1 知識を達成した状態とはどのようなものでしょうか?
自己の内に、努力せずして堅固に在る状態である。 自己と一つのものになった心は、どんなときにも 再び以前のように立ち現れることはない。
すべての人々は、自然にいつでも「自分は山羊ではなく、 牛ではなく、その他の動物でもなく、人間である」と 思っている。
それと同じように、知識を達成した人は、自分の肉体に ついて想いを馳せるときでも「この自分は身体とともに 始まる原理(タットヴァ)ではなく、
音声(ナーダ)とともに終わるものでもなく、存在-意識- 至福の自己である」と思っている。
このように自分を本来の自己-意識(アートマ・プラジュニャー) と知るとき、人は堅固な知識に到達したと言われる。
2 聖者(ジュニャーニ)は、知識の七つの段階(ジュニャーナ・ブーミカ) のどこに属すのでしょうか?
彼は第四番目に属する。
(原注) 知識の七つの段階(ジュニャーナ・ブーミカ)とは以下のとおり。
?@シュベッチャー=光明への発願 ?Aヴィチャーラナ=探究 ?Bタヌマーナサ=微細な心 ?Cサトワーパティ=自己実現 ?Dアサンシャクティ=無執着 ?Eパダールターバーヴァナ=対象物を認識しないこと ?Fトゥリャーガ=超越
このうち、終わりの四つのブーミカに到った人はそれぞれ、 ?Fブラーマヴィッド・ヴァリシュタ、 ?Eブラーマヴィッド・ヴァリア、 ?Dブラーマヴィッド・ヴァラ、 ?Cブラーマヴィッド、と呼ばれる。
3 だとすれば、その後にさらにすぐれた三つの段階がある のはなぜでしょうか?
第四段階から第七段階までは、それぞれ解脱した人 (ジーバンムクタ)の経験による違いである。
これらは、知識および解放の段階ではない。 知識と解放に関するかぎり、これらの四段階には いかなる違いもない。
4 解放は四段階のすべての人に共通に与えられているのに、 なぜヴァリシュタ(最もすぐれた段階)だけが過分に称賛され るのでしょか?
ヴァリシュタに共通の至福経験に関して言えば、 彼はただその前世に得られた特別の美徳によって称賛される。
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No.6069 - 2017/08/08(Tue) 18:45:26
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