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(No Subject) / peer
>自我が機能してる人が笑うなら、
>それは自我が笑いによって表れた、
>と印象されるかもしれません。


「精神作用とは」脳による現実の世界を
反映した情報処理活動である。
外界より取り入れた情報をもとに、行動の
プログラムを作成し、手足・言語で
それを発現している。その結果、心は作られる。

ちょっと固めですが、すべては脳の働き。
と考えますと、心ってナンゾヤ。と。
どこまでも謎です。

No.374 - 2008/02/20(Wed) 00:38:51

Re: / ubik0101
とても、返信が困難です。
しょーがないので、
とりあえず(A)案。(B)案。用意してみます。

>どこまでも謎です。

返信(A)案。そうです。

まー。現実の世界って、こうでなくってもいいのに、現実の世界だし。行動のプログラムも、そうでなくっていいのに、行動のプログラムだし。脳も、そうでなくていいのに、脳だし。し、しかも。 なーんにも、自分が創ったものって、ないかもしれません。心が現れるために、そういうことが必要なのかもしれませんが。しかし、どうして自分は、この自分なのでしょう。

返信(B)案。心は、ありません。

この前、話したけど。この1週間の自分と、自分と関わった人の行動、発言、思考を、まったく事実だけを思い出すのは不可能でしょう。それで飛び飛びに短絡的に、判断する。その基準は、たとえば損得、苦楽、優劣とか。そうすれば、それに添った意味のある行動もできます。簡単。便利。ただそれだけの機能に、自分が巻き込まれてるだけのような。こともあり得ます。

No.385 - 2008/02/20(Wed) 21:26:01

返信ありがとござい / peer
脳の勉強をしていて、ヘタな能書きを
たれたくなった・・・というような感じで。

人工頭脳は、いまのところ直列ですが
並列にすると、かなり人間に近い思考が
可能になるようです。
人間は、幾つもの並列の回線を持って
大量な情報を瞬時に選び捨て判断し決断し。
それが、途絶える事がありません〜

まあ、しかし。
とてつもなくスゴイ装置ですよね。脳って。
自分に都合の宜しくないものは、遮断するし。
都合の宜しいように空想はするし。
それを自分では気付かない。

No.386 - 2008/02/20(Wed) 23:54:48

Re: / ubik0101
空想。そういえば子供の頃、教室で。じっと座ってって退屈で。その授業でないこと、たぶん海のこととか、犬との生活のこととかを考えました。

それは教室の空間一杯に展開され、先生や級友には見えないだろうけど、自分には映画のようにありありと見えました。それは空想でした。

それが、とても不思議で楽しかった、そんなことを思い出してしまいました。 そういえば、なんかの病気で脳がほとんどない人が、日常生活に支障がなかった、とか聞いたことがあります。

No.391 - 2008/02/21(Thu) 13:02:21

Re: / peer
わたしも、空想して遊ぶのが好きでした。
それがだんだん「これはありえない」と
常識が遊びを妨げるようになって。
考えにも行動にも制限が増えてしまいました。

脳は可塑性の高い部位なんですよね。
なにかが欠けると、それを補うように
新しい神経細胞が発芽するようです。
毎日、一万個くらいの神経細胞が死んで行きます。
それでも、補うように神経繊維は伸びてつながって。

No.392 - 2008/02/21(Thu) 13:40:41
空想 / ルー
ふと思いついたり、おかしいなーと思うこととか、面白いなーって思ったりして、ubikさんに話したいと思う瞬間が、一日の間に何度もあるんですよ。
でもね、「空想」という言葉が、ドッカーンと立ちふさがるのです。
「そんなの、空想じゃないか」
「それは、空想です」
「すべては空想です」

空想の中で生きるのは辛いです。

空想なんかじゃなくて、リアルに生きているんだって言ってほしいのです。

まぁ、何とでも言えます。
言えるようにできているんです。
でも、そうじゃなくて、言うだけじゃなくて、実際にそうであってほしいのです。

No.365 - 2008/02/19(Tue) 11:49:27

Re: 空想 / ルー
あー、神経症的になっています。

ubikさんが大切にしている「空想」に対する気持ちにケチをつけるわけじゃないのですよ。

すべてが空想なら、どうやって繋がるのか?
あー、自分でも意味がわかりません。あわわ。

No.367 - 2008/02/19(Tue) 11:54:20

Re: 空想 / ubik0101
ちょっと散歩に行ってました。晴天です。
ついでに橙と、金柑を買いました。
いくらでも話しかけてください。ルーさんの突っ込みは貴重です。

ところで。なにか空想してるのに、それを事実と思ってしまう。それが問題。というだけのことです。たとえば。なにか空想と比較して、このリアル(いまここ。ありのまま)な現実が唯一無比の事実という意味ではありません。

それは、そんなリアルという現実を空想してるかもしれません。もし、そんな空想が空想だと理解したら、そういう現実という空想をする必要もないでしょう。であれば、いくら思考の翼をひろげても(それは事実で)無問題と思います。

>すべてが空想なら、どうやって繋がるのか?

なにを行動しても空想しても呼吸するだけでも、人は、この世界を変えてい続けてると思います。そして、その世界は、話し相手とか隣人とかは強く関係づけられ、影響しあい、共有されてると思います。そして大雑把に言えば、人は世界なので、自分たちで自分たちである世界を作り変えてい続けてる、それが繋がってること。と思います。

No.369 - 2008/02/19(Tue) 13:47:24

Re: 空想 / ルー
空想を事実だと思ってしまわなければ問題ない、ということなんですね。

私の中の暗黒が目を覚ましました。
白い部分だけで生きているなんて、今までの私がおかしかったのです。

No.375 - 2008/02/20(Wed) 09:49:37

Re: 空想 / ubik0101
>空想を事実だと思ってしまわなければ問題ない、ということなんですね。

うん。なにか空想してるなら、それは空想だって、そう意識しなくても、すでに了解してると思います。

>私の中の暗黒が目を覚ましました。
>白い部分だけで生きているなんて、今までの私がおかしかったのです。


そして究極の白、究極の黒という、両極端は見つからず。したがって、空想の中庸も見つからず。そうであれば、どんなことにも執着できず。たとえば執着しないということにも、執着できない。その私。それがルーさんではないでしょうか。

No.376 - 2008/02/20(Wed) 10:43:26

Re: 空想 / ルー
ああ、そんな気がします。
よく、そんなことがわかりましたね。
ubikさんって、誰なんですか?
あなたに執着したいわ。

No.377 - 2008/02/20(Wed) 14:13:36

Re: 空想 / ルー
でも、ubikさんも私も空なので、執着できませんー
No.378 - 2008/02/20(Wed) 14:15:40

Re: 空想 / ubik0101
それが
中道の発現です。

しっかし、ル、ルーさんって、
狙って人を大爆笑させるって、凄っ。です。

No.379 - 2008/02/20(Wed) 16:03:14

Re: 空想 / ルー
笑うところはないはずですっ

呪ってもいいですか?

No.383 - 2008/02/20(Wed) 20:48:52

Re: 空想 / ubik0101
そんな覚えはないけど、いいよー。
No.384 - 2008/02/20(Wed) 21:01:38

Re: 空想 / ルー
むしろ、呪われたい。

いや、呪われるより呪う方が、エネルギーがいりますね。

モチベーション(?)を維持するのも大変ですし。

呪われるよりも呪う方を、あえて選びます。

これは修行です。

とりあえず、インフルエンザのウィルスが九州の方に飛んでいくように呪いをかけておきます。

No.387 - 2008/02/21(Thu) 09:53:14

Re: 空想 / ubik0101
そ、そんな
チャーミングな呪なんか、
いくら急襲してきても、
つ、ついでに買った金柑が、
吸収することになっておるのじゃ。

んでもって、こっちから
呪の反対の、
祝福を、そっちに送信します。
えいっ。

No.389 - 2008/02/21(Thu) 10:26:27
(No Subject) / 大阪
ぼくも、うけました。

>ちょっと今、思ったんですが、笑いってなんでしょう、何で笑うのでしょう、自我のはたらきですかね?

それは、笑ってる時にしか分からない、だと思います。

No.361 - 2008/02/18(Mon) 20:22:49

Re: / ubik0101
こっちに続けます。

ルーさんって、ほんとに面白っ、です。
ところで、笑うって、自我とは無関係と思います。
ですが、自我が機能してる人が笑うなら、
それは自我が笑いによって表れた、
と印象されるかもしれません。

ところで。それを感じないから、それはないというわけではない、という理解が必要と思います。たとえば病気なのに、自覚症状がないから、健康。とは言えません。自覚症状がなくて、健康。との違いは、自覚できるできないに関わらず、事実です。

つまり自分には自我が自覚できないから、自分にはない、ということと、事実なくて、ない、ということとの違いがあります。その違いを理解できないのは、自分の思考は自分の思考が総べてであり、それを知ってる、という思い違いがあるかもしれません。

ほかの人が、どう見えるか、ということもあります。たとえば大きな声で指図したり、なにかに抗議する人は、自我が強い人と見なされることがあります。でも、それは、そう見えるだけということもあります。また逆に、自我なんて自覚してない静かな人が、そんなタイプの自我の人ということもあります。

No.363 - 2008/02/19(Tue) 09:44:21

Re: / 大阪
スミマセン、新規投稿で返事していました。

僕は、自己主張の為にあえて変な所で笑ったことがあります。ここで言われている「笑う」に入らないぐらい愚かな行為でしょうが。

うびさん
>つまり自分には自我が自覚できないから、自分にはない、ということと、事実なくて、ない、ということとの違いがあります。その違いを理解できないのは、自分の思考は自分の思考が総べてであり、それを知ってる、という思い違いがあるかもしれません。

うびさんがそんなに鋭いのは、ホントに自分を徹底的に見たからなんでしょうね。

最高の思考。それは「庭さきの柏の木」である、でない。どういっても誤るようです。

さらに、それがどういっても誤りであると。
うーん、知っています。

多分うびさんは、ココも知ってる知らない、どういっても誤り、なのでしょう?

No.368 - 2008/02/19(Tue) 12:31:09

Re: / ubik0101
それは、知識の問題、なのでしょうか。ならば、知識、が何か、知ってるでしょうか。
No.370 - 2008/02/19(Tue) 14:37:42

Re: / ばん
笑いって、楽しいので無意識に自分自身で受け流せていると思うのです。
でも、恐怖とか悲しいとかって、すんなり受け流せないから、そこでつまってしまって苦しむのだと思う。

あの体験を理解する事でより大きな視点(別の視点)でものごとを見るようになって、今まで悪い事だとか、怖い事だとかで苦しんでいたのが受け流せるようになってる気がする。

No.371 - 2008/02/19(Tue) 15:27:22

Re: / ばん
愛とか喜びも、あたりまえの様に存在して、無意識に受け流しているだけなのかも
No.372 - 2008/02/19(Tue) 17:49:44

Re: / 大阪
ばんさん

> 愛とか喜びも、あたりまえの様に存在して、無意識に受け流しているだけなのかも

僕はそうだと思います。のりさんが、喧騒の中の静けさ、と表現してるのも、ソレと思います。意識が自覚しなくても、自己は常に、そうなんだと思います。

No.380 - 2008/02/20(Wed) 18:52:57

いま / 大阪
びっくりしました。

あの愛を感じたとき、心の奥ではいつも、こうだったんだって思ったんでが、ひっかかってたんです。
心の奥ってどこ?

いま分かった気がします。
心の奥、その正確な場所は、世界です。

No.382 - 2008/02/20(Wed) 20:05:38
(No Subject) / ばん
すべては神の道苦しい時も悲しい時も受け入れて流れるままに生きていこう、神に教わった愛をもって許していこうすべての罪をこの世は必然道はまっすぐ
No.357 - 2008/02/18(Mon) 09:36:12

Re: / ルー
句読点がないと読みにくいです
No.358 - 2008/02/18(Mon) 17:00:17

Re: / ばん
わははは、
そうですね、ほんとに読みにくい。
うけました

No.359 - 2008/02/18(Mon) 17:20:10

Re: / ばん
ちょっと今、思ったんですが、笑いってなんでしょう、何で笑うのでしょう、自我のはたらきですかね?
No.360 - 2008/02/18(Mon) 17:43:30

Re: / ルー
笑ってくれて、ありがとう。
本当は、怖かったんです。

No.366 - 2008/02/19(Tue) 11:51:28
自分 / 大阪
のりさん。
返信してなくてスミマセン。上手く文章が思いつかなくてそのままタイミングを逃してしまいました。また会話しましょう。

うびさん。
とてもうっかりしていました。
ずっと自分なんていない、の意味が分からなかったんです。
自分なんて空想、の意味が分からなかったんです。
で、ここをもう一度よく読み返そうと思って序章を読んだんです。
じゃぁ体験で人は「自己を与えられる」と書いてあって、「ぼく与えられてない」と思ったんですけど、うびさんがよく「自己、愛、実在」とそれらを同義語として書いてることを思い出して、あぁ、あの愛がそうだったのか、とハッとしました。
そうだったそうだった。
それでやっと残響のような自我を残響のような自我と呼ぶ意味が分かりました。今までは、分からなかったんです、残響のような自我こそ自分だったので。どこが残響だ、という感じでした。
色々見直してみます。

No.313 - 2008/02/10(Sun) 17:32:25

Re: 自分 / ubik0101
その愛を、受けるのが、自己です。けど、自分がいなくなると、愛が訪れるとか。自我は空虚で、そこに誰のものでもないエネルギーが流れ始める、とか。結果的には違いはないと思うのですが、そういう体験には個人差があるのも確かです。それで学びあうことが大切と感じます。

そういえば、最近。「なぜ達磨には髭がないのか」という、禅問答をネットで見つけました。ほとんど頓智のような、反則技のような公案と思います。

No.314 - 2008/02/10(Sun) 19:26:58

Re: 自分 / 大阪
>その愛を、受けるのが、自己です。
あの愛を受けているのは、物質、身体、感覚、感情、意識。
つまり物質、身体、感覚、感情、意識が自己。(意識からみたそれらじゃなく)
ということですか?

>そういえば、最近。「なぜ達磨には髭がないのか」という、禅問答をネットで見つけました。ほとんど頓智のような、反則技のような公案と思います。

へー達磨って髭がなかったんだ、と思って。
ネットで達磨の写真を見て、ふきだしてしまいました。

と書いて、色んな答えを考えたけど、この公案には「写真を見て、ふきだしてしまいました」で充分だと思います。

No.315 - 2008/02/10(Sun) 21:22:08

Re: 自分 / ubik0101
> つまり物質、身体、感覚、感情、意識が自己。(意識からみたそれらじゃなく)
> ということですか?


あー。物質、身体、感覚、感情、意識と、自己は違わない・違う、ということも無意味です。端的には、自己は、意識の対象になりません。

この現実、事実、つまり物質、身体、感覚、感情、意識の働きを、また、そうでない何かを自己とするなら、誤ります。

あの体験でしか、自己は、感じられることはないでしょう。愛、それを感じるのは必ず、自己です。それを意識で、自覚できるとしたら、空想です。ということです。

> へー達磨って髭がなかったんだ、と思って。
> ネットで達磨の写真を見て、ふきだしてしまいました。


> と書いて、色んな答えを考えたけど、この公案には「写真を見て、ふきだしてしまいました」で充分だと思います。

中爆笑です。たしかに大阪さんって、お茶目かもしれません。まあ、自分にも髭(自分・自我)はないよ、とか。自分で、ある、と空想してる、とか。もともと達磨は、いない、とかでいいと思います。ただ、この、いない、は、いる、が自覚できない、という意味でもあるかもしれません。

No.316 - 2008/02/10(Sun) 22:13:15

Re: 自分 / 大阪
>あの体験でしか、自己は、感じられることはないでしょう。愛、それを感じるのは必ず、自己です。それを意識で、自覚できるとしたら、空想です。ということです。

とても、嬉しいです。
あのとき「ぼくはこんなに愛されてたのか、こんなに愛が好きだったんだ」と思いました。
良く検証してみます。

> 中爆笑です。たしかに大阪さんって、お茶目かもしれません。まあ、自分にも髭(自分・自我)はないよ、とか。自分で、ある、と空想してる、とか。もともと達磨は、いない、とかでいいと思います。ただ、この、いない、は、いる、が自覚できない、という意味でもあるかもしれません。

ないと思っているところ、こんなもの見せられたら。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%94%E7%A3%A8

あぁ、そうやった答えたら良かったんですね。
少なくとも、話の流れを考えれば、そうやって答えるべきでした。

でも中爆笑、とても嬉しいです。あとは、小爆笑・・です。

No.317 - 2008/02/11(Mon) 20:32:41

Re: 自分 / のり
大阪さん、こんにちは。
> また会話しましょう。
ってやっぱりお茶目ですね。 はい、会話しましょ。
何のお話でしたっけ?確か私はhatoさんの
> ですが、ubik0101さんが、ご自身を理解してくださったお陰で、どれほど多くの恵みを、わたし達に与えてくださっているでしょうか。
に同調してお返事した気がします。
 hatoさん、前回はゴメンナサイ。悪い唯我独尊状態(自己中ともいう)でした。
 “自分”“自我”“自己”なんと名付けようと私にとってはいいのです。ただそれに引きずり回されなければ良し、という段階です。
 “愛”これは各人各様の感覚があると思います。ただ、“愛する”と思ったら、その瞬間“愛”では無くなるような気がするのです。理解するものを一つづつ理解して行きたいと思ってます。“愛について”も理解したいテーマです。

No.320 - 2008/02/12(Tue) 17:23:28

Re: 自分 / 大阪
> ってやっぱりお茶目ですね。 はい、会話しましょ。

いやぁ、僕はお茶目じゃないと思うんですが。
うびさんはお茶目です。

>何のお話でしたっけ?

何の話でも良いです。では、質問させて下さい。

1「自分に引きずりまわされない為には、どうすれば良いのでしょうか?自分を発生させている原因を探って、それを捨てていけば、よいのでしょうか?色々あるのでしょうか?」

2「"愛する"と思った瞬間"愛"で無くなる、は、どうしてでしょうか?」
前にのりさんが人は人を愛せない、愛が伝わるだけ、と書いていましたが、僕もそんな気がします。

No.321 - 2008/02/12(Tue) 18:11:37

賢い女子学生 / 大阪
うびさん、質問です。
本文「この日常を観察」の、賢い女子学生が行方不明になったお話ですが、「知っても知っても、知ってるということが何かを知りません」というのは。
もしかして、行方不明というのは自分の正体や真実が知られないと了解した、という意味ですか?
(あと、「それは見えないけど」の頭にタグが見えてるようです)

No.322 - 2008/02/12(Tue) 18:55:31

Re: 自分 / ubik0101
その賢い女子学生の部分を、再掲載します。

>とても賢い女子学生がいました。素粒子の観測と料理が趣味。けっして他の人の悪口を言わず、友人からも尊敬されていました。やがてスポーツマンでもある青年実業家と婚約。ヨットで世界一周する途中、クリスマス諸島で行方不明になりました。知っても知っても、知ってるということが何かを知りません、というメモが残されていました。この日常を観察するのです。

どんなことでも知ってるとしても、
その知ってる、ということを知らない。
つまり世界も自分も、知らない。という意味だったと思います。

自己は自覚できないということは
自己は、知るとか知らないとかいう意識の対象にならない、
ということです。

たしかに似てるようで、似てない、ような気がします。

>(あと、「それは見えないけど」の頭にタグが見えてるようです)

ありがとう。削除しました。

No.323 - 2008/02/12(Tue) 20:13:02

Re: 自分 / 大阪
> どんなことでも知ってるとしても、
> その知ってる、ということを知らない。
> つまり世界も自分も、知らない。という意味だったと思います。
>
> 自己は自覚できないということは
> 自己は、知るとか知らないとかいう意識の対象にならない、
> ということです。
>
> たしかに似てるようで、似てない、ような気がします。


世界も自分も知らない。
「何かを知れば、幸せ/自由になる」「何かを知らなければ、悪である」「何かが出来れば、言えれば、手に入れば、幸せ/自由である」から解放されている、つまり自由である、ということですか?

No.325 - 2008/02/12(Tue) 20:34:40

Re: 自分 / ubik0101
そうと言えないことはない、です。知らないということは、ただ事実、知らないということです。そのように世界も自分も、できてる、というほど、そうです。

そのことは。知ってることに依存、倒錯してない。知らなければ依存、倒錯不能、ということを示します。自由という認識も不要です。

ただ、知らない、を知識として知ると、その知ってることに依存、倒錯できるかもしれません。

No.326 - 2008/02/12(Tue) 20:54:08

Re: 自分 / ubik0101

> そのことは。知ってることに依存、倒錯してない。知らなければ依存、倒錯不能、ということを示します。自由という認識も不要です。

これ、解りにくい表現でした。

そのことは。知ってることには依存、倒錯できる。知らなければ依存、倒錯不能、ということを示します。自由という認識も不要です。

No.327 - 2008/02/12(Tue) 21:06:56

Re: 自分 / hato


>  hatoさん、前回はゴメンナサイ。悪い唯我独尊状態(自己中ともいう)でした。


こちら、とんでもないです!
大好きのりさんになんでご挨拶申しあげなかったのかと、
後悔しちゃっていました。
お声をかけて下さって嬉しいです。
ありがとう、ございます。


>  “自分”“自我”“自己”なんと名付けようと私にとってはいいのです。ただそれに引きずり回されなければ良し、という段階です。
>  “愛”これは各人各様の感覚があると思います。ただ、“愛する”と思ったら、その瞬間“愛”では無くなるような気がするのです。理解するものを一つづつ理解して行きたいと思ってます。“愛について”も理解したいテーマです。



ああ、もう、本当にわたしは学ぶしかありません。


知らない、

というとき、
同じ言葉を使ってみても、
ubik0101さんのそれとは、深度が違います。

でも、なぜ、皆それがわかるのでしょう?
なぜ、ubik0101さんの言葉の深度は、深い、深い、
と了解されるのでしょう。



わたしが子供の頃、読んでいたブルーナさんの
雪の日のうさこちゃん
のなかのお話をここに贈ります。



みどりの野原に
ゆきのような
まっ白い
たまごがおちていた。


いったい
だれの
たまごでしょう。



だあれも
それを
しりません。

No.328 - 2008/02/13(Wed) 00:14:06

Re: 自分 / のり
> いやぁ、僕はお茶目じゃないと思うんですが。
> うびさんはお茶目です。

ウビさんはお茶目+チョッと意地悪で知的に遊ばれてます。

> 1「自分に引きずりまわされない為には、どうすれば良いのでしょうか?自分を発生させている原因を探って、それを捨てていけば、よいのでしょうか?色々あるのでしょうか?」
うっ、どうしているのでしょう。未だ模索中ですが色々な変遷がありました。

> 2「"愛する"と思った瞬間"愛"で無くなる、は、どうしてでしょうか?」
> 前にのりさんが人は人を愛せない、愛が伝わるだけ、と書いていましたが、僕もそんな気がします。

そうでしょ、そんな気がしますでしょ。例えば“あの愛”で人が人を愛せないと思います。愛そう、何かしよう、というのは愛とちょっと違う気がします。でも自分が“愛”で居れば隣人には伝わるのではないか、本質が“愛”でいれば、そこから表出する行動は“愛”以外にはならないのではないか、と思います。それは相手が誰であろうと自分の状態ですから相手は選びません。
伝わるためには、隣人である必要があると思います。

時間がありませんので、両方もう少し観て見ます。

No.331 - 2008/02/13(Wed) 12:53:42

Re: 自分 / のり
> いったい
> だれの
> たまごでしょう。
> だあれも
> それを
> しりません。

うっ、これも深い深い!その風景にのめり込みそうです。“だあれも知らない”は無限の世界に引きずり込まれそうです。

hatoさん、こんにちは。家にもブルーナさんの絵本、何冊かあります。真っ青とか真っ赤な表紙のチョッと小さな絵本ですね。チビたちはコレを読んで広がっていくのですね。

> ああ、もう、本当にわたしは学ぶしかありません。
一緒に学んで行きましょう。
>
> なぜ、ubik0101さんの言葉の深度は、深い、深い、
> と了解されるのでしょう。

私の場合了解できないので、届かないので、“深い”です。
私の中でウビさんの知らない、は自覚しない確認しない、
に似ています。皆さんはどうなのでしょう。

すみません。忙しく、多分暫くお返事できません。私の場合いつもこうですのでご容赦の程お願い致します。

No.332 - 2008/02/13(Wed) 13:09:47

Re: 自分 / hato



> 私の中でウビさんの知らない、は自覚しない確認しない、
> に似ています。皆さんはどうなのでしょう。




それは、差がない、ということでしょうか。



けれど、
まだまだそもそも日常、苦が苦です。
問題が問題です。
逃れたいのです。
そんなところにいます。
それ以外のところがあるのでしょうか。
まだ、これ以外に言葉がみつかりません。


> すみません。忙しく、多分暫くお返事できません。私の場合いつもこうですのでご容赦の程お願い致します。


こちらこそ、
そんな風に言わせてしまってすみません。
それでもまた、
共に学ばせてください。

No.340 - 2008/02/14(Thu) 23:13:28

Re: 自分 / のり
hatoさん
> > 私の中でウビさんの知らない、は自覚しない確認しない、
> > に似ています。皆さんはどうなのでしょう。
>
> それは、差がない、ということでしょうか。

ちょっと飛んで、つかめませんが、
ウビさんの知らない、は私なりには、
知ってても知らない。知ってると依存になる。知識、固定観念、言葉にできる全ての事を手放す、という感じです。

> けれど、
> まだまだそもそも日常、苦が苦です。
> 問題が問題です。
> 逃れたいのです。
> そんなところにいます。
> それ以外のところがあるのでしょうか。
> まだ、これ以外に言葉がみつかりません。


問題とは“在るべき姿”とのGapみたいです。
自分の中に“在るべき姿”“こう在りたい”があると問題が問題です。苦が苦です。のような気がします。
怒りも同じ感じです。前に怒りをじっくり見ましたら、自分の中に“在るべき姿”とそうでない姿とのGapがあり、自分を怒ってました。他の人がやっているのでしょうが、実は同じモノが自分の中に在るようです。そうでなければ、感じるコトができないようです。 でも、それも想像みたいです。 
 キチンとしている人は“在るべき姿”にガンジガラメ
にされ易いので、これを退治していくといい気がします。

あっ会議に遅れる〜、

No.341 - 2008/02/15(Fri) 09:23:11

Re: 自分 / hato


> 問題とは“在るべき姿”とのGapみたいです。
> 自分の中に“在るべき姿”“こう在りたい”があると問題が問題です。苦が苦です。




本当です、本当です、

そこがずっと問題です。
のりさんと図書館閲覧者さんのお話のように、
逃避しよう、とすることが問題です。


これの場合は、静けさ、への依存があるかもしれません。
そこだけは守りたい、があるかもしれません。
静けさ、がなにかを、知っていることにしているかもしれません。
その極端さ、頑固さを、
形を変えて隣人に投影していることがわかります。
この仕組みをどこかでは了解していても、
未熟な位相の意識の固まりが、反応します。


たとえば、
渋谷の喧噪のなかと、どこか美しい場所が、共に「なにか」でないならおかしいだろう、
とずっと思っていました。
大抵の音のなかでも、身体は疲れるけれど、わりと平気かもしれません。
けれど、静かであることはよい、という思考が、個人的な身体反応に便乗して、結局は独善的なあり方をよし、としているのかもしれません。
べつにきっと喧噪だって、いやではないから見えるでしょう。
結局は思い通りにしたい、だけでしょう。


隣のおやじとこいつは、同じです。
ちょっと、おかしいほど、正に隣人です。
世界はわたしがそこを理解するまで、
そうしてくれています。
おやじの愛かもしれません。
そう思いながら、幾度となく、その音と共にいました。
音がわるいわけではありません。
音がわるいわけではありません。

が、まだ、完全ではありません。
そうです、
自分と思う自分を、それは常に身体に依拠していますが、
守ろうとするのです。



> でも、それも想像みたいです。 


きっと皆さんのように在ること、
ほんとうに、素晴らしいと思います。



>  キチンとしている人は“在るべき姿”にガンジガラメ
> にされ易いので、これを退治していくといい気がします。



独善的でちいさいのです。
すぐにパニックになるような未熟さが、まだあります。
ここでそれが、
なくならなくても、振り回されなければよいと学びました。


> あっ会議に遅れる〜、


うう、本当にすみません、
ありがとうございますのりさん、ubik0101さん、皆さん。

No.355 - 2008/02/17(Sun) 12:13:37

Re: 自分 / hato

今日は、たくさん眠りました。
すこし、静かな日でした。


> 隣のおやじとこいつは、同じです。


読み返してみて、これは違いました。
同じ、という字の色がほんの少し違ってみえました。
すみません、ありがとうございます。


わたしが彼に自分を投影しているだけでしょう。
それを忘れたら、いけないでしょう。


それから

あの、ディック・ブルーナさんのお話ですが、

ゆきの日のうさこちゃん、ではなくて

ふしぎなたまご、だったようです。

あのとき、意味をあまり考えないで、書いてしまったのですが、少し不適切だったかもしれません。
すみません。

No.356 - 2008/02/17(Sun) 23:15:17
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