>たとえば電車に乗ってれば、野が、山が、川が知覚され、 >後ろに去っていきます。
記憶術の本を読んだら、文字を見るだけでOKらしいです。 つまり、後ろに去っていく文字。でも記憶されている。 たぶん、このとき中心はないんでしょうね。 私が記憶せねば、と思うと時間がかかるし疲れます。
>レミングは一匹が崖から海に飛び落ちると、 >つられて集団CENSOREDすると言われています。
鉢植えの植物を一列に並べて、ひとつひとつの電位を計測できるように しておきます。で、隅の植物に刺激を与えます。 すると、いっこいっこに電位の変化がおきます。 植物でさえ、仲間に何か伝える手段がある。ようです。 なにか・・・キケンを伝え合うような。
>そうでなく、なにを行動するか、考えてるか、感じてるかの >・・・その自分・・・主体の発生の、ための人です。
はい。動物にも、たぶん植物にも意識のようなものは、ある。 しかし、人間は、自分が考え感じていることを、意識できる 存在であり。そこが、人間の特徴だと言える・・・のでしょう。 「あー、今こんなことを考えている」というのを知っている。 まっ。不完全ながらも、自分を客観視できるんですね。 客観視できるから、他者の心理も推測して動く・ 間違っていたら修正する。 問題になるのは固定化してしまうことでしょうか。 先入観。こだわり。決めつけ。
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No.3006 - 2010/12/13(Mon) 04:15:59
| ☆ Re: / あちこち | | | > しかし、人間は、自分が考え感じていることを、意識できる
生きている自分も含めた現実の世界の動きの、思考上のモデルを持っている。
> 間違っていたら修正する。
生きている現実の世界と比べて修正すると、現実に沿える。
もう一つ、現実の世界と混同して、思考上のモデルの世界で戦うと大変?
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No.3008 - 2010/12/13(Mon) 12:24:15 |
| ☆ Re: / ubik0101 | | | peerさん
まったく意識してなくても、ふと思い出したりします。と、いうことは記憶されたことは、そのとき意識されてなくても、ある、ということなのでしょう。それで、まったく意識してないのに、ある、と、ない、この違いがあります。
たとえば、ある人が庭に花を植えています。その人はピアノが弾けます。ほかの人も庭に花を植えています。その人はピアノが弾けません。その人達は、どちらも花を植えています。そのとき、どちらもピアノのことを意識してもいません。ここに違いはないのですが、弾く技術の、ある、ない、違います。
そ、いえば。この家の庭には、玉すだれ(ゼフィランサス・白花)の群生があります。それが年に3、4回ほど、なにか合図があるように、一斉に咲きます。それも群生から、ぽつん、ぽつんと遠くに離れたところにある玉すだれ数株も、そのとき一緒に咲きます。
ところで、見る聞く思考する。これは、なぜそれが可能なのか?とても不思議です。ただ見たことが、ただ見たこととして、ただ見える。それが、どう不思議なのか解れば説明はできるのかもしれません。
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No.3009 - 2010/12/13(Mon) 14:23:53 |
| ☆ あちこちさん / peer | | | >生きている自分も含めた現実の世界の動きの、思考上のモデルを持っている。
はい。モデリングします。 動いている最初に観たモノを親だと刷り込まれるヒナように。
>> 間違っていたら修正する。
>生きている現実の世界と比べて修正すると、現実に沿える。
自分のココロのレベルで現れるモノが現実なのかも。 泥棒ではない人は、家に鍵をかけない。 ウソつきではない人は「これはウソだ」と疑うこともないでしょう。 自分のココロのレベルで、世界を観ます。
世界を見て、考えた事・感じた事が、そのまま自分のココロのレベル。 で、世界が辛いと考え感じるなら、辛い世界を変えるのではなく 自分のココロのレベルを見直すしかないと思います。 それこそ「自分を知れ」・・・じゃないでしょうか。 考え・感じ、の、真実の姿を見れていないのですから。 どうやって自分を見るか・・・、そこで智慧があるかないか。ですね。 智慧というのは、そこにある真実を見る力のこと。 じゃないかなぁ。
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No.3013 - 2010/12/14(Tue) 02:22:37 |
| ☆ ubik0101さん / peer | | | >ところで、見る聞く思考する。これは、 >なぜそれが可能なのか?とても不思議です。
見る聞く思考する。だけならゴリラも、やっている。 とりあえず、そういう機能が備わっている。 というしかないですね。 どうしたら、どう機能するのかは、解明されつつあり その機能を模したロボットなどが作られます。 目の機能を探究してカメラが作られたり。
ただ。どうしてそんな機能が与えられているのか それが、わかりません。 進化論。環境の変化に対応して、様々に変化するように それが必要になったから、、、。 必要でなくなった機能は退化します。
自分が考え感じていることを、意識できるのは 人間でも7歳くらいから見受けられる機能です。 ・・・それまでは「いま」だけで生きているんですね。
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No.3014 - 2010/12/14(Tue) 02:23:54 |
| ☆ Re: / ubik0101 | | | なにか、空の鳥とか野の花とかが自分というわけではなく、空の鳥とか野の花とか家とか山とかを含む空間、それが自分に浸透してて、それが、見る、ということなんです。
どして不思議なのか・・・説明するとですが・・・対象を対象化せずに、とくに対象にしてる主体も、そうしてる主体ではなく・・・見たり聞いたり思考したりされてる、ということです。
つまり、世界と素通しなんです。見えてる、ことのほかに、なにも、見ることに要しないのです。おなじく聞こえてる、思考してる、ことのほかに、なにも、そうすることに要しないのです。
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No.3016 - 2010/12/14(Tue) 07:56:13 |
| ☆ Re: / peer | | | うん。 それが智慧が顕われている状態。なんだと思うのね。 様々な表現が様々な人の口から語られるけれど。 そして、それは、やって来るものだから。突然に。 前触れもなく。・・・道はない、んですね。
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No.3028 - 2010/12/15(Wed) 03:30:51 |
| ☆ Re: / ubik0101 | | | それが山手線の電車の中で床に、しゃがみ込んだときに突然、起こったときには、ほんとに驚きました。世界と素通しなんです。
そして、そのことを一人の友人に話したけど「それは、後になって、そうだと判るんだ」と言いました。違うんです。
そ、だということを、そのとき電車の外とか中とか自分の中、あちこち意識の終点を動かして確認したのです。それは10分か20分かのことでした。けど今は、一人あれば、日常が、そうです。
まあ、とても説明ですが、日常が神秘の、その神秘も失われるところ、です。感覚器官と、その対象。意識と、その対象。つまり「一切」も忘れるところ、です。
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No.3032 - 2010/12/15(Wed) 16:09:26 |
| ☆ Re: / peer | | | >そのことを一人の友人に話したけど >「それは、後になって、そうだと判るんだ」と言いました。
自分がありながら、その中に居る状態だと あちこち意識の終点を動かして確認することができるし。 自分がなくなって、それに包まれている状態だと 後になって、そうだ。。。と理解する。しかできない。 のではないかなぁ〜と。 たとえば チャクラの中に飛び込んだ時と チャクラが開いて包まれた時の違いみたいな〜。
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No.3044 - 2010/12/16(Thu) 02:14:14 |
| ☆ Re: / ubik0101 | | | では。というわけで、実験してみました。なにかの物に意識があってると、ほとんど忘我です。それで、ちょっと引いて世界を見渡して、焦点の移動、そのことが見られるか?と思いました。というのは滑らかに焦点が移動した、その自覚の経験があって、鮮やかな印象があったからです。でも、できませんでした。
そして空間を見てると、どこかに焦点があってることではない、ので変えられません。そして人とか車とか動く物は、その残像が漂います。
この物が明確に見える状態と、空間を見てる状態、の切り替える瞬間が見えるか、とも思いました。これもできなかったです。
>後になって、そうだ。。。と理解する。しかできない。
あとになって意味が読み解ける、ということはあっても。たとえば・・・ない自分に気がつく・・・幸福感が伴う幻覚も・・・そのことの知覚がない、というのは、ないです。まあ気絶とかなら、気絶してたんだ、と、後で、その最中の感覚、はあります。
チャクラについては、明確には自分の経緯にないと、思います。
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No.3060 - 2010/12/16(Thu) 18:20:22 |
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