルギーを通す側だった私とにいクンたちの間で、ほとんど個人的に交わされた話でした。

祐造さんは、エネルギーが通りにくかった理由が、ほんとに「緊張していたせい」だと思っているのでしょうか?
特に書く必要もないのに、エネルギーが通りにくかったことをわざわざ書いて、その理由を「緊張していたせいか」とした動機は何でしょう?

25/11/2025(火) 08:11:54


No.43210  さき
Re: 11月25日(火曜日) 引用
ぬまさん、みなさん、定例会お疲れさまでした。
ありがとうございました!

祐造さん、
私が言ったことや誰かから言われたことを持ち出しては考えてるフリ、向き合ってるフリ、反省しているフリ、いい人のフリ、、
形だけで中身がない。心もない。

自分がやったことの酷さより、自分の気持ちが大事。
ああいえばこういって言い訳、誤魔化し、とぼけることも平気。嘘をついても心が痛まない。
あなたに「良心」のセンサーはないのか。

その場をやり過ごすことしか眼中にない。
己の気持ちがいちばん大事。やってるフリをしながら己の身勝手を言動し続ける。
その姿を見せられ続けている仲間の気持ちなんかお構いなし。

気の毒な人です。

幼児が自分の身勝手を通すために寝転がって駄々こねてるのと同じです。
いいかげんにしろ!
一生それやってても、通らないものは通らない。
自分がやったことの報いは自分が受けることになるんよ。


・・・・・・
すみません。
場のエネルギーを乱してたら削除してください。
この状態を受けてどうするかは自分の問題だと思っています。
私も定例会の宿題します。

25/11/2025(火) 10:58:06

No.43211  やすこ
Re: 11月25日(火曜日) 引用
定例会ありがとうございました!

「今年の自分は、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたかどうか? それを自分自身の喜びにしてきたかどうか?」

周りに喜びをもたらす自分でいたい、そうありたいと思いながら、不安や心配を大きくしてしまい、「今」を喜べなくなってしまったり、姉に対して相変わらずだなと違和感をもったりする、そんな自分の気持ちが軸になっている自分だったと思います。分かっているのに繰り返してしまいました。周りの喜びを優先にする軸ではなかったと思います。


でも姉への違和感をじっくり考えてみると、少しずつ自分の至らなさも見えてきて、私だって身勝手じゃないか?と思えてきました。
そうすると姉のおかしな言動の理由は姉なりに私の喜びを考えての事なんだと思えてきて。今だにどうしてそうなるんだ、どうしてそんなやり方なんだと思うけど。嬉しい大きな気づきがありました。

今度から、義兄の事で大きく変化した姉をもっと信じていこう。まだ残っている気持ち(姉のようにはしない、なりたくない、と意地のような気持ち)を来年は完全に捨て去っていこうと思っています。姉に甘える事もしていこうかなとも思ってます。

心配について、色んな心配がありますが父の事が大きいです。だけどこれも自分の気持ちが優先の自分軸であったと思います。

地上の死の意味を知りながら湧いてくる気持ちがあり、それは消えないと思うけど、今ある喜びまで薄めてしまってどうするんだ、感謝して今を喜ぶ事をしないでどうするんだ、と最近になって心でわかる様になってきました。
今はそう出来つつあると思います。

無意識に自分の気持ちの軸になってしまうのを卒業したら、もっと軽やかに自分を使っていけると思うのでそうなっていきます。周りを幸せにしたい!と思います。

停滞しているなと感じていましたが、人の向上進化を応援すること、それが自分の大きな喜びと感じました、実際大きな喜びになりました。
また、そのために今の自分を切り替えていこうとした、切り替えた事も大きな喜びでした。

今に喜びを見つけ喜んでいくこと。そうして自分を幸せにして、その自分が周りを幸せにすること。
これをもっと自分に刷り込んで、来年はどんな時もそんな風に出来るようにしていきたいです。

神の子として生きる。これもしっかりと心において、自分も周りも一緒に、向上進化していけるように!と言動していきます。


実習

神の子としてのエネルギーは、皆んな不十分な存在なのだから一緒に歩んでいこう、一緒に向上進化していこうね、というように込み上げるような気持ちのエネルギーだなと思っていましたが、

指導霊になったつもりの無条件の祝福と感謝のエネルギーは、指導霊のリーダーが後ろにいて下さって安心の気持ち、自分はお役目をいただいてる、いつもより大丈夫の気持ち、力強さを持って…これでいいのかな?と思いながらも、そんな風に思い送らせてもらいました。

送らせてもらった時は、なぜか自分の中がスーッと通るような?巡ってる?ような感覚でした。

あと、みやっちに送ってもらった時、背中が汗が出るほど熱くなって、それが急に冷風になったのが驚きました。

ペアになってくださったみなさん、ありがとうございました♪

手のあいた方が皆さん祐造さんへエネルギーを送っておられましたね。
また実習したいです!

二部ではイッシンさんの新曲も聴けたし、オレンジさんの演奏でみんなで歌って楽しかったですね!

オレンジさんが私が前にリクエストした曲をまた演奏してくれて嬉しかったです。

「もしもピアノのが弾けたなら」
自分の気持ちを表現するのがド下手で、心にもない事を言ってしまったり、素直になれなかったりの、ほんとは自信のない、そんな不器用さんな夫を思って、その夫の気持ちを分かってあげようとしなかった私を思って、何度聴いても泣いてしまう曲です。

オレンジさんありがとう!!

私は好き勝手させてもらって最高に幸せでした。まゆみさん、ほんとにありがとうございました!

25/11/2025(火) 11:15:48

No.43212  飯沼正晴
Re: 11月25日(火曜日) 引用
*今年の自分は、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたかどうか? それを自分自身の喜びにしてきたかどうか?


私は悠々塾の働きを始めてからというか、私自身が悠々塾で学び始めてから、「自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方」は薄くなってきと思う。自分で思っているだけかもしれないが。
そして、「他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方」を続けてきたと思う。これも自分で思っているだけかもしれないが。

私の場合、「死後も通用する喜び=向上進化の喜び」をもたらしたいという思いが強い。意識・波動(エネルギー)が喜びに変われば、地上的現実も付随して変わるのだから。

それが相手にとっては「喜び」とは思ってもらえないことも少なくない。そこでは私自身が「なぜ分からないのだ。なぜ、分かってもらえないのだ」という苛立ちを感じることもあって、「(向上進化の)喜びをもたらすこと」を自分の喜びに思えないことはあったし、それは今もある。
相手が「喜び」と思えるような伝え方・表現をしていくことを心掛けたいとは思っているが、それもケースバイケースであるとも思う。

場合によれば、地上で生きている間には分かってもらえなくて、逆恨みされることがあっても、死後に自分の人生を振り返る時の気づきの伏線としてでも、「今、これは伝えるべきだ」と思うことは伝えていきたい。
もしも私の指摘などが的外れで、反発されたとしても、その人の死後の振り返りの過程で、私の見当違いも私の動機において受け入れてもらえるはずだし。

いろいろあるにしても、「(向上進化の)喜びをもたらすこと」を自分の喜びにしているのだとは思う。

クライアントさんを含めて学びの仲間と思う人間に対してはそういう感じで、このテーマについても去年よりも今年の方が向上しているようには思う。

その一方で、畑の作物や土壌微生物さんをはじめとする、畑の生命さんたちに対しては、まだまだ不十分な自分のままだ。

彼らに対しては、「自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする関わり方」しかできていない。「利益」というのは少し違うかもしれないが、「より多くの収穫」が軸になっていて、できたものを無条件で喜ぶということにはなっていないと思う。

そして畑の生命たちの喜びということは頭では分かっているのだが、今のところはまだ「自分の都合や自分の気持ち」が軸になっている段階だ。

作柄や畑の状態がいかなるものであっても、まずは畑という生命場・畑に生きるあらゆる生命たちに無条件の祝福と感謝の心を向けて、そのエネルギーで彼ら全てを包み込むことが最優先の軸になってこそ、共生の喜びがカタチになるということは分かっているのに、そこはまだまだだと思う。

畑の生命たちだけでなく、向上進化の喜びというラインであまりにも噛み合わない人たちや人間としてあまりにも酷いことをしつづけている人たちに対しても、無条件の祝福と感謝の心・エネルギーを注いでいけるようになりたいと思っている。

先日の定例会で、その意識やエネルギーの手応えを感じることができたので、「指導霊になったつもり」の意識・エネルギーをしっかりと自分に定着させていきたい。

自分自身の意識に今までよりも高次な橋頭保を設定することで、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方がよりナチュラルにできるようになり、それを自分自身の喜びにしていけるようになるのだから。

25/11/2025(火) 13:50:58

No.43213  久美
Re: 11月25日(火曜日) 引用
定例会ありがとうございました。

「今年の自分は、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたかどうか? それを自分自身の喜びにしてきたかどうか?」

今まで、自分の気持ちを越えることがなかなかできませんでしたが、ここ数年(今年も)身内のピンチが続き、ピンチになった時には自分の気持ちなんて言っていられないので、自分の気持ちより相手・皆の喜びの方へと気持ちを動かせたように思います。
そして、皆が幸せになっていくことをお手伝いできるのは、やはり嬉しかったです。

また、身内でなくても、相手(皆)の力になれたり、喜んでもらえたら、やはり嬉しかったです。

「自分の利益・都合や自分の気持ちが軸になっている部分については、どのように意識・認識・思い方・言動を変えていこうとするのか?」

ですが、長年ずっと悩んできた身内に対する大きな違和感は、なかなか難しいです。

○飯沼さんがラインで言われていた

>誰が悪いかというのは、喜びではない出来事の起点をどこに置くかだけの話で、過去世やカルマのことも含めたら、ほんとは誰も悪くなくて、皆が不十分だったわけだからね。

>その人がそうなったことにも遡れば原因があって、昔や過去世の自分が原因を作ったのかも知れない。

>その人がそうなったことは、もちろん本人を含むさまざまな人の不十分さがあったから。

という言葉を心に留めるようにしています。
とても大切な言葉だと思っています。

○それと、視点を大きく広げて行くと、今まで見えてこなかったことが見えてきて、自分の気持ちや都合を越えて、相手の気持ちに寄り添いやすくなるような気がしています。(どうしてもそうなってしまう相手の気持ちや苦しさが見えてくる)

○違和感のある相手のことを考えてみると、自分も同じようなところがあることに気が付いたりして、自分の向上進化のためだったのかなと、ありがたく思えたりします。

○どんな時も、どんな命にも、無条件の祝福と感謝の心を向けていけるように、それを目標にしていきたいです。

○それでも、自分の都合や気持ち(不安になってしまう気持ちも含めて)を軸にしてしまう時は、「必ず越えられる!できる!」と自分を信じる心を持ちたいです。

○やすこさんも書かれていますが、人の向上進化を応援することは大きな喜びなので、もっと応援できるような自分になりたいです。
それには、自分自身も喜びベースになって行くことが大切だと思いました。

実習では

指導霊になったつもりは、慣れてないこともあるのか、いつもとの違いがよく分かりませんでした。
ですが、エネルギーを送っていると、汗が出るほど熱くなった時がありました。

エネルギーを送ってもらった時は、とても温かくなるのを感じました。
みさおさんにエネルギーを送ってもらった時、何度も頭のあちこちを手でポンポンと触れられているように感じたのですが、後でみさおさんに聞いても、触っていないとのことで、とても不思議だったし、すごいな〜って思いました。
エネルギーをありがとうございました!

懇親会では

イッシンさんの歌に、藍子さんの声の響きに、すごいな〜って感動したり、オレンジさんの演奏も心に沁みて、みんなで歌えて嬉しかったです!

みなさんの歌や演技?や踊り?(笑)も心に残っていて、目に焼き付いたりしていて、家に帰ってからも思い出したりしています。^^

お料理もとっても美味しくて、感動しながら食べていました!
まゆみさん、みなさん、美味しいお料理をありがとうございました!

25/11/2025(火) 16:38:40

No.43214  Bさん
Re: 11月25日(火曜日) 引用
今年の自分は、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業したか?
他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたか?

卒業したか?と問われると、いやなかなかまだまだ迷いの中、そんなストレートに卒業はできてないと思います。

でも、兄に関しては少しできてきたかな?
私は「寅さん」を観ると異常に泣いてしまうようなところがあります。
寅さんがなにかの書類の保護者欄にさくらと書いたそんなシーンがあったと思うのですが、そのときはもう号泣でした。
私は兄をずっと守り続けてきたつもりでしたが、心のどこかに面倒な存在という思いがあり、幸せを願いつつも仕方がないことだとして自分の都合を兄に強いることが多かったです。
仕方がないは私の都合であって、兄にとっては不本意なことでしかなかったと思います。すったもんだいろいろあっても、優しい兄は最後には必ず折れてくれていました。もちろん私は兄を含む家族みんなの幸せを願ってのことではあったのですが。

そのことに気づいてからは兄の思いを汲むようにして自分本位なことは避けてきましたが、面倒な存在の意識は薄くはなったものの、すべてを受け入れることはできていませんでした。
でも、今年は兄との関りがより多くなっていく中で、もちろん面倒なことは多々あるのですが、心から兄を愛おしく思えるようになりました。
その思いが兄に喜びをもたらしているか、それはどうなんだろうとは思いますが、自分本位であったことに気づけたことは大きく、愛おしく思えたことは自分自身の大きな喜びです。

定例会で少し話した優しさが仇になり的な出来事ですが、相手のことを助けるつもりでしたことですが、これもひょっとしたら心のどこかにあった自分の都合優先が引き起こしたことかもしれません。そんな気がします。

みんなのため人のためと言いつつ、往々にして自分の本心を誤魔化しながら生きているのかもしれません。
そんなつもりはなくても、自分の言動の中にひょっとして自分本位が潜んでいるのではないか、冷静に自分を見定めていかねばと思います。

誰に対しても何に対しても「居てくれてありがとう! 在ってくれてありがとう!」の思いですべてを喜びに変えて、自分軸優先を卒業しましたと胸を張って言えるようになります。
皆さんとともに、互いに思い合える喜びの世界が広がるよう努めていきます。

定例会では飯沼氏、さきさんはじめ皆さんありがとうございました。
久々の出会いに心癒されました。
特にあきえさん、なみさんが見せてくれた明るい笑顔がうれしかったです
二部の「すずめの涙」には、さきさんの心意気についついお構いなしに笑っちゃいました。
もちろん、いつも以上に本領発揮のやすこちゃんには大笑いです。
東さんの入魂の踊りも素晴らしいですね。
イッシンさんの新曲も明るく軽快で楽しかったです。
エーチャンのパフォーマンスもエーチャンの日常が垣間見れて面白かったです。

まゆみさん、藍子ちゃん、そしてお母さんも、たくさんのお料理をありがとうございました。
畑で採れた白菜も大根も小豆も、それに卵も美味しくいただきました。
みゆきちゃん、さきさん、自然農法の黒豆もありがとうございます。

25/11/2025(火) 19:11:01

No.43215  みやっち
Re: 11月25日(火曜日) 引用
定例会、ありがとうございました。

「今年の自分は、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたかどうか? それを自分自身の喜びにしてきたかどうか?」について。
まだまだ自分の利益や都合や自分の気持ちを軸として考えているところがあるし言動しているところがあると思います。
きちんと振り返りながらあとあとでも検証しながら他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にして生きていきたいと思います。

皆に喜びをもたらすことというと何もないのですが、他者に喜びをもたらすという意味で両親の事を書かせていただきます。
今年は春先から自分の幼少期について振り返ることがあり、この機会に両親に感謝の手紙を書こうという気持ちになっていました。
でも母親と長く電話で話すことが出来て、自分が避けられていたのではなかったという事がわかり、父親への恥ずかしさもあってなかなか手紙を書くことが出来ずにいました。
そんな中で父親が重篤な病にかかっていることがわかり、時間的な余裕がない中で両親へ感謝の手紙を書きました。
父親へはじめてお父さんと呼び、病院へ行って直接感謝の言葉を伝える事が出来ました。
兄弟できちんと情報を共有してコミュニケーションをとり、母親も含めて家族みんなで父親の為に協力することが出来ました。
残念ながら亡くなってしまいましたが葬儀の時も出席いただいたみなさんが両親の事を思い、我を通すことなくみんなが出来る事をやりました。
母親には感謝の気持ちを手紙で伝えることと、兄弟が仲良く協力している姿を見せることが出来ました。

「まだ自分の利益・都合や自分の気持ちが軸になっている部分については、どのように意識・認識・思い方・言動を変えていこうとするのか?」について。
父親の病があって手紙を書こうと決心し、実行することが出来ましたが本来であれば病とか何もない中で、自分から感謝の手紙を書いて両親に見てもらえたら一番喜んでもらえたと思います。
父親の病を知ってすぐに病院へ行きましたが藍子さんに背中を押してもらってすぐに行く気持ちになりました。
「小学生が病室に入ることが出来ない事」、「15分しか父親に会えないこと」もあり一度行って気持ち的にはかなり満足したというかもう十分だと思っていました。
飯沼さんに「時間があればなるべく会いに行った方がいいよ。」と言ってもらって、背中を押してもらってそれから何回か会いに行きました。
何度か病院へ行くと面会時間もある程度緩和してもらえたり、小学生も病室に入れてもらえたり、担当医や看護師さんから丁寧に説明してもらうことも出来ました。
何より病院に行ったからこそ感謝の手紙を書いた内容を直接口に出して父親に自分が満足するまで何度も伝えることが出来ました。
病院からの説明は母親・弟・藍子さんと一緒に聞いたのですが、家族から説明されるよりもより一層家族の絆を深めることが出来たように思います。(兄は僕達よりも前に病院からの説明を直接聞いていました。)
そういう意味ではあらゆる面で積極性に欠けていたと思います。自分からもっと喜んで積極的に言動していけるようになっていきたいです。

一部後半の実習について。
その人の指導霊になったつもりで無条件の感謝と祝福のエネルギーを送りました。
エネルギーを送っている相手から自分へと回収させて(循環させるイメージで)送りましたが言葉では何と言っていいか難しいですがエネルギー的につながったような、同じエネルギーを共有出来たようなすごく心地いい感じでエネルギーを送っていたように思いました。ついつい長めにエネルギーを送っていたように思います。
エネルギーを送り終えてふと周りをみるとその時は和也&久美さん?だったと思いますが祐造さんへエネルギーを送られていて、周りでも祐造さんへエネルギーを送られていました。直接祐造さんへエネルギーを送った人だけでなく、周りのみなさんが祐造さんを心配している気持ちが伝わってきて心があたたかくなりました。

25/11/2025(火) 20:01:45

No.43216  きんもくせい
Re: 11月25日(火曜日) 引用
定例会ありがとうございました。
宿題について
思い切って手を挙げてみたもののもったもたでしたので仕切り直して書きます。

「今年の自分は、自分の利益、都合や自分の気持ちを軸にする生き方を卒業して、他者、皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたかどうか?それを自分自身の喜びにしてきたかどうか?」

今年は地元の子ども食堂に出会えたことで、自分の利益、都合に関係なく、そこに来る人たちに少しでも喜んでいただけるようにお手伝いしたり、そうできる機会に巡り会え働くことができました。
それは自分にとっての喜びとなりました。ありがたいことです。

それまでの自分は、うっすらいつかそんな働きができたらいいな?と思ってはいたものの、その時々の自分の都合を優先して、積極的に動いていませんでした。
また何かあるたび、自分の気持ちを軸にして違和感を膨らませていました。

そんな私が、ようやく本当に喜びを感じる働きに出会えたこと。
何より出会えた人たちと繋がりながら、そこから広がる出会いや繋がりの中で
こんな自分が何らかのお手伝いができていることに感謝しています。


「まだ自分の利益・都合や自分の気持ちが軸になっている部分については、どのように意識・認識・思い方・言動を変えていこうとするのか?」

まだ自分の気持ちが軸になってしまっていることがあります。
相変わらずちょっとしたことで違和感を膨らませてしまいます。
そこは、悠々塾で学んできたことを思い出して、自分も不完全だし、誰もが神の子だし、何よりもたらされることは必要で学びの為だからもたらされていること。
だから違和感を膨らませる私がどうするか?を考えることだと頭で分かりながらも自分の気持ちがあり葛藤していました。
その違和感の原因になっているその人の背景も想像したり受け入れようとしたり。
自分が違和感と思っていることは、その人の一部分であって全てではないのだから
違和感を膨らませてしまう私が自分なりなのかもしれないとも思い。
とにかく自分の気持ちにいちいち囚われず振り回されず、その場の皆が居心地よく、皆が嬉し楽しい場になるようにと言動していくことを意識していくしかないと思っています。
気持ちを向ける方向は
違和感にではなく
皆の喜びに繋がる方向。
自分のちっぽけな気持ちに留まらないで
皆の喜びを思う気持ちを大きくしていきたいと思います。


実習でエネルギーを送り合った時の感想

さいこさんに送っていただいた時には、頭頂からず〜んと入るのを感じました。
その後はこのまま眠ってしまいたいほど気持ちよかったです。
さいこさん、ありがとうございました。
その後、千夏さんにエネルギー送っていただいた時、咳き込みました。
痰も絡んではいましたが、排出だったんでしょうか。
千夏さん、ありがとうございました。

エネルギーを送る時は指導霊になったつもりでとのことでしたが
とにかく自分を薄くして、教わったようにただただ無条件の祝福と感謝の気持ちを送ろうとしてみました。
自分のお腹がぐるぐる鳴るばかりでちゃんと送れていたか分かりませんが目の前の相手が愛おしく思えました。

二部は、皆さんとお話ししたり
イッシンさんの歌やオレンジさんのピアノや皆さまの踊りやらほんとに楽しかったです。
いつもながら美味しいご馳走を夜も朝も沢山いただきました。
まゆみさん、飯沼さんのお母さん、準備してくださった皆さま
ありがとうございました。
お土産までいただき、ありがとうございました。

25/11/2025(火) 22:54:19

No.43217  祐造
Re: 11月25日(火曜日) 引用
飯沼さん
昨日の書き込み、分かりにくい書き方ですみませんでした。

>「過ちや至らなさの重大さが分かっているからこそ、そこに向き合うのが怖くて逃げてしまってる、という意味で書いたものですが、その重大さということに実感をもっているのかと言われれば、そうではありませんでした。」
どういう意味ですか?
分かるように説明してください。<

自分の母親に長年に渡って虐待的叱責を続けてきてしまったことの重さ・酷さを、本当はよく分かっているはず(意識できていないところで)。
だから意識できるところでは怖くて見れない直視することを避けてしまっている。
―――そういう状態だという意味で書いたのでした。


>祐造さんの言う「実感」とはどういうものですか?<
頭では大変なことをしてしまったと分かっていても、気持ちのところで大きく動いていないし、いても立ってもいられないような気持ちにはなれていないので、そのことを「実感をもっていない」と書きました。


>「重大さが分かっている」とはどういうことですか?<
虐待的叱責を続けてきてしまったことの重さ酷さを、意識できていないところではよく分かっている、という意味で書いています。



あと「追加」の分ですが、、。
>祐造さんにやる気があれば、帰りの車の中や帰宅してからも、「どうしてそういうことを言われるのだろう?」と考え続けるはずの指摘でした。<

すみません、どういう指摘だったのか思い出せません。
なんとか思い出そうとしたのですが、分かりませんでした。
せっかくの大事な指摘なのに、覚えていなくて申し訳ありません。
できればもう一度教えてもらえませんでしょうか。


もう一つの追加。
「緊張していたせいか」のことですが。
エネルギーが通りにくかった上に、最初にぃさんが背中が痛くなったということで、それは自分のせいではないか。だとしたら緊張していたせいかも知れない、と思ったのでした。
背中の痛みが、自分のせいかどうかわかりませんが、そうであるなら申し訳なく思っています。



みやっちさん

>エネルギーを送り終えてふと周りをみるとその時は和也&久美さん?だったと思いますが祐造さんへエネルギーを送られていて、周りでも祐造さんへエネルギーを送られていました。直接祐造さんへエネルギーを送った人だけでなく、周りのみなさんが祐造さんを心配している気持ちが伝わってきて心があたたかくなりました。<

そうだったのですね。本当にありがたくてなりません。
あの日、あきえさんを駅までお送りしたクルマの中で、あきえさんからも同じ話を聞かせてもらいました。
あのとき多くのみなさんが、エネルギーを送ってくださっていたと。
嬉しくて、もったいなくて、ありがたくて、申し訳なくて、いろんな気持ちがこみ上げて、運転しながら涙が出ました。
みなさん、こんな自分に本当にありがとうございます。

25/11/2025(火) 22:56:21

No.43218  飯沼正晴
Re: 11月25日(火曜日) 引用
祐造さん、

どうしても、無意識というところに逃げ込みたいようですね。
虐待的叱責が露見した頃は、「記憶にない。思い出せない」と記憶障害であるかのように言い続けていました。
指導霊まで引っ張り出して。

しかしそれは意識的なウソであったと認めざるを得なくなれば、今度は「実感がない」ということを言い続けるようになりました。

お母さんへの虐待的叱責を続けていた頃やそれが露見した直後は、自分がとんでもなく酷いことをしてきたという実感は薄かったかもしれません。
スピード違反に慣れきった悪質ドライバーのように。
もちろん「記憶にない。思い出せない」というのは、意識的なウソですが。

しかし、ある時期からの祐造さんは、意識して「実感がない」ということにしているのだと思っています。

>自分の過ちや至らなさに向き合うことから逃げ続けて、ウソや誤魔化すことまでしてしまいました。<

>自分を守ってしまい、自分がして来てしまった酷さを直視できなかった。しなかった。
そこをひっくり返したいです。
事実を直視して、自分の過ちをありのままに見て、心から思い至り、悔い改めること。
あきらめずに、何度でも挑まないといけないです。<


定例会で私は、「向き合うことから逃げているとか、自分がしてきたことのひどさを直視できていないというのは、周囲から言われる言葉だ。自分でそう言うということは、自分で認識しているからだ」と言いました。
「何から逃げているのか、自分で明確に分かっているから、そう言えるのだ」と。

それと、「祐造さんは何度でも挑んでいかなければいけないと言うが、祐造さんは決して交わらない平行線を設定している。このままではいつまでたっても実感なんて湧いてこない。だって祐造さんは決して交わらない平行線の1本の上に乗っかっているのだから」という意味の指摘をしました。

すぐには意味が分からなかったと思います。
平行線の1本は、「自分がやってきたことの酷さに心で思い至る」という線です。
もう一本は、「いくら努力しても、心で思い至ることができない・実感が湧かない」という線です。

もしも祐造さんが本気で、
>自分を守ってしまい、自分がして来てしまった酷さを直視できなかった。しなかった。
そこをひっくり返したいです。
事実を直視して、自分の過ちをありのままに見て、心から思い至り、悔い改めること。
あきらめずに、何度でも挑まないといけないです。<

と思っているのなら、私の指摘をすぐに忘れるはずがないのです。
だって私は、このままでは祐造さんはいつまでたっても心から思い至ることにはならないよ」と断言したのです。

「飯沼さんの言ったことはどういうことだろう? 自分はこんなに必死になって、心で思い至ろうとしているのに」と、大きな疑問が湧いてくるはずだから。
祐造さんが本気で、心で思い至ろうとしているのなら、当然そうなるはずです。

でも、案の定、祐造さんは私の指摘を忘れてしまっている。

それは祐造さんが心で思い至ろうなどとは思っていないからです。
というよりも、自分がやってきたことの醜悪さを頭でも心でも十分に認識しているから、意識的に実感が湧かないことにして逃げているからです。


「自分が緊張していたから、エネルギーが通りにくかったのかも」と、あえてわざわざ書かずにいられなかったのも、自分の闇の深さを認識しているからですね。

あの状況ですから、ほとんどの人は「闇や歪みが深いから、エネルギーが通りにくかったのだろう」と思うのです。
祐造さんも当然、そう思ったはずです。
だからこそ、あえてわざわざ「緊張していたから」と書かずにいられなかったのでしょう。

これも、祐造さんが自分の闇の深さに頭でも心でもしっかりと思い至っているからこその、積極的なフェイク誘導です。



つまり祐造さんは自分の心で思い至ることから逃げずにはいられないような酷いことをしてきたと、アタマでも心でも分かっているのです。

分かっているから、私の指摘について頭も心もめぐらせる必要もなく、すぐに忘れてしまうのです。
それだけの話だと、私は思っています。

ということで、私はもう一度言います。
祐造さんが決して交わらない平行線を設定して、その1本に乗っかっている限り、いつまでたってもどうにもならない。

神にひれ伏して心の底から許しを乞うのか、全てがバレてしまっているのにこのまま逃げ続けるかの二者択一です。

あとは本人次第でいいと、私も思っています。

26/11/2025(水) 00:15:33


No.43208 祐造  
11月24日  月曜日 引用
定例会に参加させていただき、ありがとうございました。
また、実習の時間にはダウンロードもしていただき感謝しています。
緊張していたせいか、エネルギーが通りにくかったそうで申し訳ない気持ちです。
今回の実習では、僕はまだそのエネルギーを注げる状態になかったので、注いでもらう側だけで参加させてもらいました。
それでも次々と何人もの方がエネルギーを注いでくださり、こんな自分なのになんてありがたいことだろうかと思いました。

定例会のテーマに沿って書いてきたものを、当日読ませてもらったのですが、その中の「自分の過ちや至らなさに向き合うことから逃げ続けて」という部分について飯沼さんから指摘をしてもらいました。
過ちや至らなさの重大さが分かっているからこそ、そこに向き合うのが怖くて逃げてしまってる、という意味で書いたものですが、その重大さということに実感をもっているのかと言われれば、そうではありませんでした。
以前にさきさんから働きかけてもらっていたなかで、本当は分かっているから逃げているのではないのか、といった話がありました。
そうかもしれない、自分の頭では実感がないけれど、意識できていないどこかで重さが分かっているからこそ逃げているに違いない、そう思ったのでした。
そうした流れから、定例会で読んだように「自分の過ちや至らなさに向き合うことから逃げ続けて」と書いてしまったのでした。
実感があるわけでもないのに、実感があるかのような書き方をしてしまいました。

定例会のあと、指摘されたことを考えていました。
人からの意見を自分のなかで深くたどることをせずに、そのまま自分の事実のように書いてしまったのが原因だと思います。
言われたことを自分の心でしっかり巡らせて、自分の思いとして、自分の言葉で表現する、ということが出来ていない。
今まで心を使うことをあまりしてこなかったからかも知れません。
形だけ整えても、中身が違っている。
だから上辺のものになってしまう。

また、言われたことを深く考えもせずその部分をオウム返しのように言ってしまうところが自分にはあるのだと思いました。
ものごとをもっとよく考えて、意識の使い方を丁寧にするべきでした。


では、自分の過ちの重さの実感につながるために、どうすればいいのか考えてみました。
以前に悠々塾ラインで、母親に向けてしまった虐待的叱責について、具体的にどんなシーンで叱責をしてしまったのか、16項目について書かせてもらったことがありました。
それを書きながら自分が思っていたのは、母親の気持ちよりもむしろ自分がどれだけ大変だったか、それを思ってしまったのでした。
そんな自分に気が付いて、なんてことかと自分がイヤになりました。

今度はその具体的なそれぞれのシーンでの、母親の気持ちを思うことにしたいです。
自分が虐待的𠮟責を繰り返してしまっていたことで、母親にどんな思いをさせてしまい、どんな気持ちにさせてしまったのか。
あらためて母親の気持ちの痛みにしっかり目を向けて、自分の過ちの重さの実感につなげたいです。


定例会の当日に読ませてもらった、定例会のテーマもここに書き込みします。
(指摘してもらった部分もそのままにしています)

******************************
◆「今年の自分は、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたかどうか? それを自分自身の喜びにしてきたかどうか?」


自分の気持ちを軸とする生き方を卒業するどころか、自分の都合や自分の気持ちを最優先に
してしまい、みなさんに喜びとは真逆のものをもたらしてしまいました。
自分の過ちや至らなさに向き合うことから逃げ続けて、ウソや誤魔化すことまでしてしまいました。
またそんな自分に対する罪悪感も薄く、どこまでも自分大事で、自分の安定のためなら、人のことなどお構いなしの言動を続けてしまいました。
自分を守ることに意識がいっぱいで、人を気遣ったり、ましてや他者・皆に喜びをもたらすことなどできずにきました。
それどころか、逆にみなさんの気持ちや信頼を裏切ることを重ねてしまいました。

今まで働きかけてもらい、指摘してもらい、アドバイスをもらいながら、それに沿えずにきてしまいました。
ここから這い上がりたい、真っ当に生きたい、幽界と決別したい、、、。
そう言いながら今まで何カ月もそう出来ずにきたことを、どうしたら変えていけるのか。
あとは本人次第、と言われています。
このままでの幽界に生きて幽界に赴くなら、違う星へ送られてひとり生き直すことになるのだと思うと、あまりにも恐ろしくて言葉になりません。


◆「まだ自分の利益・都合や自分の気持ちが軸になっている部分については、どのように意識・認識・思い方・言動を変えていこうとするのか?」


自分を守ってしまい、自分がして来てしまった酷さを直視できなかった。しなかった。
そこをひっくり返したいです。
事実を直視して、自分の過ちをありのままに見て、心から思い至り、悔い改めること。
あきらめずに、何度でも挑まないといけないです。
心からのお詫びも、謝罪も、埋め合わせも、そこからしか始まらないと思います。

そのためにも、お勧めしてもらった継続的にカンパをさせていただくことで、心が痛む感覚を取り戻したいです。

また、自分が思ったことをそのままの言葉にすると上っ面なものになってしまう、そういうクセが染みついているので、意識して自分の心を使って言葉を発していけるようになりたいです。

自分のことばかりに意識が行くのではなく、周りの人たちの気持ちを思えるよう、自他の喜びになることができるように、意識を切り替えたいです。
そうすることで自分を開いて、みなさんからを送ってもらったエネルギーにもっとつながりたい、みなさんの光に向かいたいです。

ここまでボロボロの自分、みじめであわれな自分、醜悪な姿の自分を思うと、「向上進化」ということからとてもとても遠いように思われます。
こんな自分が希望や意思表明といっても、むなしく響くのではないかと。
それでも、みなさんが自分の中に今は見えない光があることを信じてエネルギーを送ってくださっていることを思うと、もうなんともありがたすぎます。
みなさんが信じてくださるのに、自分が信じなくてどうするのかと思います。

自分がウソや誤魔化しでみなさんの気持ちを裏切ってしまったのに、そのみなさんが自分の本来の心を信じてくださっている――― こんな場はどこを探しても無いと思います。
自分も一歩でも二歩でも皆さんに近づきたい、みなさんのように光に向かって生きたい。
そして自分本来の心で生きて、自分を役立たせていきたい。

******************************

24/11/2025(月) 22:40:08



No.43206 みゆき  
11月23日日曜日 引用
定例会おつかれさまでした
今回は全身のかゆみでまとまった睡眠がとれない状況が続いていて少ししんどかったので
エネルギーを通してもらえてすごくありがたかったです
元気がでました
「みゆきちゃんにエネルギー通してあげて」とか
「エネルギー通してもいい?」
ってその気持ちがすごく嬉しく身に沁みました
おかげさまで、昨日は横になって時間ほど眠ることができました
ありがとうございました

「今年の自分は、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたかどうか? それを自分自身の喜びにしてきたかどうか?」
今年の自分は、とても強い自分の気持ち軸で生きていたんだと気づいた年なので卒業にはまだ遠いです
もたらされたことすべてが嬉しいこと、喜ばしいことなんだ、という意識で辛いことがあっても嬉しい、喜んでいく気持ちに切り替えられるようになってきているのを感じていてそれはよかったと思います
自分の利益・都合・気持ちで動いていたことを状況をみながら行動できるようになってきた点はよかったと思っています
他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸に、というところでは、苦手としていた家事を家族にとって嬉しいことをさせてもらっているのだ、そして、家事って芸術なんや、ということがわかり苦手意識が薄くなってきている点はよかったと思っています。そして、どちらも自分の喜びとして感じているのでよかったと思います。

「自分の利益・都合や自分の気持ちが軸になっている部分については、どのように意識・認識・思い方・言動を変えていこうとするのか?」
自分の気持ちを軸にしているから情報を出さない、だしづらい、ということにつながっているのだろうと思います
〇こんな自分のいうことに人は関心なんかない、相手にされない、受け入れられない 
〇自分はしょうもない人間なので情報を出すなんてとんでもない、話しないほうがよい

否定されるのがこわい
(自分に対して)何か言われるのがいや
この自分の気持ちの軸をどのように変えていくのか
自分の話に対して人からどう思われるのかは、人それぞれの感覚で自分にはどうすることもできないこと、と自分に言い聞かせる
自分はしょうもない人間だと認める、自分のありのままを受け入れる
しょうもない人間でも愛をもって言動・行動できるようになることを目標にしているんやから、それでいいと自分に言い聞かせる
何があっても大丈夫だと自分に言い聞かせる
無条件の感謝と祝福の気持ちベースですべてのことに関わっていく、取り組んでいく
そうしていくことで無条件の感謝と祝福の気持ちが人に場に空間に伝わっていくと思う
そして自然に言動行動に出てくるようになると思う
どうしたら相手にわかりやすく伝わるかとか、相手にちゃんと伝わっているか、とかそういうことを考えられるようになっていきたい
わかりやすく、伝わりやすく話できるようになるために
情報を出したり、話したり、トレーニングしていきたい

11/21のぬまさんのコメント
>自然農法であれ、有機農法であれ、心のエネルギーを使う農法は今の農業だけでなく、時代を救うことになると思っています。

>私たちは農業収入で生活していないから、さまざまなチャレンジができるのです。

>みゆきちゃんも、グループラインや掲示板に積極的に情報発信してくださいね。
>Iさんの動画も私はあまり見ることができないので、それも紹介してもらえたらありがたいです。

はい、情報発信していきたいと思います
よろしくお願いします

23/11/2025(日) 11:10:29


No.43207  飯沼正晴
Re: 11月23日日曜日 引用
定例会に参加してくださった皆さん、ありがとう&お疲れさまでした!
参加できなくてもお心を向けてくださった皆さん、ありがとう!


なんとなくさえない気持ちで始まった定例会でした。
でも、1部での皆さんの発言を聞いていて、この数年の皆さん一人一人の変化・向上進化を嬉しく実感していました。

メッセージで示された、「今年の自分は、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたかどうか? それを自分自身の喜びにしてきたかどうか?」というテーマにしっかりと沿うようにと注文をつけましたが、発言の内容は一人一人の向上進化そのものでした。

上のみゆきちゃんの書き込みも参考にして、定例会で発言した人も、しなかった人も、定例会に参加しなかった人も改めて書き込みをお願いします。
普段は書き込みしていない人も、どうぞ書き込んでくださいね。

後半の実習や懇親会の感想なども、書いてくださいね。

「指導霊になったつもりで」というエネルギーはまだまだ不慣れではありますが、私は非常に大きく確かな手応えを感じました。
次回以降が楽しみです!

懇親会では久しぶりに腹から笑い、お酒もずいぶん進みました。

今朝、少し遠隔でエネルギーを送ったのですが、今までとは違う「無条件の祝福と感謝」のエネルギーにつながれたことを実感しました。
まさにこのエネルギーにつながるために、この数カ月の憤りと重苦しさが計らわれたのだと確信しました。
今までの重苦しさがウソのように、私は上機嫌です!

先日の夢の意味もはっきりと分かりました。
しかも、「出雲」から直通バスが出ている東京の山手線の駅名がどうしても思い出せなかったのに、土曜日の夜にひょんなことで分かりました。

夢の中ではその駅名がはっきりと分かっていたのですが、目が覚めると「山手線のマイナーな駅」という記憶しか残っていませんでした。
五反田や大塚などではないということは覚えているのに、駅名は思い出せなくて。
まあ重要なことでもなさそうなので思い出せないままにしていたのですが、金曜日の夜、さきさんを雑談をしている時にテレビがついていました。
たまたま、「山手線の駅名が出てくる歌の特集」が始まって、何曲目かの歌詞に「田端」という駅名が出てきたのです。

私は思わず「駅名が分かった」と声を上げました。
夢に出てきた駅名は「田端」だったのです。

田端という駅名に意味があるのではなく、普通はあり得ないようなシンクロによって、あの夢が単なる夢ではなく、重要な意味のある夢だったということを知らせる計らいだったのだと思います。

なるべく早い時期に、またどこかに籠って、昨日つながったエネルギーに馴染んで、確立したいと思います。

ということで、皆さんの書き込みをお待ちします。
私も近日中に書き込みます。

皆さん、ほんとにありがとう!

23/11/2025(日) 14:39:36


No.43204 飯沼正晴  
11月21日(金曜日) 引用
◆「キャベツ1玉500円」は序章にすぎない…「いままでが安すぎた」国産野菜が"高級品化"している不都合な真実

11/21(金) 8:15配信 プレジデントオンライン


物価高が進む中、野菜の値段はこれからどうなるのか。車中泊で全国各地の農家を取材している農業ライターの鈴木雄人さんは「気候変動の影響で野菜を作れる場所と作れる時期が狭くなってきている。さらに燃料費や人件費の値上がりなどで、生産コストが上がっていて価格を上げざるを得ない」という――。

【図表をみる】令和7年1月分 キャベツ小売価格調査の結果

■「キャベツ1玉500円ショック」が起きた背景

 「キャベツ1玉500円」。このショッキングな値札は、単なる未来予測ではない。2025年1月頃、天候不順による深刻な品不足が重なり、実際に多くのスーパーマーケットの店頭でキャベツが500円を超える価格で並んだことは、多くの人の記憶に新しいはずだ。

 家計の味方であるはずの野菜が、高級品のような価格で鎮座していた。これら青果物の価格は市場の原理に基づき、「需要と供給」のバランスで決まる。2025年1月の高騰は、まさにこの供給が途絶えかけた結果だ。

 その直接的な引き金は、複合的な天候不順にある。まず、11月頃に群馬産から愛知・千葉産へと切り替わる「産地の端境期」でリレーが途切れ、供給が不安定になった。さらに、夏の猛暑で根の張りが悪くなったところに、雨不足と低温が追い打ちをかけた。全国の産地で生育が遅れ、全体として小玉となった。結果として、市場への「出荷数」そのものが激減し、価格が高騰したのだ。

 だが、私たちが「あり得ない」「一時的なものだ」と感じるこの価格は、日本だけの異常事態なのだろうか。

■世界のキャベツはもっと高い

 日本貿易振興機構(JETRO)が2024年に調査した海外の市場価格を見ると、この日本の「危機」は、すでに世界の「現実」であることがわかる。価格はターゲット層や店舗の形態によって幅があるが、500円というラインがいかに現実的かが浮かび上がる。

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ニューヨーク(米国):アッパーミドル層向け店舗では4.21ドル(約650円)だが、ローワーミドル層向けでも2.98ドル(約460円)で販売されている。

ソウル(韓国):アッパーミドル層向けで9000ウォン(約960円)という高値がつく一方、ローワーミドル層向けでも3490ウォン(約370円)と、日本の高値時に近い価格だ。

シドニー(豪州):8.80豪ドル(約890円)で並ぶ一方、アジア系スーパーでは2.80豪ドル(約280円)と価格差も大きい。

※為替レートは、2025年11月10日時点:1ドル=約154円、1ウォン=約0.107円、1豪ドル=約101円で計算
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 私たちが「高騰だ」と驚く500円という価格は、海外の主要都市ではアッパーミドル層向けの価格として、すでに「当たり前」に受け入れられていることがわかる。そして重要なのは、ローワーミドル層向けの価格でさえ、日本の「平時」の価格(150〜200円)をはるかに上回っているという事実だ。

■価格が高騰しても「農家が儲からない」ワケ

 それもそのはず、日本のキャベツの年平均卸売価格は、何十年もの間「1kg=100円前後」という驚くべき低価格で安定してきた。海外と比較しても、日本の「平時」の価格がいかに安かったかが分かる。この「安すぎた平時」と「高騰する有事」の激しいギャップが、「野菜が高いのは、農家が儲けているからだ」という誤解を生むのだ。

 しかし、私が全国の生産現場を取材する中で見る現実は、全く逆だ。野菜が高騰しても、農家の手取りは増えていない。むしろ経営は厳しくなっている。

 では、なぜこの矛盾が起きるのか。その答えこそが、農家がコントロールできない「外部コスト」である。

■真犯人?@:気候変動の常態化

 まず、消費者が「値上がりの理由」として最もイメージしやすい「天候」について触れたい。「野菜が高いのは、長雨や日照不足のせい」。この認識は、もはや古い。私が取材で全国の生産者を回る中で痛感するのは、地球温暖化による異常気象が、もはや「異常」ではなく「常態」となりつつあることだ。

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猛暑と少雨:生育不良を引き起こし、出荷量を激減させる。
暖冬:病害虫が越冬し、春以降の被害を甚大にする。
ゲリラ豪雨:畑の土壌を流し、作物を物理的に破壊する。
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 結果として、「作れる場所」「作れる時期」が日本国内で確実に狭まっている。北海道でサツマイモが作られるようになったり、これまで高原と言われていたような地域でも夏場の生産が難しくなったりと、産地はすでに北上を余儀なくされている。

■「カット野菜最大手」が創業以来初めて値上げ

 この供給不安を前提に、ついに日本の流通も変わり始めた。その象徴が、カット野菜の動きだ。最大手のサラダクラブは、2025年3月にカット野菜を創業以来、初めて値上げした。さらに、今後は需給に応じて価格を動かすダイナミックプライシング(変動料金制)の導入も検討しているという。

 「いつでも同じ価格で野菜が手に入る」ことを前提に成り立っていたビジネスモデルが、気候変動による供給の不安定化によって、維持できなくなっている。これは「いつでも安く買える」時代の終わりを告げる象徴的な動きともいえる。

■真犯人?A:「外部コスト」の上昇

 「野菜が高騰して農家は儲かっている」。これが最大の誤解である理由は、キャベツのコスト構造を見れば一目瞭然だ。

 現在は調査が打ち切られてしまい少し古いデータにはなるが、農林水産省の「品目別経営統計」によると、キャベツの生産コストは、その大半が農家の努力ではどうにもならない「外部コスト」で占められている。

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【キャベツのコスト構造】

?@包装荷造・運搬等料金 (28.2%)
これが最大のコストだ。内訳は、JAや市場に支払う「販売手数料」、段ボールなどの「荷造資材費」、市場や契約先に運ぶ「運送費」。

?A機械・設備関連費 (24.9%)
トラクターの燃料費や、農機具・建物の維持費。

?B主要資材費 (23.2%)
肥料費と、害虫が多いため高額になる農業薬剤費。

?C種苗・苗木費 (6.8%)
キャベツの種や苗の代金。

?D労働費(雇用労賃) (2.3%)
会計上の「雇い人件費」の割合は非常に低く見える。

?Eその他 (14.6%)
地代(賃借料)、土地改良費・水利費、税金・公的な負担金、事務用品費、通信費、会議費といった雑費など
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 この構造には「2つの弱点」が潜んでいる。

 1つ目が、コストの8割以上が「外部コスト」という点だ。その価格は円安、原油価格、国際情勢、物流(2024年問題)によって決まる。農家の「内部努力」では、これらのコスト上昇を吸収することが構造的に不可能である。

 2つ目が、「労働費」のコスト比率は低いが、時間はかかるという点だ。会計上の「雇用労賃」はわずか2.3%であるが、実際の労働時間は10aあたり約85時間もかかるという。そして、その労働時間の半分以上(52.6%)が「収穫・調整・出荷」という、機械化が難しく、人手に頼らざるを得ない作業に集中している。

■すべてのコストが上がっている

 この脆弱な構造は、平成29年(2017年)頃から始まった資材高騰に耐えられなかった。キャベツ農家は、全方位的なコスト上昇の直撃を受けたのだ。

 1.労働費

 「収穫」という人手作業を機械化で減らせないまま、労働単価(時給)が直撃した。最低賃金は平成19年(687円)から令和6年(1055円)へと約1.5倍に高騰。コスト比2.3%という水準では到底収まらなくなった。

 2.包装・運搬費

 キャベツ生産における最大のコストだった項目が、物価高の直撃を受けた。

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・物流費:「2024年問題」による物流費の上昇と、高止まりする燃料費が運送費を直撃。
・資材費の高騰:段ボールなどの「諸材料」の価格(令和6年物価指数で令和2年比116.9%)が包装費を直撃。
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 3.機械・設備・資材費

 農家の努力と無関係に、すべてのモノの値段が上がった。キャベツ専用の最新統計はないが、最新の「米」の生産コスト(農林水産省データ)を見ると、その異常な高騰ぶりが分かる。以下は、米生産における平成29年から令和6年の間のコストの上昇幅である。

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・光熱動力費(燃料など):約38.3%増加
・肥料費:約23.7%増加
・農業薬剤費:約10.1%増加
・機械価格:トラクターなどは円安や原材料高で令和2年比で10〜20%上昇。
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 これらはすべて、キャベツのコスト構造で「外部コスト」として大きな割合を占めていた項目である。農家の努力とは無関係に、生産コストがこれだけ強制的に引き上げられているのだ。


■価格転嫁できなければ廃業せざるを得ない

 農家は、コスト高に苦しんでいる。目の前の価格は、自ら削減しようのない「外部コスト」の爆発と、削減できなかった「内部コスト(人件費)」の同時高騰を、価格に転嫁しなければ「赤字(=廃業)」になるという、生産者(農家)の悲鳴なのだ。

 そして、この「悲鳴」こそが、市場原理のもう一つの側面を動かす。当たり前のように農家が持続できない「赤字」の価格で推移することは不可能だ。農家が赤字で経営を辞めてしまえば、市場から野菜(供給)が消え、市場の原理そのものによって、価格は否応なく上がる。

 だからこそ、市場の原理とはいいつつ、価格は高騰した「外部コスト」を反映した「再生産可能な価格」にならざるを得ないのだ。私たちが直面しているのは、この「高止まりしたコストライン」なのである。

■私たちの食卓はどうなるのか

 「野菜が高い」というニュースの裏で、私たちが直面している深刻な事実がある。キャベツ1玉500円という価格は、農家が不当に得た「利益」ではなく、先述した「爆発したすべての外部コスト(物流・資材・人件費など)」を、赤字にならないために転嫁した「再生産可能な価格」だということである。

 私たち消費者は、認識を改める必要がある。「500円が高い」のではなく、「私たちが慣れ親しんでいた150円〜200円という価格が、異常なほど安すぎた」のかもしれない、と。

 もし私たちが、この「高騰したコスト」を反映した新しい価格を「高すぎる」と拒否し続ければ、どうなるか。農家は赤字で経営を辞めていく。これこそが、日本の「食料安全保障の崩壊」の一歩といえる。

 生産者がいなくなるという最悪の未来。すなわち、市場から供給(キャベツ)そのものが消滅し、価格が500円どころではない高騰(あるいは品切れ)を招く未来を防ぐために、私たちにできることは何か。

 それは、まずこの「なぜ高いのか」という構造を理解することだ。そして、生産者が農業を継続できるよう、「再生産価格」で買い支えていくことである。それを社会全体でやらなければ、500円のキャベツは「異常」ではなく「日常」になる。その日は、もうすぐそばまで来ているのかもしれない。

https://news.yahoo.co.jp/articles/824853e61d49906be9935ff830c748a051149f0a?page=3

21/11/2025(金) 11:25:13


No.43205  飯沼正晴
Re: 11月21日(金曜日) 引用
自然農法であれ、有機農法であれ、心のエネルギーを使う農法は今の農業だけでなく、時代を救うことになると思っています。

私たちは農業収入で生活していないから、さまざまなチャレンジができるのです。

みゆきちゃんも、グループラインや掲示板に積極的に情報発信してくださいね。
Iさんの動画も私はあまり見ることができないので、それも紹介してもらえたらありがたいです。

21/11/2025(金) 11:34:52


No.43201 飯沼正晴  
11月20日(木曜日) 引用
明後日の定例会、よろしくお願いします。

前回の定例会があの状態だったので、今回は1部も2部も参加費無料です。

定例会メッセージなどについてご意見や質問などもありませんが、だいたいのところは理解してもらえているのかな?
「指導霊になったつもり」というのは、とても重要なことのようですよ。

話は変わって、私の足の腫れや痛みはほとんど治っていますが、最近は夜になると軽い喘息が出ています。
昨夜は2時過ぎまで眠れず、軽く咳き込みが続いていました。
今はほとんど問題ないですが。

昨夜は妙にリアリティのある夢を見たのでメモしておきます。
意味があるのかどうかは分かりませんが。

私はどこかから親の家に帰省しています。
何となく居心地が悪くて、また出掛ける準備をしています。
母親は私の居心地の悪さに全く関心を示しませんが、私がまた出かけることに不機嫌そうです。
親戚のオジサンが来て、この時期に出かけてはいけないと説教するのですが、私は聞き入れずに家を出ます。
行先は「出雲」のようです。

そこへは以前に行った記憶があって、薄暗い道を歩き始めています。
夕暮れ時というよりも境涯の暗さのようでした。

すぐに人家のない道になって、あたり一面が水たまりになっています。
土の地面の水たまりに足をつけて歩く感じがとてもリアルで、私はそのベチョッとした不快感に小さく声を出しながら歩いています。

歩き始めた頃は同じ方向に進む人たちがかなりいて、私はその人たちのあとをついていけばいいと思っていたのですが、いつの間にか人の姿はなくなっています。
私はどの方向に進んでいいのか、おぼろげな記憶を頼りに確信が持てないままに歩いていきます。

水溜まりエリアを抜けると山道に入りました。
ところどころ山が崩れていて、道が埋まってしまっています。
全体の風景は何となく見覚えがある気がして、この方向に歩いていこうと決めました。

そういう感じでけっこう難儀しながら歩いていくと、平らな土地にある小さな集落に行きつきます。
すっかり夜になっていて、今日はもうこれ以上は進めないと思って、どうしたものかと思っていたら、バスが一台停まっています。
「トトロ」に出てくるような古い、小さなバスでした。
バスにはドライバー以外は誰も乗っていなくて、年配のドライバーが出雲地方の方言で、「このバスは向こうから来たところで、もうすぐまた向こうに戻るから、あんたが乗っていけばいい」と言ってくれました。

私は、こんなラッキーなことがあるんだと喜びながら、暖かいバスの中で外の景色を眺めながら心身を休めています。
乗客は私一人です。
どれぐらい走ったのか、バスはその路線の終点に着いて、私はバスを降ります。
とても小さな集落ですが、どうやらそこが「出雲」のようでもあります。

少し離れたところに小さな切符売り場のようなものがあって、東京の山手線の駅(駅名が思い出せません)に行く路線がありました。
あんなバスが東京に行くんだと、笑いそうになりました。
私はそこからどこに行くのか分かっていないのですが、「こんなところから東京への直通バスがあるのなら、他のところに行くバスもあるんじゃないか。うまく乗り継げば知人・友人たちがいるところに行けそうだ」と思って、自分の行くべきところも含めて考えていました。

というような夢でした。

20/11/2025(木) 12:03:43


No.43202  さき
Re: 11月20日(木曜日) 引用
定例会よろしくお願いします。

すみません、実習のなかの
>各チャクラを経由して、足の裏に抜けるエネルギーを、会陰のチャクラから順に回収しながら、また頭頂から注ぎます。<

会陰のチャクラから順に回収しながら、、
という部分を補足いただけないでしょうか。
通したエネルギーを循環させるイメージでしょうか?

20/11/2025(木) 18:09:22

No.43203  飯沼正晴
Re: 11月20日(木曜日) 引用
さきさん、

>会陰のチャクラから順に回収しながら、、
という部分を補足いただけないでしょうか。
通したエネルギーを循環させるイメージでしょうか?<

はい。
循環させるイメージでいいと思います。
細かくいえばもっといろいろあるのでしょうが。

20/11/2025(木) 22:50:46


No.43199 飯沼正晴  
11月19日(水曜日) 引用
☆☆ 2025年 11月定例会のお知らせ ☆☆ 

日時 11月22日(土曜日)

第1部 癒しの講座・ヒーリングの実習

午後2時から5時ごろ
参加費・無料
        
第2部 「懇親会」 
午後5時半ごろからお時間の許す限り
参加費・無料

☆☆☆最寄駅はJR福知山線篠山口駅です。
。。。。。。。。。。

2025年11月定例会に向けてのメッセージ

皆さん、こんにちは。
克子です。

今年最後の定例会になります。
今回は、「今年の自分は、自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたかどうか? それを自分自身の喜びにしてきたかどうか?」を振り返ることがテーマです。

もちろん完璧にそうできている人はいないでしょうが、この1年で自分がどれぐらい向上進化できたのかを辿りなおしてください。
そしてそうできたところを喜び、さらに自分の日々の生き方に定着させてください。

まだ自分の利益・都合や自分の気持ちが軸になっている部分については、どのように意識・認識・思い方・言動を変えていこうとするのか?
できるだけ実際的・具体的に思いをめぐらせて、自分自身で指針を確立していただきたいのです。

「自分の利益・都合や自分の気持ちを軸にする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方への移行」は、地上人類の霊性進化のテーマそのものです。
特にその先駆けとして雛型成就を担う皆さんがたには、その方向性の中で日々を生きるかどうかが、幸せ・不幸せなども含めた自分自身の地上人生のありようを造っていくことになるのです。

言い換えれば、「自分の利益・都合や喜びではない自分の気持ちを軸にした生き方」は幽界・暗黒界の生き方であり、「他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方。それを自分の喜びにする生き方」は光の霊界における生き方です。
幽界や暗黒界とつながっていれば、幽界や暗黒界の現実が自分自身の現実になるのですし、光の霊界とつながっていれば、光の霊界の現実が自分自身の現実になるのです。

今までも何度もお伝えしてきたことですが、後になって「まさかこんなことになるとは思っていなかった」ということになりませぬよう、この機会に改めてお伝えしておきます。

そしてこれも何度もお伝えしてきましたが、地上的死の意味・地上人生の意味を学んできた者としての死生観を揺るぎなく確立していただきたいのです。
死は生きる次元の移行にすぎず、愛情があればいずれは必ず再会の喜びに満たされるのです。

地上の人間として、愛情でつながっているのなら地上で共に生きることを喜びとするのは当然のことですが、それは死を否定することとは意味が違います。
死の意味を知っている者にとって、近親者の死に対して嘆きの状態に埋没することは、地上を離れた相手のことよりも自分の気持ちを優先的な軸にしていることになるのです。

地上人類は死の意味を真理・真実に基づいて理解する時期を迎えています。
そうできるかどうかも、自分自身を含む地上人類の「現実」を造る重要な要素になるのです。

5月定例会のメッセージも踏まえて、今回はこのテーマで皆さんに話していただきます。
定例会で話した人も話さなかった人も、必ず掲示板に書いてください。
まだ少し日にちがありますので、真摯にじっくりと辿りなおしてくださいね。
そして話の最後は自己否定にならないように、必ず自分自身の向上進化に向けての希望や意志表明の喜びに帰結させてください。


【実習】

二人一組になります。
相手の頭頂から「無条件の祝福と感謝」のエネルギーを注ぎます。
今回は自分がその人の指導霊になったつもりで、人間としての意識・感情を超えたエネルギーを注いでください。
(指導霊については飯沼から説明します)

各チャクラを経由して、足の裏に抜けるエネルギーを、会陰のチャクラから順に回収しながら、また頭頂から注ぎます。

次に、相手を「自分が素直に無条件の祝福と感謝のエネルギーを注ぎにくい人(違和感を持っている人)」だと思って、その人の指導霊になったつもりでエネルギーを注ぎ込みます。

立場を入れ替えて、同じエネルギーを注ぎます。

相手を替えながら、同じ作業を続けてください。

なお、今回の懇親会は特に楽しく盛り上がってくださいね。
もちろん、さまざまな思いを吐き出すことも必要ですが。

19/11/2025(水) 10:36:40


No.43200  飯沼正晴
Re: 11月19日(水曜日) 引用
当日できるだけ実習の時間も確保したいので、指導霊についてここに書いておきます。

指導霊になったつもりでといわれると、「自分はとても無理だ」と思う人もいるかもしれません。
でも大丈夫です。

指導霊は守護霊とは違った存在です。
守護霊は自分よりもかなり霊格が高く、自分が霊界に戻ってからも会える存在ではありません。
霊界では通常は同じぐらいの霊性・霊格の高さ(同じぐらいの学びの段階)の霊たちが境涯を形成して生きています。
何らかの必要があれば、高い次元に生きる霊が低い次元の境涯に赴く場合はあるようです。
そういう場合でも、高い次元で生きる霊が自分の波長を落として赴くことが多いようです。

なのでごく稀には自分の守護霊の姿を見る場合もあるようですが、その姿を明確に見ることはできず、せいぜい白い光のように見える程度のようです。

このように、自分が霊界に戻って本来の霊性で生きるようになっても、守護霊と自分の霊格・霊性はかなり掛け離れている。
守護霊の波動が自分よりもはるかに精妙なのです。
つまり直接的にはつながることはできないということです。
守護霊は人間(その人)にとっての神のような存在です。(もちろん守護霊も神とはほど遠い存在ですが)

しかし指導霊はそうではありません。
指導霊は複数・グループで構成されていますが、守護霊よりもかなり霊性・霊格が低く、指導の対象になる人間ともつながることのできる波動・境涯の存在です。

おそらくは指導霊グループの中に野球の監督のようなリーダーがいて、さまざまなコーチ役の指導霊がいるのだと思います。
指導霊の霊性・霊格はまちまちです。
もちろん指導霊グループのリーダー(たち)は、指導対象者の守護霊とコンタクトをとっているはずです。

しかし指導霊はその時その時の状況やテーマに合わせて、追加参加する場合もあるようです。
場合によれば、霊界での学びがそれほど進んでいない霊が呼ばれて参加することもあるでしょう。
その時のテーマにもよりますが、指導対象者と波動的に近い方が影響を与えやすい場合が多いのです。

その意味では、幽界や暗黒界の者たちが指導霊グループに参加することは絶対にありませんが、場合によれば霊界に戻ってまださほど学びを重ねていない霊が指導霊に加わることもあります。
その場合は、いわば臨時コーチとして特定のテーマについてのみ指導する場合もあれば、新米コーチとして働く中で自らの学びも進めていくケースもあるようです。

つまり、自分の利益・都合や自分なりの感情を解消・昇華できた霊であれば、必要に応じて指導霊として対象者の向上進化の手助けができるのです。
対象者が何らかの過ちを犯している状態でも、それに心を陰らせることなく、その過ちも向上進化の過程であるという認識を揺るがせることなく、今この時を向上進化の喜びとして地上的に顕現できるように導きのエネルギーを注ぐのです。

地上の人間であっても、対象者にエネルギーを注ぐときに一時的にでも自分の利益・都合や自分なりの感情を解消・昇華すれば、霊界の指導霊よりもストレートに作用できるのです。
たとえ一時的にであっても、その境地につながり、その境地を心で感じることは、自分自身の大きな喜びになるでしょうし、向上進化の喜びのエネルギーを実感する機会にもなるでしょう。

19/11/2025(水) 14:11:13


No.43195 飯沼正晴  
11月18日(火曜日) 引用
    ☆☆ 愛は時空を超えて 249 ☆☆
    
       ―― 霊界の克との対話  ――

飯)こんにちは。
いつもお世話になっています。

克)はい、こんにちは。

飯)そちらから勧めてもらったので、今月の初めにまた山陰の宿に籠ってきた。
「無条件の祝福と感謝」というテーマは分かっているのだが、やはり今回もその境地につながることはできなかった。頭では分かったのだが、心というか感覚というかエネルギー的にそこにつながるのはまだ無理だと思って、三泊で帰ってきた。今回はつながるまで滞在しようかと思っていたのだけどね。海辺の綺麗な旅館で源泉かけ流しなのに素泊まりはびっくりするほど格安なので、時期を見てまた籠りに行こうと思っています。

克)はい。今回は澱の排出が進んだということで良かったのです。特にこの数か月間、あなたは自分で感じている以上のストレスにさらされていました。蜂窩織炎もストレスによって免疫力が低下したからに他なりません。
「無条件の祝福と感謝」ということは分かっていても、やはり生身の人間としての陰りの思いが生じ続けていました。

飯)そういう状態だったと思う。あと一歩か二歩で風穴が開くと思っていたのに、この時期にこんなにも低レベルな過ちやあまりにも自分なり過ぎる仲間の状態が明らかになって、冷や水を浴びせられたような気持ちになってしまっていた。悠々塾の学びのテーマを踏みにじり、掲示板などで繰り返し伝えていたことが全く無視されていたことに驚き、「今まで自分は何をしてきたのだろう」という気持ちにさえなってしまった。仲間の皆さんも意欲を削がれたようで、掲示板への書き込みもほとんどない状態が続いている。

克)仲間の皆さんの意欲を削がれたという面はあるでしょうが、それよりも今は掲示板などにどんどん書き込める雰囲気ではありませんね。もちろんこの状況を受けとめかねているのも事実です。驚きもしていますし、ガッカリもしています。その意味では大きな戸惑いが広がっている状況ではあります。陰りや自分の気持ち優先の今の地上界にエネルギー的な風穴を開けることの難しさも痛感しているでしょう。

しかし、だからといって仲間の皆さんの意欲が減退してしまっているわけではないと思いますよ。
見せかけの裏の深い陰りやあまりにも自分なりの気持ち優先の様子を目の当たりにして、重い気持ちの中ではあっても、「自分にもそういう面があるのではないか?」と自分を振り返っている人も少なくないのです。
あるいは多少はウンザリしながらも、その人の本来の心を信じてエネルギーを送っている人が多いのです。無条件の祝福と感謝という心に近づいているともいえるのですよ。

仲間の皆さんの多くは日々の暮らしを軸にする一方で、「今のままでは地上界は大変なことになってしまう。地上人類は、我よしを卒業して、共生の喜びに生きる時期を迎えている」ことを知っています。それぞれの魂の傾向や学びの段階は違っていても、雛型成就のプロジェクトに参画することが魂の意志であるから仲間としてつながっているのです。

ですから悠々塾の働きとしては停滞状態といえるかもしれませんが、そういう中でも仲間の皆さんはそれぞれが雛型成就のスタッフとして向上進化を続けているのです。たとえそれが顕在化していなくても、あなたは誰よりもそれを信じなければなりません。それでこそ地上人類の霊性進化の雛型成就のプロジェクトのリーダーなのです。

飯)分かりましたというか、そのつもりでいるんだけどね。
そうは言いながらも、今月の定例会は参加者が少ないかもしれないと思っていた。でもそれは仲間を信用していないのではなく、今回もこういう状況のなかでの定例会になることへの申し訳なさだったと思う。実際にはほとんど今まで通りの参加者になりそうだし、遠方から参加してくれる仲間もいて感激しています。

克)はい。
魂の意志でつながった仲間の皆さんに感謝ですね。

飯)はい。
感謝はもちろんだが、この時期にこんなことで停滞させてしまって申し訳なく思います。
しかし、それでも私たちはもちろんのこと、全ては向上進化の喜びの中にあることも確信している。

そちらから伝えられたのか僕が思いついたのかは忘れたが、以前に芝居の話の喩えがあった。
芝居の出演者にはいろいろな役柄がある。中には悪役もいれば、物分かりの悪い頑固者もいるかもしれない。
それらを含めて、舞台はシナリオに沿って展開していく。
舞台は無数にあって、それぞれの芝居の内容は違っているが、それら全てが向上進化の喜びがテーマになっている。

今の地上界では、一つ一つの舞台のシナリオが分かりやすい向上進化の喜びを表現できる段階ではない。むしろほとんどの舞台では、向上進化の喜びとは懸け離れた諍いや欲得や不調和などが演じられている。

出演者たちはその芝居にのめり込んで、本気になってすったもんだしてしまい、その芝居をなかなか向上進化の喜びに切り替えられないでいる。テーマが向上進化の喜びであることを知っていても、なかなかそうはできない。

共演者がどんな役を演じていても、悪役・敵役を演じている共演者にこそ、無条件の祝福と感謝の心を向けることで舞台の展開が変わると知っていても、自分自身の感情と折り合わず、ぎこちない思いになってしまう。共感を持ちにくい共演者、違和感や反感を持たざるを得ないような共演者に対して、無条件の祝福と感謝の心を向けることは容易なことではない。
そしてその違和感や反感が、舞台という場・その芝居のエネルギーをさらに歪めてしまう。

と、まあこんな感じなのだと思う。

しかし舞台監督や演出家はシナリオをしっかりと把握している。
実際には出演者が本来のシナリオから懸け離れた自分なりの演技をしてしまうことが多いのだろうし、他の共演者もそれに引きずられてしまう場合が多い。出演者たちのほとんどはシナリオも明確に把握できていないのだから。

でも優秀な舞台監督や演出家はそこで自分個人の感情に左右されず、出演者の指導をしながら、芝居のテーマを維持・向上させようとするのだろう。

そして、難しいことが分かっているのに、この芝居に出演してくれている人たちへの無条件の祝福と感謝をベースにして、家に帰ってからもそれを忘れずに出演者の皆にその心を向けて、そのエネルギーを注ぐのだろう。シナリオを無視して醜悪下劣なアドリブを連発するどんな大根役者でも、代役はいない。出演者として舞台に上がってくれていること自体がありがたいことなのだ。

舞台監督・演出家として、時には強く指摘して指導する(気づきを促す)必要がある場合もあるし、実際には自分も出演しているのだから、自分個人の感情に左右されずに無条件の祝福と感謝の心やエネルギーを維持・向上させることはとても難しいことだ。でも本当は、どんな出演者でも、あるいはどんな舞台でも、いずれはシナリオのテーマに沿った「向上進化の喜び」に組み込まれ、融合していくのだ。というよりも、舞台の現状がどうであっても、それも含めて全ては最初から「向上進化の喜び」の中にあるのだ。

今の状態が本来のテーマといかに懸け離れていても、アオムシが成長してモンシロチョウに羽化するように、似ても似つかない現状の深部にすでに本来の道筋は設定されているのだ。葉っぱの裏に産み付けられた小さな卵が、変態を繰り返しながらモンシロチョウとして宙を飛び回るように、最初の最初からすでに本来の道筋は設定されているのだ。

それは自分がそう思うかどうか、そう信じるかどうかなどでなく、全てが向上進化の喜びに組み込まれているということは摂理であり、真理であるのだ。自分がどこまで理解できているか、自分の意識をどこまで広げることができるかという、自分自身の課題・問題であるのだと思う。

喩えが適切ではないかも知れないが、何が言いたいかは分かってもらえると思う。
つまり、同じ舞台の共演者としての意識のままであれば、誰かがあまりにひどい様子を呈している時に、ネガティブな(喜びではない)自分の感情も湧いてくる。
そしてその感情を抑えることや薄くすることに多大なエネルギーを要してしまう。
陰りのエネルギーや混乱にうんざりして、自分もその芝居の出演者であるのに、自分の役割から心を離してしまうことにもなりかねない。

そういう葛藤にエネルギーを費やするよりも、自分の意識のスケールを広げて、優秀な舞台監督や演出家の要素を獲得する方が自分自身の向上進化にもつながるし、実は合理的だと思う。
そういうスタッフが複数名いれば、その舞台のエネルギー場にも作用して、場のエネルギーの底上げにもなるはずだ。

そしてエネルギー場が変われば、半ば自動的にその場における現実も変化していく。
場のエネルギーは、本来のシナリオを忘れて自分勝手・自分なりの見苦しい演技をしている共演者にも作用するに違いない。
もしもすぐにはそうならなくても、もしもこの芝居の中ではそうならなくても、いずれは必ずそうなるのだ。

というような感じで、アタマでは分かってきた気がしている。まだまだ理解の途中なので、うまく文章にはできていないが。

克)はい。
今はこういう理解でよろしいと思います。
しかしそのスケールのエネルギーを使いこなしていくためには、さらなる意識の解放とトレーニングを要します。
これからも節目節目で日常を離れて、どこかに籠ることをお勧めしておきます。

そのスケールのエネルギーは人間のみならず、農作物をはじめとするあらゆる生命、あらゆる現実に作用します。

まずはあなた自身が「今まで通り」から自分を解放することです。
このスケールの意識・エネルギーを自分のベースにして使いこなし、仲間たちにダウンロードできるようになってください。
エネルギー場が変われば、現実も必ず変わるのです。

あなたが言う「舞台」というエネルギー場に、本当の意味での無条件の祝福と感謝のエネルギーが注ぎ込まれ、それがベースになってきた時の「現実の変化」はあなた方の想像をはるかに超えたものになるはずです。

しかし、いつもお伝えしているように、地上でのことが全てではありません。
地上は極めて限定的な境涯です。

ですからその真実を踏まえ、地上での現実がいかなるものであろうとも、自他の向上進化にとって必要なものであるからこそその現実がもたらされていることを肝に銘じてください。全ては向上進化の過程であり、いかなる現実も向上進化の喜びに包摂されているのです。あらゆる生命・あらゆる事象に対し、分け隔てのない無条件の祝福と感謝のエネルギーを注ぐことで、自他の向上進化が促されるということです。

もちろん向上進化に向けてその次元での働きかけも必要ですが、そういう場合でも無条件の祝福と感謝の意識・エネルギーを揺るぎないベースにできていれば、その効果は飛躍的に増大するのです。
繰り返しますが、エネルギー場が現実を造るのですから。

そもそも「分け隔てのない無条件の祝福と感謝のエネルギー」は、今の地上のレベルをはるかに超えた愛のエネルギーです。
地上の人間ならではの「地上に生きる自分としての感情」をはるかに超えた、高次の愛のエネルギーです。それを自分や場のエネルギーのベースにすることで、地上的制約を超えた健やかなる喜びが現実化していくことになるのです。

今の悠々塾でその意識・エネルギーにつながる準備ができているのは、やはりあなた(飯沼)でしょう。
無条件の祝福と感謝の意識・エネルギーは、地上的な相対的なものではなく、向上進化の喜びとセットになった絶対的な摂理のエネルギーです。あなたといえども決して容易くはないでしょうが、本気になれば必ずつながることができますし、その意識・エネルギーをベースにしていけるはずです。あなた自身がそこに向かいながら、仲間の皆さんにダウンロードしていけばよいのです。

お互いに未完成・不十分ではあっても、方向性はすでに共有できているのですから、それなりにでも作用していくのです。Bさん・さきさんと共に、積極的にダウンロードを再開していただきたいのです。

これも繰り返しになりますが、あなたは費用のことなどに気を遣わずに、その意識・エネルギーにしっかりつながるために日常を離れる機会を増やす必要があります。地上的制約を超える意識・エネルギーを獲得するのに、地上的制約に囚われているのは自己矛盾であり、それでは地上的制約を超えることは難しいでしょう。


飯)分かりました。
どうしても日常を離れなければその意識・エネルギーにつながれないとも思わないが、自分の中の地上的制約は解消・解放していきます。

克)はい。動機に制約を含めないようにという意味です。
それとあなたも地上の人間ですから感情の陰りも生じます。その陰りの感情を抑え込むことは健やかなことではありません。それよりもむしろどこかでぶちまける方がマシです。あるいは楽しく気晴らしをするとかの方が良いのです。
でも、ずっと海を見ていたり、ゆったりと温泉に浸かって、感情の澱を解消・昇華できれば、その方がテーマの意識・エネルギーにつながりやすいのは当然でしょう。

飯)はい。改めてよく分かりました。
今回は僕の文章化がイマイチだし、受信も不安定だったと思う。
でも長くなったし、ここまでにしたいと思います。

克)はい。
この数か月間、いろいろと本当にお疲れさまでした。
ようやくこちらの意図するところに着地できそうですね。

この機会をもたらしてくれたお二人にも感謝申し上げます。
これからどうしていくかは、本人次第ということになりますが、それでよろしいのです。
仲間の皆さんがたは、くれぐれも自分の感情に引きずられないようにお願いします。
それは誰のためにもなりません。

この数か月間のことがなければ、あなたもここまでのリアリティを以ってこの気づきを得られなかったでしょう。

全ては地上人類の霊性進化の雛型成就というプロジェクトのシナリオ通りに進んでいます。
皆さんもさらに意識を高めて、自分の利益・都合や自分なりの気持ちを軸にする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先する生き方に移行してくださいますように。
それが死後の喜びのみならず、地上人生における幸せを実感できる唯一絶対の方法であると、私は断言いたします。

飯)分かりました。ありがとう!

(2025・11・17)

18/11/2025(火) 11:06:54


No.43196  飯沼正晴
Re: 11月18日(火曜日) 引用
「愛は時空を超えて 249」、アップしておきます。

何だかやけに長いですね。
頑張って読んで感想などもよろしくお願いします。

文章として組み込めなかったのですが、受信中に、

「新しい地上界に全ての人間が残れる(再登場できる)わけではありません。むしろ今のままではかなり少数の人しか、新しい地上の残ることができないでしょう。
新しい地上界よりも進化が遅れている天体に送られることも含めて、全てが向上進化の喜びの中ではあります。
しかし、自分という個霊が類魂から分離されて、馴染みのない天体・境涯で生き直す・学び直すことを喜びに思える者はいないでしょう。

あなた方はそういう雛型も担っていることを改めて肝に銘じで、悠々塾を通じて提示しているテーマを喜びの中でクリアしてくださいますように。
その正念場を迎えている仲間がいることをお伝えせずにはいられません」

と、意識で伝えられ続けていました。

18/11/2025(火) 11:37:35

No.43197  飯沼正晴
Re: 11月18日(火曜日) 引用
昨日に受信・筆記して、ざっと読みなおしただけでアップしたので、改めて読みなおして何カ所か手直ししました。

感想やご意見、よろしくお願いします。

18/11/2025(火) 13:55:45

No.43198  さき
Re: 11月18日(火曜日) 引用
ぬまさん
愛は時空を越えて、ありがとうございます。
蜂窩織炎はだいじょうぶでしょうか。
本当にお疲れ様です。ありがとうございます。

うんざりして、心が萎え、意欲が削がれる
切り替えようと思っても思っても、そこでエネルギーを使っています。昨日はやっと一区切りと切り替えようと思った矢先のあまりの言動に我慢できず、自分の感情、怒りをぶつけてしまいました。
そうじゃないとやってられない!生身の自分がいます。

>そういう葛藤にエネルギーを費やするよりも、自分の意識のスケールを広げて、優秀な舞台監督や演出家の要素を獲得する方が自分自身の向上進化にもつながるし、実は合理的だと思う。<

至言です。
後追いではなく、エネルギー場を変える、ということでもありますね。
全然遠いですが、向かう方向はわかります。
どれほど困難なことかも実感しています。

>重い気持ちの中ではあっても、「自分にもそういう面があるのではないか?」と自分を振り返っている人も少なくないのです。あるいは多少はウンザリしながらも、その人の本来の心を信じてエネルギーを送っている人が多いのです。
無条件の祝福と感謝という心に近づいているともいえるのですよ。<

みなさんに会いたいです。
定例会よろしくお願いいたします!


PS
>これからどうしていくかは、本人次第ということになりますが、それでよろしいのです。
仲間の皆さんがたは、くれぐれも自分の感情に引きずられないようにお願いします。それは誰のためにもなりません。<

重いです。

18/11/2025(火) 22:16:40


No.43192 Bさん  
11月17日 月曜日 引用
とても受け入れ難く悲しいことですが、それが実態ならば仕方がないことです。
普通で考えれば、とんでもないことをしたと、自分の愚かさを恥じて当たり前のところ、それすらもできないなんて、なんと悲しい哀れなことでしょう。
「いい人」という虚構を追い求める、なんとも実感のない寂しい悲しい人生だなと思います。

といっても、私がそんなに人のことをとやかく言える人間かというと、いまこの世に生きる人々と同じように、過去にカルマを持ち、重ねてしまった過ちをこの世で償うために生まれてきた人間です。
自分はそんな馬鹿なことはしない、幽界とは無縁だと思ったところで、私たちは足の指先のほんの少しでも幽界とつながりながら、日々を生きているのだと思います。まったくの完璧な人などいないのですから、幽界と隣り合わせの私たちです。
 
この半年ほど、許しがたい他者の姿を見聞きする度に、愚かにも自分の思いばかりに陥っていた己の姿を思い出しました。
決して他人事でない、大なり小なり身に覚えがある自分中心の姿が過ぎります。

克子さんが示されているように、自分の愚かさを身をもって感じることができない人に、呆れ果てる思いを超えて、どんなに醜い姿を目にしても、それでもいてくれてありがとう、学ばせてもらっていますの思いと、またそれ以上の慈愛の思いをもって、無条件の感謝と祝福という愛を注ぎ続けるしかないのでしょう。
それも己自身の贖罪になるのかもしれませんね。
なんせこの世のみんなは脛に傷持つ身なのですから。

相手を思う気持ちは、思って貰える以上に大切なものなのでしょう。
きっとその人は自分の内にある本当の愛に触れたことがない、いま漸く目覚めの機会を得たのかもしれません。
内に秘められた本当の愛にその人が目覚めるまで、いままで以上に愛、慈愛を持って接することの大切さを、いままさに私たちは学ばせてもらっているのだと思います。

どうあろうと自分の思いを超えて、どこまでも愛をもって生きていくこと、それがどれほど大切で、いまの私たちに必要不可欠なことなのだと、きっちりとこの機会に学びきるように計らわれたこの数ヶ月だったのだと思います。
重苦しく息苦しい日々でしたが、決して無駄にせず、前を向いて進んでいきたいと思います。

今年もいろいろなことがありましたよね。
今年最後の定例会、皆さんと出会える喜びの定例会となりますよう、みんなの幸せを願っています。

17/11/2025(月) 16:53:07


No.43193  ゆみっぺ
Re: 11月17日 月曜日 引用
こんばんは。

私はその人に会ったこともないし、
全く知らないのですが、
一連のやり取りを読んでいて、
正直ウンザリしています。
そのせいか?ある人の命を何とか
したい!と思ったほどの熱量は
自分の中にありません。
私も、まだまだということです。

しかし、必死に働きかけたくれる人がいて、
きっとその人は、働きかけている人の
ことが大好きで、その人の本当を知っているから、
仲間として、何とかと思っているんだと思う。

そんな人は、とっても貴重で
世界中みても、余りいない気がする。

そんなところに繋がれて幸せだと思うし、
だからこそ、自分も、しゃんとしないと
ならないと思う。

まだまだですが、何とかしたいです。

17/11/2025(月) 18:58:23

No.43194  みやっち
Re: 11月17日 月曜日 引用
悠々塾で今後も学んでいこうと思うのであればもう少し真剣に向き合うはずなのにそう出来ない、やろうとしない。
まさにスピード違反の例の通りなのだろうと変に納得しています。
なかなか普通では有り得ない事だと思いますが。
立場が弱い相手〜〜の話は聞いていて本当に心が痛みます。
どんな状況であろうとも絶対に諦めずに、自分をしっかりと点検して心をかげらさずに、相手のかげりを光に変えられるように全力でエネルギーを送り、気持ちを向けていきたいと思います。

17/11/2025(月) 20:48:32


No.43190 さき  
11月15日、土曜日 引用
定例会のメッセージありがとうございます。
よろしくお願いいたします。

投稿しようと思っては、なかなかできず。。
ぬまさん、ラインでの祐造さんへの働きかけありがとうございます。
見捨てずにいて下さってありがとうございます。
涙がでます。

エネルギーを送って下さっている皆様も本当にありがとうございます。
私が頑張らないとって思うのですが、心が萎えそうになることの連続で、、
祐造さん一人くらい癒すことができなくて、何が風穴をあけるだ、というみやっちさんの言葉に救われています。
皆さん本当にありがとう!!

影響されてる場合じゃない。
何度でも切り替えます。

ちいさんが最初に提示してくれたこと
幽界を実感できた
そこに光を届けられてこそ風穴をあけられる
ということをしっかり意識にいれて
この一年を辿りなおします。

今年最後の定例会
>最後は自己否定にならないように、必ず自分自身の向上進化に向けての希望や意志表明の喜びに帰結させてください<

そう出来るようにします。

エーちゃんが書いて下さってたやすこさんの言葉

>雛形って、その最初の喜びの変化を強く求めるエネルギーでもあるんだなと思います。<

まさに、そうだと思いました。
シンプルにそういうエネルギーを発したいです。

いてくれて嬉しいんです
いてくれてありがとう、なんです。
無条件の感謝と祝福
につながりたいです

15/11/2025(土) 10:31:12


No.43191  飯沼正晴
Re: 11月15日、土曜日 引用
さきさん、ほんとにお疲れさまです。

この時期にこういうことになることに驚きですが、やはり雛型成就に向けての大きな意味があるのだと思います。

本人が「悠々塾で学んでいきたい」といっているので、主宰者として気づきに向けた働きかけを続けています。

しんどくなったり意欲を削がれたりもしますが、それはやはり自分の未熟さであると思っています。

お蔭でというべきか、無条件の祝福と感謝の意識・エネルギーにリアリティをもってつながりかけているような気もしています。
アタマではすでに分かっているのですが、自分の感情という夾雑物があって、なかなかすんなりとはいきませんが。

15/11/2025(土) 16:18:28


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