大晦日になってしまいました。 11月定例会のテーマだった「自分は日々の生き方を、自分の利益・都合や自分なりの気持ちを優先的な軸にしているのではないか?」という点検です。
克子さんから 私が「自分の都合や自分なりの気持ちを軸にすれば、かげりの共鳴を起こすことになります。」と伝えていただいていたのに、自分の感情を押さえられずに爆発させました。 喜びを与えること、何が喜びなのかを検証することよりも、自分の気持ちを表現すること=あるものをないことにしないこと、自分に正直なこととして、優先的な軸にしてきました。 大事な人にこうなんじゃないか、こうあってほしいと思うことは、自分の都合でした。
ボロボロですが、気づくことが出来てよかったです。 わからなければならなかったことでした。 光の戦士としての自覚と意識を高めます。 ぬまさん、ありがとうございます。 |
31/12/2025(水) 08:49:17
| No.43297 やすこ |
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大晦日ですね。
今年に入って父は何度かの入院をしました。先月は肺炎で入院しましたが退院することができ家でお正月を迎える事ができます。 今はベッド上での生活ですが穏やかに過ごしてくれています。
私は父が地上を離れる事を受け入れらませんでした。(口では分かった様に言いながら。)死の意味を学んでいるのに父を失うということが怖かったんです。自分の気持ちだけ、自分の気持ち優先、だったと思います。
先月の定例会。父が気管支炎ならショートステイは無理なので定例会に参加出来なかったのですが、肺炎で入院となったので定例会に参加する事ができ、これも計いなんだなと思いました。 それをきっかけにという訳ではないのですが、その時から父の地上人生(地上を離れる事)について向き合って考えるようになりました。
父は人に頼ったり甘える事もせず自分にとても厳しい人でした。我慢する事も多く、いつも自分の気持ちは後回しでした。6年前病気になって自分の事が出来なくなった時は、「もう終わりにしたい」と泣いた父です。
でもこの6年の間に、父はこれまで我慢してきた気持ちや悔しさを初めて表現する事が出来て、私も娘としてそれを理解し分かっている事を父に伝える事が出来ました。
甘える事が出来なかった父ですが、私にいっぱい甘えて、時に子どものように甘えて、私もいっぱい甘えさせてあげる事が出来ました。嬉しかった。
父とのカルマは知りませんが、父も私も満たされてとても幸せなんだ、とやっと心で気づく事が出来ました。
そして。父との時間は長い方が嬉しいけれど、父の地上人生は父に任せようと、父のシナリオに任せようと、最近思うようになりました。
自分の中の大きな変化でした。
ちぃさんに勧めてもらって、夏の退院の時から訪問看護師さんに来てもらっています。今回も退院の日から訪問して頂いています。
1か月ぶりに看護師さんとお会いしましたが、父の事より私の雰囲気が変わったと驚かれていて、 「ドーンとしましたね!」と、言って下さいました。
別の看護師さんにも、「娘さん、何か変わりましたね。何か心の変化があったのですか?良かったら聞かせてください」言われたので、一喜一憂しないで父に任せようと思うようになりました。と答えたら、目を潤ませて一緒に喜んでくださいました。
前の私は一生懸命はいいけど周りから見たら、心配になるような感じだったのだと気が付きました。
やはり、自分の事は自分でわからないものですね。
夫の事ですが。 少し前、夫の足腰の痛みで飯沼さんにヒーリングをお願いしました。夫さんをもっと構ってあげてね、とアドバイスをもらい、ハッとしました。
父の入院中、出来るだけ夫とコミュニケーションを心がけていたのに、私の話ばかりで夫の話をゆっくり聞いてあげる事をしてませんでした。 もちろんそれは反省なのですが、それよりも、私の中に夫に対して、〜してあげる、という気持ち、構ってあげるとか、話を聞いてあげるとか、そんな傲慢さがある事に気がつきました。 これは本当にとても恥ずかしくなりました。 来年は夫にいっぱい頼って、そして美味しいものを作って、可愛い女房になりたいと思います。
○先月高齢の友人が抱えてるストレスや不安を話してくれました。自分と同じような境遇の人たちのサポートをしたい、と頑張っておられるのですが上手くいかない事も多いそうです。でも生きがいだそうで、しんどい事があっても頑張れる、と嬉しそうでした。
数年前、どん底から生まれ変わったように生きてる方との出会いがありました。そんな方たちをみて、何歳であろうがどんな厳しい状況であろうが、人はやり直す事はできるんやなと、あの時思いました。
どんな今にも喜びを見つけ喜んでいくこと。 「こんな自分だからこそ!」と今に留まらないこと。 そして、喜びは心と身体、そして全ての免疫力。 そんなエネルギーは周りに伝播していくのを目の当たりにしました。
そんな人たちは悠々塾で学んだ訳じゃないし、生まれてきた意味や死の意味を知ってる訳じゃないし。カルマも知らないし死んだら終わりや、って言います。 ただ、自分の意思で違う自分に変われる事を心の奥で知っておられるんだなと思います。人は知ってるんですね、きっと。
自分を変えていくことで心も身体も救われた私なので、来年も変化の喜びベースに過ごしていきます!来年も学び多い年になりますように。
飯沼さん、皆さん 今年一年、ありがとうございました! |
31/12/2025(水) 10:51:50
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| No.43298 千夏 |
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2025年も残すところ、あと数時間になりました。 11月定例会のテーマに沿って、あらためて振り返りたいと思います。
「今年の自分は自分の利益・都合や自分の気持ちを軸とする生き方を卒業して、他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方をしてきたかどうか?それを自分自身の喜びにしてきたかどうか?」
これまで私は人から嫌われたくないとか、皆のなかで浮いた存在になりたくない、という消極的な気持ちから自分の意見や感じていることを表現することが苦手でした。 自分の気持ちを表に出さないくせに、周囲が察してくれない時には勝手に寂しくなったり、腹を立てたりもしていたので本当に自分本意でした。 周りの人からみたら「そんなん言うてくれな、どんな気持ちかなんてわからんわー」というところですよね。
今回このテーマで振り返りをして、20数年前にいただいたメッセージのなかに、「どうすれば皆にとって喜ばしいことにできるのか」があなたの人生のテーマです、と記されていたことを思い出しました。 そこには、“皆が嬉しくなるような言葉を発することの大切さ“についても書かれていました。 相手に伝わるように表現することの大切さに今さらですが気付けたので、素直な気持ちを表していくことに取り組み中です。 でもやっぱり掲示板書き込みは緊張しますね…
自分本意の思い込みやこれまでの人生で染みついてしまった処世術みたいなものを手放して、みなさんと喜びのなかで進んでいきたいです。
みなさん、2025年は共に学ばせていただきありがとうございました。 今後ともよろしくお願いします! |
31/12/2025(水) 16:03:10
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| No.43299 飯沼正晴 |
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はい、2025年の大晦日です。
数か月間も続いたグループラインでの働きかけもようやく一定の着地に至ったようです。 とはいえ、「どうしてそんなことができるのか? どうして良心が痛まないのか?」という謎を解明したに過ぎません。 残りの肝心な部分は来年に持ち越しです。
私はといえば、しばらく前から胆石発作の予兆や胃痛に苦しんでいました。 お蔭さまで、皆さんからのエネルギーで胆石発作は激痛には至らずにすんでいますが、いつあの激痛が始まるかという不安定な状態が続いています。 明日は家族全員集合なのに、冴えないお正月になりそうです。
さてさて、この体調では今年をじっくりと振り返ることもできません。 それにしても、畑も散々な一年でした。
働きも停滞していたとしか思えないのですが、どうやらそういうことでもなさそうです。 全てはシナリオに沿った計らいであったのでしょう。 そう思えば、確かにそうとしか思えないような展開ではありました。
こうして書き始めたら書きたいことが湧いてくるのですが、やはり今日は心身を休ませてもらいます。 来年の抱負などは、けっこう早い時期から意識にありましたし。 「来年こそは」という未来形の願望ではなく、完了形の成果を書き連ねていける年にします。 11月定例会でつながり始めたエネルギーを確立し、地上人類の霊性進化の雛型成就に向けて、さらに進んでいきます。
この一年間もいろいろなことが続きましたが、苦しい中でも皆さんがたの向上進化を如実に感じることができたこと、何よりも喜びでした。 いろんな面でまだまだ至らない私でしたが、共に歩んでくださったこと、心から感謝申し上げます。
来年もどうぞ共に進んでくださいますように! |
31/12/2025(水) 17:01:17
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| No.43300 オレンジ |
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11月定例会のテーマについてですね。
定例会で学んだ指導霊としてエネルギーを送ることは母には即効果がありましたが日がた立つにつれまた元に戻ってしまいました。 それはまだ私に不十分さがあったからだと思います。忙しさでそのエネルギーを送ることさえ忘れた時もありました。
夜眠れないと毎日のように騒ぐ母。数時間は眠れていても眠れないという思い込みが強いのですが、考えると私が帯状疱疹になった時も同じように眠れないと違和感を強くしたのと似ています。
胸が苦しい、胃の辺りが痛い、こんなに苦しいのなら死んだ方がましだと泣く日々。母の状態を見てどうしていいかわからず困惑する自分がいてその気持ちがダイレクトに伝わる母は「あんたも忙しいのに負担をかけることが辛い、悪いなあと思う」と言う母。 苦しみが続くと思えるこの先の恐怖を思うと母も苦しかったのだろうと思います。
食欲も半分以下に落ち姉も心配して毎週来て一緒に出掛けないかと気を遣ってくれていました。 思えば私自身がいっぱいいっぱいで忙しさを理由に母の存在が重荷になっていた時期もあり、今思うと可哀想なことをしました。 もしかすると母は私の成長の為に病気になってくれていたような気もします。
何がきっかけだったかは忘れましたが、自分を喜ぶことと指導霊になったつもりでエネルギーを送ることを少しづつ続けたら、以外に効果がありそれは私自身にもそのエネルギーが通過することでもあり、次第に母は回復し峠は越えられたと思いました。
私自身の問題だと思いました。 今では申し訳なさと安堵と喜びと感謝の気持ちがあります。 食欲も以前に戻り感情もほとんど安定しています。過去世で同じ経験をしてクリアできなかったのかもわかりません。
仕事に関しては人間関係も不必要に結果を気にすることも減りました。萎縮する必要がないのに勝手に萎縮してしまう相手もいるからです。それは自分の自身のなさだと思います。
気にしなくすることにより最近は仕事で一緒になりたくないなあと思う人と全く会わなくなり、ストレスにならない状態が続いています。 これもヒーリングと霊界の援助があってのことよなあと思い感謝しています。
今年も大変お世話になりありがとうございました。 来年も仲間のみなさんと一緒に学べることも喜びだし定例会で会えることも楽しみです。 来年もよろしくお願いします。 |
31/12/2025(水) 17:18:15
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| No.43301 みさお |
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今日まで仕事だったのと、叔母の事でなかなか書き込みできませんでした、
叔母の事でストレスが溜まり、その事で妹とも嫌な感じになっていました。 昨日から叔母に対しては思い直せるようになりましたが、やすこさんの書き込みを読み私は叔母がいなくなる事が不安で寂しくもなっていたと思いました。 いなくなると寂しい、でもヘルパー拒否や困らされる事があると イライラしてしまう。 それこそ、私の自分なり、自分の都合と今思っています。 相手を祝福できるように。
寂しくなるよりその時まで、もっともっと幸せにしたい。 と思います。 年末ぎりぎりまで妹との事がありましたが、指導霊になった気持ちで 指導霊になった気持ちと思うと、浮かぶ言葉も変わってきます。 まだ指導霊になった気持ちで直接話した事はないですが、話し方も変わるのだろうと思います。
今年は1月に鬱になったり、夏は叔母が入院したり色んな事があったけど去年より良くなっているのではと思います。
今まで同じ土俵に立たない等、と学びましたが 来年からは指導霊になった気持ちで、人に癒しのエネルギーを注ぎたいと思います。
飯沼さん、克子さん 皆さん、今年もありがとうございました。 学べる幸せ、実感しています。 学べる幸せを噛み締め、来年も皆さんと進んでいきます。
来年は風穴を開ける! 飯沼さんの苦労、頑張りに報いるよう 私も変わっていこうと意志します。 |
31/12/2025(水) 18:31:06
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| No.43302 エーチャン |
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2025年2月16日放映のNHKスペシャル 臨界世界―ON THE EDGE 生か死か 難民たちのゲームより
東欧ポーランドの東側の原野で、国境を接するベラルーシから流入する中近東やアフリカからの難民の支援活動を行う女性。「難民たちは極度に衰弱し命を亡くす人たちも少なくない」と支援の重要性を説く一方で、彼女の活動に理解を示してくれる人々はほとんどないと、次のように語る。
「まるで風車と戦っているドン・キホーテのように孤独を感じます 私たちを支持している人はいません ポーランドの人々も軍隊も国境警備隊も私たちに反対しています それでも彼らを助けるべきだと信じています なぜ人々はそうおもわなくなってしまったのでしょうか 人々がともに助け合う人道主義の世界 それはもう虚しい幻想になってしまったのかもしれません」
彼女のような思いをしている人は世界中各地におられるのではないでしょうか、そしてみんな待っている、私はそう思います。
この場で教えられたことを実践していくとき、思いを言葉と行動で表現するとき、一人一人それぞれに違いがあれど、自分にできることをしていくとき、間違いなく世界は変わります。 |
31/12/2025(水) 22:16:22
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| No.43303 祐造 |
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11月定例会のテーマに沿って、書かせてもらいます。
この半年近くの間、自分が引き起こした問題でこの掲示板やグループラインで大変なかげりを広げてしまいました。 長年に渡って母親に虐待的𠮟責を続けてしまったこと。 その事実から逃げるために、ウソや誤魔化しで皆さんを騙し裏切ってしまったこと。 認めざるを得なくなって認めても、心が動かない、実感が無いと言って逃げたこと。 そして良心の呵責につながらないとして、自分の心からも逃げ続けていること。 どこまで行っても、「自分の都合、自分の気持ち」を最優先に、人のことなどお構いなしの言動を続けてしまいました。 本当にとんでもなく酷いことを続けてしまいました。
定例会のテーマに照らすと、自分の気持ちを軸とする生き方を卒業するどころか、自分の都合や自分の気持ちを最優先にしてしまいました。 また他者・皆に喜びをもたらすことを優先的な軸にする生き方どころか、皆さんに喜びとは真逆のものを向け続けてしまいました。 事実を見るようにと促されるなかでも自分を守ることに意識がいっぱいで、周りに人の気持ちを考えたり人を気遣ったりすることもせず、皆さんの喜びになることなど何一つできずにきてしまいました。 それどころか、逆に皆さんの気持ちや信頼を裏切ることを繰り返し、落胆や失望をもたらしてしまいました。
そうしたかげりを繰り広げてしまっていることへの罪悪感もうすく、何につけても自分大事で、自分の平穏を守るためなら、人のことなどお構いなしの言動を重ねてしまいました。 そして、未だに自分がしてきてしまったことの重大さを直視することを避けてしまっています。 この半年近くもの長期に渡って、毎日のように強く働きかけてもらい、指摘してもらい、アドバイスをもらってきたにもかかわらず、そこに向き合うことを避けて逃げ続けてしまうという、更に過ちを重ねることをしてしまいました。
今回のことで、自分のなかのとても多くの自分軸、自分なり、かげり、問題点があらわになってしまいました。 〜〜〜上辺で取り繕い、心がこもっていない。 強い者には媚び、弱い者には強く出る。 いい人であろうとして、不自然な言動で人を傷つけ不愉快にさせる。 自分を守るためなら、人のことなどお構いなしの言動をとる。 自分の都合次第で平気でウソや誤魔化すことをして、はばからない。 人の痛みよりも、自分のしんどさに目がいく〜〜〜。 書き連ねると、本当に酷いことばかりです。
こうした「自分の都合や自分の気持ち」を優先した意識・認識・思い方・言動を、他者の喜びとなるように変えていくことは、本当に大変なことだと感じています。 あまりにも多くのかげりを抱えてのことですが、それでも一つ一つを意志して弛まぬように変えていかなければ。 そして何より、人として絶対にやってはいけないことをしてしまったこと。 母親への虐待的𠮟責や、ウソや誤魔化しを繰り返してしまったこと。 その事実を直視して、良心の呵責につながり、心から思い至って、悔い改めること。 何度でもあきらめずにやっていかなければ。 そして心からのお詫びと謝罪をさせてもらい、埋め合わせと貢献につなげていきたいです。
昨夜のグループラインでの飯沼さんの書き込みで、自分の問題行動の原因について指摘があり、自分でも思い当たることがありました。 自分は子どものころから「自分はいい子だ」と刷り込んできた。 そしてそのまま「自分はいい人だ」ととらわれながら成長してきたので、失敗や至らなさがあったときに、自分の過ちや不十分さを心で十分に省みることをしてこなかった。 普通は自分の失敗や過ちの痛み・反省から成長していくものだが、自分はそれをしてこなかった。 何かあっても「自分はいい人」だと思ったままで、子どものように幼稚な心の大人になってしまった。 自分はいい人だから、良心に反するようなことはしない、だから良心の呵責の必要なんてない――― そんな歪んだ心になってしまったようです。 「いい人でなければ」という設定のもと、こんなにも心が育っていない部分があることは大変なことだと感じています。 まともな人間の感覚とは大きくかけ離れています。 でもこうして解明してもらえたことで、そこを育て直していくことができる機会をもらえたのだと、そう思うようにします。
この半年近くもの長期に渡って、飯沼さんから毎日のように強く働きかけてもらい、指摘してもらい、アドバイスをいただきました。 それがどれほど大変だったことか。 (自分にはまだ分かっていないほどに深く) そのことも思えずに、自分を守って逃げてばかりでかげりを振りまき、飯沼さんにはどれほどの思いをさせ続けてしまったことか。 自分のせいで体調を崩されても、それでも働きかけをしてくださった。 それにもかかわらず、自分はまだしっかり応えることもできず、まともなお詫びができる状態ではありません。 それ以前に、まだ自分の心からも逃げている状態なのですから。 そのことがなんとも情けなく心苦しいです。
こんなにも酷い自分なのに、飯沼さんやさきさんが見捨てることなく、見放すこともせずに働きかけてもらえることは、ありえないほどのことだと感じています。 そして自分は仲間の皆さんをウソや誤魔化しで騙し、裏切ってしまったのに、逃げ続けて 皆さんを落胆させ、うんざりさせてしまっているのに。 それでもエネルギーを送ってくださり、励ましや𠮟責叱咤の言葉を向けてもらえることが、どれほどありがたくもったいないことか。 こんな最低のクズのような人間が、こんなにも思われている。 半年近くも酷いことをし続けてしまっているのに、それでも誰一人として心を離したりしないでいてもらえること、それを思うと涙がにじみます。
もう気が付けば大晦日になってしまいました。 こんな自分でも、こんなにも思ってもらえているなかで、新しい年を迎えることができることは本当にもったいなく、ありがたいことだと思います。 自分は何一つ変われることなく、相変わらずの自分で年越しをすることになってしまいました。 自分の心からも逃げ続けて、過ちも至らなさも、年をまたいで持ち越してしまいました。 皆さんの気持ちに甘えることなく、自分を甘やかさずに、前を向いていかなければ。 頭で考えることより、心で受け止め、心を動かしていけるようにと思っています。 |
31/12/2025(水) 23:47:30
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