THE SLICKS BBS

次回ライブ、未定です。






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某日日記 / 淳吉郎
某年某日、1987年に九州の阿蘇で開催された野外ライブを収めたドキュメンタリー・タッチの映画を観た。
印象的なシーン満載だったけど、その中にこんなものがあった。
当時、人気を博していた女性シンガーが終演後、控室に戻ってくる映像で、彼女は控室に着くなりそこにいた先輩格の男性シンガーに向かって、こう言った。
「めちゃくちゃ寒かったです」
「おつかれさまでした。ゆっくり休んでください」
そのシーンにわたしは感動したんだ。
後輩格である彼女に向かって彼が発したその丁寧な言葉づかいに、です。
どんな状況であれ、どんなひとであれ、その言葉づかいに「そのひと」が出るんじゃないかな。

おそらく多くのひとが実生活にて、自分よりキャリアを持つ者からの「上から目線」を体験していると思う。
上からといっても、これは断じて背の高さの問題ではありません。
ヒマラヤ山脈が富士山に対して「お前さあ……」だなんて、えらそーに言わないように。
だがしかし、もしかしたら富士山の方が言ってるかもしれない。
「お前らさあ、つるんで立っていないでおいらみたいにひとりで立ってみろよ」って。
あなたやわたしは、権力を笠に着たヤツの上空からのそんな目線にどこまで耐えらえるのか、もしくは天下の富士山さんみたいに「お前さあ」って言えるのかってことであり。

7月某日、浜松の音楽仲間であるポテティさんとフルーキーさんの共同企画を観にフルーキー邸に行った。
フルーキーさんの家はもともとお店だったらしく、アコースティック・イベントが可能なスペースなのです。
その日、出演した6組の出演者のライブはすべて素晴らしく。
そして、素晴らしいと同時にわたしに向かって特大なる疑問符、英語で言うところのビッグ・クエスチョン・マーク、を投げかけた。
わたしはそれをなんとかキャッチし、自部屋に持ち帰った次第。
いい音楽はいつでもわたしを悩ませる。

7月某日、午後8時30分過ぎに業務を強引に終了させるとわたしは浜松市中区の北端に在する某ダンス・ホールに向けて自家用車をブッ飛ばした。
だって今日は大好きなワタナベマモルさんがライブを演るんだ。
そして共演する3組だって、みーんな浜松を中心に活動を続ける音楽仲間なのさ。
アクセル全開でありながら、法定速度をはじめとした各種交通規則を厳守するってのは至難の業(しなんのわざ)であります。
至難の業を駆使しお店の駐車場に着くと店内からマモルさんの声が響いてきた「うわ、もう始まってるじゃん!」
わたしはまたしてもアクセル全開、文字変換するとそれは早歩き、共演のみなさんに間に合わなかったことを悔やみながら。

マモルさんの楽曲、そしてその唄には不思議な魅力があります。
日々の生活のなかから拾い上げた出来事、それを60年代から70年代に掛けてのグッド・ミュージック・テイストあふれる楽曲で演奏する、そこには強制しないメッセージが含有している。
どこぞの、だれかの、上からなんとか、じゃないってことさ。
簡単に言っちゃえば、ぼくにとってそれはまさしく「ロックンロール」ってこと。
サイコーな空間だった。

B.G.M.「SLIM HARPO/TE-NI-NEE-NI-NU」
マモルさんのライブ終演後、知り合いの方々と雑談していると「ジュンキチさん、お久しぶりです」と背後から声を掛けられた。
振り返ると長年のロック仲間であるヤマモト夫妻だった。
ヨモヤマ話のあと、奥さんがこう言う。
「ずーっと昔、ジュンキチさんがDJでスリム・ハーポを流していて、その曲がめっちゃカッコよくて、ずーっとレコード探してるんですけど見つからないんですぅ」
「え? あるら、スリム・ハーポだもん」
ライブ会場での上も下もない、こーゆー会話が好き。

No.1604 - 2021/07/11(Sun) 21:20:13
法事にまつわる話 / 淳吉郎
6月某日。6年前に亡くなった実父の七回忌法要が執り行われた。
葬儀以降に行われた法要は初七日、四十九日、一周忌、三回忌だけど、実はわたしはこれらの法要が苦手ではなかった。
なぜなら「日々の生活とは違う異質な空間」だったから。
不謹慎な言い方かもしれぬが「それ」は楽しかったって言葉にちょっとだけ近いかも。

今回もお寺の広い空間に、和尚様の読経がこだました。
そんな中、とある瞬間、お寺の前に植わっている樹木から「ホーホケキョ」とウグイスが鳴いた。
西川のりおさんの「ホーホケキョ」ではありません、モノホンの「ホーホケキョ」です。
その声質と発声のタイミングが絶妙だったんだ。
それはアンサンブルを重視するバンドマン、そのハシくれに必死でぶら下がっているわたしですら首肯してしまう瞬間だったし、やっぱり法要は苦手ではないと思った次第。

法要の種類によってお経の内容は変わっていくのであろうか、和尚様は今回、いつよりも増して「ナンマイダー、ナンマイダー」と連呼している気がした。
「えーと、ビートルズは解散まで12枚のスタジオ・アルバムを発表しました。ストーンズは23枚だっけ……60年代中盤まではイギリスとアメリカでタイトルや収録曲が違ったりして、ややこしいんで、すんません和尚さん、イギリス盤で勘弁してつかーさい……あ、それとあいつら、90年代以降はベスト盤とかライブ盤で最後にスタジオ録音の新曲とかを入れるセコイやり方、もとい商売上手なやり方を……」
「それではみなさん、ご焼香をお願いします」
「ホーホケキョ」またしてもウグイスが絶妙のタイミングで合いの手を入れたのさ。
まるでキースに呼応するロニーみたいに。

B.G.M.「RCサクセション/うぐいす」
1990年発表、RCサクセションのアルバム『Baby a Go Go』の5曲目に収録。
もしもわたしの願い事がかなうならば、ツバサよりもこのアルバムのLPレコードが欲しい。

No.1603 - 2021/06/27(Sun) 22:24:44
マイ・ブランニュー・ブーツにまつわる話 / 淳吉郎
レコードやCDを買ったとする。
盤をプレイヤーで再生して音楽を聴くわけだが、その行為とおんなじくらい好きなのがジャケットや歌詞カードの写真を眺めることです。
ミュージシャンの眼つきや髪型やファッション、そして楽器を始めとする器財のチェックをする。
「カッコいいー! 真似しよ」とか「うわ、ダセー!」とか。
不思議なことにカッコいい演奏をしてるひとは、やっぱり上述した事柄もカッコいい、そんな気がします。

昨年末、ニッポンのとあるロック・シンガーのソロCD音源を購入した。
鳴っている音のすばらしさもさることながら、その歌詞カードの写真において彼が履いているブーツにわたしは着目した。
「うーむ。俺も似たようなのを持ってるけど、宮本のサイドゴアはもうちっと先がトンがってるよな。うん、カッコいい―! 真似しよ」
浜松市内の靴屋さんをくまなくまわって探したけど、似たようなモノは見つからず。
くやしいながら最終手段であるネットにて購入をした。
自分のこだわりに背(そむ)くことは、まるで晴天の日に自分の足元から伸びる自分の影を踏みにじるようでもあり、ちょっぴりつらいものです。

小学生の頃の遠足で「新品の靴を履いてこないように」なんて先生が言っていたのを覚えている。
ここ昨今の状況下のなか、外出することがめっきり減少したわたしにとって、マイ・ブランニュー・ブーツの出番だって当然のことながらありません。
週末、近所のスーパーマーケットに出かけた際、お気に入りのティーシャツとともに履いてくぐらいさ。
「あ、ジュンキチローさん、新しいブーツ買ったんですか? それってマーチンのGRAEMEUですよね」だなんて誰も言わない。言ってくれない。
それどころか、10歳前後の少年の遠足なんかじゃなく、55歳前後の元少年の近所のスーパーへの買いものなのに「あー、なんか足が痛いね」なんつって、やっぱりわたしは小学生。ってことか。

B.G.M.「マーラー/交響曲第2番ハ短調『復活』」
数年前に読んだ小澤征爾さんと村上春樹さんの対談集でマーラーのことが記されていた。
名前は知っていたけど聴いたことがなくて、先日ようやくレコードを購入。
内ジャケットにマーラーの写真。
うん、イケメンじゃん。

No.1602 - 2021/06/20(Sun) 23:00:23
ゆきつけの場所にまつわる話 / 淳吉郎
6月某日、ゆきつけの病院に行った。
「ゆきつけ」という言葉を調べると「何度も行って、なじみがあること」と記されている。
だとしたら「ゆきつけの病院」ってのは妙な言いまわしかもしんない。
だがしかし、持病がある我が身にとっては、そんな気持ち(ゆきつけの気持ち)になってしまう。
それはロックンロール・ウイルスにヤラレタわたしたちが、ゆきつけのライブハウスへ行くことにちょっと似ている。

病院には看護師さんが数人いるのだが、2年ぐらい前、そのうちのひとりの方から
「わたしの子供、中学生なんだけど実はバンドを演っているの」
と打ち明けられた。
むろん、わたしがバンドマンということを知ったうえでの会話だ。
今回の診察の際、その方がこう言う。
「中村さん、わたしの息子、もともとベースだったんだけど最近、ギターを始めたんですよ」
「おー、いいねぇ」
「耳コピっていうの? ユーチューブ見て、一生懸命練習してるのよ」

看護師さんのお口から『耳コピ』という3文字が出てきたことは、釣り上げた魚をその場でサバいて食する刺身ぐらい新鮮だったし、なによりも高校生となった彼が現在も音楽を続けている、そして自分の耳で音を探している、それらのことすべてに、真夏の太陽と満天の星空と満月が一緒に輝いているような明るい未来を感じたのさ。
「音楽っていいだいね、いくつになっても続けられるで」
「そうそう」
「わたし、息子にも中村さんのことを話すんですよ」
「へぇーありがと。ちなみに今夜、俺は豊橋でライブ演るんだよーん」
「きゃぁ〜」

6月12日、ザ・スリックスは豊橋市のライブハウスAVANTIにてライブを演った。
来てくれたみなさん、ありがとうございました。
この日、ライブを演ることができたのは、個人的に、そしてバンドとして、誠にグッド・タイミングであったと思う。
誠といっても鮎川誠さんのことではありません。
「本当に」という意味でのマコトです。
グッドであれ、バッドであれ、タイミングっちゅーのはあくまで「結果として」ってことなんで、今回はまさしくラッキーだったと言えよう。
まるで、盆と正月とクリスマスが一緒に来た、もしくは真夏の太陽と満天の星空と満月が一緒に輝いていた、もしくはホンダCB400FOURとスズキGS400とカワサキKH400が一緒に走っていた、そんな感じ。

音楽っていいだいね、いくつになっても続けられるで。
あのかわいい看護師さんが遠州弁で言ったとおりさ。
そう、古今東西、ゆきつけの場所で、いつでもわたしはロックンロール。
この日のライブは、活動上のこだわりである「いつもおんなじ、いつも違うスリックス」にやっぱりなったと思う。
新曲を演ったり。10年以上披露していない古いレパートリーを復活させたり。今まで使ったことのない楽器を使用したり。
ゆきつけの場所で新しいことを演る、うん、カッコいいら。

B.G.M.「ヤンバル/クウネル ウタウ」
AVANTIを「ゆきつけの場所」ではなく「ホーム」として活動する沖縄風三人衆ヤンバル、2008年発表のファースト・アルバム。
現在、入手困難なこのアルバムをようやく聴くことができた。
メンバー全員がそれぞれ楽曲を作っているんだけど、どの曲も歌詞と曲調がヤンバルなのが誠にすばらしい。

写真はAVANTIのスタッフであり、ヤンバルのメンバーでもあるぴろみちゃん撮影。
ぴろみちゃん、今回のオファー、ありがとうございました。

No.1601 - 2021/06/14(Mon) 23:52:24
某日日記 / 淳吉郎
5月某日、浜松メスカリンドライブへライブ観戦。
友人ミッキーさんの企画《TOP FIGHT Vol.2》に、友人のバンドSandyが出演。
どうやら、サンディのみなさんはバンド・メンバーの平均年齢に似合わず(笑)初メスカリンだったらしく。
だがしかし、メンバー4人中3人がスキンヘッズである彼らはあいかわらずのグッド・オールディーズ・ロックンロールの連打、そしてその自前のステージ照明力で会場を盛り上げたのさ。
この日は全6バンドが出演し、DJはミッキーさん。
初見のバンドも多かったし、ミッキーさんの選曲もおもしろく実に楽しい夜だった。
ミッキーさん、サンディのみなさん、おつかれさまでした。ありがとう。

5月某日、我が家の庭の草取りをした。
今年は全国的に梅雨入りが早かったらしく、その反面、太陽の光がサンサンと降り注ぐ日もあったりで、現時点での我が国は植物にとっては至上の楽園ってことかもしんない。
浜松市南区に存する拙宅の拙庭も至上の楽園のひとつらしく、我が物顔で成長した草々を引き抜いた次第。
気づけば45リットル・ゴミ袋、4袋分の作業と相成った。
素直なぼくはよせばいいのに後先考えずに頑張っちゃうから、翌日の我が身体はものすげー筋肉痛。
あまりの痛さに「ゴミ袋1袋の時点にカムバック・プリーズ」っておもわずタイムマシンにお願いをしてしまったほどさ。
横を見ると飼い猫が、こっちの気持ちも知らずに「今、するべきことをしてるだけ」といった風情で自分の体毛の毛づくろいをしていた。

マシンの力を借りてでも過去をやり直したいだなんて、わたしたち人類はまったくおめでたい生き物です。
もし過去をやり直すことができたとして。
そこにあるのが、なんの変哲もない過去ばっかりだったとしたら、それはそれは味気ない未来があるだけなのだろう。

ここでお知らせです。
ザ・スリックスの次のライブ、開場開演時間が変更されました。
出演も3バンドから2バンドへ。
お酒もなーし。おえ〜ん(泣)


6月12日(土) 豊橋AVANTI

《AVANTI presents》
開場/開演;17:00/18:00
前売/当日;2000円/2500円(1d別)
出演;
官舘村慶介二
THE SLICKS

スリックスは18時から演奏開始です。

B.G.M.「JIMMY CLIFF/BRAVE WARRIOR」
1975年発表、ジミー・クリフのアルバム。
漢字一文字で言うなら、このひとは「粋(いき)」だね。

No.1600 - 2021/05/31(Mon) 23:46:22
タイトルにまつわる話 / 淳吉郎
本や映画のタイトルであれ、アルバム音源のタイトルであれ、もちろんひとつひとつの曲名であれ、それを知ったり聞いたりした時、「うわあ、なんかカッコいいね」つってグッとくることがある。
そう、心のなかで「いいね」を押すのさ。
不思議なことにその作品たちは、えてして内容もすばらしいことがとっても多く。
そういえばクルマもそうだった。
スカイライン、フェアレディ、ブルーバード、セリカ、レビン、トレノ等々、歴代の名車は名前もカッコいい。

5月某日、浜松市内の施設へ絵画鑑賞に出かけた。
母親が所属する絵画サークル、年一度の展覧会さ。
油彩画も水彩画も日本画も水墨画もあったから、いわゆるジャンル分けがない展覧会だった。
入場無料ということも含めて、それは「絵画的フリー・フェスティバル」だったといってもよかろう。
フリー・フェスティバル……なんて自由な響き。
個人的には油彩画がもっとも好みなのだが、今回の展覧会において水彩画の良さに気づいた。気づいてしまった。
ああ、そうだよな、強烈なパンクロックで目覚めた俺は、それ以降もなにかのタイミングでさまざまな音楽に出会い、その強烈さのおかげで現在も目覚め続けているのと、それはちょっと似ている。

ライブで使われる言葉のひとつに「コール&レスポンス」って呼ばれるものがあります。
かわいい看護師さんが「中村さ〜ん」って診察室から呼んでくれて、こちらも負けずに「は〜い」ってラブラブ・マーク満載で答える、あの感じ。か。
ライブに限らず、レコードを聴いていてもわたしたち音楽好きは回り続けるターンテーブルから発せられるコールに対し、なんらかのレスポンスをする。してしまう。
実は絵画鑑賞や映画鑑賞の場合でもわたしたちは無言でコール&レスポンスをしている、そう思います。
ところがどうだい、現在、大都市を始めとする全国各地では美術館や映画館が稼働休止状態にさせられている。
ううむ、もうちっと、あの方々は声なき声をキャッチした方がいいと思うけど。

絵画鑑賞をしたその日、展示された多くの絵画自体の完成度はすばらしかった。
だがしかし、わたしが感じたのは絵に付けられたタイトルのイマイチ具合だった。
たとえば玉ねぎが切り刻まれた絵画のタイトルが『刻まれた玉ねぎ』だったとしよう。
そのまんまだからもちろん間違いではないが、たとえば『流れる涙』って名付けたっていいかも。
そう思いながら会場内を巡っていると、最後にお母ちゃんの作品が現れた。
濃緑と薄緑がないまぜになった木々の風景画。タイトルは『風立ちぬ』。
「うんうんうん」そう言いながら、わたしはアンガス・ヤング氏のようにヘッド・バンキング……もとい首肯を繰り返した次第。
もちろん、心のなかで「いいね」も。

写真もいいけど、イメージを想起させる言葉だってすばらしい。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★
ザ・スリックスのライブ予定です。
この先の状況しだいでは開場開演時間の変更もあるかと思います。
その際にはあらためてお知らせいたします。


☆6月12日(土) 豊橋AVANTI

《AVANTI presents》
開場/開演;18:00/19:00
前売/当日;2000円/2500円(1d別)
出演;
官舘村慶介二
THE GOLDENBATS
THE SLICKS


写真:「SPACE ODDITY/DAVID BOWIE」
1969年発表、デビッド・ボウイのアルバム「スペース・オディティ」。
B面5曲目に『フリー・フェスティバルの思い出』収録。

No.1599 - 2021/05/25(Tue) 00:10:27
はなさないで / 淳吉郎
あの日ぼくは 夜空の満月を見ていたんだ
こぼれ落ちる しずくはまるでなにかのように光る
あなただって それを見ているかもしれない
願いがかなうなら ぼくを離さないで

この手のひら なにかをつかみかけた気がした
どこまで歩いても 履いてるブーツのかかとは擦り減らないまま
あなただって おなじことをしているはずで
答えはいらないから ぼくに話さないで

気になっている あなたのことだけが
気になっている 今そこでなにをしている

あなただって ぼくを見ているかもしれない
願いがかなうなら ぼくのそばにいてくれ
願いがかなうなら 
ぼくを離さないで
ぼくに話してくれ
きみを離さないぜ
これからも


No.1598 - 2021/05/23(Sun) 04:03:00
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