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記事No.4579に関するスレッドです

(No Subject) / ubik0101
たとえば不満は、執着の源です。なにか不快なこと、損なこと、嫌いなことがあるとします。すると、そこから逃げたくなるかもしれません。そんな不満なここではなく、どこかに救いを求めるかもしれません。

あるいは過去に、あるいは未来に、どこかに。このようでなくほかのようでありたい・・・そのように、この自分が、ほかの自分を望む。そんな、いわば時間のループをつくってしまうことがあるかもしれません。

それが依存です。たとえば、たった一本の糸でも、なにを縛ってなくても、縛る何かがなくても、こんがらがって縺れるように・・・そいう有り様が、執着。世界に縛り付けられること、つまり葛藤です。

No.4573 - 2014/03/29(Sat) 09:25:41

Re: / ubik0101
その現れは、なにかに集中しきれない状態として現われることもあります。あちこち思考が、行動が、火の粉のように舞うのです。あるいは人間関係・・・ほかの人との、自分との関係・・・で架空の事実をつくる、嘘を言うかもしれません。

そのような飛び火することは、なにかに接着して離れない執着、固着、とは逆に思えても、こんがらがってる、のです。その縺れてる酷い様子に自分で騒ぐことができ、葛藤は葛藤を表現、なんだか自分で自分を自覚できるような気がするので、自我は騒動が大好物です。

なんでもない、なにも縛らない一本の糸であることが楽しくないのでしょうか。そんな疑問が湧きます。そこで不満にとどまること。そうすればその不満は速やかに去り行くとか・・・忍耐力がつくとか、正当化するどのような期待もなく・・・不満から逃げずに不満を受けることが大切になったりします。

No.4574 - 2014/03/29(Sat) 09:45:33

Re: / ubik0101
けどこの不満による縺れた時間は、自我そのことではありません。思考の落ち着きのなさは、自我そのことではありません。けど、まず自分があって、なにかを思考したり行動したりするのではなく、なにかを思考する、行動する。そのことによって予め、その主体が時間を遡ってあるかのように設定される虚構の時間に似てはいる、です。

そこで、なんであれ不満そのことは自我そのことではないのに、不満を除くことが自我の撲滅だと思われたりすることもあるかもしれません。それは、嘘を言わない、素直であること、過去や未来や、どこかという空想の時間をつくることなくある、ということです。

こういうことは、誰から学ぶということではありません。たとえば不満から逃げないこと。たとえば衆人環視にあって誰かから誹謗中傷された屈辱に、たった1人で自分を晒すということです。これが困難というのは、すでに空想の人と人の間に生きてるかもしれません。

こぼれるような香りなでしこの鉢です。

No.4575 - 2014/03/29(Sat) 10:29:16

Re: / ubik0101
たとえば友人に愚痴を言って、酒を飲んで不満を解消する、あるいは辛いことも時間が解決すると、そんな慰めもよしとしないことです。よしとするならそれはすでに葛藤です。そういう慰めを求めないこと。それは解決した結果から見て、その経緯を示してるということです。

そんな、いわゆる自我と、たとえば不満による自我の機能の混同が問題になるそこで。たとえば不満から逃げない、ということが勧められるということです。それは、人の思考がなにか内容がある思考で、行動がなにか歩いたり話したりの個別のことで、なにかに意味付けして認識する限りは、そうせざるを得ないところもあります。

それでも、たとえば技術的な思考と、心理的な思考。リアル?時間と、心理的な時間などを区別するのは、そうあってはいけないことです。問題は、そこにないのです。この自覚できる不満とか、思考とかが問題ではなくて、この自覚できない自分。そのことの問題だからです。

No.4576 - 2014/03/29(Sat) 11:36:11

Re: / ubik0101
たとえば思考を止めるとか、切るとか、無思考とか、感情に、不満や快楽に巻き込まれないとか、そいうことは結果から見てのことで、また、思考や感情が問題ないということだけでもないのです。ここは透明なガラスに透明な水で描くような。飾っておける見える絵としては成立してないけど。それでも描いた経緯はあるような。そんな亊です。

紅白に咲き分ける桃の花です。

No.4577 - 2014/03/29(Sat) 12:10:54

Re: / ubik0101
ユスラウメの花が咲いています。
No.4578 - 2014/03/29(Sat) 12:12:49

Re: / hato

あんななかこんなさなか,

準備ともいえないところでまるで準備しているかのように,ある日農機具の店で見つけた,無料,の文字。

デッキになるかな?などと思いつつ,どしゃ降りの雨のなか,二トントラックを借り,2人で4台運びました。

フォークリフト用のパレット。今は玄関先で,植木鉢が置かれています。夏場の熱逃がしによいそうです。

No.4579 - 2014/03/29(Sat) 20:58:58

Re: / hato

桜もすこしずつ,開花宣言。

たらの芽は,てんぷらでいただきました。

No.4580 - 2014/03/29(Sat) 21:01:03

Re: / hato

休みの日に一緒に,つくしを摘み,

バター炒めでさっそく食べました。

今年も春の味覚,全開です。

No.4581 - 2014/03/29(Sat) 21:03:59

Re: / ubik0101
くり返します。たとえば思考や感情、行動。その是非、有無、が問題ではありません。それは知覚でき得ることです。そうでなく・・・説明すればそれを認識できるような気になってしまいますが・・・知覚でき得ない・・・この自分こそ大事、ということです。知覚でき得ることを通じて、この見えない聞こえない触れない、これ、をです。

そこで知覚でき得ることは、憎しみが愛しみに変わる?とか、誰かに嫉妬するとか、田舎道を散歩するとか、そんなことです。そんなことは、これも説明すればですが、ありとあり得る人の状態の、ほんの僅かな出来事にすぎません。それは環境が変わり、人間関係が変わるだけで忘れられるほどのことではないでしょうか。

そんなことがたとえ静まり解決しても、そこで起こってない問題は、傲慢も、卑屈も、偽善も、権力欲も・・・数えきれないのです。もちろん環境が変わっても、たとえば嫉妬は嫉妬、怒りは怒りでしょう。そんなことに固執することは執着、依存、同一化と呼ばれます。

No.4582 - 2014/04/01(Tue) 13:32:33

Re: / ubik0101
ここで、もし人が知覚できること総てを解決するには、永遠の時があっても足りないかもしれません。そうでなく、問題は、この自分がどうか?というだけです。その自分が静まれば・・・とくに静まるということだけが大事ではありませんが・・・総てが静まります。

そこで静かだから、思考があってもなくても、それは世界の機能であり、問題がなくなります。ここではまた、たとえば怒り、それはもう止めようと思えば、そう思うだけで、同じことでは起こりません。

とくに自制するわけでも、矯正するわけでもなくて。怒りが起こってないことの認識もできないけど静かさがそれを証してる、あたりまえの日常です。この日常は、見える、聞こえる、思考する・・・感覚器官とその対象、意識とその対象・・・一切・・・です。いわゆる無意識、潜在意識は、ない、です。

No.4583 - 2014/04/01(Tue) 13:43:04

Re: / ubik0101
これも説明ですが、左手で魚釣りをして、右手でキャッチボールを、左足で綱渡りをして、右足でツイストを踊り,右目で映画を、左目で青空を眺め、へそで茶を沸かしながら・・・集合無意識を探索する・・・そんなことは必要はなくて見えること、これ、だけで完璧。ほかになにもないです。

ところで、この知覚でき得ないこと、その自分の探求は、困難と言えば困難かもしれません。なにかを得るとか失うと拾うとか捨てるということでないからです。それで済むのだったら、簡単です。それはなにか個別のことが自分なら捨てたり拾ったりでき得るでしょう。そう得るとか失うとかしてると感じてる、その自分、これ、が問題だからです。

あくまで説明ですが・・・説明するとなんだか認識できそうな気がしますがそうではなく・・・ただこの知覚でき得ないことは、どうしても知覚でき得る、感情、思考、行動の、優劣、有無よって表示される、と言うより・・・この知覚でき得ないことが、その知覚でき得ることの裏打ち・・・ない・・・です。

No.4584 - 2014/04/01(Tue) 13:48:50

Re: / ubik0101
けど、それゆえに、あらゆる知覚でき得ることは、触媒として機能します。なんでもよく、なんでもよくない実に、なにをするとかしないとか、そんなことは関係なく、また関係ないこともない、その裏打ちが、ない、これはとてもよくできた仕組みだと思います。

これは、ない、ということを活性化すると明確になります。それは、ふつうの迷いも悟りもない、笑ったり、話したり、ジャガイモの種芋を植えたり、この日常にあるということです。それが、ない、を耕すことです。

たとえば誰かがなにか言った言葉が、棒で叩かれたことが。そいうことが、ここでいう覚醒の契機になるということだ、ではありません。そうでなく、なにかの出来事としてはあってもなくても関係なく、関係なくもなく、この世界の様そのことが、それです。

No.4585 - 2014/04/01(Tue) 13:52:03

Re: / ubik0101
でないと、どうして日常にあって、それに住することができるでしょう。迷いもなく,悟りもなく、意識もなく、無意識もなく、知覚もなく、これ、ほかの言い方では、その総てがあるゆえに透明な、この世界。

そうだ、この春は、じゃがいもだ。というわけで、きたあかり、メークイーン、インカのめざめ、アンデスレッドを植えました。黒いマルチを敷いて、あとは追肥もせず、雨まかせで収穫まで行けるようです。

No.4586 - 2014/04/01(Tue) 13:53:29

Re: / hato

そんな昨日,

庭の桜はほぼ咲き揃いました

No.4588 - 2014/04/02(Wed) 21:15:25

Re: / hato

女の子のお節句に桃の花,てとてもよくわかるようです。
やわらかくてはなやかで,可愛いのです。

春からの優しい贈りもの。

こちらもついほころんでしまいます。

No.4589 - 2014/04/02(Wed) 21:20:35

Re: / hato

水仙は多く冬場から咲きますが,

この愛らしい水仙は,いつも今頃見かけます。

なんてかわいい花なんでしょう。

No.4590 - 2014/04/02(Wed) 21:23:49

Re: / hato

ubik0101さんがとても気に入って,庭のあちこちに植えてくれたので,今年はたくさん咲いてくれました。まるい小さな斑点が,とてもキュート。

スノーフレーク。みどりの庭の18番です。

No.4591 - 2014/04/02(Wed) 21:31:34

Re: / hato

庭の桜。一昨年昨年と続いた大きな台風と塩害のためか,昨年はなにか元気がないようで,とても心配していました。

それでも今年は花芽をつけて,ここ数日,一気に咲いてくれました。

とてもよかった。花が咲くって,嬉しいものです。

No.4592 - 2014/04/02(Wed) 21:47:07

Re: / ubik0101
ふと、怒りは趣味かもしれない、と思いました。こんなこと言うと、世の理不尽なことに怒ってる人からは、怒られそうですが、怒ると興奮することが面白いだけかもしれません。自分ごとで言うと昔、愚かな人の愚かな言動には、容赦なく怒った。そんな馬鹿であって、どうするんだ?

ここで怒ると遠ざかってしまい2度と会うことはないかもしれない友人に、全身全霊で怒った。上司にも容赦しなかった。でも自分が誹謗されるからとか、評価が低いことには、辛くても、怒ったことはなかった。たしかになんでもかんでも怒るわけではなくて傾向がある。怒りは、趣味。なのでしょう。

たとえば不満を怒りに繋げる必要はない・・・すると、うまくいくと、不満も生じない・・・まあ、失恋したり失業したり人間関係に難儀してる人に言うと、人ごとだから言えると、怒られるかもしれませんが、苦悩とか、憂いとかも趣味だな。趣味だから止めるのは困難だけど、止められないわけではない、です。

No.4593 - 2014/04/03(Thu) 21:25:50

Re: / hato

ノンちゃんパパの作品。

この庭には,よく見ると,こんな,ちょっとかわいいコーナーがいくつもあります。

こんもりまんまるワイヤープランツ。

ちょっとステキです。

No.4594 - 2014/04/03(Thu) 22:00:23