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記事No.7986に関するスレッドです

ついでに続々 / ubik0101
比丘たちよ、実に、“ 貧を離れる ” ことから《心解脱》があり、“ 無明を離れること ” から《慧解脱》がある。

           ・・・・・・・・・・・

真理であろうとする人が、嘘を言うだろうか。噂話をするだろうか。誰かを侮るだろうか。相手によって態度を変えるだろうか。その自分の行動、発言、思考の、責任逃れをするだろうか。この普通の日常で、

No.7974 - 2026/04/13(Mon) 07:20:00

Re: ついでに続々 / ubik0101
この日常で、その自分の行動、発言、思考が、その自分で判らない人がいるだろうか。なんであれ、挨拶する、しない、笑う、泣く、あるいはラジオの、テレビのニュース、

世界情勢について誰かと話す、考える、行動する、しない・・・なんであれ、その人がその人の状態をその人が知ろうとすることではないだろうか。そして、おなじことが、

その人がその人の状態を知ろうとしないということ、そのことではないだろうか。それはつまり、その人が、真理であろうとすることを、いつか諦めてしまってるということではないだろうか。

そうならば、その自分が何を行動してもしなくても、発言してもしなくても、思考してもしなくても、自分で自分のしてることが、自分でわからず、わからないことにもわからないで、

わかってるつもりで、そうしてるだろう。たとえば嘘を言う、噂話をする、誰かを侮る・・・なんであれ、そうしてるその自分。それでいったい、何をしてるのか。それで、

そんな愚かな自分、劣悪な自分・・・成長しよとか、解脱しよとか、なんという言い方をするとしても・・・そんなことを自分で自分の邪魔をしてるのでしょう。

それでそのことにも気がつかない。そのような自分に自分でなって、そうなるのです。決して、ほかの誰かの所為でも、時代の所為でもない、それはその人がそんな自分になりたくてなってる。神も悪魔も

その自分を助けることはできません。だだ、その自分を除いては。簡単です。なにか行動して、言った、思考した、それはなぜ?それを探るだけです。なのにどうした。

誰かのこと・・・これまで地球に生まれて死んだ人は千億人くらいだそうです。それらのことで、意見とか噂話とか、見た目で、気を病んでる。その人が気を悩んでるのではなく、それらのことで

気を悩ませてる自分ができるのではないでしょうか。たとえば誰かから見た自分。宇宙の歴史、切りがないでしょう。そしてそれでいいとその自分が許可しないとそうならないのです。総て自己責任。

No.7975 - 2026/04/14(Tue) 10:24:46

Re: ついでに続々 / ubik0101
そいえば思い出しましたが、量子力学では観察するしないによって、波動か粒子かが決定されるといいます。逆です。あるいはこの逆の視点が欠けてます。観察することで、観察する者が生起するのです。

すこし考えても、量子力学の観察者は、恒常でしょう。それはないです。生きたり死んだり、見たり聞いたり、見たり聞いたりしないのです。それでそのそする自分が作られる、です

No.7976 - 2026/04/14(Tue) 10:57:16

Re: ついでに続々 / ubik0101
それで日本に、アフリカに、アメリカに・・・どこかには誰かは生まれるわけです。すると国に、その言葉に、家族に、風景に、その見える聞こえる事象に

アイデンティティを感じやすいでしょう。その見る聞くことがその、見る聞く自分がつくられてる原因だからです。その媒体に書き込まれた情報。それに接着することが、

執着と呼ばれます。どすればいい。簡単です。その自分が自分だと感じる根拠、理由、を否定すればいいのです。年齢、性別、国籍、言葉、名前・・・物質、知覚、感情、思考・・・自分の根拠を

否定すればいいのです。これだけのことで悟り、解脱、向上、なんと呼ぼうとそうです。では否定ということは、どいうことでしょう。高校生の頃、序文だけ読んだヘーゲルの精神現象学という書に、

こうあったと思います。植物の茎は根の否定です、葉は茎の否定です。花は葉の否定です。そです。否定とは削除ではなく、完成です。たとえば因果になくて、どうして因果を否定でき得るでしょう。

で、“ 貧を離れる ”とは、その削除ではなく、完成です。たとえば嘘、噂話、侮る、卑下する、相手によって態度を変える・・・なんでもいいですがそれが問題なのは、それが愚かなその自分を作ってる、ということで

す。これはそのような行動、発言、思考は、愚かさに、無明に、変調されて、そいうことが起こってると言うことです。たとえば水泳をするとします。その海から人は、力を、技術を、もらうのです。たとえば

野球をするとします。ボールから、バットから、グラブから、グランドから、石灰から、仲間から、控え選手から、相手チームから、審判から、その血と汗と涙から、雨天から晴天から季節から。その鍛えられた自分をもらうのです。

No.7977 - 2026/04/14(Tue) 20:27:54

Re: ついでに続々 / ubik0101
そいえば何年か前、眼の手術を受けました。それで、担当医師に、なぜ眼は見えるのでしょう。と聞いてみよと思ったのですが、どうせ判らない。と思って聞くのをやめました。たとえば光が水晶体とかの

レンズを通って、網膜に上下逆さまに映り、それが電気信号として脳に伝えられ補正されて正立して見える。とか説明されるかもしれません。でもなぜ、それが見えるということなのでしょう。花をカメラは

写しますが、それは見てる、と言えるのでしょうか。細胞とか神経とか光とか電気のことではなく・・・春の風・・・青空・・・夕焼け、飛ぶ鳥・・・なにかすること、しないことで、その

その中心がつくられる総ての何か・・・ありとあらゆること、ありとありえないこと・・・森羅万象でなにか見える、という機能を作ってるのではないだろか。見えること、

聞こえること、触る、味、思考・・・知覚はとても不思議で・・・それなくて執着もまたないのですが、解脱もまたないです。また自我の完成が無我です。また無知の成就が叡智です。なにかを削除するとか、

No.7978 - 2026/04/20(Mon) 18:31:47

Re: ついでに続々 / ubik0101
なにか得たことを積み重ねるとか、結びつける組み合わせるとか解くとか、知った知らない、したしない、言った言わない、ではないです。そのことで成長するでも、もとからでもなく、ありとありえるありとあり得ないこと、森羅万象が、

その人のために機能しています。たとえば根の否定が茎で、その否定が葉で、その否定が花。でも、なぜそれがそなってるのか、どうして日夜、植物が生長するのか、知る由はあるだろうか。

なにか水泳とか野球とかして、鍛えられた自分ができた。それで衰えて引退した。そこで鍛えられた自分の執着が消えるというわけではないです。衰えた自分に執着することも、

そんなこともまったく忘れたとしても、執着がないというわけではないです。たとえば人は何かを売ったり買ったりするのに金額を使います。金額それは誰か人の狡さ、誠実さ、嘘、欲、

さまざまな状態を露わにするでしょう。金額そのことにはそんな意味はないです。金額があろうとなかろうと、狡くも、誠実でも人はあり得るでしょう。でもそいうことが露わになる媒体でもあります。

なんであれ、行動、発言、思考・・・日常はそう、世界は人のために働いています。ただ人としての姿勢は大事です。どう言っても変なんですが、真理でなくあろうとしないこと。世界のこの機能を

拒否して傲慢にも愉悦に浸る。諦めて、見えること見えること、聞こえること聞こえることに、出来ること出来ないことに飛びついて、自分を失う・・・真理であろうとすることを諦めるとは、

人生を投げ捨てて、損得、快不快、好き嫌いに惑わされる。真理であろうとすることも、嘘でも出来得ます。自分を騙すことができます。そのくらい人は、その人に自分を任されています。そして、

そのことに気がつく、ことが出来ます。それは真理であろうとすることでもなく、悟りを、解脱をしようとする、なにか掲げることは一切なくても、この何でもない日常から、何者でもない自分から始まります。

No.7979 - 2026/04/21(Tue) 09:50:35

Re: ついでに続々 / ubik0101
なんかラジオ番組で・・・どこかの母親が、どいう内容か聞きませんでしたが、子供の失敗について相談していました。どうでもいいですが、スポーツであれ、勉強であれ、人間関係であれ、

あるべき姿、つまり目標があるから、失敗があります。しかし変な言い方ですが、解脱を目指す?として、失敗はあり得ないです。というのも解脱は、友達100人とか、金メダルを獲得するとか、

社長になるとか、人が羨む人になるとか・・・なんであれどんな個別の目標ではあり得ないからです。おなじことですが、どう努力すればいいのでしょう。手ががりとか方法とか、

ありえるようにも思えないかもしれません。解脱したいということを忘れるほど、それが当たり前の日常。ありとありえること、ありとありえないこと、森羅万象。努力も怠惰も優劣も失敗も成功も、

それとは何の関係もないけど、またそれなくしては・・・それはありないです。それでそれぞれの人生・・・思い出せばなんですが、ちょっとした機微というか、

ささいなことだけど大事があります。たとえば子供の頃は家族とか知人の数が少ない、それで成長するとその人数が増え、この人はどういう人だとか、あの人はそういう人だとか、

判断したくなるかもしれません。でも、そすることが、なんか恥ずかしかった、分類することは、ものごとを簡単に判断するためではないか?手抜きではないか?失礼ではないか?で、判断しない、

を肝に銘じたと思います。誰かを、性格で、年齢で、性別で、行為で、血液型で判断しない・・・これ、今からでも、知ってる知らない誰かにあって、やってみるといいです。それを掲げるのではなく、判断しないというその一瞬で

No.7980 - 2026/04/27(Mon) 15:44:41

Re: ついでに続々 / ubik0101
その一撃で、何者でもない無規定の自分が機能を始めます。説明ですが、それまでまで意識上にはなかった自分の未知のフィールドが開発されます。なにか判断することで生じる自分。

それが作られないということです。なにかを判断するとその基準が生じます。そしてその基準でさらに判断すると、その基準に変調された愚かな判断しかできないということです。

たとえば気に入らない誰かの言動は、憎しみとか怒りに変調されて、色づけされた判断になって、また優劣とか知ってる知らないを基準にして、自分でその自分を汚してる、それにアイデンティティを感じ、

それに執着してるかもしれません。自分に権利のないことを主張してるかもしれません。人間関係の心理。たとえば自己顕示欲の人、誰かになんかしてもらいたい人、偽善者、嫉妬深いのに

それに気がつかない・・・なんでもいいですが、そんな誰かを見て厭だったら、その心理を推測したり非難したり噂話することは面白いかもしれませんが・・・そんな人にならなければいいだけです。

よく見かけるのですが、誰かから善い人に見られたい人もいます。それなら、その人は、ほんとうに善い人になればいい、で。そこで終わりです。これ以上なにか考える必要もないです。

なんか誰かのことを言う、気に病む、嘲る。その、その自分。を、まったく見えないから、自分で自分を探ることもしないで、賢いつもりで馬鹿になってるその日常。そんなことは

もう十分に経緯してきたのです。執着をなくそう、それは困難かもしれません。でも、それがないこと、判断しない、判断出来ない、ここから始めるだけです。

No.7981 - 2026/04/27(Mon) 20:23:22

Re: ついでに続々 / ubik0101
そして定義してみます。たとえば、偽善とは、嫉妬とは、執着とは。自由とは、愛とは。客観とは、主観とは。判断とは嘘とは、正しいとは・・・もしかして何気なく、

あるいはなにか変調があって判断思考してるその言葉。その意味を探ります。とくに辞書を見る必要はありません。その意味を判らないまま話したり思考したりしてるのですが、

その自分の状態から学びます。これが出来るのです。そして、言葉、意味、それはどいうことか、探ります。ま、そする理由としては、なにを思考するとしても、その意味が不明なままだと、実際、

なにを思考してるのか、明確でない、無知でやってることにも気がついてないのです。たとえばあの誰かは偽善者だ。というそこで前提になってる偽善。意味を知らないで

前提にされてます。それは全然、思考ではありません。定義する、こいうことは計画してするのではありません。とくに順路があるというわけでもないです。そなっていくのです。探求が探求を導いてくれます。

No.7982 - 2026/04/28(Tue) 08:07:43

Re: ついでに続々 / ubik0101
ところで人は、どうやら誰かの視線が気になるようです。たとえば親から見た自分。友人から、隣人から、世間から見た自分・・・いい人に見られたいという欲があるともいいます。

それは叶いません。その、そう見られたいのでは、世界に人は数知れず、その反応も一定でなく切りがありません。それでは不可能です。困難すぎることを望んでます。この自分が、いい人に見られるのではなく、

いい人になればいいのです。これほど簡単なことはないです。まず不可能なことを望むから、噂話、偽善、嫉妬、優劣、本音、建前、傲慢、卑下、関心、無関心、責任、無責任・・・・あれこれ永遠に続きます。なんで

そんなことに人生を浪費するのかわかりませんが、そいうのが世間ということなのでしょう。で、子供の頃に考えました。なんで親は世間のことを気にするのだろう。たとえば隣の大塚さんの

おじいさんは、世間だろうか。テレビの俳優は、学校の教師は、世間なのだろうか。世間を気にする僕の親は世間なのだろうか。この僕は世間なのだろうか。いや。世間なんてない、

それは空想なんだ。それなのに世間を事実だと思って巻き込まれてるだけなんだ。これで、そう、世間は空想だと考える、つまり世間のない自分に気がつきました。それは

それなりの覚悟があってことなのでしょう。でもそんな世間に反抗しても意味がないのです。それは世間が基準で、それに依存してるから思考として成り立たないのです。善が悪に基準を持つなら善ではないです。

No.7983 - 2026/05/04(Mon) 09:22:59

Re: ついでに続々 / ubik0101
こんなことで何をしてるのでしょう。とりあえず、意識の機能の開示です。なにか譬え話ですが、家や花が見えます。おおむね反射光で見ることが行われてます。

見えない透明な光が何かにあたってその反射した景色が見えると言うことです。意識も似ています。反射されたことが意識されて見えるのがまま普通です。

ほかの誰かから、親から、友人から見た自分。世間から見た自分。このように直接自分が自分を見ることはなくて、意識の反射を見てるのでしょう。空想の何か・・・たとえば

ジョンカーターだったらどうするかと考えてノルマンディ上陸作戦を生き抜いた兵士の話を聞いたことがあります。ありもしない世間でも、ありもしない未来過去の何かでも、空想の成功、

ありもしない因果、ありもしない失敗、善悪、理論、真理、偽善、嫉妬、自分、空想の自分でも・・・反射意識を見るための対象としては有効なのです。そのように意識は意識の機能を完全に開示しています。

No.7984 - 2026/05/04(Mon) 09:33:29

Re: ついでに続々 / ubik0101
それで、ありもしない過去、未来、ありえるかもしれないそんな自分。の反射を起こして自分を知ろうとしているとは言えるのです。意識は意識を見ることができるように距離を作ります。ソナーとか

レーダーのように何かを発信して対象からの反射を見る。ほかの誰か、世間とかを中継して自分を見ようとする。けど、叶いません。でもまあ他の手はないのでしょう。知覚は、

あの山は山、この海は海。その距離は空間としては見える聞こえるなどの知覚。時間としては思考が受け持ちます。それで何をしてるのでしょう。広げよう、としてるのです。

意識の及ぶ範疇を広げようとしてるのです。これでより遠くを見れば、世界を総て見れば自分を知ることになるでしょうか。なりません。ただこの仕組みに気がつけばいいだけです。

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フルートの音が聞こえます。それは知覚です。でもちょっと遅れてそれにかぶせて自分?で、なにかハミング?していませんか。意識にはそのように意識を意識して知りたいという機能があります。

No.7985 - 2026/05/04(Mon) 18:10:13

Re: ついでに続々 / hato

春ですね

今年は藤の花を見ました。

華麗に加齢とはなかなかで、
こちら2名、仕事の合い間の休憩が
けっこう大事な時間です。



「親は親というわけではない、」


これを、因果というわけではない、と解します。或いは、本来は肉親が親なのでなく、神・・創造主が親なのだ、・・が主意とみる向きもありそうですが、


「親子は因果というわけではない」


として。いや、もちろん因果でしょう、どうしょうもなく因果であったでしょう。そして尚、まったきこれを生きて超えるとは、まっとうにシンプルなこと、と思います。

No.7986 - 2026/05/04(Mon) 22:01:43

Re: ついでに続々 / ubik0101
たとえば・・・まったく忘れてたのですが、嫉妬て、どんなこと。と探っていました、それは自分より上位の人を引き下げようと見せかける働きです。と思った瞬間、偽善が

その鏡像だと気がつきました。下位の自分を無理に引き上げようとする働きが偽善だからです。その一瞥で、その瞬間、嫉妬と偽善に纏わる世界が対消滅。そしてその対消滅した自分が機能を始めました。

何年も何十年も完全に忘れてましたが、なくなることは何もないのでしょう。またあるとき思考の裏側を見ようと思いました。それは、思考してるその自分の裏側・・・そこ

には何もなかった。ただあまりにクリアな部屋の空気、その眼にも鮮やかな畳の編み目・・・さまざま起こることです。このように人は世界に育てられます。呼吸したり飲んだり見たり聞いたり思考したり、しなかったり、また特別なにも起こらないこの日常、

この世界に育ててもらってます。でも人の根拠、拠り所、は世界ではない。どんなことでもない・・・結局。宇宙でもない、自分でもない、これだけなんです。これをなんとか説明しようとしてるのですが、どうしても

No.7987 - 2026/05/12(Tue) 00:33:51

Re: ついでに続々 / ubik0101
あれこれ出来事が起こり、起こらなかったりします。こんな日常が大事なんですが・・・結果が欲しいなら、解脱したいなら・・・執着を、無明をなくせばいいのです。

またそれを達成したと感じても意識が届く範囲での無執着、無無明かもしれません。結果だけ得るということはないです。なら手段も必要となるかもしれませんが、

手段と結果という、もともとありえないことを日常に持ち込んで、より困難にしたかもしれません。発心は、ロケットのエンジンのようで、燃料がなくなって止まっても動き続ける慣性を与えることで、たとえば悟りたいとか、

それを掲げるということではないです。なにを行動思考発言しても、しなくても常に、その、たとえば私て何?にあるということです。なんともついで話ですが、至高体験事例集?

というサイトの管理人の誰かが、原始仏教?の修行をやって、ときどきサティをいれる。とかブログに書いてました。んー、なんのこと。と思ってましたが、注意とか気づきとか、

No.7988 - 2026/05/19(Tue) 08:26:28

Re: ついでに続々 / ubik0101
それは意識の機能で24時間のことです。ところで人生で、日常で、必須なことって何でしょう。宗教、哲学、娯楽、金額、仕事、勉学、人間関係・・・さまざま

あるでしょうか。この人生で絶対に欠かせないこと。それは何でしょう。自分です。ほかに大事はないです。なんか地震とか、戦争とかの話に、なんか過去未来に惹きつけられる、

誰かの言うことを信じたり信じなかったり・・・またそんな自分から眼を背ける・・・・その、その自分。たとえば絶対は絶対にないとか思考するとしても、

そう思考したり、話したり、行動したりしなかったりする、不可欠は、そのその自分。賢い人もいる、愚かな人もいる、一千億の人がこれまで生まれて死んだ。それを、なんか意味を見ても、

くだらないと思っても、無意味とみなしても、事実とみても、そのその自分。必須な自分。分離だ、葛藤だ、全体だ・・・とか言ってる誰かにくっつく、離れる、関心ない、そのその自分。なにを見ても聞いても、見ても聞かなくても、

その自分とは何?常にそうです。なんのために生きてる?こう考えなかった誰かはいないでしょう。自分のために生きてるのです。自分のためになるとは、解脱です。これが世界の機能です。

No.7989 - 2026/05/19(Tue) 08:34:09

Re: ついでに続々 / ubik0101
だけど、自分のためにならないことを、自分のためと設定して言動思考してるかもしれません。一生でもそう出来ます。その自分の話してることがその自分でわからない、

その行ってることが判らない、思考してることがその自分でわからない・・・ことも判らず一生でもそうあることが出来ます。自己責任から逃げることができる、

自分を騙してることにも気がつかず自分を騙せる・・・そんなこの風光明媚な世界って、なんか凄いと思いませんか?どうすればいい?そのことに気がつけばいいのです。

一般的に誰にも当てはまることは言えませんが、なんであれ指図したい、支配したい、威張りたい、地位が欲しい、楽したい、高い自己評価・・・そんな人は

誰かに何かしてもらいたい人かもしれません。その自分のことを誰かにしてほしいなら、自分のためにならないことを望んでいます。なにか金を儲けることが善いことでも悪いことではない、

貧乏なのが良いことでも悪いことでもない・・・努力することが、怠惰なことが、こだわることが、こだわらないことが・・・それは善いも悪いもないです。自分のためにするとは何か個別のことではないです。ただ探求者か、どうか、

なにか根源に違うところがあります。たとえば承認要求・・・そんな誰かは自己評価が高くて、誰かに認められて当然とするかもしれませんが、その架空の自分に支配されて、認められない

ことが不満だとしか感じない。でも実態は、その自分が自分に不満があると言うよりは、不満が人の姿になったような人なのに。そのそのことに自分で気がつけば、

まあ芽はあるかもしれません。なんであれそいうことは隠れてなければ機能しません。そであることをそと気がつけば何も失わずに解決するのにです。自分で自分に隠し、誰かに隠し・・・この日常、

どんなことであれ、その人はそうな人だよと、その言動思考がその人に教えてくれてるのに、それを拒否するのが嬉しいのか?同じことを・・・その人のことはその人に全権があるので、ほかの誰かはどうしようもない、

のが嬉しいのか?一生かけて自分で愚かな自分を育て続ける。で、そいう誰かに怒る必要がなくなります。愚かな人になるのは、親兄弟友人など誰の責任ではない自己責任。で怒ることはなくなります。

No.7990 - 2026/06/01(Mon) 18:28:08

Re: ついでに続々 / ubik0101
で、怒ることも自己責任です。そのように怒ったことがあるでしょうか。その怒りから逃げず、その総てを引き受ける。そのように怒るなら怒るのです。それも消えます。
No.7991 - 2026/06/01(Mon) 18:58:04