横からすみません。誰かが話していると横から話したくなります。
うびさんは自分が人間の底辺にいることに気付いた、とうようなことを言っていたと思います。
それは、探っていくうちに、最低になったのですか?
それとも自分の最低っぷりに気付いていった、ということですか?
例えば自分が誰かを差別していること。欲にのまれていること。怠惰であること。嘘をついていること。
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No.2511 - 2010/04/17(Sat) 11:37:48
| ☆ Re: 自分 / ubik0101 | | | ひたすら.なりふり構わず、自分の中心に向かって掘り進むこと・・・タマネギの皮を剥くように・・・これが自分が自分と思う自分を見つけ次第・・・その立場を成り立たせてる前提を暴き出す。そして、さらに、その前提を見つける・・・それを、ひたすら生活として実際に生きたのです。
たとえば、嘘をついても、なあなあで生きてる・・・損得とか・・・社交辞令とか・・・社会的な基準によって暮らしてる、ほかの人や自分に気が付いたら、そういう社会的な基準の正体を見つけて、それに正当性がないこと見つけて、そう思う自分を、実際に捨てるんです。
それで、まあ。価値観とか、判断基準とか、そういうことを捨てていくと、それは結果としてですが、なんの拠り所もなく・・・まあ、拠り所がない、ということには拠り所を持ってしまいやすいのですが・・・それを実際に生き・・・人が、素直、になるしかないのです。
でも、それはやはり辛い生活でした。素直なんだけど、傍若無人でもあるし・・・ どこかネットで見たのですが無師独悟という書の広告に「友を捨て、友から捨てられ。親類を捨て、親類から捨てられ」。という、まさに、ただ生き物としての人、としての最低層に、ただ生きてる。そんな状態になりました。
でも、そこで見つけたのは、その頃は、プログラム、と呼んでいましたが。どんな人が、でき得ることも、そう世界ができ得るように、できてるだけ・・・まったく自由がない、絶望とも意識もできない絶望・・・絶対不自由でした。
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No.2512 - 2010/04/17(Sat) 13:35:42 |
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