春の頃になりました。 数日前、鶯の初音を聞きました。 嬉しいのです。
ここのところ、 自分の経緯について考えていました。 長崎で初めて会った頃から、ubik0101さんは、そこをきちんと見ておくといいよ、と言っていました。 昨年の春、すこし思い起こしたのだけど、彼の言うとおり、 まだ正確に見てはいなかったのです。
自分のページを開く前に、すこし長くなるけど、書いておこうと思います。
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No.1519 - 2009/03/11(Wed) 08:39:12
| ☆ Re: 経緯 / hato | | | その了解をいつ得たのか、 自分では長いこと、気付くことが出来ませんでした。
ただ、成長についての話が展開されるとき、 言葉が正に出てくることは、時々において不思議でした。
正に出てくる、との感じでした。
どちらかといえば自然に、個別の内容よりは形式への理解が起きることによって、内容の理解が伴いました。 その為には人に、成長における変化、変容、理解がされている必要があることは、最近気付かれたことでした。
未知の様相と理解は同時に起きており、洞察は時として、明晰なものとして訪れました。 人生は貴重であるために、また誰にとっても、その道すじにおいて、自分が、正に自分であるために、成熟する必要性、それは祝福であり、成長の礎であることがわかりました。
なぜ、そうなのか。
その了解や洞察は、どこからくるのだろう? それは扉を開ける力になりました。
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No.1520 - 2009/03/11(Wed) 23:07:34 |
| ☆ Re: 経緯 / hato | | | 辿っていくと、再び、そのときのことが蘇ってきました。
生まれて暫くして、わたしはタンスにつかまり立ちをしようとしていました。 たぶん、初めて立ち上がったときだったのかも知れません。 短時間の記憶は、今でもはっきりしています。両親はふたりとも傍らにいました。 そのふたりの喜びと自身を、わたしは小さな自分の身体、ときに両親、外、内、の各焦点となって、ふいに現れ出でて見てる、ことが起きていました。正に驚きでした。
世界、意識はふいに立ち現れ、またふいに全面的に消失し、表現し難いなにか、 空というには透徹された、厳粛であり全面的な、としか表現し得ない、 表現するなら、智、 もっといえば非意味、とも、いえるかも知れません。
確かにそのとき、その消失そのものであり、そして確かに寸前の意識としては、消失されることに瞬時の驚愕を覚えていたのです。
圧倒的な、非意味。
数日思い起こしていて、その記憶が蘇るような不思議な感触があります。
一方で、立ち現れた世界においては、自分はなにかであり、見てるその事態は理解され、そのとき確かに自分は、自分の身体のみならず、両親からも立ち起こっていたようでしたが、そして尚、両親は初々しく出来事に目を見張っている、愛すべき人たちでした。
新鮮な驚きと共に、出来事をこうして見て理解している、という意味で、子供は子供というわけでもないらしい、ことを知りました。 瞬時の理解でしたが、そのこと、その意味は、内奥に宿る火として灯るに留まり、随分長いこと忘れられていました。
智、自体の閾値が上がるまでには、わたしの場合、そこから多くの時間が必要でした。
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No.1521 - 2009/03/12(Thu) 21:55:34 |
| ☆ Re: 経緯 / hato | | | 世界は人が自分を学ぶために、ただ、あるかのようです。 実際にあるかないかというより、それを使って成長できるということが大事なのです。
人は、自分として学び得たこと、元に戻れないその学んだ意味、果実、エッセンスそのものです。 その為には、成長は後退しないほど徹底されている、ことが大切なのかも知れません。そのように思われるのです。
自分の場合、了解されている事態というのは、人生のなかで、出来ないこと、として明らかでした。 「人生は出来ることと出来ないことがある、」の広範囲な意味での出来ない、ではなく、してはならないこと、の意味で、出来ないこと、がありました。たとえば、誘惑されない、奪わない、不当に受け取らない。それは当たり前なのだけど、理由なくそのようでした。それは自分に嘘を付かない、自分に隠さない、ことでもあります。
以前掲示板にも書いたかも知れません。自分を理解していないときには不思議なことでしたが、してはならないことには、静かに、ですが絶対的にストップがかかりました。 当たり前のことには、理由がみつからないのです。 それについては、より具体的に詰めて見ることができるでしょう。
と同時に、不可知、ということは、人と世界の有り様であるが故に、正に、そこに意味を見出しながら、学びを得て、生きることができるのかも知れません。現時点ではそのように思われるのです。
未熟であること、たとえば自我の働きや、その世界が、それ自体の成熟へと昇華するために存在しているなら、 それは、絶対、或いは非意味、といわれる様相からの祝福、と表現したいと思います。と同時に、厳しい志向でもあります。
そして尚、世界と自己のすべての働きは、愛ゆえに、必ずただ機械的にはなり得ず、その不思議さ、その献身を、
なんて愛しいのでしょう、この世界は。
としか、表現することができないのです。
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No.1522 - 2009/03/14(Sat) 13:39:10 |
| ☆ Re: 経緯 / hato | | |
時間と場所を頂き、感謝申しあげます。 お待たせしていた方には、申し訳ありませんでした。
今日のこちらは、夜半から明け方にかけて 春の嵐でしたが、 今は止み、鳥たちが元気に囀りはじめています。
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No.1523 - 2009/03/14(Sat) 13:45:00 |
| ☆ Re: 経緯 / hato | | | ふたつ上のスレッドは、わかりづらかったので書き改めました。んー・・まだ書き得ているとは思えないのですが、すこしずつ頑張ります。
文章にするのはなかなかチャレンジです。
ありがとうございます。
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No.1524 - 2009/03/15(Sun) 00:03:55 |
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