THE SLICKS BBS

次回ライブ、未定です。






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楽しきライブハウス・ステーションにまつわる話 / 淳吉郎
一日の仕事を終えて、駐車場でオート・マティック車のエンジンをまわし、ギアをPからDにシフトする。
カー・ステレオからはゴキゲンなロックンロール。
学生時代はラジオ・ステーションからそれをキャッチしていた。
だがしかし、今はラジオではなく自家用車でぼくセレクトCDをオレDJが流すんだから、サイコーなのは当たり前。か。
そして帰宅時の毎夜、気になるのは月の形である。

新月の頃はまったく暗い夜空。
満月の頃はまーったく明るい夜空。
ステージ上のスターを照らすピン・スポットのように、月光はわたしたちを照らす。
「ああそうか、今日はフルムーン・パーティーだったっけ。ちっ、またもや無駄な残業をしちまったぜ」
満月を眺めながら、いや満月でなくたって、ぼくはいつでもそう舌打ちをする。
さあ、月夜のドライブを始めるか。
ボウイが「どんなひとだって一日だけ英雄になれるんだ」って唄う楽曲がカー・ステレオから流れてきた。

10月某日、静岡市のライブ・ハウスへライブ観戦。
前述のとおり月夜のドライブが大好きなのだが、モロモロの事情により、その日は新幹線を利用。
どこでもドアがあったら、瞬間移動できたら、ネコバスに乗れたら、いや、やっぱり窓からの景色があったほうがいい。
ひとの気配を感じる生活空間を眺めながらいろんなことを想像するんだ。
ゴッホの風景画には、ひとがなにかしらの動作をしている姿が描写されていることが多い。

C.C.ライダーの演奏が始まった。
ライブ空間にはステージ側と客席側のふたつがあります。
「おまえらおれたちとひとつになろうぜ」つって、そのふたつを強引に統一しようとする演奏者と、なんにも言わない……別の言い方をするならば指図や命令をしない演奏者がいます。
C.C.ライダーの4人は後者だった。
彼らの楽曲や演奏スタイルだけではなく、そんなところにもぼくは「パンク」を感じるのです。
もうサイコー!

キャデラックの演奏が始まった。
実は初めて彼らのライブを観るんです。
や、違うか、確かぼくが20歳になるちょっと前の頃、ブラウン管の向こう側にいる彼らを見たことがある。
TBS系歌番組・ザ・ベストテンでの「今週のスポットライト」という注目アーティストを取り上げるコーナーにて。
この日、そこにあったのはラジオのDJではなく、テレビの司会者でもなく、楽しきライブハウス・ステーション。
そいつがぼくにサイコーのロックンロール・ミュージックを届けてくれたんだ。
もうサイコー!

マモル&ザ・デイヴィスの演奏が始まった。
「ロックンロールの魅力を3つあげなさい」そんな質問を受けたとしたら、ぼくはどう答えるのだろう。
・どんなにスピード・アップしたっておまわりさんからキップを切られない疾走感。
・たった3分間の楽曲なのに2時間越えの映画や300ページ越えの文庫本を楽しんだ後とおんなじ高揚感。
・映画や文庫本では監督、俳優、スタッフ、作家側の制作過程を共有できないのに対し、ロックンロールはライブという行為により演奏者と「共有できたような」気持ちになれる感。
そして、場合によってそれは音源より進化している場合もある感。
・気になるうなぎ屋やぎょうざ屋で友人に出会う確率よりも、気になるライブで友人に出会う確率の方が断然多い感。
・あるひとが「ロックンロール!」って叫んでも、そのひとにまーったくロックンロールを感じない場面があるのに対し、ロックンロールのロの字も発していないのにビンビンにロックンロールを感じることができる感。
あららら、設問に対しロックンロールの魅力を5つもあげてしまったぜ。
この日のマモデビは、やーっぱり、まぎれもないロックンロールそのものだったんだ。
もうサイコー!

B.G.M.「ベートーベン/ピアノ・ソナタ第14番《月光》」
クラシック音楽におけるマイブームがモーツァルトからベートーベンに移った。
なんか、すげーです、ベートーベンって。

No.1611 - 2021/10/17(Sun) 23:45:17
某日日記 / 淳吉郎
数年前、白内障の手術をした。
主治医は40代の女医。
数日間にわたる眼帯生活後の診察で彼女がわたしの眼帯を外した。
まだクッキリとは見えない世界なのだが、感動のあまりわたしはこう言った。
「先生、やっぱりお綺麗ですね」
「ありがとう。でもまだ見えてないでしょ(笑)」
先生は期待どおりの対応をしてくれた。

8月某日、とある病気の罹患が判明した。
睡眠時無呼吸症候群という病気。
幸運なことに病状は軽度だった。
治療は睡眠時にマウスピースを装着するというもの。
強制的に下あごを前に出させる形状のマウスピースを装着して、睡眠時の呼吸をスムーズにさせるのが目的らしく。

9月某日、完成したマウスピースを診察室にて装着したわたしは主治医にこう言った。
「先生、なんかアントニオ猪木になったみたいですね。なんだコノヤロー! とか言ったりして」
「はい、喉を広くして呼吸を妨げ(さまたげ)ないようにするんです」
あらららー「そうですよナカムラさん、いくぞー! 123ダァーっ。元気ですかー! なんつってねー」残念ながら彼はそう言わなかったんだ。

9月某日、浜松鴨江アートセンターにて友人のノイズ・グループ:庭のライブ観戦。
1928年建立のモダンな建物だけど、入館したのは実は今回が初めて。
その時のわたしの気持ちと甲子園初出場を決めた高校野球児の気持ち、それはおそらく、ちょっとだけ似ていたであろう。

庭のおもしろさは各メンバーが自由に音を出している中で、知らぬうちに「ノイズ」が「音」に変化し、それがグルグルとらせん階段を上昇および下降する瞬間が生まれることだと思っている。
この日の庭はライブハウスではない演奏場所ということも含め、いつもと違う状況下でのライブだった。
だがしかし、爆音ではないこの日も、庭はやっぱり上述したとおりのライブを演った。
すばらしい。

狭い空間で音が響いている瞬間を久しぶりに体感。
「イェイ! やっぱこれだよな! いくぞー! 123ダァーっ」
つって、特製マウスピースを装着していない時間帯のわたしは、心のなかで小さくちいさく両手を上げた。
庭のみなさん、おつかれさまでした。ありがとう。

B.G.M.「ザ・クロマニヨンズ/光の魔人」
うん、きたねー。
サイコーなシングル曲。
B面の「ここにある」もグー。

☆★☆★☆★☆★
ザ・スリックスは12月18日(土)に浜松某所にてライブ予定です。
詳細は後日発表にて。

No.1610 - 2021/10/03(Sun) 20:29:57
ねぇ、お父さん / 淳吉郎
「ねぇ、お父さん」
「なんだい」
「ぼくのクラスにね、おもしろいやつがいるんだよ」
「へぇ〜。どんなやつ」
「あのねぇ、やるべきことをしっかりやるんだけど、まーったく普通なんだよね」
「普通ってどーゆーこと」
「自慢げにしないというか、やってやったぜ感、みたいなのがないんだよ。だいたいの場合、多くのひとはドヤ顔みたいな顔するじゃん」
「ああ、俗に言う鬼の首を取ったような顔ってやつだよな」
「そうそう、それそれ。でもさ、やつは控え目なんだよ、いっつも。それがまた、くやしいぐらいわざとらしくないんだよねー」
「ははは、まあ性格だら。謙虚っつーかさ、きっと目立つのが得意じゃないんだよ」
「ふぅーん、信じられん。誰だって人気者になりたいと思うでしょ」
「たとえばさ、色鉛筆や絵の具の箱を開いてみな。派手な色もあれば地味な色もあるでしょ」
「あ、そうか。目立つ色ばっかりだったら絵画は成り立たなくなるってことか」
「そう、そのとおり。忘れちゃいけないのは、地味な色合いの鉛筆や絵の具の気持ちをぼくらが知る由もないけど、でも結果としてそこには地味な彼らの確固たる主張が生まれている、ってことさ」
「うわぁーなんかそれってカッコ良すぎじゃね」
「だよな、カッコいいよな」
「ねぇ、お父さん」
「なんだい」
「お父さんの知り合いにそんなカッコいい大人っているの」
「いるよ、もちろん」
「だーれ、教えて」
「チャーリー・ワッツっていうひとだよ」
「うわぁー、外人なんだ、すげぇー。いつか会えるかな、ぼくも」
「もちろんさ! だって俺たちにとってチャーリーは永遠の存在なんだから」

No.1608 - 2021/08/27(Fri) 01:02:15
某日日記 / 淳吉郎
ここ一年間における我が人生において、以前とちがう様相を呈している事柄がいくつかある。
たとえば、そのひとつは読書をする時間であります。
それまでは「会社本(カイシャボン)」「家本(イエボン)」「病院本(ビョーインボン)」という区分けがあったんだ。
まるでそれは、レコード屋における「JAZZ」「BLUES」「SOUL」「ROCK」なんちゅージャンル分けにちょっと似ている。
だがしかし、気づけばわたしは読書の時間を喪失していた。

職場の昼休みで読書をたのしみ、帰宅して数時間後の就寝前に昼間とは違う本をたしなみ、定期的に通う、多くの場合それは土曜日なのだが、病院の待合室でページをくくる。
そんな瞬間、おそらくわたしは「文字の大海を泳ぐハママツ産のちょっとだけギターが弾けるさかなくん」なのだろう、水泳は学生時代まーったく嫌いでしたが。
だがしかし、ナニモノかがわたしのこの手から平日における「その時間」を奪ってしまったのは上述のとおり、そして病院本はダイジョーブ、だって週末なんだから。

8月某日、主治医の病院にて、とある小説を読了(ドクリョ―)。
この「ドクリョ―」っていう語感、そこにニッポン語での表現の重みを感じます、すばらしい。
その日、わたしは半年近くにわたって読み続けていた大岡昇平さんの『野火』を読み終えた。
第二次世界大戦下におけるまぎれもない戦争小説なのだが、読み続けるうち、そこに哲学的なものを感じ始めたわたしはこの小説に夢中になった。

8月某日、『野火』を読み終えたわたしはともに夏休み中な女房と映画観賞にいそしんだ。
意見交換の後、セレクトしたのは『戦場のピアニスト』という映画。
ニッポンで呼ぶところの第二次世界大戦下におけるユダヤ人ピアノ弾きにまつわるストーリー。
感じ入るところがたくさんある素晴らしい映画だった。

そこそこの年月、自作自演のバンド活動をしています。
そりゃぁ、いろんなタイミングがあってね。
ギターを弾きながら曲のコード進行をまちがえたり、歌を唄いながら歌詞をまちがえたりとか。
そのたびに「ステージには魔物がいるから」っていいわけをするようなズルい男さ、ぼくは。
8月某日、「ヒロシマ」の日に某国の某首相が式典において発する言葉を読み飛ばしたそうな。
歌詞カードならぬ原稿そのものがあるのに、それがノリでくっ付いていて読み飛ばしたそうな。

はぁ〜、まーったくステージには魔物がいますからね、そうわたしは首肯した次第。

No.1607 - 2021/08/15(Sun) 23:59:34
某日日記 / 淳吉郎
『プリーズ・ミスター・ポストマン』って曲がある。
「ねぇ、郵便屋さん、あたしのお気に入りの彼からの手紙があなたのバッグに入ってる?」そんな内容。
めちゃくちゃリアルでありながらファンタジー、かつロマンチック。
目標に向かっているという点において「恋してるひと」はある意味アスリートだと思う。
そして、「恋のゴール」はひとそれぞれでしょう。

2000年代になってから浸透したメールというシステムによって「気持ち」のキャッチボールやパスワークはスピーディーになった。
文明の利器を使用してすばやく行動、日々のもろもろのみならず、恋の告白でも。か。
だがしかし、上記の楽曲が発表された1960年代初頭で、彼氏の手紙をじっと待っている彼女の「気持ち」だってスピード感満載だと思う。
生活の中のすべての出来事に、「速い」「早い」「ゆっくり」とかではない「自分に合った」「それにぴったり」なスピードがある。

7月某日。
ポストを開けるとぼく宛てのハガキがあった。
「おっ!? 誰から? もしかしておいらは今夜、イニシエの名曲の主人公ってわけ? 郵便屋さん、お忙しいなか、どうもありがとーございました」
わたしは浜松西郵便局の方角に向かってコウベを垂れた次第。
ハガキにはこう記されていた「まもなく車検の時期です」

恋文ではなく自動車屋からのハガキだったことにガクゼンとしつつ、え? そうだっけ、とわたしは思った。
だってマイカーの車検期限は2022年1月12日なのです。
6か月後が「まもなく」なんだ? 先手必勝ってやつ? 車検対象者の青田買い……って、こちとら青い稲の年齢じゃないっちゅーに。
「恋のゴール」や「老いのゴール」「生活のスピード」がひとそれぞれなように、日本語のとらえ方もひとそれぞれらしく。

B.G.M.「ザ・ハイロウズ/千年メダル」
1998年発表、ザ・ハイロウズのシングル盤。
♪この恋がいつの日か 表彰台にのぼる時 君がメダルを受けとってくれないか♪
この時代のヒロトにとっての「恋のゴール」がこんな言葉で表現されています。
初めてこの唄を聴いた時、涙がぼくの両目からとめどなく流れたのを昨日のことのように覚えている。

No.1606 - 2021/08/08(Sun) 18:45:15
選ばれた男にまつわる話 / 淳吉郎
「ロック」という存在を知った10代半ばの頃、たくさんの楽曲に感銘を受けた。
そんな幾多の楽曲の中のとある一曲について、その曲のコンポーザーがこう発言していた。
「『TWO PUNKS』という曲は俺たちのもとを離れてみんなのところに歩いて行ったのさ」
うん、たしかにそんな気がする。
おそらく、日頃のわたしたちの考え方とおんなじで、曲自身も「自分に似合いのひとと出会いたい」って気持ちで歩いているはず。

もしかしたら、森山さんの言葉に対し、みなさんはこう思うかもしれません。
「どうしてレコード盤に収録されている楽曲がトコトコと歩くんだい?」
だがしかし、実のところその曲『TWO PUNKS』に限らず名曲ってのはみんな、ひとの部屋やら心のなかやらにノックもなしで勝手に土足で入って来るんだ、ぼくの場合。
『TWO PUNKS』さんにぼくは選ばれた。
『STREET FIGHTING MAN』さんにぼくは選ばれた。
『JOKERMAN』さんにぼくは選ばれた。

7月某日。浜松の映画館にて映画鑑賞。
大好きなソウル・シンガー、アレサ・フランクリンさんが1972年に行ったライブを収めた「アメイジング・グレイス」という映画。
すばらしい映画だった……うーん、映画というよりもライブ・ドキュメンタリーと名づけた方がよろしいか。
そんな内容の映像はわたしのハートのひだひだを打ち震わせた。

気づけば、わたしのかわいいハート内のかわいいひだひだが、グングンと成長しているではないか。
心臓のドキドキでわたしはそう直感した。
54歳、夢の第三次思春期到来か……うるせー、ざまあみやがれ。
どうやら、銀幕からあふれ出ているアレサを始めとする出演陣、制作スタッフ、そして集まった観衆の気持ち等々が、わたしのひだひだにパワーを与えていると思われる。

映画が後半に差し掛かった頃、わたしは映画を上空から観ている自分に気がついた。
我にかえると両脇の下からツバサのように成長したひだひだがパタパタしているではないか。
「欽ちゃんの鳥人間コンテストって今年あったっけ? あったとして飛び入りプレーってOK?」
瞬時にそんな事を思い浮かべるわたしはやっぱり昭和生まれの54歳、夢の第三次思春期真最中……うるせー、ざまあみやがれ。
こだわりのサイコーな映画しか上映しない浜松市民映画館:シネマイーラでわたしは貴重な体験をした次第。

どうやら『アメイジング・グレイス』という名作映画にわたしは選ばれたようで。

B.G.M.「サニーデイ・サービス/約束」
1995年発表、サニーデイ・サービスのアルバム『若者たち』の8曲目に収録。
7月某日、高校時代のバンド仲間が経営している浜松市浜北区に存するフェイバリット・ブックスLにて購入。
サニーデイはもちろん名前は知っていたけど聴いたことは一度もなく。
すべてはタイミングなので今回購入。
「グッド・プレイヤーは得てしてグッド・リスナーである」と個人的に思っています。
幾度も聴いていくうちに「サニーデイは平成のはっぴいえんどだな」って思った次第。
もちろん、最大限の敬意を込めて。

No.1605 - 2021/07/28(Wed) 00:54:18
某日日記 / 淳吉郎
某年某日、1987年に九州の阿蘇で開催された野外ライブを収めたドキュメンタリー・タッチの映画を観た。
印象的なシーン満載だったけど、その中にこんなものがあった。
当時、人気を博していた女性シンガーが終演後、控室に戻ってくる映像で、彼女は控室に着くなりそこにいた先輩格の男性シンガーに向かって、こう言った。
「めちゃくちゃ寒かったです」
「おつかれさまでした。ゆっくり休んでください」
そのシーンにわたしは感動したんだ。
後輩格である彼女に向かって彼が発したその丁寧な言葉づかいに、です。
どんな状況であれ、どんなひとであれ、その言葉づかいに「そのひと」が出るんじゃないかな。

おそらく多くのひとが実生活にて、自分よりキャリアを持つ者からの「上から目線」を体験していると思う。
上からといっても、これは断じて背の高さの問題ではありません。
ヒマラヤ山脈が富士山に対して「お前さあ……」だなんて、えらそーに言わないように。
だがしかし、もしかしたら富士山の方が言ってるかもしれない。
「お前らさあ、つるんで立っていないでおいらみたいにひとりで立ってみろよ」って。
あなたやわたしは、権力を笠に着たヤツの上空からのそんな目線にどこまで耐えらえるのか、もしくは天下の富士山さんみたいに「お前さあ」って言えるのかってことであり。

7月某日、浜松の音楽仲間であるポテティさんとフルーキーさんの共同企画を観にフルーキー邸に行った。
フルーキーさんの家はもともとお店だったらしく、アコースティック・イベントが可能なスペースなのです。
その日、出演した6組の出演者のライブはすべて素晴らしく。
そして、素晴らしいと同時にわたしに向かって特大なる疑問符、英語で言うところのビッグ・クエスチョン・マーク、を投げかけた。
わたしはそれをなんとかキャッチし、自部屋に持ち帰った次第。
いい音楽はいつでもわたしを悩ませる。

7月某日、午後8時30分過ぎに業務を強引に終了させるとわたしは浜松市中区の北端に在する某ダンス・ホールに向けて自家用車をブッ飛ばした。
だって今日は大好きなワタナベマモルさんがライブを演るんだ。
そして共演する3組だって、みーんな浜松を中心に活動を続ける音楽仲間なのさ。
アクセル全開でありながら、法定速度をはじめとした各種交通規則を厳守するってのは至難の業(しなんのわざ)であります。
至難の業を駆使しお店の駐車場に着くと店内からマモルさんの声が響いてきた「うわ、もう始まってるじゃん!」
わたしはまたしてもアクセル全開、文字変換するとそれは早歩き、共演のみなさんに間に合わなかったことを悔やみながら。

マモルさんの楽曲、そしてその唄には不思議な魅力があります。
日々の生活のなかから拾い上げた出来事、それを60年代から70年代に掛けてのグッド・ミュージック・テイストあふれる楽曲で演奏する、そこには強制しないメッセージが含有している。
どこぞの、だれかの、上からなんとか、じゃないってことさ。
簡単に言っちゃえば、ぼくにとってそれはまさしく「ロックンロール」ってこと。
サイコーな空間だった。

B.G.M.「SLIM HARPO/TE-NI-NEE-NI-NU」
マモルさんのライブ終演後、知り合いの方々と雑談していると「ジュンキチさん、お久しぶりです」と背後から声を掛けられた。
振り返ると長年のロック仲間であるヤマモト夫妻だった。
ヨモヤマ話のあと、奥さんがこう言う。
「ずーっと昔、ジュンキチさんがDJでスリム・ハーポを流していて、その曲がめっちゃカッコよくて、ずーっとレコード探してるんですけど見つからないんですぅ」
「え? あるら、スリム・ハーポだもん」
ライブ会場での上も下もない、こーゆー会話が好き。

No.1604 - 2021/07/11(Sun) 21:20:13
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