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★ みどりの庭から / ubik0101&hato

思いついて、すこし前の休日に、蓬莱橋を見に行きました。

No.4005 - 2012/03/24(Sat) 21:07:14

☆ Re: みどりの庭から / ubik0101&hato

全長900メートル弱。
大井川に掛かる、世界一長い、木造の橋です。

たった50年前は手摺りもまっすぐでなく、手作りの、趣のある佇まいだったようです。

No.4006 - 2012/03/24(Sat) 21:10:06

☆ Re: みどりの庭から / ubik0101&hato

料金所で聞いてみたら、通行料金は100円で、定期は一ヶ月1000円。通勤の人がひとり使っていて、ほかに、散歩の人が5,6人使ってるそうです。いまは修理中で(800メートルほどでしょうか・・)までしか行けません。

自転車でも通れるそうですが、手摺りがとても低く、強風のときにどうなのかと思います。歩いていても、川の上は強い風が吹き上げてきて、ちょっと怖いです。

No.4007 - 2012/03/24(Sat) 21:11:57

☆ Re: みどりの庭から / ubik0101&hato

大井川。あらためて見ると、幅の広さが実感されます。

No.4008 - 2012/03/24(Sat) 21:19:05

☆ Re: みどりの庭から / ubik0101&hato

水もたっぷりとしていて、きれいです。

No.4009 - 2012/03/24(Sat) 23:00:39

☆ Re: みどりの庭から / ubik0101&hato

ついでにその足で、近くの「掛川道の駅」に、寄ってみました。

No.4010 - 2012/03/24(Sat) 23:01:51

☆ Re: みどりの庭から / ubik0101&hato

市場です。

きれいなピンクの撫子と、黄色い花の咲くカモミールの苗を買って、帰りました。

No.4011 - 2012/03/24(Sat) 23:04:17

☆ Re: みどりの庭から / ubik0101&hato

今日はすこし暖かくなり、海を見てきました。

強風で、波が荒れていましたが、春らしい、海の色でした。

No.4012 - 2012/03/24(Sat) 23:08:14

☆ Re: みどりの庭から / 咆哮
晴天の霹靂
貴方の祈り

No.4013 - 2012/03/26(Mon) 21:52:57

☆ Re: みどりの庭から / ubik0101&hato

たとえば、ほとんど光の差し込まない暗い藪の中に貧弱なツワブキを見つけ。。。スコップで掘って、木漏れ日の場所に植え替えます。丈夫に育つといいな、と思考します。そうしてることを、ふと振り返るように気がつくと、やはり、この世界は、対象になりようがないです。それで楽なんです。

というのも・・・世界が浸透してる、世界に浸透してる・・・そんな自分を対象にできない・・・こういうのもすでに説明なのですが、自分がないなら、世界も自分も対象にできようがないのです。ひとつも、ふたつも、みっつも、どうでもいいのです。

この、ない、の意味を説明しようとしたら、なんか外れてしまって、苦痛です。そして、この楽と苦は選択が自在です。 ふだんは楽で、それを説明しようとしたら苦。それで、とくに楽である必要もない、とは思うのですが、なかなか思考を始めることは困難ではあるのです。そんな日常です。

ubik0101

そして、言葉はつと訪れます。それは思考を連れ去られたところに、目にすることもない稲妻が走るようなことで、けれどそれは自分、とも自分でない・・・ともいいがたいところで、起こすとも起こさないともなく、起きるのです。

hato

No.4014 - 2012/03/27(Tue) 00:40:47

☆ Re: みどりの庭から / 咆哮
俺は嘘をつかないと約束した時にやましさを感じていた。それは辛うじて解った。
だからついに、嘘をつかないなんて無理だ!と言ってみた、そ、それは嘘じゃなかった。そこでやっと何故、嘘が無理なのかを調べる事が出来るかもしれない。と書き込んでみる

No.4017 - 2012/03/30(Fri) 19:28:23

☆ Re: みどりの庭から / ubik0101&hato

なにか嘘をつくと、それまではとくに隠し事が必要ない、どこにも隠れてない自分が、その自分でなくなる。その隠し事のない自分を守るために、嘘をついたことを、自分に隠す必要ができてしまいそうです。

そのように自分が自分を操作をする、騙すことが、やましい。これは耐えられない。そのくらいだったら、自分の不利なことでも相手に正直に話して傷ついても構わない。これは耐えられる。些細なことかもしれないけど、その感覚は自分にとって大事なことだったと思います。

ubik0101

本来は、捕らえようもない世界を、一方的に捕らえようとする・・・対象にできないものを捕らえようとする・・・その、無自覚の嘘にあることが、やましいのかも、知れません。嘘をつかないと約束したそのときに、対象にできもしないものを対象にした・・・のかも、知れません。

世界のなにかを無理に対象に捕らえるとき、人は隠そうとし、或いは隠れようとしてるかも知れず、その虚構にいるとき、守る・・・守らない・・・その意味での、ある・・・ない・・・に執拗に囚われるでしょう。隠れるとき、或いはそのような状況にいつまでも囚われているとき、不要なプライドを握り締めてる・・・ことに気がついていないのかも知れません。

それが気付かれたとき、事態がどのようなことかを見る機会を得るかも、知れません。

hato

今日の晩御飯です。

No.4018 - 2012/03/30(Fri) 22:11:35
★ 俗人から / kobata
はじめまして

ここは初歩的なことを質問してもよい所でしょうか
すいません、でも、書かせてください

「この日常を観察」に書いてある

"そこ(主張)には、自分にとっても、自分が正しいと見せ掛けるための前提が、無意識に必ず隠れています。(なにかを正しいと思いたいなら、それはすでに誤りです)。その理由(たとえば見える道、見えない道)ではなく、それを知覚できるようにしている隠れた前提(小さなランプの光源)を見つけだすことが重要です。"

というのが、わかりません(分かったと思えたしても、あまり意味はないかもしれません)

それに、たとえば

"この世界は人を覚醒させるための触媒です。"

と書いてある、これも正しいと思って書かれているのでしょう、なにかを正しいと思いたいなら、それはすでに誤りなのでしょう、謎です。

No.4015 - 2012/03/29(Thu) 14:01:33

☆ Re: 俗人から / ubik0101
はじめまして。

たとえば、今日は、青空です。ビオラやスノーフレークの花が庭に咲いています。すこし風が強いです。ということは、正しいとか、誤ってるとかの、誰かの主張でしょうか?とても大雑把なのですが、この庭に展開されてる春の記述です。

この世界は人を覚醒させるための触媒です。というのは、ubik0101にとっては、いまは春だよ。という、そのような事実です。けど、たとえば冬にいる誰か、夏にいる誰かから見れば、主張に見えるかも知れません。

もしそのような主張なら、いま秋や冬なのに、春、と言うようなことで、空想です。そのように自分があるのではない状態、有り様を、そのように記述してるのなら。事実の記述でないことを、正しいと思いたい・・・つまりは主張したい気持・・・に支えられたい、そんな必要があるのではないでしょうか。

ところで。もちろん、たとえば、主張、という一つの言葉でも、それを批判的にも、肯定的にも、ニュートラルにも、規範、理想、事実、いろんな意味あいで話されます。 kobata さんが引用した、「この日常を観察」の文章は、まずは、なにか思考、主張していることはなにか理由があって出てくるので、その理由、前提を掘り下げることで学ぶことができる、というところを話しています。

No.4016 - 2012/03/29(Thu) 16:57:59
★ 思考 / ubik0101
すこし前、図書館閲覧者さんのブログを見てたら、欲望、という文字がありました。えー、そいう言葉があったな、うーん、まったく忘れていました。

どしたんだろう?それは、自分に欲望がないってこと?でも、欲望がないってことも、まったく考えていなかった。ふつうに日常生活していて、思いもしなかった。

で、ちょっとだけ閃きました。もしかして、欲望、それは絶対に達成できないことを望むことはないだろう。そして普段してるような簡単にできることは、欲望にはならないだろう。

ということは達成できそうで、できない・・・できなさそうだけど、できるかも知れない・・・そんなもの、こと、を自分で選んで・・・その罠を自分でつくって自分で落ちるということかな、です。

その人の、その状態は、なんだかの、もの、こと、には関係ないのに、総てのもの、ことに固着でき得る。そんな、なんだかのもの、こと、という対象があるから、そいう自分の状態が顕れるのだけど、対象があることに気を取られて自分の状態が見えにくくなってる、のかも知れません。

こう言っては身も蓋もないけど、自作自演だから、罠に捕らわれて一生。もがき続けることも、あるいは気力を失って脱出を諦めることもできます。けど、必ず解放される、とも言えそうです。

No.3980 - 2012/02/20(Mon) 21:33:58

☆ 成せば成る / rud is dead
甘えてばかり咆哮です
素直や、頼らない。が少しずつ開示しました。丁寧な文章です、どこかの本で『喜びを与えてくれた人へ賛美』だったかヤコブの手紙だったか忘れましたが、そんな気分でした。意図したものなら残念にもバレるでしょう。
『丁寧な文章』賛美になっているでしょうか?ちょっとだけ後ろめたいです、宝石を下さい。…ではなく貰い過ぎました。自問自答、自発的が少しずつ開示して来ました。
真剣になれたら質問させて下さい。
独りでも大丈夫な気がしてきました。

No.4002 - 2012/03/20(Tue) 01:07:44

☆ Re: 思考 / ubik0101&hato

そうですね。探究は、素直で、その疑問が自発的なら、一人あって何も欠けることはないでしょう。でもまあ・・・なんであれ自分の経緯しか話せないと思いますし、適切な返信ができるとは限りませんが・・・いつでも質問ください。

ubik0101

それということを、なにかどうしても称えたい、と表明するとき、素直であることはとても親しいでしょう。賛美が溢れるとき。とてもよく、そのように、思い出しました。
そうでないとき、人はそれを当たり前に目にしても、どこかで読んでみても、ほとんど気がつかないでしょう。

依存することしないこと・・・問題でなくなったとき、それは、隠さないとき、でもあります。人はきちんと、その自己として出会うことができる、と思います。

hato

すこし前、ふたりで温泉に行ったら、本当にこんなのがあったんだ、というクラッカー、見つけました。帰りがけ、どこかの茶店で、一緒に食べました。

No.4003 - 2012/03/20(Tue) 11:32:04
★ のり、さん。続きです。 / hato

>今回は特に、というより少しお話しさせて頂きたいな、と思>い投稿したのです。
>→え〜、勇気出してコメントしたので、少しドキドキして頂>けたら良かったです。


えーっ!ドキドキ・・・はしませんでしたが、なにかうれしい〜〜。

こちら夫婦、空気読まずにすみません。お話、とてもありがとうございます。


> 了解とは、それはこの世界に、眼耳鼻舌 心意 よりほかの> ものがあるかも知れない・・・もっとほかのなにかがある> かもしれない・・・というあたりにもはや、彷徨うことがで> > きないことです。
> →これっ、ちょっと変人的なのですが、最近の、のりの状> > 況では、ムンッ!ってやると何かが止まる、消える?ので> > す。そして何かが静まり返る。思考は普通にできる。
> グッーとコレの後ろに行くと、この一般的世界から抜け出> す、軽く、静かでイメージも解釈も出てこれない。何かが静> まりかえるのですがそれが何かが分からない。
> この静まりかえる何か?に心当たりはありませんか?



自分のことでいえば、静か、との意味では、通常そのようにあります。ことさら考えたり、書こう・・・と奮起しないとき、或いは日常、とくにイメージしたり、考えることもありません。その静けさは、静けさと思われることもないかも知れません。日常、そのようにあります。


> 眼耳鼻舌はある。でも心意って、あるのでしょうか?
> なんて彷徨ってるみたいです。



心意、というところは、のりさんの言われる通り、眼耳鼻舌 ・・・(ここで身体の意を得るとして、)感覚と、思考、感情・・・記憶された事情・・・世界の機能が働くことによって、なにか自分と思われ、意識され意図される・・・・ことを、心、と呼んだりしますね。それで、念のため自分は、基本の働きと、そこから派生する心と、意、はすこし離して書きます。意識は、焦点を当てる機能としてあります。これらは、ある・・・ない・・・の範疇のこの、世界です。

のりさんは、無我の頂き・・・のような状態を、垣間見ていられるのかも知れません。ubik0101さんは、「人無我・・・法無我を通じての非思量・・・かな・・・」と。

無我を深く進めて尚、「無我の骨頂」でないところに進むことは、容易ならないと思います。のりさんが稀な人、と思うのはその故です。なんと清清しい人かと思うのです。人が総じて潔白であることは、道を進む上で贈りものではないでしょうか。と思います。

そしてここで尚、進むことができると思います。

この掲示板で表現されるところの、自己。とは、たとえば、「なにかを考えるでない・・・考えないでもない」、すなわち、・・・・思うに非ず・・・思わずに非ず・・・との非想非非想・・・である無我の頂き・・・を超えて尚の、その自己です。この掲示板ではこれを通常、自己、と表現しています。(※ただし、止むを得ず話の展開上、多少無理でもこの言葉を充てることもあります)

ここでその自己に進むためには、知覚の範疇・・・この世界から飛翔すること、です。


> →そうでした。結婚されていたのでした。忘れてました。
> ごめんなさい。



えーっっ!!!謝らないでください。とんでもはっぷんびっくりしました。

そうですね、結婚といえば、。

結婚してから、(ubik0101さんの)結婚てなに?とubik0101さんに聞いたら、

「ここも、一緒。向こう(人生を終えてから)も、一緒。」

ここもあそこ・・・も、どこに行くもないとして。きっと誰にとっても、本当はそうあれば幸いでしょう。この世界は、人が依存できない道具であるとしても、人の大事な表明です。方便としてこの身体、この事態、なぜ、これにある必要があるのか?として、

人がそれであるとき、人生は奇妙にも、その意味で疎かにできないことを得ます。ここでできないことが、死んでからできるようにならないでしょう・・・というよりもちろん、雪の落ちるところは無記と言い・・・・ですが、ここは要注意です。たとえば、こうした掲示板上と日常が乖離していたら、気の毒なことです。

探究中は、捨てるもの、放たらかしがたくさんです。ですが、生の表現、それはまるごととして大事、ということはいつか、知らされざるを得ないようです。


> <不可逆 >更新されていたのですね。読ませて頂きました。

不可逆。一昨年でしたでしょうか。何を書いたか、忘れてました。書き出すことはことに、確かな表明です。出来る限り注意深く、大事にします。でも、すぐ忘れてしまうのです。ありがとうございます。


>→う〜、行ったり来たりしてる。まずい。
>ミンナこっちに来たままなんでしょうか?
>感覚的にはどうなのでしょう?
>ちょっと気になります。


もちろん、いつでも世界の道具を用いることは可能です。けれど、先ずは、後戻りができないところまで進むことが、誰にとっても先決でしょう。「いいわるい、ではない、善いを」ということは、業や行・・自我無我・・・・とのあたりを抜け、進み行き、その上で意志が起きてなされるように。自己で行われる、のです。

このとき、理解は、それを表出すると意図したときに、起こってくることができるでしょう。ふたたびここでも、感受、との感じはありません。それはつと起こります。さまざまな教えや、(自分はよく知りませんが)経典は、とある不可思議に舞い戻り・・・・意識されずとも、折々、自由に取り出せることを得るのではと思います。それまでは、言葉に学ぶことが大事と思います。知覚とは、差を見ます。それは、方便として用いることができるのではないでしょうか。


のり、さんは道を誤っていないと思います。のり、さんにしかできない極上の道ではないでしょうか。

明日、東京あたりは、雪だそうです。

No.3988 - 2012/02/28(Tue) 21:48:27

☆ Re: のり、さん。続きです。 / hato

いま、ふいに眼が覚めて、正確でない表現があると気付きました。ごめんなさい。

> 自分のことでいえば、静か、との意味では、通常そのようにあります。ことさら考えたり、書こう・・・と奮起しないとき、或いは日常、とくにイメージしたり、考えることもありません。その静けさは、静けさと思われることもないかも知れません。日常、そのようにあります。
>


静か、との意味で通常そのようにある、とのことは、そのようです。それは自動的に、或いはふと見るときにそのような状態です。目を覚ましているときに気がついてるように、意識されるものごとが、日常にまったくないことでは、ありません。そうした動きがないとのことではありません。

すこし違う話かも知れませんが、これ、がない経験をしたとき、それがある、ことを見ました。

No.3989 - 2012/02/29(Wed) 04:14:06

☆ Re: のり、さん。続きです。 / のり
↑上の題、<のり、さん。好きです。>って読んじゃって、
ちょっとドキドキしました。アハハ!幸せなオジサンだ〜!

> 自分のことでいえば、静か、との意味では、通常そのようにあります。ことさら考えたり、書こう・・・と奮起しないとき、或いは日常、とくにイメージしたり、考えることもありません。
→はい、静かというより、水を打ったように静まり返ってる。みたいな感じです。具体的には、実験してみましたが、このイメージができない。イメージできないみたいです。思考はできるのですが何かをイメージしようとしてもできない状態です。
不思議です。

> すこし違う話かも知れませんが、これ、がない経験をしたとき、それがある、ことを見ました。
→わ〜明け方までありがとうございます。
hatoさん、こういう表現好きですね。禅問答みたいです。
同意です。
hatoさんは微妙なところの感覚・認識がもの凄く繊細ですね。

> のりさんは、無我の頂き・・・のような状態を、垣間見ていられるのかも知れません。ubik0101さんは、「人無我・・・法無我を通じての非思量・・・かな・・・」と。
> 無我を深く進めて尚、「無我の骨頂」でないところに進むことは、容易ならないと思います。

→アハハ、止めてくださいね。難しい言い回しと嬉しさで、訳わからなくなります。どういう意味でしょう。
<非思量・非想非非想>面白い言葉ですね。この絶対無の中で言語もイメージも出てこれない状態。ピッタリですね。

> そしてここで尚、進むことができると思います。
→ヒエ〜、hatoさん絶対、鬼の教育ママタイプ!?

> 人がそれであるとき、人生は奇妙にも、その意味で疎かにできないことを得ます。ここでできないことが、死んでからできるようにならないでしょう・・・というよりもちろん、雪の落ちるところは無記と言い・・・・ですが、ここは要注意です。たとえば、こうした掲示板上と日常が乖離していたら、気の毒なことです。
→アハハ、乖離はしてない、けど、全部いい加減だ!
と言いますか、重み付けがないみたいです。多分、死んでからも同じと思ってます。

> 不可逆。一昨年でしたでしょうか。何を書いたか、忘れてました。でも、すぐ忘れてしまうのです。
→そうそう、すぐ忘れてしまいますよね。3歩、歩くと忘れちゃいます。
すっごい大切な事を思いついて、<あっ、こうなんだ!人類の大発明だ!>とか思って感動していて、ちょっと窓の外をちらっと見ただけで、<あれっなんだったっけ?>ってなっちゃう。しょっちゅうです。
アハハ、これじゃ病気ですね。hatoさんはそこまででは無いですよね、失礼しました。
お二人が結婚していた事もすぐ忘れそう!

> >感覚的にはどうなのでしょう?
> >ちょっと気になります。
> 業や行・・自我無我・・・・とのあたりを抜け、進み行き、その上で意志が起きてなされるように。自己で行われる、のです。

→少し具体的にしますと。こっちは
絶対無の中で言語もイメージも出てこれない静まり返った状態。意識、との感覚はなく、丸出し・あからさま。体感は宇宙、の感じです。肉体感覚もその他あれやこれやの概念もなくヒタスラ軽い。ですので多分、死んでもこんな感じかな?と思ったりします。。出入りしているうちにコッチが常態になってしまいました。
でも、ちょっと前に入りますと、ジワッとした感じの世界。業が業をしている世界みたいです。
ご飯は凄く美味しい!
法身?知覚のマジック?それで最近仏教を勉強し始めました。

> 明日、東京あたりは、雪だそうです。
→昨日は、吹雪♪吹雪♪氷の世界〜♪でした。

暖かくなりましたら、一度お伺いしたいです。

では、

No.3990 - 2012/03/01(Thu) 14:47:02

☆ Re: のり、さん。続きです。 / hato

のり、さ〜ん。おはようございます。(^∇^)

ubik0101さんが続けてくれてるので、こちら簡単にしますね。いつも、ありがとうございます。


> ↑上の題、<のり、さん。好きです。>って読んじゃって、
> ちょっとドキドキしました。アハハ!幸せなオジサンだ〜!


まことにのう。。。

そういうの、とてもすきです。

> →わ〜明け方までありがとうございます。
> hatoさん、こういう表現好きですね。禅問答みたいです。


書いたことでなにか言い足りないとか、注意が行き届かないと、風から鷲づかみのように、叩き起きます。自分でびっくりします。夜中いきなりガバと目がさめて「あっ!違う!」。と気付くのです。のり、さんに共感頂けそうです。

表現としては、いつもそれしかなかった、との感じでしょうか。

> と言いますか、重み付けがないみたいです。多分、死んでからも同じと思ってます。

自分がなにかについてとても書くとき、とくに対象が限定されないことがあります。なぜ今、これ?と思うこともあるかも知れませんが、ただ、やはり自分として、書くことは、どうしても、折々に必然でしかないとの感じです。それは、あとでゆっくり、気付かれることが、多いのです。

それ、に至るとき、理解は自ずと起きてきます。不可逆、とは、それ、ということを、この世界の感受にことさら拠って確認しようとすることがもはや、適切にないということでもあります。

いいわるい・・・すききらい・・・たとえば、おもい、かるい・・・そうしたところに「無関係に、」たとえば大事なことは、ただ大事なこととして、あるようなことです。たとえばその静けさは、世界のなにかに無関係に、そのようにあるでしょう。大事なことも、同じくそのようです。

それは理解として起きます。感受、その状態への嗜好を抜けて、正真正銘普通の、オッサン、になるときが、世界の要素を十全に使われているときです。ここで普通の、とは、普遍が通るとの意味です。

言葉は、同じくこの世界に、無関係に関係できる、不思議の国の杖、です。人がそれにあるとき、言葉に直接学ぶことが、できるのです。


> > 明日、東京あたりは、雪だそうです。
> →昨日は、吹雪♪吹雪♪氷の世界〜♪でした。
>
> 暖かくなりましたら、一度お伺いしたいです。



キャー!!!!ま・じ・でー!!! O(≧∇≦)O

のり、さんいつでも、大歓迎!です。
(ubik0101さんが、池作りで一緒に地獄を見ましょう、と言ってます。。)

部屋、きれにしなっくちゃー!!!!!

絶対ですよ!

春よ、来い!です。


> > 明日、東京あたりは、雪だそうです。
> →昨日は、吹雪♪吹雪♪氷の世界〜♪でした。


のり、さん東京にいらしたとは、知りませんでした。
そういえば、越してくる前に、新宿は都庁のあたりをubik0101さんと、歩きました。

No.3994 - 2012/03/02(Fri) 09:34:34

☆ Re: のり、さん。続きです。 / のり
ウビさんの厳かな投稿のあとは書きにくい。

> ubik0101さんが続けてくれてるので、こちら簡単にしますね。
→う〜〜、あ〜、ダメだ。
ウビさんの文章、何度読んでも入って来ない。
三秒しか記憶がもたないから、読み進むと前の方忘れちゃう。平仮名にも仮名をふって頂きたいぐらいです
(アハハ!)

そもそも私は道の経緯が違うのです。
皆さんみたいに文系じゃないのです。

勿論、理科系でもない。


はい、体育会系です。
アハハ、思いっきり自分の無知の正当化です。

だって運動の黙想でイッちゃって、そのあとの瞑想では
<まず整体手術>
深呼吸をして心を静めていると
ゴー、キリキリ、カリカリ、頭の中で音がする。
首を振って出直して深呼吸をして心を静める。
またゴー、キリキリ、カリカリ、、放っておいたら
ガリガリ、ゴリゴリ、ズギャギャギャギャーン!
うお〜、ギエ〜、ひえ〜、!
頭の中に手を突っ込まれてかき回されている感じ。
まさに頭の中のタイ式マッサージか整体です。

<その次が多段階ロケット>
ガリガリ、ゴリゴリに慣れたころ
ズドーン、シュー、ズドーン、シュー、
自分の中から自分が飛び出す。
シュー、は何かジェットコースターの中を通って行く感じです。これが三回か四回続き静けさに落ち着く。
まさに魔境の世界です。
これがなくなったころ出入り自由になった感じです。
ですので、理解・解釈・了解の余地がありませんでした。
<わかったか?これがこれが事実じゃ〜!
はい分かりました、お代官様〜!>という感じです。

世界が自分、自分が無い、等表現はいろいろでも
自己同一化できるものが何もない、自分が、そう、であればいいのかな?とか思います。徹底となると、もちょっと大変でしょうが。
対象はその正体を見極めれば、消える?のではないでしょうか。

> 風から鷲づかみのように、叩き起きます。自分でびっくりします。夜中いきなりガバと目がさめて「あっ!違う!」。と気付くのです。。
→はい、共感です。枕元にはいつもメモ帳が置いてあります。見直した試しがないのですが。
<風から鷲づかみ>凄い!こういう表現があるのですね。

>それは、あとでゆっくり、気付かれることが、多いのです。
→あっ、これ、普段の生活でもあります。理屈とは真逆なのにどうしても<これ>って時。あとでゆっくり生活の中で気付かされます。アハハ、全然違うかも?!

> 正真正銘普通の、オッサン、になるときが、世界の要素を十全に使われているときです。ここで普通の、とは、普遍が通るとの意味です。
→普変、普通に変なオジサンです。

> (ubik0101さんが、池作りで一緒に地獄を見ましょう、と言ってます。。)
→ウビさんが留守の時にしようかな?この前も畝作りで地獄を見ましょう。でした。ウビさん地獄が大好きみたいです。

やっぱり暖かい春の日差しの中、釣りでも教えて頂きたいです。
アハハ、ウビさんの厳かな雰囲気だいなしかも?
失礼しました。
では、また暖かくなりましたら。

No.4000 - 2012/03/05(Mon) 16:41:14

☆ Re: のり、さん。続きです。 / hato

> はい、体育会系です。

極上の、体育会系でしょうね。

人が総じて潔白である、素直であることに、人は最も助けられる・・・・と。
ほんとうに思いますね。

> <まず整体手術>
> <その次が多段階ロケット>


自分は以前、とても時間があったとき、本当は止められていたのですが、瞑想をどこかで聞いていて、してみたら、ある日、首が、外でも中でもないところからの鷲づかみで勝手に動き出して。あらストレス解消かしらと思って、お風呂に入ったときなどにしばらく楽しんで・・・・やめてしまいました。ふと、思い出しました。


> 世界が自分、自分が無い、等表現はいろいろでも
> 自己同一化できるものが何もない、自分が、そう、であればいいのかな?とか思います。徹底となると、もちょっと大変でしょうが。
> 対象はその正体を見極めれば、消える?のではないでしょうか。


たとえばこうして書くとき、とくに誰かや、ものごとを持続して対象として意識することは、難しいのです。ですが、やはり刹那を垣間見るように、課題があるとき、それは表面化せざるを得ないでしょう。人生は、その意味で消失するべきものでは、ないからです。自己は、対象がある・・・ない・・・・とくに係らず、その自己です。

ubik0101さんは、世界は対象にならないこの日常です・・・と言ってます。

そして尚、「世界は自分」・・・とは、もちろん、のり、さんの意図していない意味合いで言われることも、多いかも知れません。のり、さんは誤ることはなくても、読む人のために。なので、やはり言葉で表現するときは、注意深くされることは、大事、と思いますね。

言葉は、どのような会系の人々にも、適応可能・・・と、思われます。言葉でみるとき、言葉が教えてくれる、と思います。

> > 正真正銘普通の、オッサン、になるときが、世界の要素を十全に使われているときです。ここで普通の、とは、普遍が通るとの意味です。
> →普変、普通に変なオジサンです。


ひ〜。。わらひます〜〜〜。。。


> では、また暖かくなりましたら。

ありがとうございます。

ふたりで楽しみに、お待ちしてます。

No.4001 - 2012/03/06(Tue) 01:11:12
★ 人無我・・・法無我 / ubik0101
まず人は、自我がない・・・その自我の構造・・・を了解する体験をします。そのことは、その人に起こることですが、そこでは自分とか、誰とか、総ての人がどうだか、そんな特定の個別のことの判断、認識がされてるわけではありません。

それが起こる人の状態は、ここでは世界の総活動、と呼んでいます。さまざまな体験があるようですが・・・意識と無意識が繋がり、ふだんは見えない自分の中も明るく見通せ、世界も明るく・・・それまで失ってきた総てが活動してるのを見ます。

たとえば、優も劣も、善も悪も、否定も肯定も・・・総てが活動してるから、その極端にも、その中間にも立場を見いだせない・・・とくに特定の個別のことでもない、その反対もない・・・中道・・・縁起、とも呼んでいます。それは、自我は虚構、ということを見極める、その状態です。けれど、その状態そのことが、いわゆる真の自分、自己ではありません。

続きます。

No.3991 - 2012/03/01(Thu) 20:55:59

☆ Re: 人無我・・・法無我 / ubik0101
もし、その状態そのことが自己なら、総ては自己です。自分は世界でしょう。縁起、業、は自分でしょう。いろんな言い方があるようですが、おおいなる意識とか、おおいなる命が、自分でしょう。

でもそれは、その状態そのことと、自己とを同一視、同一化してるかのように、思われます。もしかして個人的な感じだけかもしれませんが、これはとても息苦しさ、閉塞感があります。

それはともかく、その自分がないという体験を解析するにあたって意識は、無我を認識するについて、ほかの人とか、人一般はどうか?という判定基準を拠り所にしやすいのです。ここで、おおむね自分は、無我。そしてそうでない誰か、を考え出してしまいます。その体験にはない、自我と無我の比較が生じます。

これは欲望も似たようなことです。欲望は、悩むに丁度いい、迷うに丁度いい、もの、ことを選んで対象にするのです。が、それはその欲望の対象にならない、もの、こと、があるということによって、成り立ちます。たとえば対象にならない世界そのことは、欲望の対象にはならないのではないでしょうか。

つまり対象にするということは、欲望の対象になってる、または欲望の対象にならない、対、を作りだします。その比較というか分裂というか、そいう対立を作りだして、その作りだしてる・・・自分がある・・・そして、たとえば欲望を正当化、あるいは非難、できるような気がする、ということをしてるのではないでしょうか。

続きます。

No.3992 - 2012/03/01(Thu) 20:59:07

☆ Re: 人無我・・・法無我 / ubik0101
そいえば「非難と正当化」という言葉があります。 つまり、なにかとか誰かを非難、そして自分を正当化、という構造ではなくて。 これは誰か、また自分のなにかを、対象として、非難。そして誰か、また自分のなにかを、対象として正当化。つまり対象にできることを非難、正当化。そうしてる、その対象にはならない・・・隠れた・・・判断者としての自分がある。という構造ではないでしょうか。

それで、誰かを、非難、正当化しても、また自分を非難、正当化しても・・・ある意味、とても独断でも、極めて公平でも・・・その事態、形態は変わらない、ということです。そのように、対象になる世界には、自我と無我という対立を発生させてる、その意識できない自分を、あたかも意識できそうな感じで隠し持ってしまうことにもなりやすいのです。

続きます。

No.3993 - 2012/03/01(Thu) 21:05:08

☆ Re: 人無我・・・法無我 / ubik0101&hato

今日は朝から、そぼ降る雨の一日。

ふと思いついて、山に行きました。

No.3995 - 2012/03/04(Sun) 21:15:46

☆ Re: 人無我・・・法無我 / ubik0101&hato

天竜川を上流にいく間、川には、何本もの橋が架かっています。

これは、夢の架け橋、というそうです。チャーミングです。

赤と白の、なかなかお洒落な橋を、楽しみました。

No.3996 - 2012/03/04(Sun) 21:21:13

☆ Re: 人無我・・・法無我 / ubik0101&hato

秋葉山は、南アルプス系明石山脈の最南端に位置しており、

海抜866メートル。国定公園だそうです。

樹齢数百年以上の、古い檜や杉が植わる地に、神社がありました。

No.3997 - 2012/03/04(Sun) 21:23:09

☆ Re: 人無我・・・法無我 / ubik0101&hato

下方に天狗や龍がいるとされていたそうで、天狗の皿投げ?とかいう風習もあるそうです。

鳥居は金ピカで、境内にいく道は、石階段が敷き詰められていました。

しめ縄が、見事です。

No.3998 - 2012/03/04(Sun) 21:28:04

☆ Re: 人無我・・・法無我 / ubik0101&hato

霧が立ち込め、人はおらず、幽玄な雰囲気が漂っていました。

帰りに茶店で、一杯の熱い珈琲をふたりで飲み、

塩麹を買って、帰りました。

No.3999 - 2012/03/04(Sun) 21:31:07
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