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★ 意識 / ばん
意識って世界に含まれますか。
意識、何かに気づくことだけで、何の解釈も判断も比較もしない、気づきの瞬間的意識、これが自己の様な気がしてきたのですが?意識が世界に含まれるのはなぜですか?

No.650 - 2008/04/16(Wed) 15:10:55

☆ Re: 意識 / ubik0101
ここでは物質、身体、感覚、感情、意識・・・自我が設定され得る範囲・・・を世界と呼んでいます。そして、素直さなどの良い特質、自己、愛、実在は、その範囲にありません。それは意識の対象にはならず、そこでは自我は設定され得ません。しかし、良い特質、自己、愛、実在を意識する(空想する)ことは、自我の機能になり得ます。

しかし世界、物質、身体、感覚、感情、意識は、自我が設定され得る範囲、というだけで、自我ではありません。なので無明による自我、欲望が機能してないなら、たとえば「何の解釈も判断も比較もしない、気づきの瞬間的意識」の実感は、世界の要素の意識を、自我ではないという意味で、自己と見るかもしれません。そして日常、世界がそうです。それは、たとえば窓の外を見るだけで実感できます。

これまで瞑想とかしたことがないので、おなじ結果になるかわかりませんが・・・まず思考が途切れ途切れなのに気がつきます。たとえば部屋の中で歩いて視線の移動に注意するとか、顔を洗ってて、それに集中します。すると、思考が途切れてるのに気がつきます。また、思考が生じそうになったら、それを睨むとか、呼吸に注意します。思考は止まります。

そのまま、じっとしたまま、窓の外を見ます。眼や耳などの感覚と意識しか機能していません。ことさら対象が、ある、とか、見てる自分が、ある、とかを感じないと思います。もし山が見えれば、山の見えない裏は、存在してないのです。

また音を聞きます。それは耳で聞いてるのでもなく、自分の外から、また内から聞こえるのではありません。ただ音が知覚されます。その音を出してる鳥や自動車を空想してないからです。

そうであれば、その世界に、過去の事象は知覚できません。いま世界が生起したのです。自己=世界。そういう実感があります。そうであれば胸に静かな感覚があります。というより、その静かさが見る風景です。これはしかし、自分は、世界の範疇と看做しています。

No.651 - 2008/04/16(Wed) 17:00:16

☆ Re: 意識 / 大阪
ばんさんは、自己でいながら、それを認めていないだけかもしれない。

うびさんがいつかこないだ投稿してくれたルーさんの言葉
>「怒り」と感じていたものが、「悲しみ」として初めて感じた時、言葉にはできない何かがやってきました

ばんさんは、「自分は怒ったりする、自分が自己で全てを愛してるなら、怒ったりしないはず」と思ってるのかもしれない。

でも、もしかしたらその怒りは、愛してるから発生するのかもしれない。

「自分が未熟である証拠に、こんなにも意識が働いてる」と思ってる、でももしかしたら、その意識は「自分が怒っている理由に気がついて、傲慢になってしまう理由に気がついて」つまり「自分がどれだけ愛しているかに気がついて」といってるのかもしれません。

例えば誰かに怒ったとして、その怒りの正体は「こんなに愛してるのに、どうして分かってくれないの。どうしてそんなことに気をもんでいるの、小さなことじゃないか。」かもしれない。



パッとそう浮かんだことを言いました。よく考察して言ってるわけじゃないですが、とてもそんな気がする。間違ってたら、迷わせるだけになってしまうから、投稿するの怖いけど、投稿しちゃう。

No.652 - 2008/04/16(Wed) 22:26:10

☆ Re: 意識 / 大阪
もしかしたら、自分が誰かを、この人は嫌いだ、とか、気持ち悪い、とかチラとでも思ってしまうのが許せないのかもしれない。
愛してるなら、そんなこと思いもしない、と思ってるのかもしれない。

でも、そんな意識に関わらず、その人を愛することが出来るハズ、愛しているハズ。

No.653 - 2008/04/16(Wed) 22:50:25

☆ Re: 意識 / ばん
うびさん、大阪さんありがとうございます。

「怒る事」「愛する事」何かあまりにも完全な者になろうとする自分、なることによって優越感を得ようとしていること、そういう自分を嫌悪していること、何かとても傲慢な自分、それと傷つきを恐れる自分、自我が設定されています。

自分の愚かさになんとも複雑な気持ちです。

おもいきって飛び込めない自分があります。

でも、もう戻れません何とかするしかないです。

No.655 - 2008/04/17(Thu) 08:05:05

☆ Re: 意識 / ばん

> 何かあまりにも完全な者になろうとする自分、なることによって優越感を得ようとしていること、そういう自分を嫌悪していること、何かとても傲慢な自分、それと傷つきを恐れる自分、自我が設定されています。

これは世界の機能どうする事もできない成長すればいい?かな

No.656 - 2008/04/17(Thu) 09:21:13

☆ Re: 意識 / ばん
何かが燃え出しました首から上が燃えています。あの体験がまた起こってます、

書く事によって自分と思っていたのが自分でなかったと理解できたからかもしれない

自分をさらけ出してそれを理解し成長した?

どうすることもできないことを理解した?

No.657 - 2008/04/17(Thu) 09:48:40

☆ Re: 意識 / 大阪
ばんさんは仏陀やキリストのように、王冠をかぶっているんだ。

自分は王冠をかぶっている、仏陀やキリストと思うことは、傲慢なことじゃない。

それで威張るから傲慢なんだ。

ばんさんは、その王冠では威張れないことを知っているでしょう?

威張る為にかぶる王冠じゃなくて、愛する人に与えられる王冠なんだ。

No.660 - 2008/04/17(Thu) 10:55:18

☆ Re: 意識 / ルー
> 何かが燃え出しました首から上が燃えています。あの体験がまた起こってます、

首から上が燃えている?
すっごーい!!

No.661 - 2008/04/17(Thu) 10:59:33
★ 自己 / ばん
何だかよく、わかんなくなってしまいました。
あの体験のあと3日位は自分の頭の上に分離した本当の自分がいて、何かに包まれているような愛を感じました。

2回目の体験の時は自分広がって宇宙と一体になって本当の自分は宇宙であるこの世界だと思いました。

で、今は自分は存在しないのかななんて思えます。

でも、喧嘩したときやイライラしたときに自我があるような気がします、そして「あー自分はないのに思考して怒ってる」とも思います。

どこか、変ですか?私は何にひっかかているのでしょうか?
もしかして、考えすぎ病でしょうか?

No.636 - 2008/04/12(Sat) 16:48:53

☆ Re: 自己 / ubik0101
たぶん自信がないだけです。あの体験と、日常の落差を感じ過ぎているのかもしれません。そうならば。ふつうの日常の自分、その現状を、そのまま認めるだけで大丈夫と思います。そして、認めてしまえば。自分は、あの体験の状態でも、その前の、自分の状態でもないのではありませんか。その現状が大切です。

>でも、喧嘩したときやイライラしたときに自我があるような気がします、そして「あー自分はないのに思考して怒ってる」とも思います。

いくら怒ってもいいのです。泣いても、笑っても、無問題です。自我があっても、なくても。思考しても、しなくても、いいのです。それだって、あの体験と同じように、世界の不思議な機能ではありませんか。問題は、自分が、どう成長するかだけです。そのために、様々な出来事があるので、それから学びましょう。

ところで。ここしばらく、ヤフ−掲示板の「禅」に投稿していました。参考になるかもしれないので、抜粋して掲載します。

ubik0101の投稿

もひとつ質問がありました。
自己=世界。として、自己って、その世界の、範囲に収まっていますか。

愚さんの投稿

いくつかのパターンがあり、一概にはいえませんが、オーソドックスな
ところとしては、

1、公案とひとつになる、でも、なんでもいいですが、自我という
カタマリがないとわかる。

2、このとき、自分のアイデンティティが、肉体から離れる

3、すると、見るもの、聞くもの・・・いわゆる対象と自分が
一緒であったことに気づく・・・・いまの
状況で言うと、「わたし」は、「この部屋」です。
これがわたしの全宇宙です。
つまり、六識のうち五識のところ・・・・眼、耳、鼻、舌、身

4、そして、思いをめぐらすと、いま、ここにはいない人々、
出来事、記憶のなかにある過去、想像される未来、
想像される宇宙・・・これが、わたしの全宇宙であり、
わたしだということです・・・ここで時空を超えます。

オシャカサンも、ダルマさんも、ヒトラーも、自分の宇宙の
住人だったってわかります。

まあ、六識の意のところ
まあ、書くと、なんか、ギョウギョウしくなっちゃうんですが
実際は、手間はかかりません。一気にいきます。

とにかく要点は、過去の記憶、肉体、とのアイデンティテイを
ぶっ潰しちゃうことなんですが・・・記憶とのアイデンティティのほうが
問題ですが・・・なかなか敵は手ごわいんで、気合と忍耐がいるんです。
でも、この勝負、こっちの勝ちは約束されてんです・・・ギブアップさえ
しなきゃいいんです



なお。ヤフ−掲示板の「禅」の最初のページです。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=5&board=552019920&tid=a5&sid=552019920&mid=1

No.637 - 2008/04/12(Sat) 18:01:01

☆ Re: 自己 / ばん
> たぶん自信がないだけです。あの体験と、日常の落差を感じ過ぎているのかもしれません。そうならば。ふつうの日常の自分、その現状を、そのまま認めるだけで大丈夫と思います。そして、認めてしまえば。自分は、あの体験の状態でも、その前の、自分の状態でもないのではありませんか。その現状が大切です。
>
> >でも、喧嘩したときやイライラしたときに自我があるような気がします、そして「あー自分はないのに思考して怒ってる」とも思います。
>
> いくら怒ってもいいのです。泣いても、笑っても、無問題です。自我があっても、なくても。思考しても、しなくても、いいのです。それだって、あの体験と同じように、世界の不思議な機能ではありませんか。問題は、自分が、どう成長するかだけです。そのために、様々な出来事があるので、それから学びましょう。


学び成長していくことが大切なんですね、ありがとうございます。

> ところで。ここしばらく、ヤフ−掲示板の「禅」に投稿していました。参考になるかもしれないので、抜粋して掲載します。
>
> ubik0101の投稿
>
> もひとつ質問がありました。
> 自己=世界。として、自己って、その世界の、範囲に収まっていますか。
>
> 愚さんの投稿
>
> いくつかのパターンがあり、一概にはいえませんが、オーソドックスな
> ところとしては、
>
> 1、公案とひとつになる、でも、なんでもいいですが、自我という
> カタマリがないとわかる。
>
> 2、このとき、自分のアイデンティティが、肉体から離れる
>
> 3、すると、見るもの、聞くもの・・・いわゆる対象と自分が
> 一緒であったことに気づく・・・・いまの
> 状況で言うと、「わたし」は、「この部屋」です。
> これがわたしの全宇宙です。
> つまり、六識のうち五識のところ・・・・眼、耳、鼻、舌、身
>
> 4、そして、思いをめぐらすと、いま、ここにはいない人々、
> 出来事、記憶のなかにある過去、想像される未来、
> 想像される宇宙・・・これが、わたしの全宇宙であり、
> わたしだということです・・・ここで時空を超えます。
>
> オシャカサンも、ダルマさんも、ヒトラーも、自分の宇宙の
> 住人だったってわかります。


そういわれるとそうですね

> まあ、六識の意のところ
> まあ、書くと、なんか、ギョウギョウしくなっちゃうんですが
> 実際は、手間はかかりません。一気にいきます。
>
> とにかく要点は、過去の記憶、肉体、とのアイデンティテイを
> ぶっ潰しちゃうことなんですが・・・記憶とのアイデンティティのほうが
> 問題ですが・・・なかなか敵は手ごわいんで、気合と忍耐がいるんです。
> でも、この勝負、こっちの勝ちは約束されてんです・・・ギブアップさえ
> しなきゃいいんです


気合と忍耐で学びたいと思います。

No.638 - 2008/04/12(Sat) 18:34:49

☆ Re: 自己 / ubik0101
そうですね。その日、その日に見たことを日記に書いて。一応、自分の体験を理解したかなー。となるまでは、凄い年月がかかりました。

そしてまだ、学んでる最中です。あの体験が最終と思ったら、まったく駄目です。おたがい、成長していきましょう。

No.639 - 2008/04/12(Sat) 19:02:22
★ 夢三夜 / ubik0101
こんな夢を見た・・・

あああああーさんから、メールがあった。

しかし変ですっ。
そっちのPCにも緑色の三角帽子を
かぶった小さい妖精が
暮らしているでしょうか。

ちらちらと空気抜きの隙間から、見えたりすることがあります。

目と目が合うと
あかんべー
をすることがあります。

このまえ夜中に目を醒ますと、
キーボードの上で、
どうも恋人らしい赤色の三角帽子の妖精と、
けんけんぱっ、をして
遊んでるのを目撃しました。

そして
こっちを振り向いて幽かな幽かな幽かな
声で言いました。

「無我を張っちゃいけないよー」。。。

どこかに連絡したほうがいいでしょうか。

いいでしょうか(残響)。

それで、んんんんんーさんは
返信した。

こっちは、
青と黄の妖精がいるよ。
そして秘かな秘かな秘かな
声で言ったんだ。

「そーだね、それは無我を見てる残響のような自我なんだー 」。。。

それを理解するためには。思考の教えてくれることを、聞きましょう。ただ聞きましょう。自分が考えるのではなく、起こった考えに教えてもらいましょう。それに導いてもらいましょう。そうすれば、そこに叡智が現れます。

あの体験で見た、愛、自己、実在、その実感から、解放されるでしょう。ことさら無我の実感も不要です。なぜならそれは、それが、その人だからです。それも無自覚に自覚するでしょう。

No.628 - 2008/04/12(Sat) 09:30:42

☆ Re: 夢三夜 / ばん

>
> それを理解するためには。思考の教えてくれることを、聞きましょう。ただ聞きましょう。自分が考えるのではなく、起こった考えに教えてもらいましょう。それに導いてもらいましょう。そうすれば、そこに叡智が現れます。


> 考えが起きて、それについて、ひっかかる事があれば、そこから自分の有り様を知るって事ですか?

> あの体験で見た、愛、自己、実在、その実感から、解放されるでしょう。ことさら無我の実感も不要です。なぜならそれは、それが、その人だからです。それも無自覚に自覚するでしょう。


知っているけど、その実感を求めず、ほっておく事でしょうか?

No.629 - 2008/04/12(Sat) 10:12:21

☆ Re: 夢三夜 / ばん
>
> >
> > それを理解するためには。思考の教えてくれることを、聞きましょう。ただ聞きましょう。自分が考えるのではなく、起こった考えに教えてもらいましょう。それに導いてもらいましょう。そうすれば、そこに叡智が現れます。
>

考えが起きて、それについて、ひっかかる事があれば、そこから自分の有り様を知るって事ですか?
>
> > あの体験で見た、愛、自己、実在、その実感から、解放されるでしょう。ことさら無我の実感も不要です。なぜならそれは、それが、その人だからです。それも無自覚に自覚するでしょう。
>
>

知っているけど、その実感を求めず、ほっておく事でしょうか?

No.630 - 2008/04/12(Sat) 10:13:20

☆ Re: 夢三夜 / ばん
☆ Re: 意識に依存しない NEW / ばん 引用

>
> そーだ、今日の御飯は、蕎麦じゃなくって、魚にしよう。水を飲もう。


こういう直感的に選択したり、決定したり、物事って自分で決めているんですかねー
どうも、自分で決めているようでいながら、もう決まっていたような、自分で決める事ができないような、感じがするのですが、そういうことありますか?

これもお願いします。

No.631 - 2008/04/12(Sat) 10:15:17

☆ Re: 夢三夜 / ubik0101
> ☆ Re: 意識に依存しない NEW / ばん 引用

> > そーだ、今日の御飯は、蕎麦じゃなくって、魚にしよう。水を飲もう。

> こういう直感的に選択したり、決定したり、物事って自分で決めているんですかねー
> どうも、自分で決めているようでいながら、もう決まっていたような、自分で決める事ができないような、感じがするのですが、そういうことありますか?


> これもお願いします。

あります。あんまり言いたくないですが、予知夢とか。これは考えてもしかたないので、放置しています。それと、自分がなにかを探究してるのではなく、思考が勝手に、連れていってくれる。教えてくれる。という感じがあります。

もしかして、ばんさんの言うことは。こだわることがなければ、選択とか選択しないとかに拘わらないけど、でも生活はある。そこに無選択の感覚が生起してるということなのかな、と思いました。

また逆に、なにかに、こだわってしまえば、「自分で決めているようでいながら、もう決まっていたような」と、感じることもあるかもしれません。と思いました。

なんにしても、自分が物事を自由に、してる、とは言い切れないのだと思います。というのも、なんであれ人が出来ることは、そうでき得るように、世界が出来ていなければ、できないのです。それだから、解放があるのだとも言えます。

No.632 - 2008/04/12(Sat) 10:20:45

☆ Re: 夢三夜 / ubik0101
> > それを理解するためには。思考の教えてくれることを、聞きましょう。ただ聞きましょう。自分が考えるのではなく、起こった考えに教えてもらいましょう。それに導いてもらいましょう。そうすれば、そこに叡智が現れます。

> 考えが起きて、それについて、ひっかかる事があれば、そこから自分の有り様を知るって事ですか?

いつも、この、なにも書かれてない、ふつうの日常から、始める、という意味です。そしてなにか思考が起きたら、意図的に原因とか理由とかを探ることも必要です。でも、書かれてないところから始めれば、そのとき、そのとき、思考が展開して見せてくれます。

> > あの体験で見た、愛、自己、実在、その実感から、解放されるでしょう。ことさら無我の実感も不要です。なぜならそれは、それが、その人だからです。それも無自覚に自覚するでしょう。

>知っているけど、その実感を求めず、ほっておく事でしょうか?

ううん。絶対に、理解しなくては、ならない。のです。理解によって、残響のような自我が求める、実感に縛られることがなくなります。それは、あの体験を理解することで失う。その失うことで得る。ということです。

たとえば水を飲みます。するとコップは空になります。であれば水は、無自覚でも、身体を循環しています。そして渇きが癒えています。

No.633 - 2008/04/12(Sat) 10:54:51

☆ Re: 夢三夜 / ばん

>
> いつも、この、なにも書かれてない、ふつうの日常から、始める、という意味です。そしてなにか思考が起きたら、意図的に原因とか理由とかを探ることも必要です。でも、書かれてないところから始めれば、そのとき、そのとき、思考が展開して見せてくれます。


今に在りながら、思考は起こるがままにして、それにとらわれない、瞬間、瞬間の日常の生活をするって事ですか?

> > > あの体験で見た、愛、自己、実在、その実感から、解放されるでしょう。ことさら無我の実感も不要です。なぜならそれは、それが、その人だからです。それも無自覚に自覚するでしょう。
>
> >知っているけど、その実感を求めず、ほっておく事でしょうか?
>
> ううん。絶対に、理解しなくては、ならない。のです。理解によって、残響のような自我が求める、実感に縛られることがなくなります。それは、あの体験を理解することで失う。その失うことで得る。


理解できたとどのようになってわかるのですか?


残響のような自我って、自己は今まで思っていた自分でなく
何ともいい表せないものだよ、だから、今まで、自分だと思っていたのは、自分ではないよ、そんな、自分は存在しないから、自我も、無我もいないよ、でも、記憶や想像にとらわれてしまって発生する自我の事ですか?

失うのは今まで自分だと思っていた自己ですか?
得るのは新しい自分、自己、愛、実在ですか?

> たとえば水を飲みます。するとコップは空になります。であれば水は、無自覚でも、身体を循環しています。そして渇きが癒えています。

私が理解できているか判定って出来ないものでしょうか?

No.634 - 2008/04/12(Sat) 11:45:18

☆ Re: 夢三夜 / ubik0101
>今に在りながら、思考は起こるがままにして、それにとらわれない、瞬間、瞬間の日常の生活をするって事ですか?

どう生活するとかの目標、意図は、まったく不要です。そうでなく。(A)なにか頑固な問題が自覚されるなら、それを「思考して、思考して、思考しまくりましょう」。

>理解できたとどのようになってわかるのですか?

それは意識の範疇にない、自覚できないしかたで、自覚してるとの了解が生じます。桜の花が咲きます。それを桜が、自覚しても、自覚してなくても、咲いてる。です。

>残響のような自我って、自己は今まで思っていた自分でなく
>何ともいい表せないものだよ、だから、今まで、自分だと思っていたのは、自分ではないよ、そんな、自分は存在しないから、自我も、無我もいないよ、でも、記憶や想像にとらわれてしまって発生する自我の事ですか?


ほとんど、そうです。ただ、残響のような自我は、どうしても苦痛というサインを出します。それと人を助けたい気持ちが発動します。ほかの人に自我を見るからです。そのようにして、自分の、無我を、実感しています。

また繰り返しますが、記憶や想像は、自我ではありません。自我が設定されてれば、記憶や想像が、自我の働きをするだけです。

>失うのは今まで自分だと思っていた自己ですか?

なにも失うことはありません。なんか固まりとしての、自我は、最初から、いない、です。ただ(A)のように自分の問題があるなら、取り組まねばなりません。たとえば、なにかに集中し、それを対象にし、実感を求めたい、自我の機能を使ってさえ、取り組まねばなりません。そうです。自我の機能を使いましょう。そして、そうであることを、そうであることから、教えてもらいましょう。

>得るのは新しい自分、自己、愛、実在ですか?

それは、その人の体験によります。ばんさんの場合は聞いた範囲では、無我、なのだと思います。(それを、自分のPCにでも、ここにでも明確に表記することを、お薦めします)。その無我を見た、それは、すでにあります。それを空想する必要がなくなります。天の国で、天の国を空想する必要はありません。

> 私が理解できているか判定って出来ないものでしょうか?

そうです。自分でしか判定できません。ここでの例えでは、乾きとは迷いです。渇きが癒えるとは、迷いが転換した叡智、智恵です。満腹なら、満腹と、自覚できます。

No.635 - 2008/04/12(Sat) 13:46:32
★ 意識に依存しない / ルー
意識には依存しないの。

「不愉快」という実感があるとして、それを感じている意識には依存しない。
「不愉快」だけを感じてしまう場合でも、その意識には依存しないのん。

誰かのことを「好き」と思っても、それを感じる意識には依存しない。

依存しない。
依存しない。

じゃあ、どうやって生きるの?

わからない海に出てしまった。

No.616 - 2008/04/09(Wed) 19:45:03

☆ Re: 意識に依存しない / ルー
もしかして、それが、「はんにゃーはらみつ」の海?
No.617 - 2008/04/09(Wed) 19:58:05

☆ Re: 意識に依存しない / ubik0101
きゃははは。大爆笑じゃ。その、依存しないことにも、依存しないのじゃ。さすれば。その仮の中心は常に、いない、のじゃ。無我さえ、いない、のじゃ。するともう、実感を求めずとも、それ、なのじゃ。泥の沼に咲く蓮の華の、見えない香りじゃ。
No.618 - 2008/04/09(Wed) 21:11:54

☆ Re: 意識に依存しない / ルー
うびさんも、誰かに愛されたいとか思うことがあるんじゃないですか?

本当は、嫉妬することもあるんじゃないですか?
自分で気づかないだけで。

No.619 - 2008/04/10(Thu) 09:51:47

☆ Re: 意識に依存しない / ubik0101
し、しまった。とうとう聞かれて、しまいました。正直に言わねばなりません。ルーさんには、とても愛されたい、のです。

さて、ここで。なにもなかったかのように話を続けます。この頃、実感ということが、気になります。なにかが実感されると意識は喜んで、それを事実と判定します。

でも、どうも、それは怪しいです。実感するということは、どうやら実感してる自分を確認したいということ、でもあるようです。(とくに愛したい、愛されたい、実感を求めるということは、そういう事態です)。それで、あれこれの実感を検討、観察すること、それは、やはり自分を確認したいという作業をしているってことです。

それで、意識は、そんな性質がある。意識が機能してる、それだけで欲望なのでしょう。しかも意識は嘘もつけるし誤解もできます。その意識に惑わされない、依存しない。ことにします。(それは簡単です。なにかを実感しようとしてるとか、検討してもない、日常は、常にそうなんですから)。すると、意識の管轄にない、素直さなどの良い特質、自己、愛、実在、を、自覚しないまま、自覚します。

つまり自覚される実感の、良い特質(倫理)も、愛(情)も、実感の自己(自我)も、実感の実在(空想の神)も必要なく、無自覚に自覚します。これは、世界、つまり物質、身体、感覚、感情、意識の範疇にありません。

それが蓮の華の香りです・・・青は藍よりいでて、藍より青し・・・収穫・・・それで、世界は、嫉妬だろうが、偽善だろうが、なかろうが、泥の沼であろうが、なかろうが、赤い華でも、黄色い華でも、白い華でも、でなくても、無問題です。これが意識に依存しないということです。

そうなんですが、それも疑えます。実感に捕われないという、ことに捕われてる可能性があります。それで、です。この、自我も、無我も、実感することもない、空も、因果も実感しない、ありのまま、というのも仰々しい、ふつうの日常。意識が機能しながら、依存してるわけでも、してないわけでもなく、このへんから、見えることがあるような気がしています。世界って、なんなんでしょう。

No.620 - 2008/04/10(Thu) 11:15:50

☆ Re: 意識に依存しない / ルー
うびさんは「いない」に依存しているのではないかと思ったので、ああいう質問をしてみたのですが、思ったより突っ込んだ返事だったので驚きました。

ここまできて、やっと、うびさんの言葉がすんなりと理解できるなぁーという実感です。

ありがとうございます。
もちろん、私も愛されたい、ですよ。

そして、何でもなかったかのように日常を生きていきます。

No.621 - 2008/04/10(Thu) 12:02:15

☆ Re: 意識に依存しない / ばん
質問です。意識についてやさしく教えてください。
No.622 - 2008/04/10(Thu) 15:23:45

☆ Re: 意識に依存しない / ubik0101
もしかして、意識、そのものとは何か?という質問なのでしょうか。それなら、知らない、です。知りようががない、そうであるから人は、それに依存したり、それに依存しなく、できると思います。それは世界・・・人や、樹や、鳥や、魚についても同様です。

それを知ってるなら、たぶん、依存しっぱなしで、そうだということにも気が付けないと思います。意識は、それらも、意識も、知ることはありません。ただ、知る、と思うことができます。それは、たとえば記憶による想起です。(それを自我が巧妙に利用するとも言えます)。けど、想起は自我ではありません。

そしてなんであれ、そうでなくていいのに、そうです。怒りは、怒りでなくていいのに、怒りです。楽しさは、楽しさでなくていいのに、楽しさです。自我も、そうでなくていいのに、自我です。意識は、意識でなくていいのに、意識です。これを不思議と呼んでいます。

どんなことも何であるか解らない、知らない世界。それゆえ人は、成長できます。これを思うと、自分は、世界と、まったく同じなんだけど、まったく違う、そんな感覚があります。

No.623 - 2008/04/10(Thu) 17:03:39

☆ Re: 意識に依存しない / ばん
たとえば、「思春期になり異性を意識し始める」の意識のことですか?

それとうびさん、私は体調が悪くて体がだるいのですが、そういったことでも何でもよいのですが苦しいと思う事ありますか、そして、苦しさを受け入れる事ができない事ってありますか?

No.624 - 2008/04/10(Thu) 17:46:29

☆ Re: 意識に依存しない / ばん
もうひとつ聞きたいことがありました。
何か、あれが欲しいとか、あんな人になりたいという欲はありますか?

No.625 - 2008/04/10(Thu) 18:02:46

☆ Re: 意識に依存しない / ubik0101
>たとえば、「思春期になり異性を意識し始める」の意識のことですか?

ううん。なにかの意識状態のことを言ってるのではありません。ボクサーが倒されて、 意識がない、と言いますよね。そうでなく、ふつうに暮らして食事したり遊んだりしてるなら、意識がある、と言えるでしょう。その普通の意識です。

>それとうびさん、私は体調が悪くて体がだるいのですが、そういったことでも何でもよいのですが苦しいと思う事ありますか、そして、苦しさを受け入れる事ができない事ってありますか?

もちろん、たとえば経済的に苦しいとかあります。そして、それは、どんなに強く感じても、それだけのことです。その苦しみによって、それを感じてる自分を、ことさら感じる必要なし、です。(ほかの平穏な状態とか、ほかの人の状態とかと較べる必要がありません)。それで、受け入れることができないということは、ありません。

>何か、あれが欲しいとか、あんな人になりたいという欲はありますか?

そーだ、今日の御飯は、蕎麦じゃなくって、魚にしよう。水を飲もう。というようなことを、欲望と呼ばないなら、 ありません。この前、ネットで見つけ読み飛ばしましたが、道元が、小欲と言ってることに該当するようです。

No.626 - 2008/04/10(Thu) 18:38:26

☆ Re: 意識に依存しない / ばん

>
> そーだ、今日の御飯は、蕎麦じゃなくって、魚にしよう。水を飲もう。


こういう直感的に選択したり、決定したり、物事って自分で決めているんですかねー
どうも、自分で決めているようでいながら、もう決まっていたような、自分で決める事ができないような、感じがするのですが、そういうことありますか?

No.627 - 2008/04/12(Sat) 09:03:53
★ 最後から2番目の夢 / hato

ほんとはね。

パパにうんと抱きしめて貰いたいんだよ。
もう、
また、
泣いちゃったんだ。
ママ、大事な恋人をおいて、
いつもどこかに、行っちゃうの。
人のために、忙しいんだ。
でも、
ちょっとピアノを弾いたら、
スッキリした。
前よりも、だいじょうぶ。
みたいな、気がする。
なんでかな。
きっとubik0101さんと皆さんの、
お陰かな。
ありがとう、なのだけど。

ほんとはね、

会いたいんだ。
でもね。
まだ、ちがう。
その愛が、先なんだ。
愛がそうするしか、できないんだ。
そうだよね、ママ。
ごめんねママ。
この身体で会えるの?。わからない。
でも。約束したよ。
嘘つかないこと。
それはね、
絶対。いつも、自己の光てこと。
まだ気付かないでしちゃうこと。ある。
気付いてもしちゃうことも。ある。
ない、かもしれないけど、あーる。
ごめんねママ。
ぼく、けっこう、悪い子。
だからおしおき。
でも。
愛してる。
すると、ママは、そんなの愛じゃないっ
て怒るの。
ちがうよママ。
それも、やっぱり、愛なんだ。
ぼくは。そう思う。
恋愛も、結婚も、
知らない、
でもやっと、そういうこと、考えてみた。
人だもんね。
言葉は、約束。なんだね。

鶯が聖書を呼んできて、
雅歌
が開かれた。

愛がそれを望むまでは、
愛を呼び覚まさないと。

とにかく、時々か或いはいつも、世界は自分。
頑張りましょう、と、思います。

No.614 - 2008/04/06(Sun) 23:23:04

☆ Re: 最後から2番目の夢 / ubik0101
そうですね。「言葉は、約束」。とてもいいと思います。
No.615 - 2008/04/07(Mon) 13:47:00
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