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★ 自分を眺めてしまう / 勘太郎
 自分を眺めている癖を無くすことができません。
音を聞いているようで、実際は音を聞いている自分を眺めているような気がします。

 ストーブの燃える音を聞いているのか?聞いている自分を眺めて、ストーブの音をきいているのか?
 「これを向かい合わせの鏡に多重に映った姿を眺めている」と云うのでしょう。どこに直接聞いている自分がいるのか?

 自分の対象を眺めて鏡に映った自分を、自分と勘違いしそうです。

 来年4月の接心に参禅したい気持ちが高まってきています。接心のコツは前回でつかんだつもりです。無字になりきるコツ。つまりは雑念なく、無字に集中。集中力が着いてきているような気分。具体的には「ムー」っと一生懸命唱える。

何で東照寺の接心に毎回参禅する方が多いのか?不思議だったのですけれども、次回は4回目です。どうにか成ろうとして最初はでかけました。今度は成ろうではなく、ただ「ムー」。後は野となれ山となれ。

No.6723 - 2018/11/29(Thu) 21:26:16

☆ Re: 自分を眺めてしまう / ubik0101
もしかして、なにかを見て、たとえば花でも、時計でも、その焦点のところに自分がいる・・・それは静かなのですが・・・それを意図的にやってるのでしょうか。
No.6725 - 2018/11/30(Fri) 08:29:20

☆ Re: 自分を眺めてしまう / ubik0101
ある登山家が瀕死の大怪我をして、1人で下山途中、その自分の姿を上空から見ていた。という話を、ずーと前、NHKの番組で見たことがあります。
No.6726 - 2018/11/30(Fri) 17:06:21

☆ Re: 自分を見いているという感じはしませ / 勘太郎
食事していて、お椀の中に自分が居ると感じると聞いた事がありますが、それとはまったく異なります。
 
 おいらの自分を見てしまうは、「花を見ている自分の姿を思い浮かべて、それを見てしまう」です。
 他人から自分がどう見られているかを推測して、自分の動きを調整しているのです。

 自分の目で加工なしに対象を見ることができたら、それが覚醒に近いのではないか?と想像しています。
素直に見ようとして、静かにすると胸の奥で何かが渦巻いていて、静かでいることができません。

この胸の奥の塊が自我だと思っています。そして、この自我を見ているのも自我なので鏡に多重に映った自分がいる様にみえるのではないかと思っています。

No.6727 - 2018/11/30(Fri) 20:55:34

☆ Re: 自分を眺めてしまう / ubik0101
「花を見ている自分の姿を思い浮かべて、それを見てしまう」・・・その、「それを見てしまう」その自分に気がつく・・・ということなら、そこで終わってるはずです。その「花を見ている自分の姿を思い浮かべて、それを見てしまう」その自分に気がつかないのが、また遊んだり真摯であったり同じことを繰り返すそのことで、気がつきたくないのが世間の有り様。

と、気がつくなら、ふつうはそこで、もう後も見ずにそれを嫌って離れ、1人で歩こうと決心するのです。けど、そんな「それを見てしまう」、その自分て何か分からないということで、実際は、その自分から逃げてる。たとえば完璧な人であろうということが、自分から逃げる。ということもあり得ます。

もちろん自分で自分を注視することで実は自分から逃げてるということもあり得ます。とても、自分で自分を見る状態が、世間が、あるいは自分が好きなのか、自我の故郷を離れたくないのか、とか判りませんが、探るならその動機は自分で見つけねばならないことです。それが探求の始まりです。

こちらの、あるいは誰の意見も総て空想で、何も役に立ちません。自我は自分で見つけねばならないとダダを捏ねるのですが、総て自己責任で、自分で見つける。ということを盾にして、ダダを捏ねるのです。おそらくそれは苦痛でしょうけど、それを紛らすためにいろんなことをやる。やらない。それがまた逃げになり得ます。

どんなことであれ、ほかの誰でもなく、そのように自分でしてるのでしょう。でも、24時間そうだというわけではないでしょう?そでないときに・・・つまり無思考状態に・・・気がつけばいいのですが、徹底的に思考する、その状態にある。するとふと、思考してなかった。その状態になかった。ことに気がつくことで、一瞥が起こることはあり得ます。

No.6728 - 2018/12/01(Sat) 08:29:19

☆ Re: 自分を眺めてしまう / 勘太郎
自分を眺める(今自分が行う行為に集中する)のが私ができる最高の努力であるようです。「今から逃げない」とか云われるようです(本を読んだ限りでは)

 ubik0101さんのおっしゃる自分を観察すると似ていると思います。
どうしても、早く悟りたいとの願いが目的地を想像してしまいます。目的地から現在への道を妄想し、道を考えてしまいます。焦るな!
 
 行きつくかどうかを思案しない。お任せして今自分が行っている事、起きていることを観察する。これに自分を集中してい行きます。

 東照寺のろうはつ接心が5日(水曜日)から9日まで行われる様です。修行のやり方はいろいろでしょうけれども、来年は参禅するつもりです。
今まで、「参禅は大変だ」と思ってきましたが、一番大変なのはお寺の人々で特に台所を行う奥様が一番大変だと分りました。朝1番の体操の時には台所の灯りが点いていて、就寝の時間でも電気が点いています。

No.6729 - 2018/12/03(Mon) 14:49:44

☆ Re: 自分を眺めてしまう / ubik0101
よい知らせを望んでいます。
No.6730 - 2018/12/04(Tue) 08:30:44

☆ Re: 自分を眺めてしまう / hato

どこの奥さんもきっと大変です。

身体はご無事ですように。

No.6731 - 2018/12/04(Tue) 08:44:58

☆ Re: 今朝は寒い / 勘太郎
 とは言っても、マイナス7度。
当地の人は寒がりが多くて、家の中はあったかくしています。北海道では冬にアイスクリームの消費が多いと聞いた事があるような気がします。最近はあまり聞きませんけれども。

 内地でも標高の高い所ではマイナス10度も珍しくないので、特別ではありません。

 「職場で合わない人がいる」の問題をいつも考え続けています。覚醒の道具として、神様からのプレゼントですから大事にしています。緊張は注意深さを身に付けてくれます。注意深さが覚醒への近道でしょうから。
 なんとか「この合わない人問題」に決着をつけたいと願っています。はやくするよりも引っ張って引っ張って長引いた方がよろしいとおもっています。
 いままでも「合わない人」がいたのですが、多くの場合転勤で解決してしまいました。転勤に依らない決着したい。 この問題で、自分が変わって行くのが解ります。おもしろいことです。

 
 雑談
 義理の姉が今回から年賀状はやめるそうです。
疎遠な人に1年に1度の「無事も便り」も良いものだなあという私の感覚もあります。遠く離れた、いとこ達と逢うことはほとんどありませんが、年賀状はそんな関係を取り持つにはとても便利な手段です。メールの時代だからこそ有難い仕組みと感じます。

No.6732 - 2018/12/09(Sun) 07:49:51

☆ 人間関係が探求にならないとは言えないけど、 / ubik0101
とても合わない誰かと仲良くなった。辛い仕打ちに耐えた・・・さまざま人間関係はあるでしょうけど、どんなことも、これが役に立ったということとしては特定できず・・・総て結果論だと思います。なにか特定の人間関係が結果に結びつくことは困難なような気がします。

それでも自分の言動による相手の反応は、総て自分で受ける。ほかの人がこうだからとか、常識とか、知識とか、過去とか、未来とか、雰囲気とか、気分とか、関係ないこととか、あれこれ理由にしたりして、自分を正当化して自分から逃げることをしない、ということは基本でしょう。

たとえば、あっ、失敗した。と感じたなら、それを他のことで修復したり、誤摩化したりしない・・・常に勝手に動く些細な自分の気持ちも見逃さない・・・どこまでもそれを引き受ける・・・誰かを非難することがあっても、恥ずかしくても、それは総て自分が受ける。そんな感じでした。

こちらにとって、注意深さとは、このような逃げないこと、だったと思います。たぶん悪役としての思考は現場から、その自分の有り様から逃げようとするかもしれないけど、それをしない。思考に使われない、という言い方もできるかもしれません。

No.6733 - 2018/12/10(Mon) 19:28:36

☆ Re: 自分を眺めてしまう / hato

暖かい地域のこちらも、朝晩はそこそこ冷えてきたようです。桜の老木の周りに、水仙が咲き始めました。これから来年の春近くまで、なんともいえない香りが漂います。

No.6734 - 2018/12/11(Tue) 23:44:09

☆ Re: 逃げないとは今と違う仮定の夢想しない / 勘太郎
 逃げないとは、今から離れない、ということだろうとおもいます。

 不快な現実をちらりと眺めた10秒後。買わない宝くじが当たって、夢の様な生活が死ぬまで続く姿の夢の中にまどろむ、という逃避しない。
 不快であるときに、音楽や懐かしい過去に逃げ込まない。

 よし!すこし解ってきたぞ!

・・・と希望がでました。また課題が現れるのが面白いです。

 「それも又変わる」これを一言で「無常」
ほんとにまあ自分でも呆れるほど、気分は良く変わります。変わるのに気が付かない(逆らわない)のが中道なんでしょう。

No.6735 - 2018/12/13(Thu) 07:56:58

☆ Re: 自分を眺めてしまう / ubik0101
すこし思い出しましたが、判断しない、でもありました。たとえ初対面でも、なにか印象を感じるというのは、分類して、手間を省いて、整理して、分かりやすく相手を判断してるのかもしれません。

そんなことは恥ずかしいことに感じました。それに、こちらが嫌でしょーがない人も、ほかの誰かからは好かれてる人かもしれないのですから、どんな判断も、自分の勝手な意見だと思われました。

人間関係でも、なにかの思考でも、判断は自分勝手でしかない・・・ここで少し変位が起こり、なにかを判断するのは狭く大雑把で隙間だらけで・・・判断しない・・・は、広い・・・これで生きよう、と思いました。

No.6736 - 2018/12/13(Thu) 18:42:42

☆ Re: 判断しないとは自分の型にはめないでしょうか / 勘太郎
判断とは、初めての事象に対して、自分の過去の経験の型にあてはめる事で理解したような気分になること。こんなふうに感じました。

 自分の過去の経験から、一足飛びに新しい事を理解するのは難しいので、無理やり手持ちの型に押し込めてしまう。

 判断しないとは理解をあせらずに、そのままを見るという事なのかと思いました。
心掛けます。

No.6737 - 2018/12/13(Thu) 22:17:56

☆ Re: 自分を眺めてしまう / hato

今日あたりの空気は冬らしい冷たさで、とてもいいです。少し前から咲いてる可憐な薔薇は、まだ蕾が残っており、この時期だったかと、あらためて驚きます。本日は朝から晩まで仕事の日。さ、頑張っていこう。

No.6738 - 2018/12/14(Fri) 16:51:57

☆ Re: 自分を眺めてしまう / 勘太郎
栄宗寺 御住職様の書き込みです。皆さんがテクニックとして、感情をいじらない、ただ眺める。とおっしやいます。
 どうすれば?取り除こうとしないで、黙って向き合うことができるのか解りません。それは「簡単です。ただ黙って見ていればよいのです」と書いてあります。
 自転車の乗り方を説明してくださいとお願しているのでしょう。乗れない私に、「乗れば良いのだ」としか説明できないでしょう。

 黙って観察できない私は、思考を自分の胸に向けます。するとそこは思考の無い世界です。だけどまたすぐ感情の波が襲ってきます。
 そこで又、自分の胸に・・・と無限回続けると心がしずまるのでしょう。これを精進とかいうのでしょうか。
 とても大変な作業です。

御住職様の最後の言葉「楽しい気持ちは、取り除こうとしないので、消えて行きます」はよく解りました。

 今日は風もなく、暖かい休日です。

≪不安や恐怖の感情が生じた時、私たちは「不安や恐怖を取り除こう」としてしまいます。
しかし、「不安や恐怖を取り除こう」という思考は
「不安や恐怖の感情」を元にして派生しています。

「不安や恐怖の感情」が無かったら、「不安や恐怖を取り除こう」という思考は生じようがありません。

 つまり、「不安や恐怖の感情」が親で、「不安や恐怖を取り除こうという思考」が子です。
子がぐずっていると親が顔を出します。
「不安や恐怖を取り除こう」とすればする程
「不安や恐怖を取り除こう」という思考の発生原因である「不安や恐怖の感情」も同時に再生されることになります。

 なぜなら「不安や恐怖を取り除こう」という思考は、「不安や恐怖の感情」があって初めて生じる思考だからです。
つまり「不安や恐怖の感情」と「それを取り除こうとする思考」はお互いがお互いを支え合っている、「2つの葦束」「相依」の関係です。

だから、「不安や恐怖の感情」を本当にどうにかしたかったら、「不安や恐怖を取り除こう」としないことです。
そうするとあらゆるものは無常ですからそれ自体で自ずと変化してゆきます。

「不安や恐怖を取り除こう」とすることなく、目の前の実際にある「今できること」に取り組んでゆく時、状況そのものが変化してゆきます。

状況そのものが変化してゆく中で「不安や恐怖」それ自体も変化してゆきます。

ちなみに、「嬉しい、楽しい」の感情は、私たちはそれを取り除こうとしないので、それ自体で問題なく自ずと変化していっています。≫

No.6739 - 2018/12/16(Sun) 13:14:41

☆ Re: 自分を眺めてしまう / ubik0101
ところで勘太郎さんは今、恐怖していますか?人は絶対に死ぬのに、なぜ24時間、恐怖していないのでしょう。なんでもいいですが、ほかにも・・・怒ってない、不満でない、喜んでない、恨んでない・・・それ。これはいったい、なんでしょう?
No.6740 - 2018/12/16(Sun) 20:52:33

☆ Re:ぐさっとくる問題提起です。 / 勘太郎
 昔から、ぼんやり思ってました。学校時代からヅっと、生きる目的とか夢や希望が話題になりました。よく疑問は3度積み重ねなさいと職場で言われました。仕事の改善には「なぜ?」、そうなるのはなぜ? そしてまた「なぜ?」と。

 そして思ったのです。おぎゃーと産まれた赤ん坊に「なぜ生きるの?」と3回尋ねたら、答えは「死ぬ事」になってしまうなあ・・・・。人生の目的は死ぬことです。

そこで、なんで全員産まれたら直ぐに死なないのだろうか?という疑問がづっと続いています。

 
 なぜ24時間、恐怖していないのでしょう。
答えはいろいろあるのでしょうけれども、私に自分で納得できる答えが出てきません。言葉では言えても心が納得できる答えが解りません。しばらく考えてみます。

No.6741 - 2018/12/17(Mon) 14:51:58

☆ Re: それを考えない時には恐怖・悩みが無い / 勘太郎
眠っている時は、何の悩みもなくぐっすり眠っています。翌朝、ああよく眠ったと目覚めます。

そうは言っても、やはり悩みは不死鳥でよみがえって私を襲います。忘れようとすると益々膨らみます。


そこで栄宗寺御住職様は言います。「不安や恐怖の感情」を本当にどうにかしたかったら、「不安や恐怖を取り除こう」としないことです。
そうするとあらゆるものは無常ですからそれ自体で自ずと変化してゆきます。

悩みは無間地獄ではなくて、地下鉄乗車時間の15分づっと続いていることはないです。次はどの駅だったかな?という考えですぐに中断しますし。

なんだか、自分で悩みへの対策の答えが出たような気がします。悩みは黙って耐えなさい。そのうち気分も変わるから。

いままでも、そうやって耐えて来たのです。今更新たな解決方法があるわけがないです。

生命保険は契約後2年過ぎればCENSOREDでも満額出すと聞きました。どんな苦悩も2年続くことはないという調査結果なのでしょう。

No.6742 - 2018/12/20(Thu) 15:52:23

☆ Re: 自分を眺めてしまう / ubik0101
なんでもいいですが、嫉妬、怒り、不安、恐れ、寂しさ、楽しさ、嬉しさ、さまざまな思考、とかは見えることです。ただ見えることが起きた、消えた。という範疇で観察しても、探求しても・・・それはそれの道があるのでしょうが・・・意識と無意識があるなら、あまり意味がないです。

たとえば不安があるとします。それは病気とか、貧乏とかが原因かもしれません。でも24時間、不安を感じてるわけではないでしょう。その不安が見えてなくても、その原因、たとえば病気、貧乏はあるということです。その不安のないとき、その原因があっても原因は見えないのです。

このことは・・・不安であるべきなのに不安がない・・・そのこと・・・ない不安・・・無意識の不安・・・に気がつくのではないでしょうか。ない不安、ない恐怖、ない怒り、ない寂しさ、ない喜び・・・ない思考・・・それが見えないままに渦巻いてる日常に気がつきます。

このようにして無意識の扉は開かれ、ここで人は変位するのです。ただ見える、見えないという状態に捕われてしまう、知覚依存から抜け出します。1人あって徒手空拳で歩く道です。なんでもいいいですが、私は世界だ、総てはひとつ・・・とかするならもう外れます。また原因がないのに、ある不安とかもあるでしょう。

たとえば噂話、誰かが私のことを悪く思ってるに違いない・・・空想の原因でも、不安、苦痛、嫉妬、怒り、不安、恐れ、寂しさ、嬉しさ・・・とかは起きるのではないでしょうか。原因が空想と気づくなら、その、噂話、誰かが私こことを悪く思ってるに違いない・・・とかの思考には繫がらないのです。

それに悪い感情、思考と、いい感情、思考を区別するから、なにか見える悪い感情、思考を消したいのでしょう。そいうのは現実の有り様、移り変わる、とかに拠り所があるかもしれません。繰り返しますが、ぽっと見えて、ぽっと消える、感情や思考その現象を眺めてるのではなく、その眺めてる原因に切り込むのです。

たとえば嫉妬を消そうというなら永遠に、希望を消そうというなら永遠に消さなくては、消した、にはなりません。意識と無意識が区別されてるならそうです。意識と無意識は一続きなら、ぽっと起きた消えたの観察で充分。意識も無意識もなければ、観察しない観察、つまり普通の日常が適正です。

また、原因の有無と結果の有無という因果を巡回すれば、特定のどこかにいる必要もありません。

No.6743 - 2018/12/20(Thu) 22:56:45

☆ 思い出しました、 / ubik0101
コンプレックス、不安、不満、悩みとかは、よくできたもので、無意識への扉なのに・・・なぜそれから逃げようとするのか?だだ、あれこれした、しないで生きて死んでしまう、どしてだ・・・とか思うことがありました。
No.6744 - 2018/12/21(Fri) 08:17:03

☆ Re: 自分を眺めてしまう / hato

あらゆる可能性を秘めたところ

空

それは、不可思議なこの、日常。

そして尚、

さあ、これをしょう!。という、

  これを生きるは、

ちょっと、凄いことです。


これから日本列島も、大寒波だそうです。
風邪菌にやられず、張り切っていきましょう。

No.6745 - 2018/12/26(Wed) 21:10:20

☆ Re: 今日はすこしゆっくりです / 勘太郎
好きなところを印刷して持ち歩いています。

不快な関係である人との付き合いも、暇で問題がないから他人と無駄な軋轢を創り出して、自分を磨こうととしているんですね、たぶん。

 まったく関係のない処で、頭をを使わなくてはならない課題が現れると、不快に感じるはずの人の言動を私の感情がスルーしてしまって、引っ掛かりません。それよりも、四六時中課題が心に引っかかります。

 時計の音を聞いている時の私には、心に何もひっかかる事がありません。胸の奥で心配不幸良くない感情が渦巻いている様な気もしますが無意識の中に沈んでいるので、意識には現れません。

どんな問題も私個人の問題ですから、世界戦争から妻といさかいまで、問題の大きさと云う事ができるのかどうか?大騒ぎも小競り合いも、死ぬも生きるも大きなもんだいなのかどうか?
 カッと血が頭に上る問題も時間が過ぎれば、なんだか解決して定常に戻ってしまいます。

 バラのやわらかさがステキです。元気が出ます。

No.6746 - 2018/12/28(Fri) 09:39:31

☆ Re: カボチャ―スープを作りました / 勘太郎
毎度の事ながら、カボチャ蒸かしてつぶして、炒めた玉ねぎと混ぜて牛乳加えるだけ。ミキサーが無いので手のひらでつぶしながら混ぜて終わり。玉ねぎかぼちゃの皮がそのままなので、スープとは言えないかもしれません。
 新発見はかぼちゃは大変水に溶けやすいので、牛乳は様子見ながら注ぎ足した方が良かった。

 札幌は寒さも雪も弱いけれども、風が強いので外は寒く感じます。外飼いの犬たちはそんな中でも雪の中に丸くなってお昼寝。時には犬小屋の中でお休み。寒くないのでしょうか?大した量のエサも食べていないのに、このエネルギーはどっから出てくるのか?不思議です。

 ストーブが鳴って、外でカラスが鳴いています。同じ座布団で寝ている黒猫の体温でお尻の周りが暖かかく感じます。静かな年末です。

No.6747 - 2018/12/30(Sun) 08:46:56

☆ Re: 自分を眺めてしまう / ubik0101
こちらは時々、オニオンスープをつくります。タマネギを大量に刻んでで炒め、ほかに人参とか、ブロッコリーの芯とかを刻んで、牛乳、水・・・コンソメでは茶色くなるし、ちょっとくどいので・・・昆布茶(これは万能です)を加えて煮るだけです。ずいぶん昔、長崎のジャズ喫茶マイルスのオニオンスープ、とても美味しかったのを憶えています。そのうちカボチャスープも試してみようと思います。

今日は、庭木の剪定をしました。2、3日前は大量の枯れ草を、イチジクの木の根元を囲むように積みました。そうしておくと夏になっても雑草が生えず草刈りも不要で、実の収穫にも便利です。

No.6748 - 2018/12/30(Sun) 18:01:45
★ 職場で合わない人との関係をどうするか / 勘太郎
 人間関係が人の全てなので、希望は人類皆兄弟と感じて、一緒に居て楽しいを維持したい、または構築したいと、無意識に思ってきました。

 職場に一人、同年代の合わない人がいます。さてどうしたものか?と思案してきました。
 最近、より険悪になって困っています。この秋頃から、人間関係の問題が叔父にも起こりました。歳より同士の加齢によるお互いの身勝手が原因か?と推定しています。
 
 昨日はスーパーのレジで、前の人から「押して来て、あんた失礼だ、おれが今会計しているんだから」と言われました。初めての経験でした。私はすみませんと謝りました。確かに犬のエサ大袋が10キロあるので、早くレジ台に乗せたいと、前の人に迫っていました。

 その前の夜には、帰宅途中に車が歩道近くを早い速度で通り過ぎて、車庫に入った。怖かったので、私が「フロントガラスをトントンとたたき、今怖かったですよ」とクレーム。若い人だったので、運転が上手で自信があっての事でしょう。でも私は怖かった。

 結論はでませんけれども、人間関係が全て上手く収まることは無い、と実感した。
 背中の荷物(家のローン・畑の数本の果樹の冬囲い)を早く下したいと思います。
人間関係も背中に載る人は替わっても、死ぬまで担ぎ続けなければならないのだなあ〜と感じています。

No.6711 - 2018/11/14(Wed) 11:42:37

☆ Re: 職場で合わない人との関係をどうするか / ubik0101
すみませんと謝るのも、フロントガラスを叩いて、今怖かったですよ、と言うのも、なにか問題を起こさないように、あるいは今後相手が問題が起こさないように注意する、という言動に思えます。

そこで、ほかにああすればよかった、といろんなことを考えると切りがないので・・・一切考えない、引きずらない・・・自分が起こしたことの責任は全部自分に引き受けて・・・注意から外れない。

いろんなことがありますが、いつだってこの日常は、緊急事態です。たしかに、津波てんでんこ、です。ほかの人のことは、ほかの人に任せて大丈夫です。

もし自分の言動が原因で、誰かに嫌われても、それはその誰かに任せればいいです。人間関係は、心配しなくて大丈夫。それぞれ誰も親兄弟子供や家や車や畑、後も見ずに山の上に向かって走る。

そのように、この世界に生まれたということは悟りの道を歩いてしまっているのです。好きも嫌いも怒りも思考も、みんな。慈悲は、悟り体験をすると、どうしようもなく湧き上がってきます。

誰かのためにしないことが苦痛になるほど、その人を動かします。もし是非そうしたければですが、人と仲良くしたいとか、一緒に楽しく、とかはそれからで充分です。

No.6712 - 2018/11/14(Wed) 22:31:27

☆ Re: 勇気づけraremasu. / 勘太郎
 誰かに嫌われても、それはその誰かに任せればいいです。

 それこそ肩の荷が下ります。

 数十年前に迷惑をかけた事について、今でも大声で謝りたい気持ちに襲われる事があります。当の相手は死んでしまっているのに。

覚醒 この日常を観察 より
『そうであれば人は偏った断片に依存する必要がありません。傲慢でも、偽善でも、意地悪でもありません。そして真摯で、誠実です。それはその反対、つまり不真面目、不誠実を隠し持っていません。この違いは絶対です。これは不可逆です。』

 これを読んで中道の意味が解りました。中道と云う幅を持った道があるのではないのです。
高校の倫理の時間で中道の解説を話し合った事を思い出しました。その時以来の納得です。
 

No.6713 - 2018/11/15(Thu) 19:59:09

☆ Re: 職場で合わない人との関係をどうするか / ubik0101
ここでは、中道と、縁起、おなじ意味です。世界の総活動もおなじです。見える、聞こえる、考える・・・右左、上下、優劣、善悪、好き嫌い、卑下傲慢、美醜、嘘真実、自由不自由、あるない、総てが完全に機能してるのですから、

そのどの極端にも、その中間にも止まることができない・・・中道・・・と呼んでいます。ご飯を食べたり、自転車に乗ったり・・・どんなことでも、それでないことはないです。あるいは緯(よこいと)とも呼びます。

No.6714 - 2018/11/16(Fri) 07:31:58

☆ Re: 職場で合わない人との関係をどうするか / 勘太郎
 ほかの人のことは、ほかの人に任せて大丈夫です。

一人暮らしの叔父・離れて暮らす身体障害の兄・子や孫たち・彼らはおろか、私自身もお任せして大丈夫なのではないでしょうか。そうとは、とっても思えませんけれども。
 しかしながら、私の人生で、何かを厳密に私が選んで行った事は何一つ無い事は解ります。全て何らかの計らいで今に至っています。 
 
これを親鸞上人はここら遍のことをお任せって言ったのでしょうか。

 今日は作業としては今年最後の畑でした。果樹5本のネズミ除や鹿の食害防止の冬囲いでした。
 シイタケが今頃になって生えていました。ほだ木が太いと大きな椎茸がとれるそうです。大きすぎて食欲は湧きませんが、せっかくなので油炒め。みずっぽいです。明日は椎茸大量鍋の予定。

No.6715 - 2018/11/16(Fri) 21:18:28

☆ Re: 職場で合わない人との関係をどうするか / hato

世界は人を鍛えていて、誰であれ、逃れることなく、先も後もなく、そのようだと思います。

一等すきな薔薇が咲いています。昔から庭の片隅に咲いていて、数年前、自分たちで庭の中ほどに植え替えました。うまく育つのか懸念していましたが、すぐに根付き、少しずつ、可憐で柔らかい、香しいピンクの花を、沢山つけるようになりました。

No.6716 - 2018/11/16(Fri) 23:09:12

☆ Re: 職場で合わない人との関係をどうするか / ubik0101
こちらは、それぞれ誰もが、自分で自分の世話をする、面倒を見る、って意味で言いました。けど勘太郎さんの投稿を読んで、これをずーと進めて全体のことを考えると、そんなことも言えるなーと、思いました。

ポン酢で頂くワカメ大量鍋も美味です。

No.6717 - 2018/11/17(Sat) 07:14:48

☆ Re: 職場で合わない人との関係をどうするか / ubik0101
そして、任せる・・・たとえば弥陀の誓願、師、神仏、縁起、教義とかの、どんな対象なくそうであれば、と思いました。
No.6718 - 2018/11/17(Sat) 08:34:25

☆ Re: 職場で合わない人との関係をどうするか / 勘太郎
自分自身で何もしないのに、死ぬ時までなんとか生きて行けるのが不思議です。そして、それぞれ誰もが、自分でしか、自分の世話はできないことは解ります。

 55年前の私の小学生の時の写真が出てきました。妹が母親にだかれています。学生服の兄もいます、あの少年が私とは思えません。別人が写っています。元気はつらつです。しょぼくれ爺さんではありません。

 写真の頃の私が見た、クリーム色のバラの花びらが目に浮かびます。近所の家に咲いていました。肉厚で柔らかく畳まれ広がって露に濡れていました。服装職人ならなんとか、あの肌合いを服で表したいと思うにちがいありません。画家なら絵にしてその姿を永久に保ちたいと願うでしょう。

No.6719 - 2018/11/17(Sat) 22:03:54

☆ Re: 職場で合わない人との関係をどうするか / hato

いつでも空を見上げるとき、そのときの思い、思考、わだかまりがあるなら放り投げます。これはなに!?
そうでなくても、空を見ます。それは自分の、任せている、表示です。

空ってぜんぶ、揃ってる・・そんな圧倒的な、そして圧倒的な彼方、も揃ってる、空です。それは目に映る、触れている、ともないとも言い得ない、まったき空です。


庭にすこし、バラがあるといいと思っていた頃、ubik0101さんが見つけてくれた、ルイの涙、という薔薇があります。

裏庭の小さな園(ただ丸木でまるく囲った、バラの住処です。)に植わって、4,5年でしょうか。

あまり手入れをしないので、一度に少しずつですが、甘い香りがとても優しい、色味もほのかでやさしい、花が咲きます。

No.6720 - 2018/11/20(Tue) 22:32:36

☆ Re: 職場で合わない人との関係をどうするか / 勘太郎
合わない人との関係は自分を磨く砥石として働いてくれると感じます。「すべての事が覚醒に導く道具です」と言う言葉からの連想かもしれません。

 角を突き合わせる関係は、神経を緊張させ、注意力を高めます。仕事の出来栄えも改善します。素晴らしい効果です。

 本論
 「身体と体に接する床・テーブル・布団との境は自覚できない」話題が先日語られました。自分の身体の中に、私と云う塊がある感覚は薄れることなくあります。

理屈から攻めたいので、
 自分の身体が世界と分離しているのか?=宙に浮いて景色をみているのか?
 それとも身体は世界と融合しているから境目を自覚できないのか?=私の塊は世界と融合しているのか?を探ってみます。

 まずはお尻と座布団の堺から探ってみます。これからしばらく、座る度毎に「境目はどこだ?」と注意してみます。

 今朝は青空です。10センチほど雪が積もりました。犬小屋の雪囲いを直さないと雪が吹き込みそうです。うまい方法を思いつきません。
 朝、小屋の外の雪の中に、犬の寝ていた跡の窪みがよくありますから、犬の本心は寒いのが好きなのか?暖かい小屋を望むのか?解りませんけれども。

No.6721 - 2018/11/23(Fri) 10:53:01

☆ こちらの感覚としては、 / ubik0101
まず、身体と椅子、その境目が判らないのではなく・・・その接触してる境目しかわからないです。また、テーブルの上にリンゴがありますが、その表面しか見えないです。リンゴを切ります。するとその切り口しか見えないです。境目しか判らないのです。

ビールを飲みます。その表面、つまり舌とビールの境目しか判らないです。境目にないところのビールは、なにがなんだか判らないです。ときに、飲んでるのは何か判らない、と不気味なこともあります。音は空間を伝わってるその境目の音しか聞こえないです。さまざまに境目しかわからない、そして境目は空間に浮いています。

そしてその空間は、どこにあるかは判りません。境目と境目の相対的な空間が判るだけです。そこで、椅子の中心があるとして、そこから見たこちらの身体、リンゴの中心から見たこちらの視線?は感じられないとして。それで、こちらが向こうを見てる、としか感じられません。そこでこの感じてる中心は世界の中心と感じられるかもしれません。

その見てるということは、その見てる自分という中心・・・見る中心がなければ、どうして見ることができ得る?・・・でなければ理屈として成立しないのです。これが、この理屈の、自明そのこと・・・因果関係の始源・・・が、障壁です。とくに、理屈を撲滅、知覚を優先しようとか、言ってるのではないです。

繰り返します。何かがあって、その境目しか知覚されません。そして知覚がないところは、境目はあるとかないとかもないです。空間のどこに境目はあるか判らないともいえます。世界がどうして見えるのか?聞こえるのか?自分がないと感じるのなら、ない、ってどいうこと?と探るこちらは、このような経緯です。

No.6722 - 2018/11/29(Thu) 20:48:39

☆ Re: 職場で合わない人との関係をどうするか / hato

先日、時間を作って海に行きました。11月の海。パノラマ状の景色に、ほとんど無限の様相の海と空が広がっていました。

空(くう)って、見上げても見上げなくても、空です。それは目に映る、触れている、ともないとも、言い得ない、まったき空です。

空はいつでも、どこでも空で、いつでもどこでも簡単です。

No.6724 - 2018/11/29(Thu) 23:35:39
★ 自称、覚者の板の書き込みです / 勘太郎
国や社会や貨幣が虚構と思えても、個人がそう思えないというのはある意味驚異的なことだね。だって、国家や社会が虚構なら、それを形成している個人も虚構でないとね。個人も肉体も国家のように縁によって一時的に構成されているものだから、実在ではない。要するに、全ての存在は虚構なんだけど、それを正面切って議論すると、完全に禅の世界になってしまうよな。

 
 国、社会、貨幣は人間の思考の中の約束事であって、物や形が無いと云う事は、よく解ります。
 
 でも、自分は在ると感じてしまいます。理屈ではあますが、この貨幣虚構論から考えてみます。

No.6709 - 2018/11/10(Sat) 21:48:27

☆ Re: 自称、覚者の板の書き込みです / 勘太郎
昼間、暇だったので虚構の事を考えました。

 自動車はタイヤ・エンジン・ガラスが集まってできているもので車というモノはない。私の身体も腕・あし・内臓でできていて、私の身体と云うモノはない。原子もクオークとかの内部構造を持ち原子と云うモノは無い。

 星も地球もパソコンも犬も猫もステーキも何一つそれと云うモノは無い。

虚構=事実でないことを事実らしく作り上げること。また、作り上げられたもの。作りごと。 貨幣が虚構・・意味合いがこの虚構とは合わない様なきがしますけれども。

 私が思った、下部構造を持つから、実体は無いというのは違うような気がします。お金の虚構性は全く納得できるのですけれども。

 自分の身体も無い。だから心もない、私ももちろん無い。????こんがらかってきました。また明日考えてみます。

No.6710 - 2018/11/11(Sun) 21:03:13
★  欲望は覚醒の呼び水として働きます。 / 勘太郎
 覚醒4、愛、自由、幸福を読んでいる時に思いました。これは鈴木大拙の言う「解らないと云ことは、解かっていることだ」と同じこと。

 「愛と云う言葉の意味が解らない。考えることもできないと感じる事は、愛を知っているから」と大拙はいうだろうと思います。


 「自分を愛するが如く他人を愛しなさい」が解りました。自分は自分がどんな人であっても愛します、存在を認めます。麻原彰晃も死刑になるまで自分を愛したでしょうし、極悪人でも、死ぬ1分前の苦痛の中でも、どんな弱く情けない自分でも、他人からどんなに嫌われている自分でも、東京電力の社長でも、詐欺師でも、覚せい剤を止められない野球選手でも全員自分を愛しています。
たぶんこれが愛です。

No.6704 - 2018/11/02(Fri) 19:52:05

☆ Re:  欲望は覚醒の呼び水として働きます。 / ubik0101
いつ読んだのか・・・自分自身を愛すように隣人を愛せ・・・ということは、あの体験が起きる前、ずーと考えていました。まず、自分を愛す、ということがわかりませんでした。

たとえば美味しいものを食べる、裕福になる、幸せな家庭をつくる、清貧に生きる、ノーベル賞を貰う・・・どれも自分を愛することではないように思えました。そんな人は自分自身を愛してるとすると、隣人を自分と同じように愛してるはずです。

たとえば野球選手でも、幼稚園児でも、学校の先生でも、犯罪者でも、誰かを非難する人でも、みんな理由なく自分が好き、というのは、欲の範疇かもしれません。

キリスト教とかの解釈?理解?教義?は知りませんが・・・神が私を愛するから、私は私を愛せます。そのように、隣人を愛せよ。ということです。愛の源は神ということです。

No.6705 - 2018/11/02(Fri) 20:27:03

☆ Re:  欲望は覚醒の呼び水として働きます。 / 勘太郎
愛は思考では解らない、なのかもしれません。
人の言う愛は、愛の局所的な側面・・いやいや理屈をこねると、愛から遠ざかりそうです。

 愛がわかるように生るのが楽しみです。成るはやめて生るにしました。

 今日は1日中快晴で暑いくらいでした。1日儲けたような気分です。

No.6706 - 2018/11/03(Sat) 18:54:12

☆ Re:  愛については解らない / 勘太郎
 エマーソン選集全7巻の2巻の中に愛という題で書かれた23ページがあります。読み返してみたのですけれども、思考では解らないです。

 愛の章の前文って云うのでしょうか。

 「私は隠された宝石のようであった。
  燃える光が我が身を明かした」 
           コーラン

とあります。真我は燃える光に例えられます。それも電灯とかランプの灯りではなく、太陽の光の何百万倍の光。
 

No.6707 - 2018/11/08(Thu) 07:59:58

☆ Re:  欲望は覚醒の呼び水として働きます。 / ubik0101
エマーソンも知りませんが、コーランにそんなことが書かれてるとか、思ってもいませんでした。
No.6708 - 2018/11/08(Thu) 17:55:15
★ そのつど、そのつど、 / ubik0101
私たちは・・・と、いう言い方は・・・ほかの人のことはまったく知らないので変なのですが・・・日常、何かをしたり、しなかったりしています。働いたり働かなかったり、誰かに会ったり会わなかったり、思考したりしなかったりの生活をしてると思われます。そして、

そのつど、そのつど、私は私を創っています。なんでもいいですが、たとえばTVや掲示版を見るとします。そして、面白いな、これは実験してみよう。と、感じるとします。すると、面白いな、これは実験してみよう、という自分を創っているのです。また、

あんなこと言ったりしたりすると地獄に行くぞ、と感じるとします。そこで、あんなこと言ったりしたりすると地獄に行くぞ、という自分を創りました。それはすぐに過去になり、見えなくなりますが・・・畢竟、過去は変えることが困難だということです。もちろん、

たとえば道に落ちてるゴミを拾わなかった、とします。子供が危険なところで遊んでるのを見て、注意しなかったとします。そうすると、そのつど、なんかしなかったことで、そんな、なんかしなかった自分を創ってるのです。なにかを考えた、なにかを言った、行動した、しなかった、

ということで、たぶん私たちは・・・と言うのは変な言い方ですが・・・自分で自分を創ってるのです。この投稿を読んで・・・そうだ。そうかな。そうではない。ふーん。私はその範疇にいないよ、とか・・・さまざま感じるかもしれません。そこで、その自分が創られたのではないでしょうか?なぜ、

こんなことを言うのか、もしかして、どのように誰かのことを見て聞いて考えたとしても、それは総て、空想、かもしれません。問題は、そんな空想ではなく、この自分がどうなのか、ということが大事だということです。もちろん、ここでそういう、そんな自分を創ってるのです。

もしかして続きます。

No.6678 - 2018/10/14(Sun) 07:15:05

☆ Re: そのつど、そのつど、 / 勘太郎
 ubik0101さんのおっしゃる「創っている」は、私は元々無い。無いものから瞬間瞬間に、じぶんという幻想の私を創っている、ということなのでしょうか。
 それとも、理屈抜きに創っている・・・いや、やっぱり、葦を集めて小屋を作る様に、世界の中に私は無いけれども、世界の中から私を創り出してしまうんですね、たぶん。

 世界は、存在していますから、その上に自分をねつ造してしまうんでしょうかね。ここら辺はまるでSFを読んでいるような気分です。

 名前を忘れましたが、有名な哲学者の「過去は捏造されたものである」と書いてある本を繰り返して読んだことがあります。どう考えてもそうは思えないでいます。私の小学校の運動会の写真と私の記憶に違いはありません。

 ただし、心の記憶は(割合は別にして)ねつ造と事実(何が事実か?誰にもわかりませんが)がごちゃまぜになっているとおもいます。
 
 妻と喧嘩した時の、妻の言葉は事実です。「今、あなたがそう言うから、昔から私はあなたの事を嫌いだった」

 他人の経験談を聞く場合にも、私の認識とだいぶ離れていると感じることがあります。どちらの記憶が正しいかは、これまた誰にも判りません。

No.6679 - 2018/10/14(Sun) 20:37:55

☆ Re: そのつど、そのつど、 / ubik0101
ここで勘太郎さんに質問です。

>世界は、存在していますから、

と、なぜ、そう感じるのでしょう?そして、

>妻と喧嘩した時の、妻の言葉は事実です。「今、あなたがそう言うから、昔から私はあなたの事を嫌いだった」

と、いう思考は、どんな状態にあって起きたのでしょう?これを探ります。

たとえば妻のことだとしても、人の真意は解らない、どう探っても空想だ。
しかし妻のその言った言葉は事実だ。

つまり、(a)心?とか気持ちとか思考とかは、あやふやで、不確実、あるいは、その人だけの問題。
その一方、(b)何か言われたとかいうことは確実で、事実、あるいは誰にとっても明らかに起こったこと。
この(a)(b)の思考と事実、誰かと自分、ごちゃまぜの複合二項対立関係が、一種の分別として機能し、

そこにいる自分から眺めると、

>世界は、存在していますから、

と、存在してる世界を出現させたのではないでしょうか?

つまり、勘太郎さんは、すでに自分で、ひとつの解を自分で話しています。なので、それを見つけるために・・・あるいはそこにはまだ明確には書かれてはないことが露になるために・・・自然に理解は進みます・・・勘太郎さん自身の投稿を、100回でも、飽きるまで読むことも有効です。

No.6680 - 2018/10/15(Mon) 07:47:05

☆ Re: そのつど、そのつど、 / hato

海に行こ、と言ってたけれど、そぼ降る雨模様。疲れもとれるよう、今日はほぼ、家時間を過ごしました。

ここ数日、庭はまた季節が移り、なんともいい景色です。

No.6681 - 2018/10/15(Mon) 22:37:23

☆ Re: そのつど、そのつど、 / hato

2人で気に入ってる、小さな草原です。

No.6682 - 2018/10/15(Mon) 22:47:38

☆ Re: そのつど、そのつど、 / 勘太郎
無字の公案で、ムー ムー唸っても何もそれらしいものを掴むことができないで、御師家様の前に出ると、御師家様は何も言わずに、鈴を鳴らされる時もあります。
 解かったと勢い込んで行っても、「そんなもん違う」と言って鈴が鳴ります。
 寝る前の最後の座禅の後に禅堂で短い御師家様の言葉があります。印象に残っている言葉があります。
「皆は解らないだろうが、全員見性のすぐそばに来ている。残りの時間は少ないけれど、しっかりやってください」暖かい言葉です。

 ミズナラの苗木を作ろうと、公園からどんぐりを拾ってきました。水に漬けて虫をCENSOREDから土に埋めます。4・5年植え替えを繰り返して、やっと植えられるおおきさになるそうです。

No.6683 - 2018/10/16(Tue) 07:49:22

☆ Re: そのつど、そのつど、 / ubik0101
こちらもクヌギの実を十数個ほど拾って、皿に置いてたことがあります。しばらくして、総てのクヌギの実の皮に小さな穴があいて、その穴より大きな白い虫が皿の上を這っていました。

>「皆は解らないだろうが、全員見性のすぐそばに来ている。残りの時間は少ないけれど、しっかりやってください」暖かい言葉です。

たしかに迷悟の差、あるとして・・・ふつうには差はないというのが一般的だと思いますが・・・ほんの僅かです。あるとして、自我と無我、反復横跳びほどの差はないです。そのために一生の努力が必要だったりして、これは何なんだろう。

>名前を忘れましたが、有名な哲学者の「過去は捏造されたものである」と書いてある本を繰り返して読んだことがあります。どう考えてもそうは思えないでいます。私の小学校の運動会の写真と私の記憶に違いはありません。

その哲学者が、どいう意味で言ってるのか知りませんが、過去は知覚できないのです。過去は透明です。それを知覚できるかのように思考する、想起する、映像として見る、ということは、そうしてるその人が創った、ということでしょうか。

No.6684 - 2018/10/17(Wed) 08:41:50

☆ Re: そのつど、そのつど、 / 勘太郎
 今日は叔母の1周忌でした。坊さんが長い説教で数人の参加者ですけれども、すこし長すぎて困ってました。ふつうの人にお経を説いても、退屈でしょうに・・・。第一当人が判っているとは思えません。解っている人は普通の人に真我を説かないと思います。

 お経を居眠りしながら聞きました。一休禅師の「どうにかなるから、心配するな」の意味。受け取り手によりいかように受け取れる言葉。 一般的には、文字通り「どうにかこうにかなるようになるから、慌てるな」 もう一方で、「お前さん、何があったって、お前さんだろう」でしょうか。

No.6685 - 2018/10/17(Wed) 15:58:40

☆ Re: そのつど、そのつど、 / ubik0101
お前さん、何があったって、お前さん。とは、なるほど、です。心配してもしなくても、その事態はその事態なのだ、心配するな。も、ありかもしれません。
No.6686 - 2018/10/18(Thu) 07:06:48

☆ Re: そのつど、そのつど、 / hato

朝の庭は、朝露が緑と土を湿らせて、出始めの頃の太陽の光線が、細い草の穂先に、一粒一粒の光の玉になって輝き、えも言われぬ繊細な光景を醸し出していました。

No.6687 - 2018/10/19(Fri) 00:00:00

☆ Re: そのつど、そのつど、 / 勘太郎
雪担御老師の体験談に「無字の公案で5日間、むーむーやって、肉体的にもうだめだって、ごろっと横になった。その瞬間、ガラッと何にも無くなっちまった。なんだこりゃあ、となりました」

 思惑が外れて、真我になってしまったんでしょう。おらの場合、いつも、思惑でいっぱいで、真我の芽が出るすき間がありません。
 あれ、思惑でいっぱいだと気が付いたら、自分の胸に思考を向かわせることを、しています。

 光の玉、写真でも美しいです。踏み跡のない草原がステキです。枕草子で「雪の積もった朝、子供の足跡のない雪が良い」と言っています。穂先の朝露の玉も美しいですし、快晴の秋の山もこれまたすがすがしい気分です。

No.6688 - 2018/10/19(Fri) 20:53:52

☆ Re: そのつど、そのつど、 / hato

北海道の秋の山でしょうか。透き通った力強い気、明快な明るさ。陰影と彩り。

あれこれ、日常。

この事態、この、自体。

一体、なんだろう!?。

No.6689 - 2018/10/19(Fri) 23:16:19

☆ Re: そのつど、そのつど、 / 勘太郎
事態、この、自体。
時計の音。やっぱり、音を聴いている自分がいます。

 と言って、自分のあり場所をさがして体の頭や心臓や手の先を探しても、自分の居場所を特定できないのですけれども、自分がいます。

 身体全体が自分と感じるのでしょう。境目は皮膚。
いや、やはり体は自分ではありません。

 時計の音や自分の身体はあります。自分は何処にいるのか?解りませんけれども、ここにいます。

No.6690 - 2018/10/20(Sat) 21:45:32

☆ Re: そのつど、そのつど、 / 勘太郎
[そのつど、そのつど、私は私を創っています]が解りました。
 縁起の逆転。まず縁起の逆転によって迷いが生じ、その縁起の再逆転によって、人は完成します。理解ですから、未完成です。

 ダグラス・ハーディングという人が言っています「あなたは受容能力ではないですか。指差した方向を観ます。景色を見ます、自分の足を見ます、お腹、胸次に、自分の顔を指差します。そこには何もない自分があるのではありませんか。そしてそれは何ものをも受容する者ではありませんか」

 赤ん坊は全てを受容するので正常な縁起で、大人受容ではなく、自分から発信できると勘違いしている。そこには迷いがある。つまり縁起の逆転。

 正常な縁起においては、受容能力の自分に時計の音が届く、可愛い猫がにゃおんと来れば抱き上げて猫を抱く自分になる。バカヤローと言われたら、バカヤローに喚起された怒りになる。素敵だねと言われると嬉しい自分になる。「喜ばしい」だけなのに、なぜか喜ばしい主体である自分を仮定して、仮定の自分が喜んでいると勘違い!

 そのつど、そのつどの自分になる。

 自分という塊が元から在って、それが怒りの状態になったり、音を聞く者なるのではない。
 まっさらの受容能力がバカヤローで怒りの形になる。まっさらだから、昨日は敏子さんに惚れて、今日は陽子ちゃんに惚れることができる。
 まっさらだから、「今、あなたがそう言うから昔からあなたのことを嫌いだった」と感じることが出来る。過去は何の関係がなく今を受容できる。

 今日の縁起の逆転の読後感です。混乱・勘違いもありましょうが。

 
 

No.6691 - 2018/10/21(Sun) 19:49:21

☆ Re: そのつど、そのつど、 / 勘太郎

>  正常な縁起においては、受容能力の自分に時計の音が届く、時計を聞く感覚のみで完了。

 しかしながら、可愛い猫がにゃおんと来れば抱き上げて猫を抱く自分になる。バカヤローと言われたら、バカヤローに喚起された怒った自分に。素敵だねと言われると嬉しい自分になる。「喜ばしい」だけなのに、なぜか喜ばしい主体である自分を仮定して、仮定の自分が喜んでいると勘違い!

No.6692 - 2018/10/21(Sun) 20:01:17

☆ Re: そのつど、そのつど、 / hato

> 事態、この、自体。
> 時計の音。やっぱり、音を聴いている自分がいます。
>  時計の音や自分の身体はあります。自分は何処にいるのか?解りませんけれども、ここにいます。



猫散歩をしてるとき、ベンチに座り、空を見ます。枯れていく木々の枝葉や、新芽を紡ぐ場所を見ます。そのとき、意図して意識に戻り、ここ、と確認すると、窮屈な、いまここ、を確認できます。自分は、そうして確認するとき、常にちょっと妙な・・窮屈です。言葉と意識で目指すと、とても奇妙です。

意識は厳密に、これ、(それ、)ではないです。

生活する上では、時間空間上の交点、その、意識は大事で、その、視点にいると安定する、落ち着く、確かな気がする、・・・焦点を定めたいときの、旗のようです。

自分にとって生活は、訓練で、それは時間と空間内での作業、いまとここでの作業。限定された意識と身体が訓練の場です。なんなんでしょう!、この奇妙な素晴らしさ。それは、意識され得る体験です。

でもその自己は、意識され得ない。

ここが、不可思議なところ・・です。

今日は爽やかな秋晴れ、十五夜あたりだそうです。午後から、海に行きます。

No.6693 - 2018/10/22(Mon) 11:23:49

☆ Re: そのつど、そのつど、 / ubik0101
うろ覚えですが〈師〉一日中見っぱなしで、聞きっぱなしで、思考しっぱなしで、無心なのだ。〈弟子〉その無心だということは、何が判断しますか?〈師〉それも無心が判断するのだ・・・達磨が書いたとされる書(たぶん中央公論 世界の名著 禅語録)にこうあったと思います。

微妙ですが、たとえば虫の声を聞く、というのではなくただ、虫の声、です。つまり、虫の声を聞く、というのは、すでに聞いてる自分ということが虫の声の背景に微かにあります。その自分があるということは、虫の声が対象になってるということで、世界、あるいは自分と人、あるいは自分と自分との分離と説明されることもあるようです。

ただそれは完全な分離ではありません。もちろん完全な融合もありません。完全な分離も融合も、それでは何も知覚できません。分離と融合どちらでもないとか、どちらでもあるとか、ある、ない、ど言ってもしょーがない、わけのわからない世界のわけのわからなさが、そのまま見る聞く話す思考する行動するです。これは人の生まれつきの事態です。

ところで、世界を、人を、自分を見てる自分がいるとします。その見てる自分は、見えるでしょうか?ここで見てる自分を見てる自分を見てる自分を・・・と、合わせ鏡の無限反応が起こるような気がするかもしれません。しかし、実際は、それは起こらないです。見てる自分の背景には、なにもないです。

なんであれ世界の構成要素、それを周りから切り離して、対象にして見る聞く思考する、その自分があっても、そんな自我の機能そのことは、なにも問題はありません。ただ、ちょい無心、無我、には邪魔な迷いです・・・またその迷いがなければ悟りもない・・・そんな経緯もあるということです。

そんな自我の機能も世界の機能です。自我が問題なのは、未完だからです。完成してないからです。それに使われるからです。使うのです。そのつど、そのつど、自分がつくられるとしても、悪い自分を創らず、善い自分を創ろう。ということもあります。ここは仮定の自分の話ではありません。たとえば、ひとつの24色の絵の具の箱で、それぞれの絵を描くということです。

No.6694 - 2018/10/22(Mon) 19:38:37

☆ Re: そのつど、そのつど、 / 勘太郎
おいらが、お二人のお話を理解できているように思います。

 意識(自我)→

注意(意識を見張ることができる。注意は学びで身に着けることが出来る)→
 
きずき(神の恩寵でしか「きずき」の状態に戻ることができない)

こんな図式らしいです、言い方はいろいろながら。

注意して、虫の鳴き声を聞く。鳴き声が自分の身体の中に、それこそ染み入るのを感じる。自分の意識をなるべく排除して、注意しながら生活しようとおもっています。

 セピア色の自分の写真を見たら、胸が締め付けられる様な哀しみを感じました。
 真我と離れていることが哀しみの元だと聞いたことがあります。まんざらでたらめではないかもしれません。

No.6695 - 2018/10/23(Tue) 07:56:06

☆ Re: そのつど、そのつど、 / 勘太郎
自分の身体と外部の境目は探ってみると判らないと読んだので、自分でもやってみると、境目を見つけることはできないと感じます。鏡に映して、自分を見れば明確に輪郭がわかります。

 テーブルに腕を載せてキーボードを打ってると、天板と身体の堺を確定できません。
 特に目をつぶって猫を抱くと、柔らかく暖かい毛触りを感じますが、自分の腕と猫の区別がつかないで、自分の身体の芯にある塊のようなものが、柔らかく暖かいものを包んでいるような感じです。

 だからと言って、自分が無いとは思えませんけれども。思っている程、自分は明確でないのかもしれません。
 
 一段と秋が深くなって、裸になった木もあります。のんびり暖かい秋の陽の中で、花豆のさや外しをしました。本日の収穫花豆1合。次回は梅の木などの冬囲いが始まります。

No.6696 - 2018/10/26(Fri) 21:18:49

☆ Re: そのつど、そのつど、 / ubik0101
たとえば、〈眼を閉じて〉なにかに触ってるなら、その触ってるところだけが身体です。足とか頭とかあるはずなのですが、感じられないです。そこで〈眼を開けて〉その手を見てみます。それは自分の手なんでしょか?と、感じてるその自分は、どこにいるでしょう?

それは頭のところにいますか?胸にいますか?ほんとうに?それはもしかして感じてる自分を自分で再確認し、その居場所を想定してるってことかもしれません。そうでなく、ただ見てみます。遠くの山とか、部屋の中の時計・・・どうでしょう?

No.6697 - 2018/10/27(Sat) 07:16:58

☆ Re: そのつど、そのつど、 / 勘太郎
注意して、時計を見ると、私は在る(自分がいる)という感覚は薄れて、見ている事・見る(動詞)・・・・に近づきます。

 あれえ〜。書いていて思いました。
動詞には主語(主体)があります。見ている事であれば、自分は必要ありません。見るになってしまったら、無い自分が仮定の主語(主体)として現れる。???

 アムボムレッツ・スマサラーナさんの瞑想法を思い出しました。彼はお腹に手を当てて呼吸を感じなさいと書いています。「お腹が膨らむと言いなさい。膨らますと言ってはならない」と。

 私(自分)は産まれてからの学習で身に着けたものでありましょう、本物か仮定のものかは解りませ。んけれども。
 母親から私の身体は貰いましたが自分はもらってないです。
 
 もし母親から貰うものなら、母親は二つの自分を持っていなければなりません。分け与えてもらったものなら、それは私ではなく母親である私のはずです。

 見る事、なのか、主体を持つ見る者、なのか?区別はつきません。

No.6698 - 2018/10/28(Sun) 19:32:03

☆ Re: そのつど、そのつど、 / ubik0101
その・・・見る亊、見えてる亊・・・には属性がありますか?たとえば年齢、性別、名前、優劣、善悪、自分がある、ない・・・これは、眼は見ようとしなくても見えてる。見ようとしても見える。眼で見てるのでもなく、眼が見えてるのでもなく、受動、能動、その対立融合たぶん総てありなんです。

なので、特定の個別のどれでもないです。どこかで見ましたが・・・聖を求めず俗を嫌わず・・・どのような属性もないのです。また、見えることが見えることである必要もないのに見えます。聞くこと、話すこと、思考すること、行動すること、それがそうでなくていいのに、そうです。で、その自分はどこ?

No.6699 - 2018/10/29(Mon) 07:34:15

☆ Re: そのつど、そのつど、 / 勘太郎
>猫散歩をしてるとき、ベンチに座り、空を見ます。枯れていく木々の枝葉や、新芽を紡ぐ場所を見ます。そのとき、意図して意識に戻り、ここ、と確認すると、窮屈な、いまここ、を確認できます。自分は、そうして確認するとき、常にちょっと妙な・・窮屈です。言葉と意識で目指すと、とても奇妙です<

たぶん、自分を窮屈な自分の身体の中に押し込めたのでしょう、むりやり。

 自分にも、見ている対象も属性はありません。憎たらしい上司も、憎たらしい上司として居て、それ以上の属性はありません。

 黄色い葉が増えたゴムの木を見ている自分はどこにある?どこからみているのだろう。
 しばらく、にらめっこしています。感想は自分側には何もないと感じます。ゴムの木を見ながら、自分の胸や眼の奥・頭、思考実験で頭の天辺から親指の先まで眺めてみたら、床と接触する部分がジンジンするだけです。目も網膜もありません。ここまでが今の感じです。

No.6700 - 2018/10/29(Mon) 13:23:31

☆ Re: そのつど、そのつど、 / hato

先週は、待望の海へ行きました。

No.6701 - 2018/10/29(Mon) 20:48:20

☆ Re: そのつど、そのつど、 / hato

今朝はすこし、冷えました。
庭のオヒシバ、メヒシバたちもすこし、赤みを帯びました。

No.6702 - 2018/10/29(Mon) 20:51:45

☆ Re: そのつど、そのつど、 / hato

数日前、いっとき雨が降りしきるなか、周囲が赤く夕焼けに染まり、幻想的な光景でした。

No.6703 - 2018/10/29(Mon) 20:58:14
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