動機のある卑しいものは それが姿が顕す事はない
卑しい限りある世界の中心を失う事なしに 足したり引いたり無関心なものには気がつくことはない そこに気がつく者などいないからだ
足したり増えたり緊張したり怠けたり、ふわつく動機君へ、何であれそれは無関心という愛を与えているのに
心理的思考、葛藤、知覚、何も排除しないそれは、何によっても汚される事はない だからそれは存在しないし、あるとはいえない しかしそれがなければ何物をも存在できないであろう
|
No.1557 - 2009/05/19(Tue) 23:20:58
| ☆ Re: / ubik0101 | | | >動機のある卑しいものは >それが姿が顕す事はない
その姿を顕さない、それを、無知・あるいは無明と呼んでいます。それは知覚の対象には、なり得ません。ただそれは、人の行動、発言、思考として顕れ、それが人に知覚されるようになり得るだけです。
その動機とは。限りあることでも、限りないことでもなく、増えたり減ったりしないこと・・・それが物質、感覚、感情、意識的なことであれ・・・それを限りあること、また限りないことにしようとしたり、増やしたり減らしたりしようとすることであり、欲望と呼ばれます 。
そのために、ほかからは隔離された世界の中心が仮定され、とある個別なことを対象にして、虚構である、ない、自我が、ある、こととしてして運動します・・・それが無知・無明の活動です。それは人が自分で自分を自覚しようとする衝動の顕れ、でもあります。
>卑しい限りある世界の中心を失う事なしに >足したり引いたり無関心なものには気がつくことはない >そこに気がつく者などいないからだ
しかし 人の総てが総活動状態ならば、 限りあることでも、限りないことでもない、増えも減りもしないことを見て。とある個別なことだけを対象にすることによって仮定される、その中心は、それがある意味を失います。 それが自我の完成です。そのことで、どんなことも削除されることはありません。
>足したり増えたり緊張したり怠けたり、ふわつく動機君へ、何であれそれは無関心という愛を与えているのに >心理的思考、葛藤、知覚、何も排除しないそれは、何によっても汚される事はない >だからそれは存在しないし、あるとはいえない >しかしそれがなければ何物をも存在できないであろう
たとえ 卑しいことも汚れたことも。自我さえ、増えも減りもしない、世界の機能です。それは卑しいことでも汚れたことでも、聖なることでもさえ、ないので。 そう、あり得るだけです。 この日常は、総ての意味が活動しているために、無意味です。
|
No.1561 - 2009/05/20(Wed) 11:12:21 |
| ☆ Re: / ルー | | | > たとえ 卑しいことも汚れたことも。自我さえ、増えも減りもしない、世界の機能です。それは卑しいことでも汚れたことでも、聖なることでもさえ、ないので。 そう、あり得るだけです。 この日常は、総ての意味が活動しているために、無意味です。
その無意味は、非意味ですか?
|
No.1562 - 2009/05/20(Wed) 13:22:35 |
| ☆ Re: / hato | | | > > たとえ 卑しいことも汚れたことも。自我さえ、増えも減りもしない、世界の機能です。それは卑しいことでも汚れたことでも、聖なることでもさえ、ないので。 そう、あり得るだけです。 この日常は、総ての意味が活動しているために、無意味です。 > > その無意味は、非意味ですか?
意味に非ず。非意味。
との言葉は、それが自分として適当だったとしか、今の時点では言えませんが、確かにそれは、一瞬にしてすべて、総ての意味が稼働している、智、 さらに、無意味にしてそれ以前(妙な表現),意味未然にしてそれ以前(妙な表現)との感じです。
それはこの世界であり、日常、と思います。
|
No.1564 - 2009/05/20(Wed) 22:08:06 |
|