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ご無沙汰しております。 / 雄大
少し涼しくなってきましたね。
私も独立して早2年が経過しようとしています。

昔から感じていたことですが、なぜ多くの人が隙間であれ、気づきであれ何らかの状態を問題にしてしまうのだろう。

それは何かの状態ではない。
全ての状態が含まれるけれど。

しかし言葉にすると今ここ、その時其処、そう言って時間軸と空間軸に位置づけられた描写となる事が避けられないから、何かの状態、対象みたいに錯覚してしまう。そこには観察者がある。

私は世界が生まれる以前に顕れるものと、世界が生まれた後に発生するものがある。

でもそれらすべてを超えている言葉の届かないものがある、しかしそれは何も排除しない。

 最近損得、原因結果に意識を結びつき過ぎていたら、ふとグーグルで検索した目にとまった雄大の文字、この懐かしい板でした。

あと10年くらい生きて義務を果たしたら、生きるのやめたい、やめてもいいな、なんて思う今日この頃。

No.2701 - 2010/10/09(Sat) 21:43:02

Re: ご無沙汰しております。 / ubik0101
それ、を思考の隙間とか、気づきとか、観察者がないとか、状態として表現して。それが何だったか、とりあえず本性が愚かな自分の意識に教えようとする人が、それ、を問題にするのでしょう。

そして、その表現が、それ、そのことだと思うなら、すでに迷ってるのに・・・その迷いと、その迷いの解釈は無関係なのに・・・その表現で自分の状態を解釈して。迷ってることを自覚した気分になったりもできます。そのようにして、この、この自分は何?を問わないでいられるのかもしれません。

ところで。たしかに。まったく観察者がいても、いなくても、思考があっても、なくても、問題ではない、です。あと10年・・・20年・・百億年・・・それは、どこにあるのでしょう。そのように、神奈川から、静岡に引っ越しました。

No.2703 - 2010/10/10(Sun) 13:14:33

Re: ご無沙汰しております。 / hato

> ところで。たしかに。まったく観察者がいても、いなくても、思考があっても、なくても、問題ではない、です。あと10年・・・20年・・百億年・・・それは、どこにあるのでしょう。そのように、神奈川から、静岡に引っ越しました。


誠にそのようです。

そういえば、春からの「玉すだれ救出・復活作戦」が功を奏しているのか、玉すだれ(ゼフィランサス)が元気な様子です。

No.2706 - 2010/10/11(Mon) 13:03:25
(No Subject) / 雄大
あったり無かったりするものを問題にしてもなあ。

あったり無かったりするから問題になるのだろうけど。

覚醒した人はいない、覚醒したなら個人、身体という境界など意味を持たなくなるだろう。

身体というハードに覚醒というソフトを載せた人と、自我というソフトを載せた人が、個という単位で関係し合い世界を構成し時間とともに変化していく、そういったイメージを持つことは容易い。

覚醒した身体だと対象化することに意味があるのは、私とそれ以外の関係に生きる人にとっては価値があるかな。

起こることは起こる、皮膚の境界を越えて感覚の境界を越えて、その時彼は云う何も起こっていないと。

外側と内側の区別に何の意味があろうか、意味は区別する言葉が作る泡のようなものだ。夢のようなものだ。

No.2702 - 2010/10/09(Sat) 22:33:35

Re: / ubik0101
そいえば、伝道者のような2人連れが訪れて「なにか人生に疑問はありませんか?」 と、聞きます。

ありません。

「えーっ。おおくの人は死んだらどうなる?と言う疑問を持つのです。人は死んだら、実は、存在しなくなるんです」。

では、存在、という言葉の定義をしてください。それが不明確なら、あなたの言うことに、正当性がないでしょ。

「えーっ」。

その2人連れは、おおきな疑問を抱えて、どこかに帰っていきました。そんなことがありました。

あるとかないの意味に無知で。その無知に乗って、なにかが、あるとかないとか言いながら、一生を過ごしてしまうこともできる、この世界です。それでもなお真摯に正確に思考するなら、たとえば、ある、ないの思考さえ、その原因が、その思考自身にない・・・不確定・・・独立してない・・・そのことを見出すかもしれません。

No.2704 - 2010/10/10(Sun) 13:26:51

Re: / ubik0101&hato

この連休は、地元の祭りです。夜間、賑やかな電飾神輿が練り歩き、祭囃子が月夜の田畑に響き渡っています。

No.2705 - 2010/10/10(Sun) 20:54:11
みどりの庭から / hato
残暑からつと、秋の気配です。
No.2693 - 2010/10/03(Sun) 13:19:48

Re: みどりの庭から / hato

すこし前のこと。
散歩をする道で、刈り取られる前の稲穂が夕日にそよいでいました。

No.2694 - 2010/10/03(Sun) 13:21:27

Re: みどりの庭から / hato

この辺りでは、鷺をよく見ることができます。

長崎と神奈川でも、川辺や海に美しい姿をみつけると、ふたりで嬉しくなったものでした。白鷺、青鷺、亜麻鷺、中鷺、ダイ鷺・・・と種類も豊富。
散歩では、白鷺が100羽近くの集団となって、ねぐらにしている川のほとりに向かって飛んでいました。

No.2695 - 2010/10/03(Sun) 13:23:37

Re: みどりの庭から / hato

庭では二本の金木犀が、昨日から芳香をかぐわせ始めました。甘い香りのなか、春にubik0101さんが植え替えをしてくれた、斑(ふ)入りの萱(かや)に、ススキの穂が伸びています。

No.2696 - 2010/10/03(Sun) 13:24:20

Re: みどりの庭から / hato

5月半ば、30×60センチ、5シート分の植え付けから始まった姫イワダレ草。ダイカンドラといい具合で、庭表の半分を覆う頃に。この夏もうすでに、蜜蜂や虫たちで賑わいました。

雪の結晶のような、小さな白い花はいったん終わり、次の春の開花を待ちます。

No.2697 - 2010/10/03(Sun) 13:25:30

Re: みどりの庭から / hato

そんな初秋一日。
海空は、瞬々移り変わりを映しつつ

No.2698 - 2010/10/03(Sun) 13:26:04

Re: みどりの庭から / hato

撒き餌なしのサビキで釣れたシンコが、調理を待ちます。

No.2699 - 2010/10/03(Sun) 13:26:37

Re: みどりの庭から / hato

めだかの子は只今身長5ミリ程度、すでに50匹ちかくになるでしょうか。

No.2700 - 2010/10/03(Sun) 13:27:33
(No Subject) / 咆哮
薬草を積みに行って手を切ってしまった
No.2685 - 2010/09/19(Sun) 13:00:23

Re: / ubik0101
じゃ、その薬草。すぐに使えて良かった、です。
No.2686 - 2010/09/19(Sun) 13:52:00

reverse / 咆哮
さっきの文章に気にいって欲しい自分がいて
返信きて考えて
気ずきました
どーもです!

No.2687 - 2010/09/19(Sun) 17:04:28

Re: (No Subject) / 大阪
ハッピーエンドだね!

チャンチャン♪

No.2688 - 2010/09/20(Mon) 01:04:02

Re: (No Subject) / 咆哮
最近背骨を伝って、歓喜にみたされます
好きな人<対象>と喋ってる時みたいな感じの至福です。まあさておき、 
薬草で手を切ってしまった。この文章にはそれらを<毒>とみなす偏りもあったようです
そして死ぬ恐怖も
いや死と恐怖も 
段々と心が空になります

No.2689 - 2010/09/21(Tue) 13:39:09

Re: / ubik0101
そいえば。ふつうに街を歩いてて、背骨の両側を下から上に、電気が流れるように快感の痺れが走って・・・それが、ほとんど限界の快感・・・まあ、あんまり興味もなく、忘れてしまいましたが、ubik0101の場合は、自己憐憫において起こった、と感じました。

まあ探しに行かなければ、怪我はしないけれど。 たった一人で山奥深く探し歩けば、そう意図してなくても身体は鍛えられるように、それを目的としてなくても、そう意識されなくても、真摯に、正確に・・・素直・・・になるものです。

ところで、なにを、心、て呼ぶのだろう?それを探してはみたのだけど、それが、なにを指してるのか解らなかった。そんなこともありました。死んでしまうと、死んだことも判らなくなる。そう、空想すると、死は恐怖でした。

No.2690 - 2010/09/21(Tue) 18:46:23

Re: (No Subject) / 咆哮
心が空になる、…それは抱える必要のない存在が減った感じでした。
何を心とするかですが、全くわかりません。心には扉があると聞き捜してみましたが全く見つかる気配がないんです。そもそも心を感情の事だとも思っていました。
何もわかりません。
最近は自分放置して癖を見る、そんなスタイルです。か、覚醒したら物体が残像に見えたりしますか?
内面ビリビリ花畑
覚醒のイメージがやっぱり邪魔な気がします。
僕は順番を守らず順位をつけるタイプでした。
このサイトに出会えて<必然>よかったです。

No.2691 - 2010/09/21(Tue) 22:18:01

Re: / ubik0101
もしかして心とは、なにか世界や感情や思考を知覚して、その意味を判断する、解釈する、付加する。そうしてる架空の・・・場・・・つまり自我の機能する場を、そう呼ぶのかもしれません。 それとも、自己、そのことを心と呼ぶ場合もあるかもしれませんが・・・扉・・・それは思ったことはない、です。

とても説明なんですが・・・自我は、自己の代用であり、それを通じて人は自己になる・・・そういう意味で心・自我は、自己の扉、と言えないことはないですが、なんであれ、なにかを言った、その人に聞くより確かなことはないようです。

>最近は自分放置して癖を見る、そんなスタイルです。か、覚醒したら物体が残像に見えたりしますか?

そう、見えたことはないです。まあ、これも、そう見える人に、両方に必ず関係があるのかどうか?と、 聞くより確かなことはない、と思います。

>覚醒のイメージがやっぱり邪魔な気がします。

そういう意見もあるようです。けど、まったく思いもよらないことを・・・知らないことを・・・求めてるのですから、イメージしようもないと思います。ubik0101は、なにかが起きるということも知りませんでした。

もし、覚醒とか、なにかについての説明をガイドにするとしたら、そんなことしてる、その自分の前提を見つけだして否定して、その奥、その奥を探求していたのが実情です。理論的には変なのかもしれませんが・・・ 頼るべきはなにもなく・・・です。

No.2692 - 2010/09/22(Wed) 11:57:51
距離=時間? / 通りすがり
いま、ここしかないという実感からは、時間も距離も、抽象概念でしかありません。
しかし、ここからあそこまでは、歩いて10分ぐらいの距離ですねと、何ということなしに、人と話しています。
その時間、距離は、現実問題、かなりよく合っているし、しっかり、利用できるのです。

No.2635 - 2010/09/11(Sat) 06:59:33

Re: 距離=時間? / ubik0101
いまここしかない。あるいは、いまここだけがある。ほかの言い方では、いまここも、ない・・・また、ほかの言い方では・・・鳥の鳴き声が聞こえる早朝に、じょうろ(いま変換してみたら、如雨露、でした)で庭の植物に水をやり歩き、朝ご飯を食べる・・・それは人が、どう認識しても、しなくても、そのようです。

それは世界から、なにかが削除されたからでも、なにか付け加えられたからでもありません。つまり「距離や時間も、抽象概念」も、いわゆる自我も、無我も、とくに厭うべきことでもなく、望むことでもなく、そこで学んだことは人が、どう認識しても、しなくても、偏りなく機能してるからです。では。なぜ、これは、これ、なんでしょう。

No.2636 - 2010/09/11(Sat) 10:02:09

Re: 距離=時間? / 通りすがり
>では。なぜ、これは、これ、なんでしょう

この質問が残っていましたね。
あなたには、これはどんな疑問でありそして、そこから、どんな検討、観察、答えなどがあるのでしょう?
疑問が残っているということでしたら、ということで、取り上げただけです。

私は、この疑問は、こう聞かれて生じても、ふっと忘れるというか、何気ない日常生活のかかわりのできごとに戻っています。
つまり、生活上の実感されるのもので済ましていて、それ以上突っ込んでいないということです。

もしかして、「思考=時間?」で検討されていたように、時間を抽象しようとするというようなことですか?
単に観察されること、たとえば、ものの運動(ものの位置などと時間の関係)を実感して、その中で時間を実感するといったことでは、架空の概念なしなので、気がすまないといったことですか。
それで、時間そのものを単独に抽象したくなるとか。

たとえば、
実際の時間だけを知覚することは不可能のようだとかに関心がある。それはそうですが、実用的には、運動の性質によって、時間とものの位置によって、どちらかに比重が置けることもある。
時間について考察すると時間が過ぎるので、時間だけを純粋に対象として考察できないとか。
時間が一律に変化するんだったらと、仮定、抽象が入りますが、ものの変化がありうるか疑問だと(ものの運動の現実を、抽象概念から疑いたいということ)
時計、太陽の例からの、時間の抽象について。
いまここの例は、ものの運動の実感はできているのでは? 無理に概念を採否しなくても。
このような検討のことですか?

このようなことでしたら、抽象概念ではなくて、現実的な実感として、私の提案するものには、心臓の鼓動を単位として時間を計るという時間はどうですか?
生物時間。鼓動の総数が一生を決めるとか。
動悸の早い小さな生物は一生がそれなりになってくるとか。
時間の経過が生物によって、生理的に異なる。

このあたりですと、お互いの共通点として、話ができるのかな?

No.2681 - 2010/09/16(Thu) 18:48:05

Re: 距離=時間? / ubik0101
なぜ、これは、これ、なんでしょう?これは言ったように、自発的な疑問で・・・そうでないなら余計な混乱を招く恐れがあるのですが・・・説明としては、なんでもよいのですが、たとえば、怒りは、なぜ、怒りなんでしょう。という疑問です。 その疑問が起きる、ひとつの経緯を話します。

その過程を大雑把に言うとして・・・とある出来事によって怒りが起きた。とします。そして、いわゆる心理的思考に巻き込まれた。とします。そうならば、それは、そうだと意識してないかもしれませんが・・・暗黙の了解として・・・怒りが何かを、を知ってる・・・と、して、それに依存して機能しています。

しかし、いわゆる自我は、ない・・・これにも様々ありますが、それを体験して・・・それを理解して生きてるなら、怒りは起きたとしても、心理的な思考を誘発しません。これは端的には、現象として流星のように美しいのですが・・・ 瞬間沸騰、そして、瞬間冷却・・・夜空になんの痕跡も残しません。

それは、怒りも、喜びも、悲しみも、いわゆる心理的思考も・・・それが何であるか、実は、知らない、のです。いわゆる、既知も、未知です。不思議の真っ直中に生きてる、ということです。

なのに、と言うか・・・そこで、と言うか・・・たとえば怒りは、怒りでなくてもいいのに、怒りなんです。それで、なぜ怒りは、なぜ怒りなんでしょう。また、いわゆる自我は、無我は、なぜ、自我や無我、なんでしょう。世界は、感覚は、感情は、意識は、なぜ、こうなんでしょう。 つまり・・・これは、なぜ、これ、なんでしょう。です。

これは、たとえば見る聞く思考する、それが、そのまま、その疑問です。そして、これは疑問文ですが、疑問ではない、とも言えます。自発的なら、すでに解けてるからです。なかなか、それらしく命名するなら、疑問の終焉、と言ってもいいです。

それは、そう問うことは、この世界に生きていながら・・・自我もなければ無我もなく・・・この世界に依存してない・・・とても説明ですが、それ、を知らないのに、それ、に依存は不可能ということです。知覚が、感情が、意識が、機能していながら、たとえ怒りに誘発されて心理的な思考があっても・・・それは何なのか知らないのですから・・・それに依存できない、ということです。

ただ、この世界に生きていながら、この世界に依存できない、これは心理的なことだけを言ってるのではないので、オカルト系の思考になりやすいでしょうし。ここを現象界だとしても、なぜ、それは、それ?であり探求とも、解けてる、とも言い難いのです。

これは、まあubik0101の経緯としては・・・時間が、あるとかないとか。自我があるとかないとか。で、なんとなく解ったつもりの、ある、ない、その意味にも関わります。知覚の限界にも関わります。世界の総活動に関わります。

No.2682 - 2010/09/17(Fri) 13:42:13

Re: 距離=時間? / hato

そしてメダカたち。

雌はほんのり桃色で、おなかに卵を抱えています。雄は金色がかったオレンジ。この一ヶ月、とても大きくなりました。

No.2683 - 2010/09/18(Sat) 10:04:49

Re: 距離=時間? / hato

目を凝らして、小さな小さな稚魚を見つけては、隣りの鉢に移します。
目は、成魚と同じ青みがかったシルバー。

見えにくいですが、画像中央より少し上、鉢の壁面に、稚魚の影が映っています。

No.2684 - 2010/09/18(Sat) 10:05:29
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