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(No Subject) / 雄大
集中する。

消え往く音に集中する。

消え往く残像に集中する。

消え往く匂いに集中する。

この時無くなるものが何で、残るものは何か?

消え往くものと残るものはどちらが長く残るのだろう、あるいは残るものは途切れることなく残るのだろうか。

忘れる事など出来ないものを知るために忘れるのだし、失う事など出来ぬものに触れるために見失うのだ。

No.2859 - 2010/11/08(Mon) 23:59:21
(No Subject) / 雄大
音霊の法

1.鐘の音が消えて往くのを見守る

2.時計の秒針が刻む音に集中する

3.今聞こえている音の中で1番小さい音を見つけてそれに集中する

4.秘密

個人的には3が好き、4は私が偶然見つけた法

さて音という対象に集中してみる
時々分析してみるために頭の片隅には質問が与えられている、今私は音を聞いているが、音を聞いているのは誰なのか、音と音を聴く者の境界は何処にあるのかと。

そこで見つけたものは燃えカスであり執着しない、信頼し実践するならそれだけでかなり土壌は耕される。

もしこれを唯の瞑想法にしないためにはどんな時もあらゆるものを見守る、そしてある時振り返ると成長していることを実感する、そしてそれも捨て去る、する者、する行為、する対象が運動の中に消えさる。

何か獲得したならそれは嘘だ、何かになることなどない、なるものなることなる対象は私の中で気まぐれに起こる波のようなもの。

見慣れた身体と思考と感情と五感が写す対象を回りて巡る焦点の運動が、閉じられた皮膚の内側が私という深い眠りを与え続ける。

対象に囚われ続けるので近すぎるそれに気がつくことはない、眠りに落ちた夢の中で顕れる私よりも近くあるそれが知覚の扉なのだ。

成功を祈る。

No.2851 - 2010/11/07(Sun) 22:59:56

Re: / 夜の虎
>成功を祈る。

雄大さん、どうもありがとうございました。

No.2858 - 2010/11/08(Mon) 23:59:17
みどりの庭から / hato
そんな夜中、ちょっとお茶をいれました。

パソコン教室も佳境に入り、関数どころか算数がわからないので、困ったもんだのhatoちゃんは、あたまが痛くなったので、みどりの庭をちょっと出て、遠出ドライブを決め込みました。退院から日もたって、ubik0101さんもそろそろ、運転の練習開始です。とても、楽しみ。

そんなどこかで、冬の陽が落ちる間際のビルの上。飛行機雲がくっきりと・・・・

No.2852 - 2010/11/08(Mon) 01:19:28

Re: / hato

空はすっかり、冬の感じです。

No.2853 - 2010/11/08(Mon) 01:21:05

Re: / hato

ダーリン、少年の頃からスキップは苦手だけど、手先が器用なノンノンパパさん。素敵なお楽しみグッズを作ってくれます。

すこし前の、キキララ袋のふたつハート・・・に続き、なかなか渋いひとつハート。
かつてデザイナーでならしたアイディアマンです。

No.2854 - 2010/11/08(Mon) 01:23:33

Re: / hato

気に入ってるのは、ビーズと水晶を使った、電気の紐。アパートの頃からとてもいいなあと思って、この家でもおねだりしました。本日、全室網羅されてほのかに嬉しいところです。

この、庭の桃の木の枝で作った鳥用お遊び梯子は、ルンルンとノンノンお気に入りです。

No.2856 - 2010/11/08(Mon) 01:32:10
(No Subject) / 雄大
私の見解というのはありません。
心の状態ではないありません、そこには観察者が予定されているから。

何かに帰属するようなものではありません。

何かに至るということもありません。
もともとなかったものがあるように見えていた、其の時存在しない者がいた。

無いものを有る様に有るものを無い様に夢のような対象にだけ焦点があった。

私が持ちあなたが持たないものではなく、今日なく未来に持つものでもない。

あなた自体が独立した存在でないと気がついたとき世界が終わり、あなたが世界だと理解する。其の時理解するものはないが、それまでと同様にあなたなしで喜び、怒り、悲しみ、楽しむ、カルマが起こす現象をコントロールする者がいないから。

それでいつもこの様に問う、あなたは観察対象なのですか?

観察する者なのですか?観察する行為なのですか?

観察対象なしで観察者をどの様にして知ることが出来ると思いますか?

これを言語化することなくよく観察してみる、途中何らかの発見や結論を見つけたなら、そこで立ち止まらずそれら全てを手放す。

真理は組織化できない、本当のあなたなどいない、あなたの世俗的な欲望を正当化してくれる気休めでしかない世俗の神は私たちの欲望を反映したものに過ぎないし、獲得した瞬間から失われ始める認識対象を求める順番待ちに加わる事の愚かさに気づく根気と勇気を持たねばならない。

何かになる努力をすれば常に別のものが寄り添う、片側だけ求めても別の片側が寄り添う、しかし片側だけ欲しいと嘆くのだ。

諸行無常は、諸行無我は諦めではなく理解するものが不存在であるという理解なのだ。

世俗の神はあなたの心の弱さに入り込むが、直接知る事の出来ぬものを古代人がそう呼んだのだとしたなら神は紙似かかれた言葉、概念、音節などでなく、火水であり無極から太極に変化する運動の象徴だったのではないだろうか。

この様に言葉にするといくらでも妄想は続けることの出来る連想ゲームにしか過ぎないのだ。

No.2848 - 2010/11/07(Sun) 11:25:07

Re: / 夜の虎
> それでいつもこの様に問う、あなたは観察対象なのですか?
>
> 観察する者なのですか?観察する行為なのですか?
>


私は、「私」を探る時、ほのかな存在感覚を感じる時があります。感じられる以上、観察対象ともいえる気がします。
しかし、そうなると、主体を二つ設定しなければならず背理です。
では「私」は観察者なのか? しかし確かに私は、諸々を観察認識しますが、「私」自身は知覚しません。
すると確実なのは、「観察する行為」と言えるような気がします。

> これを言語化することなくよく観察してみる、途中何らかの発見や結論を見つけたなら、そこで立ち止まらずそれら全てを手放す。

ここで言われていることは、私が上記のようなことを考えついたとしても、全て手放せと言うことでしょうか?

No.2850 - 2010/11/07(Sun) 22:05:18
(No Subject) / 雄大
非恒常的なものと恒常的なもの

私と世界

実際にはそれらは存在しないが言葉の構造と機能が生み出した夢のようなものだ

何故、どうしては1つの結論に至るかもしれないが、必要のないお出かけをしておいて早く家に戻りたいという様に
何度も結論しなければならない

実際には私も世界も存在しない

論理は線上思考であり時間の枠を超えられないし、そもそもこの前提ならばこういう結果となるというこの前提は、これ以上疑ってはならないという約束事に守られて成り立つ。

はたしてそれは物理のような純粋科学のように道具である形式論理学を通して検証可能な対象なのだろうか。

それは形式的にそれと呼ばれるだけであれ、これ、それを超え、それら全てを含むものだ。

聞くだけ無駄、書くだけ馬鹿な事なのかもしれない

No.2841 - 2010/11/06(Sat) 07:40:57

Re: / 夜の虎
現時点の私では、とてもこのような深いことは理解できそうにありません。
是非、雄大さんが、このような見解を得るに至った経緯を聞かせてください。とても興味があります。

No.2846 - 2010/11/07(Sun) 00:10:15
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