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★ 春山椒 / hato
この春は、山椒の初芽を頂きました。

その香りには、
新鮮な驚きと喜びで一杯になります。
幾層かに渡る上質な香りは、
鼻孔の奥から入って、胸と頭をさっと浸していきます。

さて、こちらも様々動き始めています。
ルンルンとノンノンは、
そろそろちゃんとお見合いと、なるのかな。
(ノンノンのubik0101パパ、ママはちょっと甘酸っぱいきもちでしょうか、)

部屋の近くに、
岩間から生えている、健気な山椒の小木があります。
冬を越えて、
新芽が出てきました。

がんばれ、
と声をかけています。

No.1529 - 2009/04/12(Sun) 23:54:29

☆ Re: 春山椒 / peer
心、とはなんでしょう?
それは、本当に、ある、のでしょうか?から、始まります。
あるとは?ないとは?から、始まります。

↑これ、面白いですね。
某所では、あまり関心を持たれなかったようですが。

心は。
瞬間瞬間に生まれ、そして消えていく。生まれては死に。
そんなものじゃ〜ないですか。

No.1530 - 2009/05/08(Fri) 11:12:41

☆ Re: 春山椒 / hato

peerさん。

そういえば、
昨晩ふいに愛が遊びにやってきました。

こんにちは。
某所では、ありがとうございました。


> 心、とはなんでしょう?
> ↑これ、面白いですね。
> 某所では、あまり関心を持たれなかったようですが。



そうですか?
でも〜、そのあと、ところどころで〜。(^^)ね。
こちらも学ばせて頂いてます。


> 心は。
> 瞬間瞬間に生まれ、そして消えていく。生まれては死に。
> そんなものじゃ〜ないですか。



はい。
ほんとに。

感情や思考が知覚される、その場を 心 て言うとしたなら、それをわたし達がただ、ある としてしまうなら、残念かも知れませんね。

ところで、ノンノン♂説は覆されそうです。
経過をお楽しみに〜、て感じです。

No.1531 - 2009/05/08(Fri) 21:01:35

☆ Re: 春山椒 / peer
>ところで、ノンノン♂説は覆されそうです。

ほーー。なるほど。
まっ、しかし、オスとメスがいたら
ツガイになるというものではないようですね。
鳥にも相性があるようで〜

No.1532 - 2009/05/11(Mon) 23:35:28

☆ Re: 春山椒 / hato

> ほーー。なるほど。

> まっ、しかし、オスとメスがいたら
> ツガイになるというものではないようですね。
> 鳥にも相性があるようで〜


たしかに。
縁は知れぬもの、との感じでしょうね。
鳥もね〜(笑)

ねえ、わかりませんね。
なんでもかんでも、不思議に未知です。

そして尚、愛也、人也、かな。

そんなふうに思います。

No.1533 - 2009/05/12(Tue) 23:48:34
★ (No Subject) / hato
桜満開も、もう少しの頃です。
今日は道ばたにつくしを沢山、見つけました。

我が家にはこの春、
ルンルンのお嫁さんになるべく
可愛いニューフェイスが来てくれています。

ubik0101さんがとても気に入ってる、
大きな目でじっとこちらを見つめる
静かで初々しい、女の子です。

No.1525 - 2009/03/31(Tue) 22:39:39

☆ Re: / 大阪
いいなぁルンルン

僕が結婚したいぐらい、美人さんですね。

No.1526 - 2009/04/02(Thu) 13:10:21

☆ Re: / ubik0101&hato
はい。ルンルンとはまた違う、大人しい子なんですけど、
可愛いですよ、とても甘えん坊さんです。
hato

いつも人と一緒にいたい性格です。まだ生まれて一ヶ月で、剥いた粟(幼児食)を食べてるのに、もう飛ぶ練習しています。
ubik0101

No.1527 - 2009/04/02(Thu) 21:34:54

☆ Re: / ubik0101
ちょっと見てない間に、自分で、水浴びしていました。ノンノン、と命名。この頃は、部屋の中を飛び回っています。部屋の外の野鳥の鳴き声に反応して返事をします。

ルンルンは、小桜インコのコバルトバイオレットで。ノンノンは、クリームチェリーです。何ヶ月かたつと、頭の部分が、ピンク色になるかもしれません。

No.1528 - 2009/04/08(Wed) 23:21:56
★ 経緯 / hato

春の頃になりました。
数日前、鶯の初音を聞きました。
嬉しいのです。

ここのところ、
自分の経緯について考えていました。
長崎で初めて会った頃から、ubik0101さんは、そこをきちんと見ておくといいよ、と言っていました。
昨年の春、すこし思い起こしたのだけど、彼の言うとおり、
まだ正確に見てはいなかったのです。

自分のページを開く前に、すこし長くなるけど、書いておこうと思います。

No.1519 - 2009/03/11(Wed) 08:39:12

☆ Re: 経緯 / hato

その了解をいつ得たのか、
自分では長いこと、気付くことが出来ませんでした。

ただ、成長についての話が展開されるとき、
言葉が正に出てくることは、時々において不思議でした。

正に出てくる、との感じでした。

どちらかといえば自然に、個別の内容よりは形式への理解が起きることによって、内容の理解が伴いました。 その為には人に、成長における変化、変容、理解がされている必要があることは、最近気付かれたことでした。

未知の様相と理解は同時に起きており、洞察は時として、明晰なものとして訪れました。
人生は貴重であるために、また誰にとっても、その道すじにおいて、自分が、正に自分であるために、成熟する必要性、それは祝福であり、成長の礎であることがわかりました。

なぜ、そうなのか。

その了解や洞察は、どこからくるのだろう?
それは扉を開ける力になりました。

No.1520 - 2009/03/11(Wed) 23:07:34

☆ Re: 経緯 / hato

辿っていくと、再び、そのときのことが蘇ってきました。

生まれて暫くして、わたしはタンスにつかまり立ちをしようとしていました。
たぶん、初めて立ち上がったときだったのかも知れません。
短時間の記憶は、今でもはっきりしています。両親はふたりとも傍らにいました。
そのふたりの喜びと自身を、わたしは小さな自分の身体、ときに両親、外、内、の各焦点となって、ふいに現れ出でて見てる、ことが起きていました。正に驚きでした。

世界、意識はふいに立ち現れ、またふいに全面的に消失し、表現し難いなにか、
空というには透徹された、厳粛であり全面的な、としか表現し得ない、
表現するなら、智、
もっといえば非意味、とも、いえるかも知れません。

確かにそのとき、その消失そのものであり、そして確かに寸前の意識としては、消失されることに瞬時の驚愕を覚えていたのです。

圧倒的な、非意味。

数日思い起こしていて、その記憶が蘇るような不思議な感触があります。

一方で、立ち現れた世界においては、自分はなにかであり、見てるその事態は理解され、そのとき確かに自分は、自分の身体のみならず、両親からも立ち起こっていたようでしたが、そして尚、両親は初々しく出来事に目を見張っている、愛すべき人たちでした。

新鮮な驚きと共に、出来事をこうして見て理解している、という意味で、子供は子供というわけでもないらしい、ことを知りました。
瞬時の理解でしたが、そのこと、その意味は、内奥に宿る火として灯るに留まり、随分長いこと忘れられていました。

智、自体の閾値が上がるまでには、わたしの場合、そこから多くの時間が必要でした。

No.1521 - 2009/03/12(Thu) 21:55:34

☆ Re: 経緯 / hato

世界は人が自分を学ぶために、ただ、あるかのようです。
実際にあるかないかというより、それを使って成長できるということが大事なのです。

人は、自分として学び得たこと、元に戻れないその学んだ意味、果実、エッセンスそのものです。
その為には、成長は後退しないほど徹底されている、ことが大切なのかも知れません。そのように思われるのです。

自分の場合、了解されている事態というのは、人生のなかで、出来ないこと、として明らかでした。
「人生は出来ることと出来ないことがある、」の広範囲な意味での出来ない、ではなく、してはならないこと、の意味で、出来ないこと、がありました。たとえば、誘惑されない、奪わない、不当に受け取らない。それは当たり前なのだけど、理由なくそのようでした。それは自分に嘘を付かない、自分に隠さない、ことでもあります。

以前掲示板にも書いたかも知れません。自分を理解していないときには不思議なことでしたが、してはならないことには、静かに、ですが絶対的にストップがかかりました。
当たり前のことには、理由がみつからないのです。
それについては、より具体的に詰めて見ることができるでしょう。

と同時に、不可知、ということは、人と世界の有り様であるが故に、正に、そこに意味を見出しながら、学びを得て、生きることができるのかも知れません。現時点ではそのように思われるのです。

未熟であること、たとえば自我の働きや、その世界が、それ自体の成熟へと昇華するために存在しているなら、
それは、絶対、或いは非意味、といわれる様相からの祝福、と表現したいと思います。と同時に、厳しい志向でもあります。

そして尚、世界と自己のすべての働きは、愛ゆえに、必ずただ機械的にはなり得ず、その不思議さ、その献身を、

なんて愛しいのでしょう、この世界は。

としか、表現することができないのです。

No.1522 - 2009/03/14(Sat) 13:39:10

☆ Re: 経緯 / hato


時間と場所を頂き、感謝申しあげます。
お待たせしていた方には、申し訳ありませんでした。

今日のこちらは、夜半から明け方にかけて
春の嵐でしたが、
今は止み、鳥たちが元気に囀りはじめています。

No.1523 - 2009/03/14(Sat) 13:45:00

☆ Re: 経緯 / hato

ふたつ上のスレッドは、わかりづらかったので書き改めました。んー・・まだ書き得ているとは思えないのですが、すこしずつ頑張ります。

文章にするのはなかなかチャレンジです。

ありがとうございます。

No.1524 - 2009/03/15(Sun) 00:03:55
★ 実在について / ルー
うびさんは、覚醒体験をされた時に、「神の実在」を感じたそうですが、それを感じられた「自分の存在」も、実は実在なのではないですか?

仏教のHPで読んだのですが、仏教では、神の存在も「無我?」らしく、自分の存在に対応した存在であるそうなのですが。つまり、神の存在も実在なのではなくて、自分のあり方によって存在するものらしいです。

私は、このように書いていますが、うびさんの体験や考えを否定したり疑ったりするものではなくて、「このように思う」というだけのことです。

そのことについて触れられたくないなら、もう書きませんし、今のところ、これ以上には考えていることもありません。

No.1516 - 2009/03/09(Mon) 15:59:51

☆ Re: 実在について / ubik0101
おそらくですが、 「自分の存在」。ここでは、自己、と呼んでいますが、実在からの承認を受けたという意味で、実在の仲間、という印象です。

まあ、無相の自己、という呼び名は気に入ったのですが。それは有相でも、変わりないので、ふつうに、自己、でいいと思います。

それに書を読んだりするのが、とても面倒なので・・・仏教関係と聖書で10冊くらいしか持ってないし・・・こういう言葉しか知らないのですが、ヨガなどでは、「アートマン(真我)は、ブラフマン(宇宙原理)」と言われているようです。

また、聞いた話では。仏教は、諸法無我とか言われてるのですが、それでも実在を感知する人もいるので、それを、大日如来、と呼んだりするらしいです。

このようなことを、このようだと。実際に歩いてきた道しか、話せませんが。とくに触れたくない話題は、ありません。

No.1517 - 2009/03/09(Mon) 20:34:22

☆ Re: 実在について / ルー
「実在の仲間」ね。納得いきました。
No.1518 - 2009/03/09(Mon) 21:39:47
★ すべてに分かち合われている場所 / ルー
そのような場所では、自分の心の奥に隠してあったものが表に出てしまったとしても、大丈夫なのでしょう。
誰も責める人はいません。

無理に成熟した態度も必要ないでしょう。

成長するにつれて天真爛漫になる、ということもあるでしょう。あるでしょう。

No.1515 - 2009/03/09(Mon) 15:47:12
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