4月某日。 実家にひとりで住んでいる母親と電話で話してると、彼女はこう言った。 「ねえ、地球儀ってどこで売ってるかねえ?」 「は? ち、ち、ち、地球儀?」 わたしはザ・フーの代表曲「マイ・ジェネレイション」を唄ってる真っ最中のロジャー・ダルトリーさんが発する吃音(きつおん)みたいな返答をした。
「お母ちゃん、なんで?」 「いや、今さ、ニュースで聞くじゃない。スペインで何人とかイタリアで何人とかニューヨークで何人とか」 「だよね」 「わたし、地図帳で場所の確認をしてみたの。そしたらニューヨークってワシントンとかがある東海岸だったのね」 「そうだよ」 「わたしニューヨークはロスとかがある西海岸だと思ってたのよ。はずかしながら。あははは」 あははは、と電話口で陽気に笑う母であったが、わたしが気にとめたのはニューヨークが西海岸にあると勘違いしてたことではなく、ロサンジェルスのことをまるで長年の友人をあだ名で呼ぶかのごとく「ロス」と言ったことであった。
この星は今日もグルグルと廻り続けている、現在わたしたちの生活を脅(おびや)かす邪悪なウイルスの存在を気にとめることもなく廻っている。 どうやらお母ちゃんは平面の地図では満足できなく、この星同様にグルグルと回転する立体の地球儀を手に入れることによって、日々のニュースで報じられる国名を含む地理地形確認をしたいらしい。 「たぶんホームセンターに行けばあるら、地球儀なんて。じゃあ、週末に一緒に探そう」と言って受話器を置いた。 置いて数十秒後に思った、不要不急が叫ばれているこのご時世、むやみやたらのホムセ巡りはNGだら。 お母ちゃんのロス発言がきっかけだかどうだか、ホムセなんていう略語を作り出してしまった次第。
インターネットで浜松地区のホムセ(出たっ)を検索し、電話をかけて地球儀の在庫を一軒一軒確認していった。 ビツクリしたのがほとんどの店が在庫なしだったことだ。 どうやら地球儀は文房具に分類されるらしく、結果的に一軒のホムセ(またけ?)で1種類だけあり、二軒の全国チェーンな文房具系ショップでそれぞれ5種類と12種類の在庫を確認できた。 老齢の母を連れて行き当たりばったりな行動をしなくてよかった、と思うのと同時に令和2年において地球儀を探すのにこんな手間が掛かるとは思いもしなかった。
ホムセ(まだ言うの?)には在庫がなかったことを伝えるために翌日、実家に電話をかけた。 「お母ちゃん、実はホームセンターには」と話す前に「今朝、ホームセンターに電話して訊いてみたのよ、そしたらどこにもなかった」と母が言う。 親子でおんなじことを同じタイミングでやっていた! 親は子に似る、親の背を見て子は育つ、とはよく言ったものだ、と感心しながら、二日間で地球儀の在庫確認がそれぞれの店で二件ずつあった事象から、もしかして各ホムセ担当者たち(こんな言い方、このひとたちが気の毒だよ)のあいだでは「すわ地球儀ブーム到来か!?」とトレンドになったかもしれぬ、お騒がせしました、そんな反省文が脳裏の銀幕スクリーン上でエンドロールのようによぎった。
4月某日。 マスクおよび簡易携帯殺菌ジェルを持参し、母親と地球儀探しに出かけた。 12種類所有の文房具屋から攻めた。 攻めたと言っても「突撃突進」ではありません、ゆっくりとお母ちゃんの歩幅にあわせて入店しました。 12種の地球儀が横一列に鎮座している様は壮観だった。 眺めながら「ってことは、12個のアメリカ大陸やフィリピンや我が国があるということで、つまりそこには12人の大統領や総理大臣や官房長官や財務大臣がいるってことか」なんて考えだしたら脳内に暗雲が垂れ込んできた、そんな気がしたのであわてて「12人のディランやミックやポール・ウェラーや鮎川や美保純」の存在を考え始めたらウキウキしてきた、と同時に「やっぱり大好きなひとはひとりだけで十分だよな」とも思った。 だって、鮎川さんが12人いたら、ただでさえデカいギターの音が12倍だに。
地球儀は高価だった。 もう驚愕のお値段さ。 地球儀上に記してある各国の代表都市が読める大きさなのが必須条件なため、どうしても求める地球儀自体が大きいものになってしまうから高価なのだ。 5種類在庫の店にも行ったが、やはり高価だった。 お母ちゃんもご自分の購入予算を上回っているようで「まあ、しょうがないね」とあきらめ顔だ。 したら、5種類在庫の店の陳列棚の下方にA2サイズの世界地図があった。 「風呂の壁タイルにも貼れる」等々、最新技術を駆使したセールスポイントが盛りだくさんな代物が1000円だった。 「わたし、これでいいよ」
実家に戻ると、さっそく購入した地図を広げお母ちゃんと見た。 まじまじと世界地図を眺めるなんて40年ぶりぐらいか。 南北アメリカ大陸やアフリカ大陸の形状が、子供の頃の記憶と比べ少し違っていた。 ちょっと痩せているというか、小さくなってるというか。 「幼少の記憶はまちがっていない」と思いたいから、理由を探す。 温暖化で南極北極の氷が解けて水面が上昇しているからか。 デジタル機器による測定精度が格段に向上してるため、今の地図形状が実物に近いということか。 答えが見つかった。 俺自身が40年前より体格が大きくなった分、世界がちいさくなったってことさ!
B.G.M.「THE ZOMBIES/SHE DOES EVERYTHING FOR ME」 ゾンビーズを聴いてると泣きたくなる時がある。 もちろんカッコ良すぎて。
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No.1536 - 2020/04/20(Mon) 22:31:42
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