先日、大通りを車で走っていた。 すると、わき道から通称:原チャリこと原動機付自転車が登場した。 その国産スクーターを運転しているのは中肉中背なおじさんだった。 そして、彼の後ろ姿を見てわたしは驚愕する。 なぜなら、彼が着ているジャンパーの背中にはハーレー・ダビッドソンという言葉が英語表記されていたからだ。
原チャリなのにハーレーのジャンパー着用。 ジュビロ磐田・スタジアムなのに中日ドラゴンズのユニフォーム着用。 寿司なのにフォークを使用。 ジャズの曲なのにリッケンバッカーでカッティング。 でもあながち、間違っているわけではなく、むしろ全部オッケー。 わたしたちは身勝手に「あるべき姿」を構築してしまい、それ以外を排除しようとする生き物。
おじさんの背中を眺めながら考える。 「もしかして、平日の通勤は原チャリだけど、週末はめっちゃくちゃシブいハーレーに乗ってるのかも」 「あるいは、子供のころからハーレーに憧れていたけど、仕事が忙しい彼は大型二輪免許を取得できないまま人生を送ってきた。 だからせめてジャンパーだけでも、つって、きっとあれはハーレー社純正のジャンパーだぜ」 「とかなんとか言っちゃって実はおじさん、バイクには、まーったく興味なんぞありはせず。 でも、あのジャンパーはおじさんの親父さんの形見なんだよ。 だとしたら、それはそれでちょっとロマンチックじゃありませんか。 ロマンチックが街道を走ってるぜ、ロマンチック・オン・ザ・ロード、スモーク・オン・ザ・ウォーター、スピード・キング」
「そういえばシナロケに『形見のネックレス』って曲があるよね。 んじゃぁ俺は『形見のジャンパー』って曲を作るってこと? え? それってアンサー・ソングってやつ? ま、作ってもいいけどさ、本当だったら作るのは俺じゃなくっておじさんだからね。 となると、まずはおじさんがシナロケを知っているかどうか、だ。 知っていたとしても、好きかどうか、だ。 しょーがない、次の赤信号で停車したらおじさんに突撃インタビューをしてみよう、だ。 どうか好きでありますように」 そう思った矢先、原チャリは左ウインカーを明滅させながら左折した。 ハーレー・ダビッドソン純正ジャンパーはわたしの視界から消えてしまった。 前方でカラスが黒い羽根を震わせながら電線に着地した。 朝はみんな忙しい。
おじさんを見たのは後にも先にもそん時だけである。 彼は何奴(なにやつ)だったんだろう。 それ以降、わたしの目の前では特太ゴシックのフォントで記された『形見のジャンパー』ってカンバンがゆらゆらと揺れている。 雨上がりの夜空の日も、風が強い日も、そして晴れた日も。 やめてくれい、俺はリアルじゃない歌は唄えない性質(たち)なんだよう。
B.G.M.「JAPANIK/SHEENA&THE ROKKETS」 2008年発表、シーナ&ロケッツのアルバム。 7曲目に『形見のネックレス』収録。
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No.1594 - 2021/04/07(Wed) 00:14:34
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