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“掲示板”
この世界は人を覚醒させるための触媒です。
★
犬が死にました。
/ 勘太郎
引用
春に癌を発病して、悪性だったので、早く死にました。死ぬ3時間前まで、それなりに元気だったのです。
何歳か不明ながら、歳をとってから拙宅に来たので、それほど長い間一緒に暮らす事は無いと解っていたのですけれども。
死ぬ時が、具体的に決まってない時は、別れるのは理解していながらも、深刻な気持ちはありませんでした。
癌と診断され、調べると発症後長くても1年、普通は3・4か月で死ぬとありました。よくある癌だそうです。
おらが面白いのは、癌を宣言されると途端に、別れが迫ってくることです。別れがそう遠くない時期にくるとを解っていながらです。
死が目の前に突き付けられないと、死を意識できないのです。
今日の犬の死は、それなりに覚悟していたのでの心がかき乱されたと云うことはありません。
犬の死は他人事ではありません。私も死にますから。死が迫って来るようで胸が打ち震える時もあれば、死なんて怖くないと感じるときもあります。
いつもは死を思い出すことなく生活しています。
No.6869 - 2019/07/21(Sun) 18:25:58
☆
Re: 犬が死にました。
/ hato
引用
死。とりわけ肉体の死。必ず通るところ。
運転していると、生命の危険という意味で、日々意識的に成らざるを得ないです。それでも自分にはむつかしいこともあります。頑張って注意しないといけないのです。
先に書いていた滋賀の村のこと、この一週間、時折、思いだしていました。
件のその人は、宇宙の、(世界の、でもいいのですが、)入れ子構造の、元を生きようとした。それはどこかの地点で、神を生きる、入れ子構造の原因を自ら生きる、と捨て身の決意をなさったと思います。世界を創る、善き原因を生きようとされた、と思います。小さな自我で、そんなん想像(創造)する人もいるかも知れませんが、その方に、その意味での自我、わたくし、という過剰な概念を感じることはできませんでした。
やり方や表現は独自なことで、はたから見れば、奇異なこともあるかも知れません。方便も多いとして、それらは、自分には理解できる範疇として、問題にしませんでした。内容で捉えてしまうと、大事なことが見えないことが、確かにあるからです。神、その節理を生きようとすることは、とても過酷です。とても、小さな自我に収まっていられないです。
ふつうは、自己を、自己として生きるこの日常で、十分ではないでしょうか?、けれどそういう命を生きた人、人たちがいました。
世界で生きることの責任を取る、あまりにも荒唐無稽に映るけれど、そこを決意して生きる、人のせいにせず、よく生きる。よく見て思いやり、たゆまず努力する。それも非常な作業を自らに課して、やり抜く、やり抜いた、うまく言えませんが、その自体の尊さが身に沁みて、胸を打たれたのです。間違いなく、なにか悲壮ではない、歓喜から入られた道、と思います。
それはそのとき、たしかに、命に係る道場、臨在でした。
臨在。本気で触れたとき、欲にまみれた逡巡一切が吹っ飛びます。なのでそうした道場に、人が集うのだと思います。
はじめて、一人で行こうと思い立った、その村に着いたときのことです。存在のきれいな青年が一人、大柄な、禿げた頭の労働者が一人、作業場になってたその広場で、設置されていた何本もの長い丸太の上で、斧を奮ったり、作業していました。大柄の人は、時々息をつきながら、ゆっくり、斧を振り下ろしていました。いかにも大変そうな作業でした。
青年がわたしに、「あちらが先生です。」と言いながら、・・どこかに走っていって、・・すこし足をひきずって歩かれる奥さんを連れてきて下さいました。小柄で優しい60代か・・の、柔らかな、京都弁を話すその女性に挨拶しました。会うもの総てが癒されてしまうような、柔和さを持った方でした。村のほかの人たちは、山作業に出ているとのことでした。
「今日はもう一人、来るんやよ。名前が似てる人が、」など言いながら、泊まる部屋などを教えて下さってると、大柄で無骨で、先ほどから、ちょっと怖く思えていた男性が、ゆっくりと、空や辺りを見ながら丸太を降りこちらに歩いて来て、先生なんだな、と知りました。挨拶をしているとき、その方は、これが当時抱えていた、見えない荷物を峻別されたのか、持参したカートを見て、すこし驚いた顔をされていました。
青い青い空の朝。ゴーっと音がして見上げると、頭上に飛行機がひとつ飛んでいて、先端にもうひとつ、影が出来ていて、まるで2機飛んでるように見えていました。奥さんが一緒に見上げて見付けると、「あれぇ、ほらお父さん、見て!」と言って、その人も、「ああ?ああ。」と言って見上げていました。ごくふつうの老年の、人柄の良さそうなご夫婦でした。
息子さんや、とりわけ、一緒に作業した娘さんが、気取らない、気負いもない、控えめで、ほかの人に紛れてわからないくらいふつうの方で、ですが作業の仕方から、大変優秀な人だったことを覚えています。
自分はその後数回。本気で関わり、都度本気で対峙して下さった。大いに助けられ、学ばせて頂き、助け合った数週間でした。僅かな時間でしたが、後にも先にも、人生を除いた、修行に特化した修行はそれだけです。今でも思えば身の引き締まる、・・有り難い経験です。愛に満ちた場所だった。そんなこと、思い出しました。
犬さん、勘太郎さんたちに大事にして頂いて、それだけでもよかった、と思います。
No.6870 - 2019/07/22(Mon) 23:37:30
☆
Re: 犬が死にました。
/ hato
引用
3日間体調を崩して寝込んでいました。ubik0101さんは割合元気にしてます。
さあ。人生さまざまですが、これの道を行こう。たゆまず歩こう。
No.6871 - 2019/07/24(Wed) 13:19:20
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Re: おらの場合、体調と心は連動します
/ 勘太郎
引用
不安が広がります。世界がちじむ様な感じがします。
お二人がそろって、元気だと、お客様も元気になられるのではないでしょうか。
早い全快をお祈りします。
No.6872 - 2019/07/25(Thu) 07:05:51
☆
Re: 犬が死にました。
/ hato
引用
ご心配かけてすみませんでした。疲れが溜まったくらいですので、大丈夫です。猫散歩、行ってきました。これから仕事に出掛けます。☺
No.6873 - 2019/07/25(Thu) 08:47:30
☆
Re: 犬が死にました。
/ hato
引用
念のため、上の話は、夢でも魔境でもありません。
いっときお世話になった知人を偲びました。そんなことも、あるものです。
自営をするにあたり、まだスムーズでない動きが多くあって、ストレスが身体に溜まっていたでしょうか。お陰さまで身体を休めることができて、症状からみると、一年に一度くらいのデトックス。身体の祓いができました。
今夜はゆっくり休みます。お疲れさまでした。😊
No.6874 - 2019/07/25(Thu) 21:00:58
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Re: お体の事、よかったです。
/ 勘太郎
引用
今日は花火大会で、見に行ってきます。雨が降りそうで、お客様の入りがどうなるか?・・・
裏方ですが、皆さんが楽しめるとよいです。こういう天気次第のイベントの責任ある、担当者は大変です。
16時頃、実施するかどうかの最終判断がでるのですけれども、それとは関係なく、椅子やテーブルの準備はしなければなりません。おいらの担当は照明です。
いま17時小雨が降ってきました。嗚呼降らないでほしいです。合掌・アーメン・何妙法蓮華げーきょう・アラーは偉大なり・・・・
神様仏様降らないでください。雨雲レーダーでは大降りしないさそうです。
では 様子を見に行ってきます。
No.6875 - 2019/07/26(Fri) 17:16:38
☆
Re: 犬が死にました。
/ ubik0101&hato
引用
では今だけ、なるたけ、降りませんように!
行ってらっしゃい!
No.6876 - 2019/07/26(Fri) 17:37:30
☆
Re: お陰様で、さっと小ぶりはありましたが
/ 勘太郎
引用
なんとか、ひどく濡れるほどではなくて、胸をなでおろしました。
乗り合わせた、エレベーター内でのスタッフのお話ではお客の入りも、悪くないそうで、笑顔でいそがしそうでした。
帰りは、浴衣の若者男女が1割かな?2割かな? 地下鉄を諦めて、歩く人が多くて警察や警備員さん大変そうでした。それでも街は笑顔にあふれて、にぎやかでした。
No.6877 - 2019/07/27(Sat) 07:29:41
★
(No Subject)
/ ubik0101
引用
ほかの人のことは知りませんが子供の頃、自分には特別感、万能感があって、それが嫌でした。それを突き崩そうとしても、それがある理由も分からない、万能感特別感には、理由がない、ということは、それを突き崩せないということで最強です。たとえば自分が子供である、大人である、裕福である、貧乏である、なんでもいいですが、たとえば魚釣りをするのに、細い糸でするから特別だ、太い糸でするから特別だ、ちょうどいい糸でするから特別だ。このように特別感万能感は、条件に左右されなくあるからです。だって理由があれば、その反対の無関係の類似の理由があるということです。理由があれば、それは突き崩せるということです。この理由のなさゆえにある万能感、特別感は、その理由のないことを見ることです。それはそいうことだという認識ができるということです。そんな人が、どこかにいるか知りませんが、たとえば社長だから、裕福だから、頭がいいから、それで万能感特別感があるとして、実は、理由なくあるそれが、社長だから、裕福だから、頭がいいからという条件、理由を切っ掛けとして現われてるだけだということもあるかもしれません。おなじことですが、貧しいから、愚かだから、海外旅行したことないから、何でもいいですが、それで万能感特別感があり得るでしょう。それが劣等感だとしても、それは万能感特別感の裏返しだとしたら、それを解決してるわけではないでしょう。それは理由なく、意味なく、あるんだ。自分が自分だというだけで特別感万能感はあるんだ。これを見破ること。そして条件や対象や理由に接着しないこと。これはかなり大きな契機だったと思います。
No.6858 - 2019/07/09(Tue) 06:54:00
☆
Re:
/ ubik0101
引用
それと、なんのために生きるのだろう?こいうことも、たとえば有名になるため、裕福になるため、ノーベル賞をとるため。。どう考えても、その何のための、何、は見つかりませんでした。それならそのままにしておけばいいです。なにか個別のこととして答えを出す必要ないです。たとえば清く貧しく美しく生きるため?
CENSORED
するため?どんなことも、飛んでもないです。分からないなら分からないままにしておく、この答えは、あまりにも簡単。ほかのどんなことでもないけど、必ず解けます。おそらく誰もが生まれつきのように必ず思うこと、何のために生きる?自分て何?これだけです。
No.6859 - 2019/07/09(Tue) 07:16:36
☆
Re:
/ hato
引用
今日もそぼ降り、ときどき強降り、今年の梅雨はよく降っています。休日でゆっくり、転がってうたた寝したり、気になる作業をしたり・・・雨色の空に心身を休ませています。
No.6860 - 2019/07/09(Tue) 10:21:17
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Re:雨が降りません。
/ 勘太郎
引用
畑がカラカラです。在所の方が言ってました。「作物がかわいそうで、水をやらずにはいられない」と気持ちは同じです。水が無くても育つ個体はあります。渇きに強いはずのサツマイモは元気なく小さいままです。
渇水があれば、過湿があります。天気が動かないのですから。ま、仕方がないです。蝶々オオムラサキを呼び込もうとエサになるエゾエノキをたった5本ですけれども、植えています。行く度に水をやります。石油缶に水を入れて背負子で運びます。山の中腹ですから大変です。なんとか活着したようです。
気分次第で私はころころ換わります。昨日は過去について考えました。3・4歳の記憶が始まった時から、今に至るまで一足飛びで過ぎた感じがします。この時には当然ながら、過去のいろんな出来事に私はこだわりません。
ところが今朝起きると、過去の出来事が嗚呼!なんておいらはばかな事をしたんだと悔やみます。
私は特別、という感覚は本当に何にでも当てはまります。普通だから特別、不幸な子供時代を送ったから、親が酒が好きだったから・・・
「 学校の先輩に偉い人がいるから、それを誇りに感じます」などどと聞くと、どうしてもそれほどに誇りたがるの?とちゃちを入れたくなります。
世界が私だとすると、ただうごいているだけでは面白くないので、大げさに泣いたり、笑ったり、苦しんだりの演劇をして楽しんでいるのでしょう。この感覚を、「人生は暇つぶしだ」と感じる人がいるのでしょう。
そのうち、靄が消えてはっきりするとよいなあとおもっています。これが靄の原因だと云う本もあります。
No.6861 - 2019/07/09(Tue) 18:23:04
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Re:
/ ubik0101
引用
どこかで、過去はない、未来はない、今だけがある。というサイトを見たことがあります。ん、過去も未来もなければ、今もない、というのが普通でしょう。と思いました。今があると感じるのは、なにか見える聞こえる思考する行動するってことをリアルに、ある、って感じるからかもしれません。でも、今、は認識できませんし、いろいろ探ってるとすぐ空想の領域に入ります。そいうのは知覚依存で、やはり個別の私、現実の私、なのかもしれません。ボードゲームを遊び始めた頃、こう考えました。こちらが一手打ちます。それから3分で相手が駒を進めます。あるいは5億年の長考の末に、一手打ちます。どっちも同じ一手です。そこで問題は時間ではないらしい、と感じました。そして、一杯の水を飲む・・・それは100億年も前のことでも3秒後でも、そのことは変わりない・・・なにかをするとかしないとかは、時間には関係ない。起こったことは、過去でも未来でも今でもない。ただ起こったこと。だけど物事と物事を結びつけると時間が必要になる。すると、ああすればよかった、こうすればよかった。と空想の領域。思考が問題だ、という人の、なぜ思考が問題なのか聞いたことはないですが、総てが自己責任からの逃避としての思考のことを言ってるのかしれません。思考が問題だ、というのは、おおむねその思考は責任逃れを捜そうとしてるからかもしれません。なんでもいいですが、たとえば誰かを馬鹿にしたことも、馬鹿にされとことも、自分のしたことは自分のしたことで、総て引き受ける。これで時間は介入しないですし、ああだこうだが起きようがないですし、これが簡単で楽なことです。
No.6862 - 2019/07/09(Tue) 20:26:09
☆
Re: 進歩が無いから写真です
/ 勘太郎
引用
石狩湾に降る夕立です。下の岩には鵜でしょうか?1羽だけで羽つくろいをしていました。
「おお〜い、鵜こんなところにエサがあるのかあ〜い?」と大声で尋ねたら、ちらっとこちらを見て無視でした。
前回は笹薮から、鳥が飛び立ちました。たぶん巣立ちしたてで、上手く飛べないのか?・・・。もたついている感じでした。セミの抜け殻があったり、生き物が盛んに活動しています。
さて私は誰でしょう?と尋ねると、世界に私一人しか存在しません。残念ながら、世界と私は別々です。見る対象と見ている私に分かれて・・・、境目は解りませんが別々です。
No.6863 - 2019/07/14(Sun) 20:52:16
☆
Re:
/ ubik0101
引用
ではなぜ、自我は、ない・・・真我は、ある、とされるのでしょう。
そして、なぜ、世界と乖離して自我は、ある、と感じ・・・真我は真我にあって、ない、と感じるのでしょう。
とても大雑把に言うと、ある、と、ない、の、いれこ構造。のようです。
ひとつ・・・が世界の源です。その、ひとつとは、実在。です。実在とは、それがそれの原因。だということです。
たしか聖書では。わたしは、私は在る、と言われるものである。と言われたりします。
なぜか、この世界は、その実在の解き解れる様で、それを時空と呼びます。
そこでは、ほかのことが、ほかのことの原因で、生滅します。相依性、因果と呼ばれます。
ほかのことは、ほかのことに対して、つまり分離して、ある、ない、ある、ない。です。たとえば人は世界と乖離すると、犬は猫と分離して、楽は苦と乖離して、ある、です。それは生滅の生を、ある、と呼んでいるということです。滅を、ない、と呼んでいます。
しかし世界は、完全な分離ではない、完全に一体ではないです。この世界は、あるのでも、ないのでもないです。
わたしは、ある。私は私と差がなく、対象にできえず、あるにありきって、対象にならないゆえに、ない。と呼ばれる。
No.6864 - 2019/07/15(Mon) 07:34:29
☆
Re:
/ hato
引用
こちらは、未だ雨がよく降っています。日照不足がどうとか言われてますが、激しい日照りよりは落ち着きます。湿度は高い、肌寒さと蒸し暑さが交錯しています。勘太郎さんの辺り、いい雨があるといいですね。
あってもなくても、・・人が生きる。
どうあれど、学ばざるを得ないなにかです。
滋賀にありがとう村、という真言を唱える場があって、そこの先生が、「世界は入れ子構造で出来てる」と話していたことを読んだことがあります。併せ鏡の合間のような、無限ループのような、世界の有り様として見ていらしたでしょうか。
その方を思い出し、調べたら、昨年冬に亡くなったとあり、胸に来ました。信念を信仰に高め、沸き起こる智をもって逞しく、独特に貫き通した人で、いろいろ言う人があったとしても、自分はそこに、人として有難い、尊い光を見ることしか出来ません。
艱難辛苦を祈りに変えた人生に、祈りを実質に生きられた人生に、深謝を禁じ得ません。ありがとうございます。
No.6865 - 2019/07/15(Mon) 23:19:24
☆
Re: 自分を捨てる覚悟がない
/ 勘太郎
引用
入れ子構造、「絵は画家が描き、画家は絵の中に居る」という説明があります。自我は真我の上で働き、真我は自我として表現される、でしょうか。
仏教の本質とは、という題名の結構売れている本があります。読みましたが、理解力のない私にはさっぱり理解できないで、時間を損したと感じました。しばらく前の事です。
今は仏教の本質は自分を捨てろ!かと思います。その捨てる方法を延々と探るのが宗教か?と
高い木の枝から、手を放して落ちて死ぬ事の覚悟ができないのが、おらだなあ〜と思いました。
腰に世間と云う杭からワイヤーロープを結び付けて、「さあ 覚醒の山の頂上を目指す」と公言して歩きしているのがおらです。ワイヤがピンと張るまでは動きますが、2歩も歩けば留まります。
ワイヤを外す覚悟がありません。実際はワイヤなど元から、無いのでしょうけれども。
覚醒を目指すのを止めようと思っています。覚醒を目指して、自我の働きを強く使っている。覚醒を忘れることが出来れば、ワイヤが外れるはず。こんな事を思いました。
No.6866 - 2019/07/16(Tue) 07:22:40
☆
Re:
/ hato
引用
よく生きる。よく生きようと努力する、今日はこれだった、また進もう!。自分にはこれしかないです。お金は生きる上で必要だけど、大事じゃない。
「よく生きよう。」その歩みが、とても大変で、ちょっと幸せで、楽しい・・ではないでしょうか。
涼しい夜。今週中はもうすこし、こんな雨曇りだそうです。
No.6867 - 2019/07/18(Thu) 01:06:01
☆
Re: 先週少し雨が降って一息つきました。
/ 勘太郎
引用
ハトさんの言葉は、元気が出ます。
すべての可能性を持った、大きさや苦楽の無い世界で、生きることができたら良いと願います。
読み返して、感じました。上記の文に主語は不要です。
No.6868 - 2019/07/18(Thu) 06:57:48
★
過去に時間は無い
/ 勘太郎
引用
過去の出来ごとは、時間の中に配列されていると思ってきました。
最近、過去の出来事は過去すべてをひっくるめて一つの袋の中に入っている。或は1枚の紙にベタ一面に貼り付けてある。此処に時間は無い。
時間というものがあれば、出来事に年月日の荷札を貼り付ける必要はなく、時間により自動的に配列される。時間が無いから、整理の必要から時間という概念を発明して、時系列を作った。
こんな風に、過去現在未来に時間は無いと感じます。理屈ですけれども。
ひと時も休まず、蜜を集めています。花粉もたくさん集まっています。1.5k程のところに養蜂箱が置いてあります。
No.6847 - 2019/06/15(Sat) 21:19:26
☆
Re: 過去に時間は無い
/ ubik0101
引用
たしかに過去の記憶は、ぽっ、ぽっ、と現れるだけで、時系列はないように思います。そして、あれは小学3年生の時とか、大学生の時とか、長崎でのこと、東京でのことと、わざわざ自分で記憶に意味付けして、系列を作っているようです。
それと、記憶といっても、純粋な記憶ではなく実は・・・こうありたい未来のことと・・・して考えてるということがあります。その雰囲気中、に記憶として空想が展開されています。その仕組みが明確に認識できると、その執着は消え、記憶としても消えるようです。
時間について探ると、面白いことが見つかりそうな気します。
きれいな写真です。
No.6848 - 2019/06/16(Sun) 06:09:27
☆
Re: 過去に時間は無い
/ hato
引用
ネギ坊主!なんとたくさん!大きいですね。蜂もおおきい〜。
No.6849 - 2019/06/20(Thu) 21:14:13
☆
Re: 私と云うモノはない
/ 勘太郎
引用
と感じたり、そう書いたりしてきましたけれども、嘘でした。
私が無いと私が感じたのは、みんながそう言うので、そう思い込んだ。結果自分が無いように感じると思ったが正確な心の動き。
自分が無ければ、何にも無いはず。自分が無いと感じることもないはず。
可愛くて、大切で、大事な自分があるから、世界が在るのだとかんじるのでしょう。
その自分を調べよう、感じてみよう取り扱ってみようと捜すと、ウナギの様に水の様に空気の様に、在るのだけれども、どうにもこうにも触る事ができません。
思考の矢は私を通り抜けて消えてしまいます。
No.6850 - 2019/06/21(Fri) 20:33:19
☆
Re: 過去に時間は無い
/ ubik0101
引用
そうです。自分で自分は対象にできません。その、そこで世界が、どう見えるでしょう。たとえば・・・光でも、風でも、青空でも、嬉しい悲しいでも、見える聞こえるでも、思考でも、時間でも、空間でも、
こう、である必要がないのに、こう。このわけのわからない世界・・・顔を洗う冷たい水が気持ちいいも、可愛くて、大切で、大事な自分ということも、こう、でなくていいのに、こう。ここに、自分を見る自分は、個別のこととしても、全体としても、
いようがないです。自分から見られる自分もいようがないです。なのに猫が見えます。鳥が聞こえます。この、これだけ、探求とは、ほかに何も要らず、ただ、こうであることを、こう、と見るだけです。
No.6851 - 2019/06/22(Sat) 07:14:36
☆
Re: 過去に時間は無い
/ ubik0101
引用
蛇足ですが説明です・・・自分で自分を対象にできないなら、ものこと、世界も対象にできないです。だからといって、総ては一つでもないし、分離されてもいないです。総ては一つでも、分離されてある、でも同じです。これはとりあえず、ここで話に乗ってることを話しています。ほかのこと、自分を対象にできない、ものことを対象にできる。逆のこと、類似のこと、無関係なこと・・・ほかの世界観や理解もあるでしょうが、たとえば自我無我、私はあるない、世界は現実、夢、因果、空・・・総てが初めから壊滅しています。なんでもあるから、ないから、世界は透明です。あらゆる理解があるから、ないから、どれかではなく、これだ、たとえば、なんでもいいですが、世界は私だ。私は時間だ。過去はない、未来はない、今があるとか・・・という個別のことはないのです。そこで、見える聞こえる思考できる行動できる、これ事態が奇跡のようなことです。この何もないところ、あるいは、なんでもあるところ。なにかに接触しても接着できず、普通の事態です。ここでもし、自分があるに偏っていたら、ない、に揺り返すでしょう。私を守っていたら、開放に揺り返すでしょう。因果に偏っていたら、その壊滅に揺り返すでしょう。架空の因果に偏っていたら、ありもしない事実の因果に揺り返すでしょう。嘘に生きてたら、単独ではありえない、ありもしない事実に揺り返すでしょう。そしてその揺り返しも必要なくなり、人は真我でありながら自我であり、笑いながら怒りながら平穏でありながら、ただの人です。
No.6852 - 2019/06/24(Mon) 08:36:20
☆
Re: 蛇足ですが説明です。
/ 勘太郎
引用
ここが一番難解です。当に今回の説明されている事を解かりたいのですけれども、飲み込めないのです。鉄城御老師のおっしゃる「言葉で伝えることのできない感覚」とはこの説明の事の様に思えます。
私は音を聞き、味わって食べ、考えていることを感じ、焦り、反省し、猫が可愛い。
そうしているのが私で、猫は、私が可愛いと感じる対象です。身体と空気の堺は解りませんけれども、私と猫は3mの距離を離れて、堺は3mの空気層です。
自分は透明であるように感じますけれども、植木鉢は、見る・さわる対象です。1枚の3次元印画紙に立体印刷されています。
「蛇足ですが説明です」を宿題として考えます。
上記にはかんけいないのですけれども。
勤務先は小さいビルですからエレベーターも小さいです。乗り合わせた人が、一人の女性であったりすると、間が悪い、目のやり場に困ります。その時に目をつぶると。女性が居るのか?どうか判断がつきません。「間が悪い」感覚はなくなります。目を開けると女性が現れます。
No.6853 - 2019/06/24(Mon) 21:21:46
☆
Re: 過去に時間は無い
/ hato
引用
世界と自己は、ある・・・ない・・と言い得ず、片寄ってはどうとも言い取れず・・・に関わらず、見てる、聴いてる、触れてる・・・誰もがその不思議にいる、て凄いと思います。
人工授粉しないと、実がなりにくいといわれる、フェイジョア。今年も幾つかの種類の花が咲きました。
No.6854 - 2019/06/24(Mon) 22:48:17
☆
Re: 過去に時間は無い
/ ubik0101
引用
さまざまな経緯があるでしょうが、因果に逆らうことで、自我と言う意味で、私はある、という感じが起きることもあるようです。といっても、人が、見る聞く行動することが因果でないことはないので、なにか勝手に因果と言うことが人と無関係に流れてるわけではないので、とても微妙です。
たしか道元でしたか、自分を運んで物事をなそうとするのは迷いで、物事によってなそうとするのは悟りだ。とか言ったようです。自分の都合ではなく、物事の都合によって、物事を行う。それは真摯であること、注意であることが必須です。それが実は楽なことです。
そうであれと言われたら自我は、そんな因果ではない私はある、と感じるかもしれません。また自分では因果に沿ってるつもりでそうでないことがあります。それは真摯でなく、不注意であること、物事の都合でなくあることに依って、物事をする。またそうであるその事実を見ない。その物事に外れた自分を自分で感じたい、それが実は苦です。
世界と乖離することによって自分がいるという感覚ではないでしょうか。たしか龍樹でしたか、縁起に依って生じる存在は存在ではない、と言ったようです。なにか縁起がどこかにあるわけではなく、この自分も縁起なのです。でないなら繰り返しますが、まず、自分を世界と切り離して、その自分を感じるのが、問題といえば問題です。
さらに繰り返しますが、切り離してるなら、これは現実から逃げる愚かさで、ありもしない架空の因果に生きるでしょう。これはそのことを心底、認識すればいいので、認識できないなら、総てはひとつという揺り返し、明け渡しの経緯が必要かもしれません。
また勘太郎さんが言ってた、なんとかサダッタ?の、私はある、という感覚を大事にしよう、という意見もあるようです。たしかに自我は真我の扉ですし、プレ真我ですが、あくまで結果を言ったことで、これは直接は繫がりにくいです。
No.6855 - 2019/06/26(Wed) 07:02:46
☆
Re: 先ずは、蛇足ですが説明ですを読んで
/ 勘太郎
引用
蛇足ですが説明ですを後ろから読んでみたりしました。
自分の思考の中でしか、文章を読むことができないのが歯がゆいですけれども、何回も読んだ後で。
在る無い・生死・自他・苦しい・嬉しい・りっぱ・高い低い・過去未来。何もかにもが一つの袋にごちゃまぜに融けて(融けてあるが重要です)あるのが今なのか?と感じました。
今を創り出す材料が全て入っていて、各人おのおの、好き勝手に自分を創ることが出来る。
私はどうしても、ごちゃまぜの袋の中から、決まった一つのカタチを創り出して、これが世界だと感じてしまっている。自分の創り出した世界に縛られてなんとか脱出(悟り)をしたいと願っているのではないか?
高校の物理で習った「光は粒でもあり同時に波である」をおもいだしました。
「言葉では伝えられない感覚」にしても、これは方便で私がいつも感じている快適・嬉しい哀しいの感覚ではないのだろうなとも思いました。
今日の書き込みはまたじっくり眺めてみます。
No.6856 - 2019/06/26(Wed) 19:56:51
☆
Re: 世界と乖離しないで生きるとは?
/ 勘太郎
引用
どうするか。常に5感を今起きている事に注意して、6感である意識を過去と未来の仮想で満たさない。これを訓練として、常に今に縛り付けておく。できる事はこれだと思います。
過去未来を仮想しているのも今なので、今から外れる事はできないのですけれども、思考は自分の世界の中に過去未来を創り出して、ままごと遊びに夢中になってしまいます。
物事の都合に依って、物事を行う。それは真摯であること、注意であることが必須です。それが楽な事です。これを「災難に遭うときには、災難に遭うがよろしく、死ぬ時には死ぬが宜しい」
坐禅の本で「行う事は常に元に戻る事だ」とありました。油断すればすぐに思考は時間を創り出してままごと遊びを始めます。今から外れたら直ぐに今に戻る事を言っているのだと思います。
今の中に流れて、逆らわなければ、手足をばたばたさせることもなく、ただ黙って流れること。その結果として、谷ができて、畑を潤し、草木を育て、海に至って魚を養い、雲となって雨を降らして、世界を回る。
今朝はづいぶん物分かりの良い朝です。曇りで仕事も17時からでこれから昼寝でもしましょうか、という余裕がそうさせるのでしょうか。
No.6857 - 2019/06/28(Fri) 07:59:47
★
喉のすぐ奥に自分がいる
/ 勘太郎
引用
ようで、今すぐにでも表に現れでてくるような気持ちでづっ〜といました。すぐそばまで来ている、と。
ところがどっこい! 外にはでてくることは、ないのです。いつも喉の奥にいるのです。自分の影を表に出したいと願う様なものです。
この喉の奥の何者かが、自我なのか?悟りなのかは解りません。自分の全責任を負う者、世界を感じる者、喜怒哀楽の映画のスクリーンなのかもしれません。
影に向かって「おお〜い でてこいよお〜」と声をかけても、影は何も言いません。光源があれば姿を現し、おいらに寄り添い、光が無くなれば影も消えます。
思考の向きを胸の奥に集めると、思考は納まって景色だけがあります。繰り返しになりますけれども、景色をおいらが見ています。
胸の奥に思考を集めるという時間の過ごし方も悪いものではなく、大金持ちになった夢を見る事と同じく妄想の世界は楽しいです。
今のスイカです。雨が少なくカラカラです。天秤棒を使いバケツで水をやりましたが、土も堅くなっていてこんなんで根を伸ばすことが出来るのか不安です。今の最大の願いはまとまった雨!!!
No.6843 - 2019/06/12(Wed) 07:05:33
☆
Re: 喉のすぐ奥に自分がいる
/ ubik0101
引用
その経緯がないので、判らないです。勘太郎さんの話が事実なのか、空想を事実と感じるのか、とかも判らないです。うまくいけば勘太郎さんが、そんな人の相談に乗れるようになるのでしょう。
あんまり関係ないですが思い出しました。ヤフー掲示板に、過去の情景を思い出すと、そこにいつも後ろ姿の私が見える。という投稿がありました。そして、私もそうだ。といった投稿もありました。
それは過去の情景であれ見る人がそこにいなければ見えないはずなので、それを見てる自分の後ろ姿を記憶の中にも作るのかな?と思いましたが、その本人たちにとっては事実かもしれません。
見てる聞いてる思考してる自分がなければ見えるはずはないので、見てる聞いてる思考してる架空の自分を設定するのは自我の機能と了解できますが、そいうのは、こちらの経緯です。
北海道でも、スイカの苗に風よけをするのですか。ダンボール箱を使うのも、けっこう雨にも強いし確りしてるし便利です。今年は、ゴミ捨て場にかぼちゃの種、芽がでています。
No.6844 - 2019/06/12(Wed) 19:14:41
☆
Re: 喉のすぐ奥に自分がいる
/ hato
引用
この辺りは、今年は雨がよく降っています。梅雨らしくしきりに降るのは、なんだか有難いです。このくらいですと、気持ちが落ち着いていいです。
紫陽花。長崎では、オタクサと呼ばれているようです。
No.6845 - 2019/06/12(Wed) 20:32:17
☆
Re: 魔境しか経験の無いおらは
/ 勘太郎
引用
人とまっとうな話をすることはできません。
皆さんとお話を続けていると自分がきれいになって行くような気がします。色が抜けて白くなってくるイメージです。枝葉が落ちて幹が現れる、これも魔境なのでしょうけれども。
魔境というのは、私の理解では自分のイメージが現実の様に感じられてしまう。極端には仏様が現実に目の前に現れると云うように。
では今朝も元気よくお仕事に出かけます。
No.6846 - 2019/06/13(Thu) 07:47:09
★
おっと
/ 大阪
引用
このサイトのホームが見れなくなっているようです。お気づきでしょうか。
No.6838 - 2019/06/05(Wed) 22:52:09
☆
Re: おっと
/ ubik0101
引用
ヤフーのサービスが終了。hatoさんがhpまるごと、ほかの無料サービスに転送してくれました。こんなことが数分で、自動でできるようです。
だだそのままのHTML書類では、リンクに不都合があって、見えないページがあります。そのうち気が向いたら、修正するかもしれません。
覚醒
http://zizizi.g2.xrea.com/
世界 非意味 その不思議
http://aiaiai.g2.xrea.com/
No.6839 - 2019/06/06(Thu) 18:44:15
☆
Re: おっと
/ 大阪
引用
見れましたー!
No.6840 - 2019/06/08(Sat) 04:10:44
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