THE SLICKS BBS

ライブ告知です。

「やらまいかミュージックフェスティバルinはままつ」にThe Whoのトリビュート・バンド、The Who族にてギターで出演。
10月12日(土) 浜松forceにて18時前後からの予定。
入場無料。
(THE SLICKSの出演はございません)











スケートにまつわる話 / 淳吉郎
「来年のことを言えば鬼が笑う」と申します。
ですから、昨年のことをふりかえると鬼は泣いてしまうのでしょう、おそらく、きっと。

新聞購読をしているのだが、日々の生活リズム……出社時間が早く、帰宅時間が遅いおかげで週末にまとめ読み、1週間から2週間分を。
しっかりとではなく、第一面の右側に列挙されている目玉ニュースのうち気になった記事をさらっと、です、残念ながら。
昨年10月23日(日)の新聞の目玉ニュースのひとつがこれだった『小平奈緒 有終のV』。
「あ、小平ってあのスピード・スケートの方だら。滑っている時の写真がいっつも眼が釣りあがってて、まるで怒っているような女性だよね。でも、有終ってなによ? 引退ってこと?」

わたしはその記事を読んだ。
彼女がその日(10月22日)をラスト・レースに選んだ理由、これまでの数々の記録、そして彼女が発したたくさんの言葉、その語録をわたしは知った……知ってしまった。
「なんなんだ、このひと。氷上の500mを滑走する36秒から38秒のあいだに『唯一無二の自己表現をしたい』だなんて。だって、俺たちはその5倍にあたる3分前後の楽曲に対して『どうやって自己表現をしようか』って、もがいているだに。そもそも、ぼくらは音楽だから『表現』ってカッコつけて言ってるけど、彼女はスポーツだら。なんなんだ、このひと」
上記を含む彼女の数々の言葉に「哲学」を感じたのです。
彼女のファンになりました。

昨年7月31日の投稿にて、おんなじスケート界のスーパースター、羽生結弦さんについて「ファンになった」とわたしは記しています。
昨年12月初旬、その彼が今年の2月下旬に東京ドームにてワンマンショーを開催するというニュースを新聞で知った。
「東京ドームでスケート? しかも今回は自分でストーリーを書いて、それをこれまで自分を支えてくれたみなさんに贈り物として届けたいだって? なんなんだ、このひと」
彼もまた自分のスケートに対し『表現』という言語を使っていた。
「よし、彼の東京ドーム公演を観るしかないら」そう決断したのさ。

『GIFT』と名付けられた彼の東京ドーム・ライブのチケットを取るべくネット検索。
そしてぼくは途方に暮れてしまった。
なぜなら、彼のライブは電子チケット・オンリーだったからです。
それはスマート・フォンでなければゲットできないチケット、だがしかし、ぼくはガラケー所有。
「今年はついに俺さまもスマホ・デビューするしかないのか……羽生ライブのために」とひとりごちた12月某日。

ガラケー所有のまんま年を越えたわたしは現在もスマホ転換に関してお悩み中。
ありゃ? こんな苦渋の執筆をしているわたしにどこかから声が聞こえてきます。
「ははは、やめとけやめとけジュンキチロー、おまえにはスマホは似合わねえ、ガラケーで充分だよ。羽生ライブは永遠にお預けだな。ははは」
ああ、そうなんだ、昨年のことを言ってるぼくに対し、どうやら鬼さまは泣くんじゃなくって笑っておられるようで。
いやいや、鬼だけでなく、世界中に笑いがあふれる一年でありますように。

B.G.M.「THE CARDIGANS/CARNIVAL」
スウェーデンのバンド、ザ・カーディガンズの1995年発表のセカンド・アルバム「LIFE」のA面1曲目に収録。
この投稿文の執筆に当たり「久しぶりに聴いてみるか」って何気なく選んだ1枚だけど、撮影の際にジャケットの女性、ボーカルのニーナさんがスケート靴を履いていることに初めて気づいた次第。
こーゆー偶然、というか不思議なタイミングでぼくらはみんな生きている、のかもね。

No.1641 - 2023/01/15(Sun) 23:50:35
とんでもなくぶっ飛んでるバンドにまつわる話 / 淳吉郎
たとえば好きな映画であれ、好きな酒であれ、好きなバイクであれ、嗜好が自分とおんなじだったり、似ていたりするひとに出会った時というのは、心強いものです。
仲間を見つけたというか、援軍を得たというか、「よし、俺はまちがっていなかった」みたいな、そんな感じ。
もちろん好きなバンドやミュージシャンの時もそうであり。
ロンドンのとある駅にてチャック・ベリーとマディのレコードを抱えてたミックに、キースが声を掛けたところからストーンズが始まったというエピソードもあります。

80年代の中頃だったか、某音楽雑誌にてそのキースのインタビューを読んだことがある。
「最近のお気に入りは誰ですか?」
インタビュアーの問いかけに対しキースはこう答えた。
「うん、最近はジョーン・ジェットがいいな。あとAC/DCもいいぜ」
カキーンっ!
まるで大谷選手が特大ホームランを放った瞬間のフル・スウィング・バットから響く音のようなものが、わたしの脳内スタジアムに響きわたりました。
「おいっ! キース、俺と一緒だぜ!」

90年代の初め頃だったか、当時働いていた会社に同世代の若者が途中入社しました。
わたしは安価英国車の代表格であるミニという自動車に乗っていたのですが、彼もミニに乗っていた、しかもかなり改造してあるやつ。
「おーいいねー、かなり改造してあるじゃん」
「いえいえ。あ、ナカムラさんはストーンズ好きなんですか?」
「好きだけど、なんでわかるよ?」
「だって、ナカムラさんのミニのルーム・ミラーにベロ・マークの札(ふだ)が引っ掛けてあるじゃないですか」
「あ、だよねー(笑) んで、キミはナニ聴くの?」
「ぼくAC/DCが大好きなんですよ」
「おー! 俺も大好き。ところでキミはAC/DCをヘヴィメタだと思う?」
「いやいや、AC/DCはロックンロール・ブギ―です!」
「おいっ! キミ、俺と一緒だぜ!」

11月中旬より、AC/DC熱が再沸騰中。バチバチ。
所有するレコードを聴いたり、ユーチューブを拝見したり。
そして、気づくとギターを手に取ってユーチューブ映像に合わせて弾いている自分がそこにいた!
リード・ギターのアンガス・ヤングはもちろんだけど、兄貴であるリズム・ギターのマルコム・ヤングがカッコいいことを再認識。
はい、自動的に「スリックスでこんな楽曲ができるだろうか? ニッポン語で、スリーピースで演れるだろうか? うーん、演ってみたい」という発想になるんですね、これが。
受け身で(?)保守的で(?)引っ込み思案なぼく(?)は、いつもこーやってナニかに導かれっぱなしなのさ。

この文章を2022年に読んでくれたみなさん、一年間ありがとうございました。
よいお年をお迎えください。
この文章を2023年に読んでくれたみなさん、昨年はありがとうございました。
本年もよろしくお願いします。

B.G.M.「AC/DC / IT’S A LONG WAY TO THE TOP(IF YOU WANNA ROCK’N’ ROLL)」
左:1975年発表、オーストラリアでのセカンド・アルバム「T.N.T」および右:1976年発表、世界各国でのデビュー・アルバム「HIGH VOLTAGE」のA面1曲目に収録。
この曲の間奏でスコットランド音楽でよく使われるバグパイプみたいな音色のフレーズが飛び出してくる。
バンドはオーストラリア出身と広く認識されてるけど、マルコム・アンガス兄弟はスコットランド、グラスゴーの出身らしく、納得した次第。
でも、こんなこと(エレキ以外の音色の使用)は、ぼくが知る限りこの曲だけなんじゃないかな。
ワン・パターンとかマンネリって言葉が太刀打ちできないところで、このバンドは音を鳴らしてると思います。
あきらかに、とんでもなくぶっ飛んでるバンド。

No.1640 - 2022/12/31(Sat) 16:19:36
ブラボーにまつわる話 / 淳吉郎
小学生時代、ブラスバンド部に所属していた。
その影響もあったか、浜松市内の社会人交響楽団や社会人吹奏楽団、そして高校の吹奏楽部の定期演奏会等を聴きに行っていた。
演奏会本編の後に拍手が鳴りやまず、もう一回演奏が始まる……そう、アンコールと呼ばれるおまけコーナーもその頃、知りました。

ある日、アンコールを求める観客の拍手喝采の真っ最中に「ぶあばーっ!」と大きな声をあげるおじさんの存在に気づいた。
隣の母親に訊く。
「ねえ、おかあさん。あのおじさんなんて言ってるの?」
「ああ、あれね、ブラボーって言ってるのよ。サイコーって意味よ」
わたしが初めてブラボーって言葉に触れた瞬間です。

世界が20世紀から21世紀に変わるころ、浜松市内でふたつのバンドがほぼ同時期に活動を始めたという。
同世代であり、音楽の嗜好性や指向性や志向性が似ているということもあり、ふたつのバンドは親交を深めるようになったらしい。
スポーツ選手が鍛えるためにグラウンドや体育館やプールを使用するように、バンドも練習場が必要です。
50年代や60年代や70年代のバンドはメンバーの家で練習したり、ガレージなどで音を出していたと聞く。
いいなあ。カッコいいなあ。

だがしかし、80年代以降は多くのバンドが賃金制の練習スタジオというスペースを使って練習するようになった。
そのふたつのバンドは、それぞれ浜松市内の違うスタジオで練習していたそうな。
そしてある時、偶然にも彼らがおんなじスタジオを使うことになったんだってさ。曜日も時間も違うけど。
その日、先に入った一方のバンドのボーカリストはスタジオ内の白板にこう記した。
「ビバ! スリックス!」
別の日、そのスタジオに入ったもう一方のバンドのギター兼ボーカルの男はその白板の言葉に気づくとこう記した。
「ブラボー! プレハブ!」

11月某日。4年に一度のサッカーの祭典が始まった。
ニッポンが初戦を行う場所は「悲劇」と呼ばれた29年前の試合とおんなじ場所である、と同時に対戦相手が今回の優勝候補と目(もく)されるチームであることも相まって、「悲劇から奇跡へ」などなどの言葉がネット上や様々なマスコミ媒体から発せられていた。
結果、ニッポンは勝利し「奇跡」を達成した。
チームのベテラン選手は「ブラボー!」と連呼したという。
別の試合でも格上の強豪相手に勝利した。
だがしかし、残念ながら決勝トーナメントでは惜敗してしまった。
でも、今回の大会、自称:にわかサポーターの筆頭格であるわたしですが、大きな声で言います。
ブラボーっ! ニッポンっ!

B.G.M.「FACES/MAYBE I’M AMAZED」
1971年発表、FACESのセカンド・アルバム『LONG PLAYER』のA面5曲目に収録。
ポール・マッカートニーの楽曲だけど、フェイセズにバッチリはまってます。
サイコー過ぎてブラボー! かつブラボー過ぎてサイコー!

No.1639 - 2022/12/07(Wed) 00:35:50
With WHIZZにまつわる話 / 淳吉郎
11月12日は浜松テホムでライブを演った。
来てくれたみなさん、ありがとうございました。
誘ってくれたWHIZZのフクちゃん、犬ちゃん、どうもありがとう。ウィズと一緒にコンサート。大感謝です。
共演のThe 1970、Abe and The Shitsのみなさん、おつかれさまでした。ありがとう。

今年、開店したテホムでスリックスは初めてのライブだった。
いいお店だと思う。
客席との段差がないフラット・ステージ。アンプはマイクを通さない生音勝負。これはどちらも、プレイヤーとしてのぼくを若いころから鍛えてくれたスタイルなのです。
どんなお店でもライブ前は血が騒ぐけど、このスタイルのお店では我が血がそれこそ「血相を変えて」暴れまくるんだ。ギャイーン。

そしてその日はスリックスとして今年2回目のライブであり、今年はこれで終わり。
一年間のライブ回数としては今までで一番少なかったかな。
まあ、さまざまな理由があるのだけれども。
でも、ライブが決まって、その日に向けてスタジオ入って、くねくねと粘土細工のようにバンドを固める……というか練り上げていく、あの感じがとっても好きです。
そこに新曲があれば、なおさらサイコーさ。

この日のテホムでも新曲を演ったんだけど、一回演ったらそれはもう過去の曲ってぼくは考える。
最近は次の新曲のイメージを脳内にあるスケッチ・ブックに4Bの鉛筆でデッサンしてます。
曲のイメージというのは絵を描く時のモデルみたいなものかな。
今回のモデルがねぇ、じっとしていなくて、ちょろちょろポーズを変えやがるからデッサンしづらいったらありゃしない(笑)
落ち着きのない曲になるかも、です。

それではみなさん、ちょっと早いけど、来年もザ・スリックスをよろしくお願いします。

B.G.M.「WHIZZ/GIRL FRIEND」
もうサイコーっ! フクちゃん、犬ちゃん、7インチ発売おめでとう!

写真:友達や気になるひとのアナログ・シングル盤を買うのって、うれしいけど不思議な気持ち。初めて聴く時はちょっぴりドキドキするし。
そう、わたしにとって45回転のレコードって、遊園地のジェット・コースターとおんなじくらいスリリングなんだ。

No.1638 - 2022/11/30(Wed) 00:59:08
鉄砲にまつわる話 / 淳吉郎
「ねぇ、パパ」
「どうした?」
「こっち向いて」
「ん?」
「発射ぁ―っ!」
「うわっ! つめてぇー! なんだお前、水鉄砲か?」
「そうだよ、佐藤くんに貸してもらった」
「ったく、サトーはロクなもんをお前に貸さんな」
「ねぇ、パパ」
「どうした?」
「パパみたいな大人になれば、本物の鉄砲を撃つことができるの?」
「いやいや、できないできない」
「え? だってアメリカでは本物の鉄砲を使えるって佐藤くんが言ってたよ」
「ったく、サトーはロクなことをお前に教えんな。そもそもここはニッポンだら」
「だよね……でも、ぼくが大人になったらアメリカ行って、本物の鉄砲を撃ってみたい」
「ふうん。でもアメリカなんか行かなくても鉄砲を撃つことはできるよ」
「ほんと?」
「うん。ただし、的(まと)は人間でも動物でもないんだな、これが」
「???」
「マシンガン・ギターっていう鉄砲がこの世にはあってな。ロックンロールが大好きなひとのハートを狙い撃ちするんだ」
「ギターから弾丸が飛び出るって、なんか漫画みたいでスゴくない?」
「あはは、うん、確かに漫画みたいだな。でもホントの話だぜ。だってパパはそのひとのライブに行ってこの眼で確かめたんだから」
「すげっ! なんていうひと?」
「ウィルコ・ジョンソンっていうイギリス人さ」
「アメリカ人じゃなくってイギリス人なんだ? ぼくもいつか会えるかな?」
「もちろん。おまえがロックンロールを好きになれば会えるはず。だって、ウィルコは今でもパパの心のなかで生きてるんだから」

B.G.M.「WILKO JOHNSON/窓からはい出せ」
1980年発表のウィルコのソロ・アルバム『ICE ON THE MOTORWAY』のA面5曲目に収録されているボブ・ディランのカバー曲。
世界中の多くのひとがディランのあらゆる楽曲をそれぞれのアレンジでカバーしています。すばらしい。
ぼくの声質はしゃがれ声やダミ声、ましてや青空を突き抜けるような端麗な声でもない、残念ながら。
だがしかし、ウィルコのこのカバーを初めて聴いた時「すげぇーっ! カッコいいーっ!」って唸り声でも叫び声でもない声をぼくは発してしまった。らしい。
そう、その声はまるで、線の細い音色のテレキャスターをカール・コードを使ってフェンダー・アンプに直結でつないでいるくせに、暴力的にやさしく響くウィルコのギターのように……だったのかな? だったらいいのに。

No.1636 - 2022/11/25(Fri) 00:02:55
輝きにまつわる話 / 淳吉郎
ぼくにとっての音楽、そいつはいつも目の前にどーんと存していて、あたかも太陽のようであり、月のようでもある。
つまり光を放っているというわけさ。
だがしかし、残念ながら彼らとぼくのあいだには邪魔するものがなーんにもないから、皆既日食だとか皆既月食っつー神秘的もしくは魅惑的な現象が発生する余地はまーったくありません。
さあ、今週末もギンギラでイキましょー、ぼくらがサイコーに輝ける場所、ライブハウスで。

B.G.M.「月光陽光/THE HIGH-LOWS」
1997年発表、ハイロウズのシングル。
♪遠くからは大きく見える 近づけばそれほどじゃない
空っぽに見えるけれど きれいに澄んだ水がある♪
美しいニッポン語です。輝きまくってる。
こんな歌詞をつくりたい。

☆★☆★☆★☆★☆★
ザ・スリックス、次のライブは今週末。
みなさん、よろしくねー。スリックスはトップで演るでねー。

11/12(土) 浜松 Tehom
WHIZZ Presents 《iNsideoUt 7》

出演:
WHIZZ
Abe and The Shits
The 1970
THE SLICKS

DJ:
SHOGO
KENGOi!

開場/開演 18:00/18:30
予約/当日 2000円/2500円 (+1d 500円)

No.1635 - 2022/11/09(Wed) 22:53:29
ふるさとにまつわる話 / 淳吉郎
10月某日、とある知らせを目にしてこんな言葉が脳裏を闊歩しました。
「ふるさとは遠きにありて思うもの」
ああ、そうか、親のありがたさは離れてみないとわからないってことか、と自己解釈していた次第。
その言葉の真の意味を知りたくネット検索をすると、そのような意味合いではないことが判明した。
自分の薄学さ加減を恥じるとともに開き直る。
「まあ、いいら、自分の唄が手元を離れた瞬間からその楽曲は勝手にみんなのところへ歩いていくんだ、解釈なんてひとそれぞれ、って多くのミュージシャンが言ってるし」

憧れの場所、福岡市博多を初めて訪れたのは西暦2001年7月のことです。
敬愛するポール・ウェラーさんの弾き語りソロ・ツアーを観るために。
わたしと同様に彼を敬愛する友人と一緒にブルー・トレインにて深夜に浜松を出発、ガタンゴトン。
目が覚めるとそこは九州だった。
立ち並ぶ工場群と晴天を突くような長い煙突の数々。
ふたりは古いアルバムのフォトグラフを眺める気分で車窓からの景色を見やる。
「ルースターズが生まれた北九州だね」

博多に到着するとふたりは別行動。
それぞれのお目当てがあるのさ、だってここはぼくらにとって憧れの場所だから。
下調べをした手書きの地図を頼りに、とあるレコード屋に向かった。
そこは高校生の時にその存在を知ったお店であり、訪店とともに店主にお会いするのがティーンエイジャーの頃からの夢だった。
7歳の野球少年が15年以上の歳月を経てようやく東京ドームに辿り着いたような気持ちでわたしはお店の扉を開ける。
商品をくまなく見た後、数枚のレコードをチョイスしレジに向かう。
だがしかし、店主は不在のようで若い男性がレジにいました。
「あ、康さんは?」
「すみません、康さん、今日は広島へ出張しています」

数年後、博多へ再訪、もちろんその店へも再訪。
お店の扉を開け、レジを見やるとそのひとはいました。
商品をくまなく見た後、数枚のレコードをチョイスしレジに向かう。
自分で言うのもなんですが、わたしは人見知りをしないタイプ。
でもその日、その店主を前にわたしは緊張してしまった。
だって彼こそ、70年代後半からの博多ロック・シーンにおける多くのバンドの音楽性を育(はぐく)んだ屋台骨のような存在、そうわたしは思っていたからです。

10月某日に受けた知らせは、その店主の訃報だった。
1977年開業のそのレコード屋も閉店するとのこと。
わたしにとって博多という街は、近くにある気がするけど、やっぱり遠くにある街。
わたしにとって博多という街は、とっても遠くだけど、すぐそこにある街。
「ふるさとは遠きにありて思うもの」
そう、これからもそのお店、ジューク・レコードはわたしの心のなかで営業中なのです。

B.G.M.「LITTLE WALTER/JUKE」
ウォルターの1stアルバム『THE BEST OF LITTLE WALTER』のB面1曲目に収録されたウォルターのハープがバリバリなインスト・ナンバー。

☆★☆★☆★☆★☆★
ザ・スリックス、次のライブです。
WHIZZが7インチ・レコードのシングル盤発売っ! いぇーいっ!
ザ・スリックスはトップで演奏します。よろしくねー!

11/12(土)
浜松 Tehom
iNsideoUt 7

出演:
WHIZZ
Abe and The Shits
The 1970
THE SLICKS

DJ
SHOGO
KENGOi!

開場/開演 18:00/18:30
予約/当日 2000円/2500円 (+1d 500円)

No.1634 - 2022/10/23(Sun) 16:28:51
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