近代においてよく言われる話のなかに「電化製品は一定のタイミングで壊れる」というものがあります。 「メーカーが新製品を買わせるために仕組んでいるのさ」 口をそろえてみんな言う。 口をそろえるといっても、上唇と下唇を机やお皿の上に並べるわけではありません。 だって、そんなことをしたら口元が痛いし、たとえ痛くなかったとしても、いろんな口がそこに並んでいる光景はちょっぴり恐怖でもある。 なによりも、元に戻す際、誤って違う口を装着してしまったら大変じゃありませんか。 ミック・ジャガーの重厚なお口は、彼が持っている目と鼻と耳とまゆ毛と顔の形状にマッチしているからこそ。 それはわたしたち凡人でもおんなじなはず。
4月某日。30年間使用していた電化製品が壊れてしまった。 《Technics SL-1200MK3》というレコード・プレイヤー。 ほとんど毎日のようにあいつに触れているし、あいつも俺に触れている。 そんな仲だから、修理をするため浜松近郊のオーディオ・マニアが集まる老舗ショップに持ち込んだ。 だがしかし、40代ぐらいの気さくな男性店員は、店内で我が愛器の電源を入れて症状を確認するとこう言った。 「ああ、これは寿命ですねえ。メーカーにもパーツがもう無いんですよ」 「そうですか。うん、かくごはしてました。ぐっばぁ〜い、まい、おぉ〜るどふれ〜ん」 作り笑顔をしながら、わたしはひらがなで答えた。 そう答えるしかなかったんだ。
生産停止していた同器をメーカーが数年前に再発売していることをわたしは知っている。 「たしかテクニクスはこれを再発してますよね」 店員にそう確認したとき、彼の目がちらっと光ったのをわたしは見逃さなかった。 彼は小走りで商品カタログを持ってくると親切に説明する。 廉価モデル、通常モデル、そしてマニア向けモデルがあるらしい。へぇ〜。 そのお値段に驚愕しながらも通常モデルを注文した。 もしかして、ネットで探せば幾らかでも安い買い物ができるのであろう。 でも、個人経営の浜松老舗ショップがこうやって今も営業していることに対し、浜松市民であるわたしは購入することで敬意を表したいのさ。
購買契約を結んだ帰り際のわたしに向かって彼がこう言う。 「あ、実は今日までお客様感謝デイなんですよ。ここにガーベラがありますので、もしよろしかったら一鉢どうですか」 見ると色とりどりなガーベラが幾鉢も店内に鎮座している。 薄紅色のそれをいただいた。 テクニクス・マーク3がガーベラに変わった! 鉢を手にしながらわたしもこう言う。 「ありがとう。んじゃぁ今日は家内に『おう、花を買ってきたぜ』って言おうかな」 「あはは。ぜひそうしてください。あはは」
4月某日。あたらしいレコード・プレイヤーを受け取り、帰宅後さっそく設置した。 「好きになったあのコとの今度の初デートはどのTシャツでキメようか。それよりもパンツはどの色にしようかな」だなんて。きゃぁ。 それとおんなじで、「最初に聴くレコードはどれにしようかな」ってのは、むずかしいけどうれしい悩み。 そして「やっぱ、これだろ」つって選択したレコードを聴いた。
これまでとなーんにも変わらんサイコーな音だった。 つまり、レコードはプレイヤーを選ばんし、プレイヤーはレコードを選ばんっちゅーことです。 言い換えれば、わたしはやっぱりわたしの世界で生きているっちゅーことです。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★ ザ・スリックスのライブ予定です。
☆6月12日(土) 豊橋AVANTI 《AVANTI presents》 開場/開演;18:00/19:00 前売/当日;2000円/2500円(1d別) 出演; 官舘村慶介二 THE GOLDENBATS THE SLICKS
写真:最初のレコードはこれにしました。
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No.1595 - 2021/04/18(Sun) 21:43:27
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