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★ 修行(学習)による進歩 / 勘太郎
 今読んでいる本はたぶん3回目か4回目です。読むたびに、理解力が高まっています。それも直線的な右上がりの上昇カーブではなく、放物線というか、加速度を加えつつ上昇しています。 また、この上昇がますます急角度でスピードを増すだろうと思っています。
  
 そして一番重要なことは、この上昇には限りがなく、残念ながら、覚醒には直接結びつかないことを知っています。
 それでも、生きている間はどこまで進むのか?とても楽しみです。

 ぶらーまさんはお若い方にお見受けいたします。どこまで進まれるのか、お手伝いできることはおいらには何一つありません。
 年賀状ではありませんけれども、御好運心から願っております。
 

No.5597 - 2017/02/27(Mon) 20:45:12

☆ Re: 修行(学習)による進歩 / brahma
今生で解脱が目標。
No.5599 - 2017/02/27(Mon) 20:47:00
★ (No Subject) / brahma
http://www.nicovideo.jp/watch/sm30724383

ゴーパティー

No.5598 - 2017/02/27(Mon) 20:45:54
★ (No Subject) / brahma
http://www.nicovideo.jp/watch/sm30685317

シューラダーサ

No.5596 - 2017/02/26(Sun) 12:13:15
★ とても具体的で、うまく説明されています。 / 勘太郎
 受け取るおいらの側の準備ができていません。
ニサルガダッタ・マハラジが「グルは沢山いるにもかからわず、教えを受け取る人がいないのだ」と言っています。「あなたは欲しい、欲しいと言葉では言いながら、私が差し出すものを受け取らない」とも言っています。

 今日は休日独り出勤だったので「ラリー・ローゼンバーグ」という人の 実践ウィッパサナー瞑想、「呼吸による癒し」を半分読みました。有名な本なのです。
 少し長い引用です
「私たちは対象と一つになるのではありません、すでに対象と一つなのです。私たちを対象と隔てているのは、胃の痛みではなく、もっぱら自意識なのです。そして、それがあらゆる問題を創り出しているのです。自意識を手放すにつれて、私たちはありのままの自分になってゆきます。私はこの瞬間胃の痛みであり、呼吸であり、遠くでガタガタいっている機械の音であり、窓の外でカーカーという鳥の鳴き声であり、ページの上を走っているペンです。あなたはこのページを読み取っている目であり、あなたに起こっているその他すべてのことです。つぎの瞬間には、また別なものになっています。そして、何が起ころうとも、つねにそれが私たちの在り様なのです。

 おいらはどうしても、観るものが自分で胃の痛みが観られる対象と感じてしまうのです。
この部分が今日読んだ中で一番面白かったのです。


去年の秋から生えている、捨てたトマトから芽生えて今窓きわでなんとか生きている苗です。徒長しても4月下旬に畑に植えてみます。すごい生命力です。この部屋はかろうじてマイナスにはなりませんが、帰宅時には4度Cとかです。ストーブつけると20度を越えます。

No.5593 - 2017/02/25(Sat) 21:22:57

☆ Re: とても具体的で、うまく説明されています。 / ubik0101&hato
こちら西静岡に来て7〜8年ですが、一度だけ室温が4度になったことがあります。年に2〜3回ほど水道が凍りますが、いつも昼前には復活します。

市場で買って来た根つきのコリアンダーを植木鉢に植えて、窓際に置いたものです。

ubik0101

ちゃんと根付くかな。苦手な人も多い香菜ですが、我が家では大好物パクチです。

hato

No.5595 - 2017/02/26(Sun) 10:46:07
★ (No Subject) / brahma
たとえば、黄色いマグカップから、黄色だけを取り出すとする。

黄色には、たくさんの属性がある、明度 彩度、混じっている色・・・


そういう物が現象として知覚されるのが、集合無意識だ。

主客の対立もあり、時間や空間などに影響される。


ところが、宇宙意識では、物が物自体として、知覚される。

宇宙意識から生じた直感知は、形而上的客体を対象としていても、それを概念でとしてではなく、具体物として直感される。

たとえば、愛、歓喜、自由こういったものを直覚する。

さまざまな思想なども生きた具体物として直覚する。


宇宙意識の直感知から生じるイメージは、他のイメージの発現を妨げる働きがある。


たとえば、愛する人が、最愛の人を思うとき、そのほかすべての思いが心から出て行くように。

次々と、愛から生じてくる思いが、人を世俗的なことから解放するように。

No.5585 - 2017/02/24(Fri) 17:47:14

☆ Re: / hato

シェークスピア! brahmaさんは、大変詩的ですね。

>宇宙意識は絶対愛じゃないかな。
>
>事情が変われば己も変わるような愛、相手が心を>移せば己も心を移そうとする愛、そんな愛は愛で>はない。



ここは自分は、そも、愛とはいわないと思います。すべてが愛、という表現はあるレベルで・・・たとえば総てがあることで成立する成長、などとの意味で理解しますが、愛でないものは、愛とはいいません。


> そういう物が現象として知覚されるのが、集合無意識だ。
> 主客の対立もあり、時間や空間などに影響される。
> ところが、宇宙意識では、物が物自体として、知覚される。
>
> 宇宙意識から生じた直感知は、形而上的客体を対象としていても、それを概念でとしてではなく、具体物として直感される。
>
> たとえば、愛、歓喜、自由こういったものを直覚する。
>
> さまざまな思想なども生きた具体物として直覚する。
> 宇宙意識の直感知から生じるイメージは、他のイメージの発現を妨げる働きがある。
>
> たとえば、愛する人が、最愛の人を思うとき、そのほかすべての思いが心から出て行くように。



おもしろいですね、こうした分類はしないですが、なるほど、と学ぶこともあります。

実際は、人は、分類通りにいくとは限らないので、さまざま混在しており、端から他人を判断することはむつかしいでしょう。その意味でも、自分で自分を学ぶ、ことしか意味がないんでしょう。

人からいくら、幸せそうだ、凄そうだ・・・と羨望されていたとしても、自分が本当にそうでなければ、意味がないでしょうね。


愛、というとき、自分は基本的に、どこか無機質な・・・というと誤解されそうですが、ほんわかした和みの感覚は、ありませんでした。どちらかといえば、人知を超える圧を感じたものです。この意味で、絶対的というのは理解します。でも愛は、ことさら 感じる 必要はありません。と思います。

知覚。感じること、はもちろん大事ですが、すこし自ら思い起こせば、愛は、感じること・・に寄る必要がないことを、理解できると思います。

No.5586 - 2017/02/24(Fri) 19:41:32

☆ Re: / brahma
潜在的にすべては愛だ。

そしてすべては自己だ。

すべてが自己であるから、愛があるのだ。


どんなに憎しみに満ちていても、その人の深いレヴェルでの意識は愛なのだ。

No.5588 - 2017/02/25(Sat) 00:43:12

☆ Re: / brahma
イエスもクリシュナムルティもブラヴァツキーもヘルメスも詩的だ。
No.5589 - 2017/02/25(Sat) 00:56:06

☆ Re: / hato

愛が、こんなにも世界を満たしているのに、人は争いますね。ここで話している愛は、博愛、慈愛、情愛・・・のことではありません。

ただ、愛。

愛する人、家族や国や主義、人の為、と思ってなにかすることがあります。

それはすべて愛、でしょうか。否。必ずしも、そうではないから、人は争えるかも知れません。

もし人が、善悪に拘らずの、善。いいわるいではない善いを、生きよう、とするなら、愛は導いてくれます。人は愛に、沿うことができます。

愛は、愛。ということ。

No.5592 - 2017/02/25(Sat) 15:01:20

☆ Re: / brahma
愛は愛を愛してる。
No.5594 - 2017/02/25(Sat) 22:47:05
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