を考えました。
これも例のティク・ナット・ハンの本からの推論です。 呼吸に意識を合わせると、それまで無意識であった呼吸が意識に現れる。呼吸と意識と体が共鳴して心も穏やかになる。 私が机に意識の焦点を合わせた場合に、机が出現する。これを物理現象も意識のなかに現れると言う(こじつけの類推、漫画的・・・)
「こつこつが解かればそれで終わりです」の公案の答えは「私の意識にコツコツが同調しました、私にこつこつが出現しました、私がこつこつになりました」と私も机をコツコツ叩く。
机をひっくり返す。の解説は思いつきません。
コツコツの物理現象への意識の同期は的外れだと思いますが、「私の意識が他の意識に同調する」は現実の一部を表しているのではないか?と思います。 音・景色・5うんが自他の堺があいまいになってぼやけてくると、私意識が薄れて快をかんじるのではないか?とおもいました。
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No.5352 - 2016/11/26(Sat) 21:29:44
| ☆ Re: コツコツと机を叩く の概念による説明 / hato | | | 怒りが、わるいこと、未熟なこと。という認識はないかも知れません。けれど、忍耐を貫く人を、素晴らしいと思います。
たくさんのサンタさんに、出てきてもらいました。
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No.5353 - 2016/11/26(Sat) 22:11:18 |
| ☆ Re: コツコツと机を叩く の概念による説明 / ubik0101 | | | ひとつでも、ふたつでも、みっつでも、テーブルを、コツ、コツ、は、テーブルを、コツ、コツです。なぜ、テーブルを、コツ、コツ、が、テーブルを、コツ、コツなのか知らないし、
また、テーブルを、コツ、コツは、それがそうである必要はないのに、テーブルを、コツ、コツ、です。と、そであることを認めるそれが、あるいは、ただ、テーブルを、コツ、コツ、で。この、
聞こえるということが、なぜ、聞こえるのかも知らないで。聞こえるということが、聞こえるということである必要もないのに、聞こえる。
で、ひとつでも、ふたつでも、みっつでも、テーブルを打つこと、聞こえるということが・・・それが、なぜそうなのか知らない、ひとつが、ふたつが、みっつが、
そ、でなくていいのに、ひとつで、ふたつで、みっつで。それは、その、この何者でもない、自覚できない、無相、透明、不生、である、テーブルを、コツ、コツ、は、テーブルを、コツ、コツ、です。
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No.5354 - 2016/11/27(Sun) 08:32:08 |
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