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お店訪問。 / 淳吉郎
たとえばギターの腕前を上達させたければ、ただヤミクモに弾いてればいいというわけはなく。プロのギターをコピーしたりして。そしてだんだん上手くなってゆく。
お好み焼きを毎週毎週ただヤミクモに作っているわたしは「これでは上達しない」と感じ。「プロの技を盗み見よう」と思い立ち。そしてお好み焼き屋へ繰り出した土曜日の夜。
全国チェーン店などのメニューにありがちな“創作お好み焼き”なんかよりも個人経営のお店の“普通のお好み焼き”を食べたかったのです。とは言ってもこだわりはありまして『たくあん入りお好み焼き』なのです・・・たくあん入れるのはどうやら浜松地域限定らしいんだ。そんな事(たくあん入れる事ね)をこの街に生まれ育って43年になるわたしは知らなかったのだよ。えへん。
向かった先は浜松市繁華街中心にある『とらや』というお店。おそらく創業30年は越えてると思われます。だって25年以上前の高校生時代に一度だけクラスのみんなで行った事があるのです。しかもその理由は「同じクラスにいた男の叔父さんが経営してる」から。すごいら。
19時頃にお店到着。入店するとお客さん満席!年齢層高めだし。席に着くとメニューで品定め。『イカ&たくあん入り』と『ブタバラ肉&たくあん入り』と瓶ビールに決めました。
お好み焼き屋さんって多くの場合、自分たちで焼くでしょ、鉄板が眼前のテーブルに備え付けてあって。ネタとフライ返しを手渡されて「はい、自分で焼いてね」みたいな。俺・・・じゃなかった・・・わたし、実はあれがお嫌いですの「なんで金を払ってるのに自分で料理しなきゃいかんわけ?ああん?」みたいな。だがしかし、ここ数週間でしっかりとお好み焼き料理にハマッているわたしだから。喜んで鉄板に油を撒いて、ネタをまーるく載せたのです。もちろんネタの中身を調査して。キャベツの切り方だとか青ネギの量だとかイカやたくあんの切り方や量だとかをチェックして。
美味しくいただきました。帰り際にはお店のおじさんやおばさんとおしゃべりもしたりして。

さぁ来週からのお好み焼き生活に弾みがつきました。ネタ以外にも重要なポイントを発見。それはかつお節なの。上質なかつお節にするべきですね。味付けが変わります。できれば自分でかつお節を砥ぎたいぐらい。ギーコ、ギーコって。パンクはD.I.Y.って事と一緒か。

No.869 - 2011/01/16(Sun) 14:46:56
お好み焼き三昧の週末。 / 淳吉郎
6日に仕事始め。そして7日、8日と新春就業は3日間のみ。
しかし長い3日間だったぜ。時間ってのは物理的なものであり、また観念的なものでもあるのだ。1時間は60分でもあるし、♪時間よ止まれ〜♪って唄いださずにはいられない瞬間だってあるんだ。1時間が永遠になればいい、みたいな。
そんなこんなで土曜日なのに残業だった8日はライブハウス:メスカリンドライブでの新年会イベントに女房のバンド:820光線☆が出演だったけど行けなかったのさ。くそう。

昨年12月某日の日記にて「お好み焼き作成にハマルであろうウンヌンカンヌン」と記したっけ。はい、予想通りハマリましたです。その数日後にホームセンターで大きなホットプレートを購入。もちろんメーカーは山善。市販品の“お好み焼きセット”みたいなのを利用せずに調理。これが掟(おきて)となっている。薄力粉やその他もろもろを使用して調理作成するのです。んで結果的に毎週末作っているの。今日で3回目。きっかけとなった初回を含めれば通算4回目。ハマッてるでしょ(笑い)。そして、いろんな友達からも作成アドバイスをいただいて。今に至る。ありがとう。
そして今回は『シーフード&キムチ入りお好み焼き』だった。“入り”というより“入魂”と個人的には名付けたい気分かな。曲だったらA・R・Bの『魂こがして』か。んで食べた。美味だった。けどまだまだ不満足。女房が天かすのパッケージに写ってるお好み焼きの写真を見ながら「これにエビの頭が写ってるね」「んじゃあ次回は冷凍シーフード使わずに中型のエビを実際に入れてみよう」
若い頃から俺は音楽雑誌に載ってるギター弾きの写真を見ると、そっからなんやらかんやらを真似するような男だったし(笑い)。

【オレシピ】ってタイトルを付けた手帳があるのさ。気になった事をメモってんだぜ、これでも。アフター40男のオヤジ・ギャグ炸裂なタイトルだし。そんなメモだけに目も当てられんってか。天かすの写真から何かにイメージを転化し、失敗したら責任転嫁。テンカテンカで休日のプライベートは天下泰平でいいなあ。

No.868 - 2011/01/09(Sun) 19:21:48
5日。 / 淳吉郎
2010年のままだったらよかったのに2011年になっちゃって。って事はボクは仕事を再開しなければなんないのさ。ノン・フィクションな生活だけど、それはまるでフィクションみたいにバカバカしいので。漫画(これもフィクションだし)を読んだ連休最終日の5日。夕方から読んだ。
最初は「ふぅ〜ん」みたいなノリで読んでたボク。しかし、だんだん乗ってきた。あっ!ここまで書いて来たら・・・いきなり・・・整いました!もう古い?まぁいいら。新年だし。
青い味と掛けて ロックと解く その心は ノリ(海苔)がいい  
焼きそばとかお好み焼きとかでは青海苔は不可欠だもんね。最近、お好み焼き作りにハマッてます。んで読んだのはロックバンドに関する漫画だったの。最終的にニヤニヤしながら読み終えた。バンド演った事がある人が書いたんだろうね。もちろんバンド未経験な人でも楽しめるだろうし、バンド経験者だったらもっとわかる漫画だった。
遠方のロック仲間が教えてくれて。んでオークションで年末にゲットしたんだ。続編もあるらしい。それはブルースが主題らしいし。探してみよっと。漫画の道は続く。そして明日から仕事・・・あぁ・・・ごきげんよう・・・

B.G.M.「JOE JACKSON/I'M THE MAN」

No.867 - 2011/01/05(Wed) 22:49:39
1日、2日、3日。 / 淳吉郎
みなさん、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
んでは、年越しからの事をさらっと。

大晦日の夜。夕方ここの掲示板に投稿後、レコード聴いたり、ソバ喰ったり、テレビを見たり。俺が大晦日にソバ喰ったりテレビ見るなんて行為、以前じゃぁ考えらんない。池上さんの年越し番組を見てた。最近名前を知って。んで初めて遭遇。しかし番組、面白かった「この人、いろいろ詳しいね。ってか話すのが上手だね。多くの場合、頭いい人は“偉そうな空気”が発散されるんだけどそれがないね」って思いながら。新年明けると近くの神社へ。セコイちっちゃな神社なんだけどお神酒を配布してた。紅白の餅までも配布。甘酒ももちろん、子供たちにはお菓子も配布だぜ。すげぇ。しかし“配布”って言葉はキミや俺みたいなロック好きだったらライブハウスでソノシートやらCDやらを無料でもらう時にバンド側が使う言葉だからね。お得感ありありって事さ。感謝しながら頂くのさ。
帰宅すると番組は変わってて『朝まで生テレビ』。実は若い頃から好きな番組で。頭いい人が“偉そうな空気”を炸裂衝突させてるのをブラウン管のこちら側から見るのさ。そうこうして就寝。

一日。ちょっと遅く起きておせち料理。おせち料理って豪華風だけど野菜中心でカロリー少ないんだよね。味付けは濃いけどさ。まぁ一年に1回だでいいら。でも大晦日にテレビやソバとか元日におせちとか。結婚は人の生活を変えてしまうのか。去年の正月もそれを感じたが今年は実感って事かな。部屋で最初に掛けたレコードは『THE WHO/LIVE AT LEEDS』。午後から中村家実家へ。お父ちゃんお母ちゃんといろんな話題でいろいろ会話。池上さんの話題もやっぱ出た。年末は紅白よりそっちを見たと。池上さん強し。深夜はテレビ。新春映画劇場みたいなやつ『ロッキー/ファイナル』だった。フィクション・ストーリー強し。現実は小説よりも奇なりだけど映画は現実よりも奇なり。んでも夢だけは忘れぬように。か。
一年最初の我が部屋、フーのレコードのあとはモッズやネオ・モッズのビート・レコードが鳴り続けたんだよ。

二日。午後から女房の実家へ。池上さんの話題、やっぱ出没。年末は紅白よりそっちを見たと。池上さんやはり強し。帰り道でユニクロへ寄る。部屋で着るセーターとか仕事着の下に着る衣類とかを購入。ドレックスのギグで必ず会うザビエル君にも店内で会った。彼はペルー人かな。そして焼きそばが好きな彼。「ドレックスも終わっちゃうみたいよ」って言ったら「えっ!」ってビックリしてた。知らなかったみたい。夜はモッズ・ビートのレコードが部屋を駆け巡ったのさ。

三日。近くのセコイ神社(けど配布はたくさん)で初詣は済ましてるけど“夫婦のデート”というニュアンスで外出。浜松の東、袋井市にある法多山(ハッタサン)へ電車&バスにて詣でた。屋台の出店(でみせ)がある参道。賛同するね、やっぱこうでなきゃぁ。地元のセコイ&太っ腹・神社には無いのよ、出店。秋のお祭りの時もなかったっけ。しばらくすると長身の色男に出会う。掛川市のハードコア・パンク・バンド:902のGr.&Vo.担当ナオマサ君「明けましておめでとう。今年もよろしく」ってご挨拶。
参道に賛同し山道を登り階段上がり。そして本堂へ辿り着くと満員。清志郎さんだったら「法多山ベイベぇ〜イェイって言えぃっ!」って叫んだであろう本堂でお祈り。いぇいっ!昼食は出店の焼きそば。実はこれが食べたくって・・・だけど味はイマイチ・・・ダシが効いてない・・・だけど目的達成なんでまぁいいかって事で・・・浜松へ戻るぜ、ベイベぇ。
浜松へ戻るとデパートで新春恒例のレコード市へ。探してたのがあったのでそこで2枚購入。ジャズのレコード2枚。女房もいろいろ買ってた。これはいい事で・・・俺自身が興味ない音楽でも結果的に聴く事ができるんで・・・いつでもいくつになってもいいおんがくにであいたい・・・全部ひらがなやん! その後はクワちゃんのお店:SONE RECORDSへ。お薦めレコード2枚購入。女房もいろいろ買ってた。これはいい事で・・・俺自身が興味ない音楽でも結果的に聴く事ができるんで・・・コピペ全開!
いつでも音楽好きは同んなじ事を繰り返すしか能がないのかもしれませんね。

写真は購入したレコード。上部に写ってるのはポール・ウェラーが表紙のNME(ニューミュージックエクスプレスね)。クワちゃんはイギリスの有名な音楽情報誌:NMEを店を開業するず〜っと前から定期購読してたとの事。さすがです!んで「ジュンさん、ポール・ウェラーが表紙のNMEありますよ」「ふんと?」「そこですよ」「あった!あった!ウェラーカッコいいなぁ〜」「ジュンさんにあげますよ、そのNME」「まじすか!?」
俺は鮎川 誠とPAUL WELLERに惚れてるのさ。昨年も今年も来年も。80年代も90年代も00年代も10年代も。
THE SLICKS、活動再開した〜いっ!

No.866 - 2011/01/04(Tue) 19:32:34
29日、30日、31日。 / 淳吉郎
やぁやぁ。それでは年末の出来事をさらっと。

29日は仕事最終日。帰りのクルマん中ではフランスの70年代パンク・バンド、ドッグスが鳴っていたんだ。「このまま来年が来なければいいのに。西暦2010年が永遠に続けばいいのに。終わらない冬休みなのさ。紅白歌合戦で出演者たちは同んなじ歌を何回も何回も唄うのさ。ちきしょう。年明けに仕事行きたくねぇなあ、もう」みたいな気分で運転する帰り道。ドッグスは相変わらず最高なR&Rパンクをスピーカーからぶちかましてくれていた。
帰宅して入浴してはかたんもんらーめんを喰うとルクレチアへ向かった。忘年会&DJパーティー。ジャズとソウルをメインに廻した。こんな流れで。
MARLENA SHAW〜RAMSEY LEWIS〜SONNY CLARK〜TYRONE DAVIS〜STAN GETZ〜THE YOUNG HOLT TRIO
初めて会う青年がいて。彼が我が選曲に深い興味を示してくれた。
音楽があって、友達が集まって、酒飲んで、ワイワイ騒いで。それはとても大切な日常なのだ。仕事上のいろんな事を忘却できる瞬間ね。

30日はクルマの修理でGSへ。その作業待ち時間内で近くのスーパーマーケットへ年末年始食材を買いに。結婚してからすっかり買い物をしなくなったし久々に行くスーパーマーケットは年末商戦で混雑極まりないし。1時間半ぐらい店内をウロウロして食材購入。GSへ戻るととっくに修理終了してた。
晩飯ははかたんもんらーめん。二日連続?いいじゃん、べつに。好きなんだもん。それを喰うとメスカリンへ向かった。フェイラーズの解散GIG。満員の店内。すごい人。O.A.はドレックス。弟分にあたるフェイラーズの最後のライブに兄貴分のドレックスがO.A.を務める。いいね。ドレックスの演奏、今回の選曲はフェイラーズのみんなにリクエストを取ったらしい。弟分の新たな門出を祝う(解散ってのをいい意味で捉えるからね)渾身の演奏だった。そしてフェイラーズ。熱い演奏だった。音源を入場時に無料配布してたんだけどそのレコ発的なニュアンスもあった。それもある意味、趣き深いね。今回だけなのに新曲を演ってしまうっつー。
そして・・・ドレックスのライブん時にタクミックスが「おれらも解散する。3月までは予定入れてるけどその後は決めてない」みたいなMCをさらっと言っていた。あまりにもさらっと言っていたので「あれは解散発表なの?マジで?」みたいな雰囲気が会場を覆っていた。解散なの?ドレックス。

31日は大掃除。昨年は6月に引っ越したから半年過ごしての大掃除だった。けど今年は丸々一年間分の大掃除さ。「そこやって」「はい」「そこ拭いて」「はい」女房からの指図を受けながらイエスマン・ジュンキッチー・クリーナー・ロボットはガチガチと動き回ったのさ♪ドモアリガットミスターロボットドモ・・・ドモ♪ってか。

ザ・スリックスは今年7月のライブをもって長年一緒に演ってきたメンバーを変える事に決めた。我慢して続ける事よりも、解散する事よりも、新しいメンバーでザ・スリックスを続ける事を選んだんだ。ボク自身がザ・スリックスってバンドが好きで大切にしたいって事なの。来年はぜひとも活動再開したいです。
それではみなさん、一年間お世話になりました。よいお年をお迎え下さいませ。

B.G.M.「THE BLUE HEARTS/DUG OUT」

No.865 - 2010/12/31(Fri) 17:23:38
クリスマスとリアリティの話。 / 淳吉郎
11月後半より仕事量も落ちつき体力的にも精神的にも「一般的」であろうと思われる生活(いや精神的にはやっぱり苦痛を伴っているなぁ。人間感情はややこしいからな。ウマが合わなけりゃあ、なおさらって事さ)をやっとこさたしなむ事ができるようになったと思っていたが12月第3週より殺人的忙しさ勃発ボッパツ「平社員の俺がなんでこんなに忙しんだ?なんでひとりで残業なわけ?」ってな感じ。“責任を全うしなければ”なんて義務感、これっぽっちも意識してないけど性格は変えられないって事か。
24日はクリスマス・イブ。そんな日は誰だって早く帰りたいさ。愛する人がいても。あるいは、いなくっても。あるいはクリスチャンでなくっても。戦後生まれのニッポン人だったらそんな気持ちになってしまう12月24日なんだ。ボクはやっぱり残業してからの帰宅だったの。
21時過ぎから晩餐。スタックス&アトランティックの合同コンピ盤『ソウル・クリスマス』ってレコードを聴きながら。ソウル・ミュージックは最高だなあ。そして最高な夜は短いのさ。残業だったからか・・・?

25日は窓拭き等の大掃除をしたり浜松市街へ出かけてバンドのミーティング、10月にライブしたブラック・ビューティーってバンドの。スージーに乗って出かけたんだけど終了後にミーティング場所:スターバックスから出たら婦人警官がスージーの前に立っている。
「あ、ボクのバイクですが」「ここは駐輪禁止ですよ!指定場所に駐めてください!」って40歳前後のオバさん婦警はみんな幸せ気分なクリスマスっつーのに目ん玉を三角にして言うものだから「はいはい、すみませ〜ん」って43歳(来月44歳だに・・・もういいって!そのネタは!ですか?)のボクは目ん玉をしなびたモヤシみたいなヘの字にしてその場を切り抜けたんだ。んでもよう、市街地の広い場所にバイク駐めるだけで違反?まったくもってつまらん時代になったものだなあ。
16時過ぎに帰宅。しばらくすると呼び鈴が鳴った「はいは〜い」って、さっきの三角目玉おばはんに対応したような応対をして玄関に出ると男が屹立(きつりつ)しているではないか。どうやらニッポン人ではない模様「俺に外国人の友人はいないぜ」って思いながら彼の顔を見る・・・下唇が妙に出っ張った英国人っぽいぜ。彼は手に持った紙袋をボクに手渡しながら言ったんだ、覚えたばっかりのようなカタコトのニッポン語で。
「ヘイ!ジュンキッチー!ずんぐるベロ!俺がプロデュースしたカリフォルニア・赤ワインを買ってくれてサンキュー・ベロ・マッチ。マッチのマーチはニッサン・マーチ。サンタのおじさーんーやーってきーたー。センキュっ!」
「センキュっ!」だけは本場の英国人なニュアンスだったが「マッチのマーチ」なんてな昭和40年代生まれのニッポン人にしかわかんないようなCMネタをふまえながら語るこの英国人は誰だ?「ジングルベル」って言うのを「ずんぐるベロ」って言い間違えてるし「サンキュー・ベリ・マッチ」も「ベロ・マッチ」だし・・・って思いながら正面を向くと彼はもういない。そしてわたしは手渡された紙袋を開けた・・・四角い箱が入っている「まさか、これは・・・数ヶ月前にダメモトで予約したワイン・・・ザ・ローリング・ストーンズ:ミック・ジャガー監修の『ROLLING STONES SATISFACTION Vintage 2007』ではないか?やったー!ついに手に入れたぜ!」
んでもよぉ、いちいちベロって言葉を言い間違えたりして強調するあたり・・・実は彼は・・・ミック本人だったかもしれないぜ。時間が過ぎるほどそれが現実味を帯びてきた気がした。信じられない話だろ?んでもリアルな話なのさ、俺には。
そして開封アンド飲酒。美味!満足(英訳:SATISFACTION)この上なし!

その後、夜8時頃に酔い酔いで向かったのはルクレチア。だってUP-TIGHTのギグだぜ!
演奏開始は夜9時50分頃だった。終演10時30分過ぎ。全4曲演奏。圧巻の演奏だった。特に3曲目。唄いだしから歌詞の内容が胸を打つ♪行きたい場所なんてないけど行く場所を探してる♪そんな歌詞も唄われて(青ちゃん、ちょっと違ってたらゴメンね)。「これは俺が感じる中で今までに無いほど青ちゃんの現在のリアルな感覚(長年の友達だけど第三者のボクが受けた気持ちだからそれはリアリティと言うべきか)が満載な曲だな」って感じて。演奏後に彼は「来年、発売予定の音源から1曲演りました」って。ボクがロックンロール・・・というか音楽以外でもそうだけど表現活動に関するすべての事象から刺激を受けるのはこんな部分からなんだ。
ブラック・クリスマス!そんな言葉が似合いそうなUP-TIGHTのギグだった。ボクはニコニコしながら浜松駅に向かって走った「終電がもうすぐ到着するぜ!」ってね。リアリティはリアルよりもリアルな瞬間があるけども、1分遅れて終電に間に合わなかったボクはタクシーで部屋に戻った。リアルな話。そして、それは、ちょうどサンタクロースが来年に向かって走り去った時刻だったんだ。子供も大人も来年を待ちわび始めた時刻だったのさ。

写真は例のど美味いブツの外装。その他の写真もあります。見たい方は我がブログからどうぞ。

No.864 - 2010/12/27(Mon) 00:52:43
Tシャツと43歳。 / 淳吉郎
浜松の中にあるお店でロックのTシャツを買うっつったらMUMBLES。って事で久しぶりにマンブルズ訪問の日曜日。なぜならマンブルズ・ブログにてめっちゃくちゃにカッコいいTシャツを発見したからで。ザ・ローリング・ストーンズのTシャツ。
「ストーンズのグッズつったらベロ・マークのデザインでしょ」と思ったら、あなたは。やぁ、ボクもそう思うよ。しかし、そのTシャツはそうではなかったのだ。だーかーら、買ったのです。ぶっちゃけ言うけど、この歳になってまで(来月で44歳だに)ベロ・マークを着る勇気は無いです。はい。もちろん個人的な気持ちだよ。着たい人は着るべきだし。30年前のモッズ・リバイバルん時にターゲット・マークのTシャツ着てた人が50歳になった昨今で「もうターゲット・マークなんて着られないよね」なんて言ったとしても、現在43歳(来月で44歳だに)のボクは喜んで着ているからね。これみよがしに。着たい人が着ればいいのさ。だって、それは(ベロ・マークとかターゲット・マークの事ね)ハヤリスタリとはカンケーない永遠不滅のシンボルだからだ。終わりなき金太郎飴だからだ。宇宙戦艦ヤマトだからだ。
マンブルズに入るとお客さんがたくさんいた。なんか嬉しくなっちゃうね。IDOLSのニコレッティさんも来てた。そして登場、ストーンズTシャツ。手にとって見ると、ブログで見たよりもさらにカッコいい!「これを着て原宿:竹下通りを闊歩したらスカウトされちゃうかもよ」みたいな。っつーかこの「竹下通り=スカウト」って発想自体が現在43歳(来月で44歳だに)の人間と言えるのではないでしょうか。
そういえば「モッズ・コート」って言葉が氾濫してるね、最近。新聞の折り込み広告の、いわゆる主婦ターゲットのお店とか通販ショップのチラシでも『モッズ・コート』って書いてあるぜ。スティーブ・マリオットとかキース・ムーンとかポール・ウェラーとか知ってる?エブリボデ。んで絶対『MODS COAT』ってアルファベット表記じゃないんだよね。すげーなぁ。どっちかっつーと『モッズ・パーカー』って呼び名の方がいいのにね。マンブルズ店長とも、そんな会話をしたのです「モッズ・コート?あぁん?」みたいな。

それともうひとつ、新しいブームが到来しそう。ボクに。
土曜日にお好み焼きを作ったんだ「家庭で簡単に作れるお好み焼き」みたいな市販品を買って作ったのだ・・・それなりに美味しかった・・・が「オリジナリティを出したいな」なんてね、考え出しちゃったよ・・・ギター弾き始めて、コピー曲を練習し続けてて、んである日オリジナル曲を演るカッコよさに気付いた・・・そう!あの日になんか似てるぜ・・・あぁーあ、知らねーぞ・・・絶対に凝りだすと思います、自分の性格的に・・・だって私は花の43歳・・・ちなみに来月で44歳・・・知らない事がまだまだ多すぎるの・・・

B.G.M.「ヴィッキー/恋はみずいろ」

No.862 - 2010/12/20(Mon) 23:42:17
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