3月18日は1月29日に逝去された鮎川誠さんの四十九日でした。 彼を乗っけたロケットがちょうど今頃、天国に到着したんじゃないでしょうか。 そして、シーナさんや松本康さん、ウィルコ・ジョンソンさんを始めとするたくさんのロック仲間に対し「おーう! 元気にしとっと?」って、あの笑顔で再会の喜びをわかちあっていることでしょう。 好運にもわたしは鮎川さんとおつき合いをさせてもらうことができました。 たいせつな思い出ですが、なかでも特に印象的な出来事をみなさんにもお伝えしたく、ペンを取った次第。
1988年2月、シナロケが浜松でライブを演った。 おそらく初めての浜松ライブだと思います。 場所は西武デパート8階にあるシティ・エイトというお店。 メジャー・バンドのライブにおいて、ギター弾きがピックを客席に投げるシーンをよく見かける。 その日、鮎川さんもピックを客席に向かって投げた。 そして、それはわたしのところに飛んできた。のです。 終演後に彼と会話ができるチャンスに恵まれ、わたしはこう言います。 「鮎川さんがさっき投げたピックがぼくのところに飛んできました」 そう言いながらフェンダー製の白いおにぎり型ピックを彼に差し出す、まるで手に入れたばっかりの宝物を自慢する子供みたいに。 「うん、それあげるよ」彼は真面目な顔でこう言ったんだ。 もちろん、もらえることはわかっている、だけども彼のこの言葉と表情。 うわー、なんて真摯なひとなのだろう。 これが初めて鮎川さんと会話した時の印象です。
2004年6月、シナロケが浜松でライブを演った。 おそらく2回目の浜松ライブだと思う。 場所はその2か月後に閉店が決まっていたポルカ・ドット・スリムというお店。 主催者は浜松のロックンロール・バンド、THE SLICKSの淳吉郎ことわたくしでございます。 当日の午後三時過ぎ、浜松駅まで鮎川夫妻のお出迎えにおもむき、ポルカまでは先輩ロック仲間が運転するワン・ボックス・カーにておふたりをお連れいたしました。 ザザ・シティという百貨店前の交差点で信号待ち。 ザザ・シティがあるのは前述した西武デパートがあった場所、即座にわたしは彼に話しかける。 「鮎川さん、このデパートの場所は以前、西武百貨店だったんですけど、シナロケは16年前にそこの8階にあったライブハウスでライブ演ってるんですよ」 「へぇ、ここで演ったと?」 「演ったと」つられて博多弁をリピートしている淳吉郎氏。 「その日、シナロケは『ブルースの気分』を演ったんです。連れがこっそりウォークマンでライブを隠し録りしていて、その時の『ブルースの気分』がめっちゃくちゃカッコよくて、ぼくはそれを耳コピしました」 その夜、通常めったには演奏されない『ブルースの気分』が演奏されたのさ、リクエストしていないのに。
2008年5月、シナロケが浜松でライブを演った。 場所はメスカリン・ドライブというお店。 デビュー30周年であり、新作アルバム「JAPANIK」のレコ発ツアーにて浜松へ。 前座のTHE ROARSとTHE SLICKSが終わり、シナロケ登場。 新作収録曲と往年の代表曲を織り交ぜての本編ライブが終わり、アンコールにてステージに再登場。 数曲後、鮎川さんが言う「友達を紹介します。スリックス、ジュンキチローっ!」 あわてて控室に駆け込み、自分のギターをケースから取り出すとチューニングもせずにステージにのぼった、まるでロックンロール・ハイスクールの校長先生から「職員室に来なさい!」と呼び出しをくらった生徒のように。 アンコールの打ち合わせなんてもちろんないから、当然どの曲を演るのかも知らない。 でも「JAPANIK」には『ジョニー・B・グッド』が収録されているから、おそらくそれだよな、と思っていた。 だがしかし、わたしがギター・ケーブルをアンプに差し込むやいなや「アイ・キャン・ゲッノー!」と彼が叫び『サティスファクション』が始まった。始まってしまった。 予想だにしない展開にびっくりしながら「でも、やっぱそうだいね。だって、いっつもあなたは【ロックは一発勝負やからね】って言ってるもん」って心のなかで言いました。 その後の間奏部分で彼の視線を感じたので、そちらに顔を向けると彼のブラック・レスポール・カスタムから短いギター・フレーズが飛び出してきた。 呼応するかのようにわたしのワインレッド・レスポール・カスタムからも短いギター・フレーズが飛び出してきて、そのやり取りは幾度か続いた。 あの瞬間、もしかして、鮎川さんとわたしはギターで会話していたのでしょうか。 会話できていたのならうれしいです。
2016年10月、シナロケが浜松でライブを演った。 場所はG-SIDEというお店。 前座のD.F.とTHE SLICKSが終わり、シナロケが登場。 爆音が響く中、わたしはステージを観ずに少し離れた物販スペースで見守り番をしていた。 すると、知り合いの女のコ、彼女は百戦錬磨たるライブ観戦歴をお持ちのロック・フリークなのだが、その彼女が駆け込んできた。 「どうしたの? 大丈夫?」 「いや、ジュンキチさん、わたし初めてシナロケ観たんですけど、鮎川さんのギターがスゴ過ぎて、どうかなっちゃいそうです。だから、ちょっと離れたところから聴いていたいんです」 ライブ慣れした(特にパンクが多い)彼女でも鮎川さんのギターは「そんな気」にさせてしまうらしい。
その翌日は三重県松阪市でのライブでした。 わたしは松阪まで同行するため、ホテルのチェックアウト時間の少し前からロビーにてメンバー3人をお待ちした。 まず、ドラムスの川嶋さんがご登場、数分後ベースの奈良さんがご登場、そして数分後に鮎川さん。 エレベーターの真向かいがホテル受付けとなっているのだが、エレベーターの扉が開くなり鮎川さんは正面の受付嬢にこう言いました。 「どうもありがとね」 ニッポンを代表するロックンローラーの彼ですが、その人間性の一部分をわたしがしっかりと目撃できた瞬間です。
実はおんなじその週末、アメリカ・カリフォルニア州でディラン、ポール、ストーンズ、フー、ニール・ヤング等が出演するとんでもない野外フェスがハママツ・マツサカと同時進行していたんだ。 浜松駅新幹線乗り場のロビーにてコーヒーを飲みながら出発時間までくつろぐシナロケ3人が目の前にいる。 鮎川さんが奈良さんと川嶋さんに話す。 「カリフォルニアで今、演ってるやろ」 「はい、演ってますね」と奈良さん。 「ストーンズが『カム・トゥゲザー』のカバー演ったんよ」 「えーっ!? ホントですか?」と川嶋さん。 「うん、それでストーンズのカバー、これがサイコーでね……」 まるで軽音楽部の部室で、キャッチしたばかりの情報を仲間に伝えているような空間。 おそらく、鮎川さんは前夜の打ち上げ後にホテルへ戻ってから、ツアー中も持参しているノート・パソコンで動画サイトを検索していたと思われます。
わたしたちギター弾きは自分の好みに一致する音が出るアンプを選びます。 鮎川さんがマーシャル・アンプを使っていることを知った日から、わたしはマーシャル愛好家。 最初に買ったのは40ワットのちっちゃいやつ。 良いんだけど、ライブでの使用を続けているうちに物足りなくなり、そのアンプの同シリーズ兄貴格である75ワットを購入。 兄貴はそこそこギンギンにイケるぐらいの兄貴風を吹かしていたけど、でもやっぱ、物足りなかった。 なぜなら、【レスポール・カスタムでマーシャル直結、フルテン】という諸要素を満たしているのに、彼とおんなじ音が出ていないからです、わたしからは。 悩みに悩み、東京で観たライブの打ち上げ時に直接、お話をした。 「鮎川さん、ぼく、マーシャルのコンボを使ってるんですけど、イマイチなので鮎川さんとおんなじセパレートにしようか迷っているんです」 彼は吸っているタバコの今にも崩れ落ちそうな灰を、テーブルにあるちっちゃな灰皿に用心深く落としながら、こう言った。 「うん、音は大切よ」
2017年10月、シナロケが浜松でライブを演った。 場所はザザ・シティという百貨店にあるフリー野外スペース。 全国から出演者が集まる入場無料の某野外イベントのゲストとして最後に出演。 わたしは最前列でシナロケ3人の登場を今や遅しと待っていた。 そして、どうしようもなく気になることが眼前にあった。 ギター・アンプがそれまでアマチュアが使っていたアンプのまんまであり、しかもマーシャルではないのだ。 えっ!? ホント? うそでしょ? だって今からシナロケだら? おいっ! 主催者っ!
おおきな歓声とともにシナロケが登場する。 手早くセッティングを済ましライブがスタート。 一曲目は『バットマンのテーマ』だった。 音が鳴った瞬間、わたしはわたしの耳を疑った「えっ?」って。 なぜなら、3人の音はわたしがこれまで幾度も観てきたライブの音とまーったくおんなじだったから。 リハーサルもしていない野外の完全なる一発勝負にて、おんなじなのさ、シナロケは。 そして彼、マーシャルじゃないのにマーシャルの音です。 夢か誠か、まさしく誠のあの爆裂ギター音が目の前で鳴っている。
「うん、音は大切よ」 でっかいマーシャル・アンプを購入しようか迷っていたあの時のわたしの問いに対し、彼は「やっぱり、でっかいマーシャルにするべきだよ」とは言わなかった。 この日の野外ライブにおける彼の演奏を体験して、その言葉の意味がわかった、ような気がした。 そして、それは弟子と師匠の会話と伝え聞く《禅問答》にとーっても似ている《ロックンロール問答》だったのでは、と思っています。
鮎川誠さんは神様ではなく、ましてや仏様でもなく、今でもリアルなロックンローラーなのです、俺にとって。
写真:2008年5月24日、浜松メスカリン・ドライブにて。 撮影はハママツがニッポン中に誇るサイコーなロック・ショップ:MUMBLESのオーナー、潤ちゃん。
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No.1643 - 2023/03/19(Sun) 01:04:42
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