無法松さんは、成瀬さんの映画では「おかあさん」と「流れる」がお好みとか。 「流れる」は、下町の雰囲気も良く描かれていて、成瀬名人芸の趣があります。 往年の大女優・栗島すみ子まで引っ張り出して、なんとも贅沢な配役でした。 幸田文女史の原作は「素人」の女中(梨花)の眼(幸田さんの視点だが)から 見た「玄人」の世界、花柳界の話で、かなりシニカルに描写されています。
幸田さんは文豪露伴の娘と言うことで、戦後颯爽と文壇に出て来られましたが、 文学修行苦節何十年の女流作家達の反発は、かなりのものがあった様です。 平林たい子が幸田さんのことを書いた文を読むと、それこそ意地の悪いものでした。 この辺のニュアンスは室生犀星の「黄金の針」と言う女流作家評伝でも判ります。
映画なので後味を良くするためか、女中の「視線」は消え、代わって置屋の娘 (勝代)がシラッ〜と見ています。演じた高峰さんが当時もう少し年令が 上だったら、原作通りの女中梨花を演じていたかもしれません。
女将の蔦奴を山田五十鈴、通い芸者の染香を杉村春子が演じ、共に名演でした。 山田扮する蔦奴が、クリームを小指でほんのチョット取って、その僅かなものを 顔から手まで刷り込む姿は、一見華やかに見える花柳界の裏の倹しさを表し、 演出も演者も「お見事」としか言えない技でした。
後年、この作品は日比谷の芸術座で、梨花に乙羽信子を加え、山田、杉村で 芝居として上演され、チケットは完売の人気でした。再演の時は初日を即購入 して行きました。隣の席に脚色した女流作家が居ました。この脚色がTBSの ホームドラマもどきで、見ていて腹が立ってなりませんでした。但しこれはあくまでも 私の感想です。演出は文学座の戌井市郎氏でしたが、彼の手腕があったればこそ、 何とか見られる芝居に仕上がったと思っています。
昭和30年代の半ばTVが普及し出した頃、NHKでこの「流れる」をドラマ化 したことがありました。脚色は舞台版の演出者・戌井さんで、染香は杉村、 梨花は三益愛子、蔦奴は沢村貞子さんでした。インテリの沢村さんはむしろ女中役 の方が、玄人の世界を観察する「眼」が感じられて良かったかも知れません。 珍しいことに、これには原作者の幸田さんが、ナレーションで参加していました。 中でも「風が吹くと寒気が冴える」は、少々甲高い幸田さんの声と共に記憶に 残っています。原作にはない言葉でしたが、きっと作者の他の随筆から採った ものと思います。今頃の季節になるとこのナレーションが思い出されます。
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No.170 - 2007/11/10(Sat) 21:00:35 [p1118-ipbf309fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp]
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