[ 掲示板に戻る ]

記事No.3969に関するスレッドです

説明概念 / ubik0101
まず嘘は、どのように機能するのでしょう。なにか人間関係で、仕事とかで、自分あるいは仲間の不利になるような、不都合なことをしてしまったとします。それを誰かに突っ込まれて聞かれて、実際とは違うことを答えたとします。そうならば、嘘とは、不都合なことを隠したい、そうすることによって自分を守りたい、ということかもしれません。

それは自分の不利益になることは言わない、ということでもあります。それでは、嘘を言うことは、自分と、仲間、あるいはまったくの無関係な人に、自分のした事実が、判らない・・・と、いうことが前提になってるのではないでしょうか。あるいは自分の思考は、いわゆる心は、隠すことができる・・・ほかの人に読めない、ということに依存してるかもしれません。

これは嘘を言うならもう仲間ではない、けど不利なことをしてしまったという事実を言ってしまえば、仲間ではなくされる。ということを恐れているのかもしれません。この、嘘を言わない、ということを決心するならば、実行するならば。たとえ自分が傷ついても、正確であること、公平であること、主観的ではないこと。そんなことを・・・ただそう思うだけではなく、事実、自分の事態として学ぶことができます。

続きます。

No.3966 - 2012/02/04(Sat) 20:56:20

Re: 説明概念 / ubik0101
すこし振り返ります。嘘とは自分を守るためだ、とします。と、その逆に、自分を守る必要を感じない、というか、恐れの必要がないというか、そんな人としての事態を学ぶことになるかもしれません。 ここで、それぞれ人の、さまざまな嘘の定義があるかもしれません。そしてそれぞれの定義に応じて、学ぶことがあるのではないでしょうか。でもそれでは、なにか、定義によって、ある程度は学ぶことの方向が決まるかも知れません。

それで、たとえば嘘を定義しないで、ただ嘘を言ってはいけない。これを行うことは、おおくの学ぶことができるかもしれません。おそらく人は、定義しないで、なんとなくそれが何であるか判ってる気持で、生活してるかもしれません。でもそれは、曖昧なので、嘘について鈍感になるかもしれません。そこで嘘を言ったり言わなかったりの意識朦朧な生活になるかもしれません。

なぜ嘘を言ってはいけないのかも、不問にされるかもしれません。あるいは戒律だからと守ることになるかもしれません。それはそれなりに学ぶことはあるのかもしれませんが、この世界に嘘がある、嘘をつかない・・・そんなことを充分に機能させてるとは言えないかもしれません。

続きます。

トマト缶に、みじん切り玉葱、鶏ガラスープの素、水、牛乳を加えて煮ただけです。これが、生クリームを使ってる?と思われるほどの濃厚な美味しさです。牛乳は最後に入れて、ほんのり温まったくらいで火を止めるのが、いいようです。

No.3967 - 2012/02/04(Sat) 21:03:23

Re: 説明概念 / ubik0101
もちろん、嘘を言ったとしても、それが相手にも自分の思考は読めないということに依存してるなら、それは始めから相手が仲間ではないということです。そして自分が仲間ではないということを、その嘘を言うことによって表現してる、と捕らえることができるでしょう。つまり仲間外れにされるのを恐れながら、自分から、相手を仲間ではない、と主張してるのです。

このことは、とくに変わり映えもしない日常という静かな水面に起こる、嘘という波風・・・そして嘘を言わないということから・・・それは実際にやれば解りますが、とても努力を要することで。たとえ相手の不利になることも相手にも誰にも、隠さないということなので、さらなる波乱を巻き起こすものです。ただ正直であるだけで、恨まれも、疎まれも、嫌われもしたりするものです。

それでも、どんな逃げも使わずに、とにかく嘘を言わないということを思うだけではなく、実際に貫くのです。それは、なんとしても、自分とは何?を知りたいという衝動さえあれば、とりあえずの人の言動の基本的な価値観である損得、そんなことも打ち砕くのです。なんの頼りもなく、あるとしてもただ嘘を言わないという理由だけの理由で、たった一人の味方もなく、やるのです。

続きます。

No.3968 - 2012/02/05(Sun) 22:54:19

Re: 説明概念 / ubik0101
そしてもし嘘を言ったとしたら、その痛みを引き受けるのです。あれこれ考えられる状況とかを嘘を正当化する理由にしない・・・それらを意識の対象にしない・・・逃げない、のです。それだけです。が、この日常で、これほどの修行をほかに知りません。このふつうの日常が、嘘という、嘘を言わないという、これだけのことを誰にも用意してくれているのです。

そして・・・それは結果としてですが、嘘を通じ、嘘を打破して、開けっぴろげであること、隠さないこと、なにものにも・・・たとえば人と人の間に・・・隠れないことを学ぶ、その事態を生きる。(ほかの人とか世界とかとの分離の解消とかは、この一人あることからは副次的なことです)。そんなことが可能になります。

そうでなくて、どうして自分の探究が可能になるのでしょう。 どうして自分に嘘をついて、その自分を知ることができるでしょう。相手というよりは、まずは自分に嘘をつかない・・・これこそ不可欠なことです。しかし人は自分には嘘をつけない、ということも言われたりします。しかし、自分に嘘をつけなければ、ほかの人に嘘をつくのは、困難なのです。

続きます。

朝の散歩道です。写真ではよく見えませんが、なにか大きな魚がたくさん川に泳いでいました。

No.3969 - 2012/02/05(Sun) 23:00:52

Re: 説明概念 / ubik0101
ところで嘘とは実際とは違うことを言うことによって・・・利害関係において・・・自分を守ろうとすることだ、という線で探っています。これを、これまでは自分の不都合な言動を相手に隠すということで考えてきました。

こんどは視点を変えて、なにか人としての有り様、状態としての自分を守ろうとすること・・・自己保存・・・中心に見ていきます。それがなにか不明だとしても常に、その自分を守ろうとするなら、どうすればいいでしょう。簡単です。本心を言わないことです。

そうすれば、どんなに、ほかの人から指摘、追求されても、それは本心ではないので、自分は隠されていて見つからず、白昼の光に曝されず、常に闇に逃げることができて、守られることになります。あるいは自分でさえ自分の本心を知らないとなれば、それはいくら探究しても、自分は守られることになります。

こいうことは人は、そう知って、計画してそうするわけではないかもしれません。無意識でしてるのかもしれません。が、どこかでは予め知っていてそうするように、そうしてるのです。

そうすると自分でも自分の本心が掴めない・・・あるいは優柔不断、あるいは支離滅裂、あるいは旗色不鮮明・・・つまりは一貫した自分がない愚かさによって、常に逃げることで守ることは可能になるようです。人と人の間に隠れるということは、そのようなことの一環です。

そしてそれは、自分というのは、ない、から・・・なにがなんだか曖昧として、漠としてるから・・・そうできるのではないでしょうか。はっきりと自分が明確で、ある、なら言を変える、嘘をつくことはできないように思われます。

続きます。

No.3970 - 2012/02/08(Wed) 07:45:09

Re: 説明概念 / ubik0101
そして、そんなことがあるとして人が・・・なにか主義とか、伝統とか、信条とか、自尊心とか、趣味とか、性別とか、年齢とか、性格・・・に同一化したとして、そのこと自体が・・・固着してることがまた、かっこうの自分を隠す隠れ蓑になります。

そんなことは誰だって知ってることなのですが・・・ そんなことを自分がはっきりと、ある、と見なせないのに、見なすことにして・・・そして関わる人みんながそんなことをやってて馬鹿馬鹿しいとは感じながら、常識、伝統、階級、噂話・・・そこで自分に切り込まないというだけで、ほかにできないのでしかたなく、それを嫌がりながらも愛着を感じて参加してるということもありそうです。

そいうことは、それをたとえば家族のこと、友人のこと、隣人のこと、会社のこと、地域のこと、世界のこと・・・なにか特定の個別のこと、つまり具体的なこととして、世界から切り取ったとして思考されているようです。そこでなんであれ空想だとしても、特定の個別のこととして具体的に思考されてるから、事実、実際のことと思われるのでしょう。

そのようなもの、こととことの間を、あれでもないこれでもないと意識は対象にして彷徨い次々に飛び火して燃焼します。そのことを、なにも束縛されてない、自由、と見なしてしまうかもしれません。

しかし、もし人が嘘をつくなら、そのことだけで、このような自分を知らないという、愚かさを受け入れてしまうことになります。その重圧がのしかかるのです。それはその人が望んでるとしか言えないのです。

ここで嘘を言わないというそのことは、この無知の流れの源に向かって、がむしゃらに泳いで溯る、それを否定しながら意識しないままににしている愚かさを、逆から学ぶことでもあります。

もしそうでないなら、なんでもいいのですが・・・あるいは野の花を見よ、空の鳥を見よ・・・あるいは意識はその内容・・・眼は眼を見れない・・・これは、なぜこれ?・・・知らない・・・嘘を言ってはならない・・・なんであれ、自分を隠すこと、に使われてしまって、それに気がつかないで一生を過ごしてしまうことだってできるかもしれません。

続きます。

No.3971 - 2012/02/08(Wed) 09:34:50

Re: 説明概念 / hato

取り立ててそうでもないのに忙しない、日常を過ごしています。すこし前の暖かな日に、カエルがクワクワ鳴き出していました。でも、まだまだ寒い、冬のとある田舎です。

お寺の石灯籠に、ハート?初めて見ました。

No.3973 - 2012/02/11(Sat) 23:33:34