THE SLICKS BBS

ライブ告知です。

「やらまいかミュージックフェスティバルinはままつ」にThe Whoのトリビュート・バンド、The Who族にてギターで出演。
10月12日(土) 浜松forceにて18時前後からの予定。
入場無料。
(THE SLICKSの出演はございません)











自分へのごほうびにまつわる話 / 淳吉郎
いつからだろう、とっておきのナニかを購入する際「自分へのごほうび」という理由づけ? あるいは言い訳? をするようになったのは。
わたし個人的には、その言葉はちょっと馴染めないので、実は使ったことはありません。
なぜなら、購入資金(お小遣い)を含む様々なタイミングが運よく一致したから「欲しいものを買うことができた」と、捉えているから。

12月某日、帽子を購入した。
キャスケット・タイプの帽子を30年近く愛用してきたので、そろそろ別のタイプにしようかな、というのが理由。
まちがっても冬の特別手当が口座に入金され、半年間に渡る激務を耐え忍んだぼくちゃんへのごほうび、ではありませんので。
浜松繁華街に存する老舗帽子店で購入したそれをその場で被ったおいらは、スキップしながら帰宅した。
そのまま鏡の前に立つ。
「なんか、これ被った俺って、リリー・フランキーさんみたいじゃん」

12月某日、国営放送でベートーベンの交響曲第九番「合唱つき」を堪能。
聴くだけだったら所有するレコードでもよかったのだが「大晦日だし、テレビで見りゃぁ、ある意味ライブ感覚でいいかもねー」なんつって閲覧した次第。
フィルハーモニーと合唱団の演奏はもとよりマエストロの手の振り方、各演奏者の表情や仕草、そして着てる衣装のチェックまでノリノリで鑑賞……ってか、それって俺がライブハウスでやってることとおんなじじゃーん。
テレビで見る第九もレコードとおなじくカッコよかった。
いつか、生演奏を観てみたいです。

1月某日、実家にて中村家全4人集結。
食事を終えるとお母ちゃんが言う「鮎川さんのバンドの番組、録ってあるで見る?」
「おーう! 観る観る!」
二日続けて国営放送。
画面の向こう側で、俺が先日購入した帽子とおんなじ形状のものを被ったヤツがいる。
そう、誰あろうリリー・フランキーさんが司会をしている「カバーズ」という番組さ。
シナロケは「ユー・メイ・ドリーム」と「レモンティー」を披露。
国営放送の音楽番組なのに鮎川さんのマーシャルからは、いつもの「キィー」っつーハウリング音が鳴っていることに、「だよねー」つってわたしはついつい首肯。
そして、演奏後のリリーさんとのトーク・シーンにおいても、自分よりも若い共演者たちに対する彼の気づかいや態度、それはやっぱりいつもの鮎川誠だった。もうサイコー。

1月某日、浜松市内のジーンズ・ショップでGパンを買った。
通常、Gパンを買うときは古着屋を利用するのだが、今回は新品を購入。
はき続けていたリーバイス505がボロボロに破けたから買ったのが理由。
まちがっても年末調整還付金が口座に入金され、1年間に渡る激務を耐え忍んだぼくちゃんへのごほうびではありませんので、あしからず。
しかし、値札を見てビツクリした。
なぜなら、1万円越えというお値段だったからだ。
ぼくが20代のころは、たしか6500円ぐらいだったはず、リーバイスは。
しかも今回の505は以前より生地も安っぽいし、色もいわゆる『深み』が感じられず、品(ひん)があるとは言えないものだった。
だけどそれは1万円越え。1万6千円っつーメーカーもあったぐらいさ。
おいおい、Gパン・メーカーならではの「こだわり」ってのは無くなっちまったのかい。
おいらはベートーベン、もしくはボブ・ディランみたいな顔つきで店をあとにした。

今年の目標はふたつあります。
ひとつは上記のおふたり、ベートーベンとボブ・ディランをにらめっこさせたい、アップップぅ〜。
仮に実現したとして、「しかめっツラなふたりのどっちが先に笑うんだろう?」だなんて考えながら、ふたりの対決を見ている真っ最中に「もう感無量!」つってぼくは無重力状態でフワフワと上空に舞い上がっちまうんだ。
つまり、なんだかんだで対決結果を見定めることができないってオチなんだろう、おそらく、きっと。
ひとつはぼくのバンド、ザ・スリックスでカッコいい曲を発表していきたい。
バンドでサイコーな曲を演れることが自分へのサイコーなごほうびだからさ。
きゃぁー! ジュンキチローさん、言っちまったなぁ〜。

B.G.M.「愛の余韻/ジャニス・イアン」
1976年発表のアルバム。名曲ぞろい。もうサイコー。

No.1622 - 2022/01/13(Thu) 00:57:28
某日日記 / 淳吉郎
76年ごとに近づく星や、4年ごとに開催されるスポーツの祭典等、この世の中には周期的な事象がいくつかあります。
そのひとつである車検のために12月某日土曜日、マイカーをディーラーに持ち込んだ。
担当者と打ち合わせをして、代車を受け取る際、彼はこう言いながらキーを手渡す。
「CDプレーヤー、付いてますので」
「マジすか」つってわたしは心のなかで小さくちいさくガッツポーズ。
実はその一週間前「代車はオーディオ機能積載車にしてほしい」と店側に伝えた際、「積載車の台数はごく少数なので確約できない」との返答だったからだ。

たった二日間の代車生活なのに、そこまでしてCDを聴きたいのか、とみなさんはお思いでしょう。
しょうがないじゃん、だってその夜はTHE SLICKSのライブなのさ。
ライブ当日、開催場所までの道中ではTHE JAMを始めとする大好きな音楽を聴くしきたりになっているんだ。
クルマがガソリンで走るように、わたしはグッド・ミュージックで生きている。
午後2時前、お借りした軽自動車にマーシャル・ヘッド・アンプとギブソン・レスポール・カスタムを積み込むと、その日のライブ会場である浜松G-SIDEへとクルマを発車させた、ピストルズの編集盤「フロッギング・ア・デッドホース」をセットして。

年末のお忙しい中、そして若干、落ち着いたといってもこの状況下の中、ライブに来てくれたみなさん、ありがとうございました。大感謝です。
全5バンド出演のこの日、平均年齢45歳のぼくらスリックス以外の4バンドの平均年齢は、おそらく25歳ぐらいだったと思う。
各バンドのライブを観て、ぼくは「若さが持つ計り知れぬパワー」を叩きつけられた、気がした。
計り知れない……つまりあいつらには希望しかないってことさ。きぃー!
そして、その日の俺自身がどうだったかっつーと、いわゆるタイバン意識丸出しだったわけで(笑)
えー? それって、ぼくも若いってことじゃん? なんて思った次第(笑)
刺激のある楽しい一日だった。
誘ってくれたザ・ジェイソン・ブルーレイのショウくん、ありがとうございました。

B.G.M.「ベートーヴェン・ピアノ協奏曲第5番『皇帝』/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団」
ベートーヴェンのマイ・ブーム継続中。主旋律を部分部分で巧みに取り入れているこの曲もサイコーにカッコいい。

No.1621 - 2021/12/26(Sun) 23:00:11
《冬のひまわり》?C / 淳吉郎
?Bより

クリスマス・イヴがやってきた。
その日のディナーは悦子の希望で鴨鍋(かもなべ)となった。高齢のカップルならいざ知らず、二十代前半のカップルがクリスマスに鴨鍋である。
その提案に誠二はこう言った。
「普通ならクリスマスは七面鳥だけど、それは無理としても最低でチキンでしょ?」
カモン・ナウ・ベイビーという洋楽における常套句がある。それは「ねぇねぇ、ちょっとキミさあ」という意味だ。発音したり唄ったりすると「カモナベー」となる。
「と、いうことなの」
説明し終えた悦子に対し、「へぇーそうなんだ」誠二は自販機のように言葉を返した。
ねぇねぇ、ちょっとキミさあ、ユーモアのセンスをもうすこしお願いできるかしら。
悦子は心のなかでそう言った。口にしてもよかったけれども、言わなかった。言っても、のれんになんとやらだと思ったからだ。

「あーうまかった」
「でしょ。鴨鍋だーいすき」 
街なかにあるとはいえ、十二月二十四日の和食亭は客もまばらだった。そこで鴨鍋を食べ終えたふたりは、コイン・パーキングへと歩いている。
街路樹に巻き付けられたイルミネーションが静かに灯る。アーケード街のスピーカーからはジョン・レノンの『ハッピー・クリスマス』が流れている。いんちき臭いインスト・ヴァージョンだ。無言のまま歩くふたり。
自分の車に着くと誠二はダッシュボードから花を取り出した。
「メリー・クリスマス、エッコ。はい、冬のひまわり」
それは加藤からもらったひまわりの造花だった。
「ははは、おそらくそう来ると思ってたよ。でもありがと」
わかったような口ぶりだが悦子はまんざらでもなさそうだ。
「なーんてね」
そう言いながら誠二は車の後部トランクを開けると、A2サイズのキャンソン・ボードを取り出した。
コイン・パーキングの照明がボードを照らす。
そこには薄青の背景に二輪の大きなひまわりらしき花が描かれていた。それを眺めながら悦子が言う。
「なんなのこれ? もしかしてひまわり? でも、花びらが描かれてないじゃない」
悦子が言ったとおり、その絵には黄色い花びらが抜け落ちていた。あるのは太い二本の茎と数枚の葉っぱ、そしていがぐり頭のごとく褐色(かっしょく)な、まあるい部分のみだ。
誠二はコートの右ポケットに手を突っ込む。右手を開くとそこには黄色の絵の具チューブがあった。キャップを外(はず)し、歯みがき粉を歯ブラシの先へ乗せるように、チューブを板面へ押しつける。ふたつの弧を描(えが)きながら、黄色く大きな花びらをいがぐり頭へ一枚いちまいと足してゆく。

塗られたばかりの絵の具の匂いとともに二輪のひまわりが今、花ひらいた。
それが、誠二のビギナーズ・ラックだったのかは、まだ誰も知らない。


おしまい
みなさん、よいクリスマスを

No.1620 - 2021/12/24(Fri) 00:16:11
《冬のひまわり》?B / 淳吉郎
?Aより

ずぶの素人である誠二に対し、加藤は油絵を勧(すす)めなかった。二週間もしないうちにクリスマスはやって来てしまう。描いたとしても、油絵の具が完全に乾かないためだ。
その話を聞いた誠二は首をがくんとさせた。その姿はまるで枯れてしまった晩夏のひまわり、ならぬ、それこそ「冬のひまわり」のようだった。加藤は落ち着いてこうつなぐ。
「なあ、セージ」
「ん?」
「アクリル絵の具ってのがあってな」
「あくびる?」
「欠伸(あくび)じゃねえよ。ア・ク・リ・ル」
水性で扱いやすく、しかもすぐに乾く。失敗したとしても、上塗りをして修正ができる。上塗りをすればするほど重厚感も出てきて油絵と似たタッチになる。
そんなアクリル絵の具での制作を加藤は提案した。
未来を手に入れたかのような顔で誠二はうなづく。
「いいな、上手く描こうと思うなよ。ここだぞ、ここ」
「心臓のもう少し奥にあるハートだな」
「オッケー! それさえわかれば、もう半分は完成したのも同然だ!」
「マジか!?」
「ウソだ!」
どちらともなくふたりは破顔一笑(はがんいっしょう)した。

支払いを済ませて帰ろうとすると「あっ、そうだそうだ。ちょっと待ってろや」と加藤は誠二を呼び止めた。
やがて、店の奥から何かを手にして戻ってくる。
「待たせちゃって悪かったな」
「別にいいけど。なにそれ?」
「うん。これはひまわりの造花。むかし俺もこれを使ってひまわりを描いたことがあるんだ。もう使わないからおまえにあげるよ。画家デビューの前祝いだ。ははは」
「へぇ、そりゃ助かる。で、その本は?」
「これはなあ、ゴッホの画集だ。いくらおまえでも、ゴッホの代表作のうちのひとつがひまわりってことは知ってるよな」
「そんぐらいは知ってるよ」
「よおし。参考までに貸してやるよ。だけどな、ひまわりだけに限らず、いろんな絵を見ろよ。色の使い方の勉強になるはずだから」
「ありがたいなあ」
「でもいいか。たいせつなのはここだからな、ここ」
小一時間のあいだにこのフレーズを三回使ったのには、石頭の誠二でもさすがに苦笑いだ。
「じゃあな。ありがとう。また来るよ」
加藤にそう告げると、誠二はそのまま画材屋に向かった。

?Cに続く

No.1619 - 2021/12/17(Fri) 00:31:50
週末にまつわる話 / 淳吉郎
幼少の頃、週末は「8時だよ、全員集合」のためにあった。
学生の頃、週末はレコードを聴いたりギターを弾いたりするためにあった。
成人して以降、週末は自分のバンドのライブ、もしくは大好きなバンドのライブ観戦をするためにある。
「週末」シューマツ、この流麗な響きが好き。
つまり、この響きはどう考えてもサービス休×出勤のためにあるのではないってことさ。
ほらごらん、タイムカードが無言でそんなわたしを見つめてる。

12月某日、天使がぼくに微笑(ほほえ)んだ、気がした。
なぜなら、その日、ロック仲間3人との呑み会が週末に開催されることが急遽決定したから。
お誘いメールをくれたフクちゃんに対し「その日は休出なんでちょっと遅れるかもです」と返信した次第。
だってもちろん、その日はサービ×休日出勤なのさ。
夕方、業務を終えるとわたしはスキップをしながら退社した。
タイムカードが無言でそんなわたしを見つめていた。

19時半過ぎ、開催場所である浜松駅近郊の焼き鳥屋に到着。
フクちゃん、彼のバンド・フォノシックスのギター担当コビー、そして数年前に解散してしまったけどぼくが個人的に大好きなパンク・バンド:Theノウのリーダー、そして今は7インチ音源を発売したばかりのバンド:ビリのリーダーであるタクちゃんと再会の喜びをわかちあい、わたしたちの宴(うたげ)が始まった。
どうやらコビーくんはタクちゃんのお兄さんのバンドの大ファンらしく、実弟を目の前にした40代半ばなコビーの瞳は、まるで土曜日の夜、ブラウン管の向こう側のカトチャやシムラを見つめる子供、今で言うならば大谷選手を見つめる全世界中の野球キッズのようだったのさ。
まさしくその夜の4人は「7時半だよ、全員集合」でした。

12月某日、またしても天使がぼくに微笑(ほほえ)んだ、気がした。
なぜなら、その日、20年間務めた前職にてお世話になった大先輩の退職慰労会(という名の呑み会)への参加オファーが来たから。
そりゃ、ぼく自身いろんな理由あっての退職だったわけであるが、めちゃくちゃお世話になった大先輩の慰労会なのだからこれに参加しないわけがない。
会社行事ではなく有志による呑み会だしね。
もちろん、その日もわたしはサービス休日×勤なのさ。
夕方、業務を終えるとわたしはスキップをしながら退社した。
タイムカードはやっぱり無言でわたしを見つめていた。

全11人での慰労会。
大先輩を含めほぼ2年ぶりに会う旧友たちと再会の喜びをわかちあい、わたしたちの宴(うたげ)が始まった。
どんな組織であれ、ひとが3人以上集まれば派閥みたいなものが生まれると思う。
まあ、ウマが合うとか合わないとかのレベルだろうし、もしかして誰もが本音では「俺は俺軍だぜ」なんつってひとりで旗を掲げてるのかもしんない。
この日もウマが合う11人は馬のかぶり物なしのウマヅラのまんま、各様ひひーんと鳴くように酒を酌み交わした。
この日に限らず誰もがグチをこぼしたくなる時、それが週末の酒ならば、そいつは強力な援軍になるんだ、と感じた次第。

B.G.M.「エンジェリク・アップスターツ/長距離ランナーの孤独」
同名小説は名作として有名だが、このバンドのこの曲も俺は大好き。

☆★☆★☆★☆★☆★
ザ・スリックス、次のライブです。
みなさん、よろしくです。

12/18(土) 浜松G-SIDE
N.J.P 〜6th gig〜 NOZU the Last Show
\2,000(+1D) students\500 off
open 17:00/start 17:30
-act-
THE JASON BLUE-RAY
NOZU
The弾丸ノイズ
B-29
THE SLICKS

No.1618 - 2021/12/13(Mon) 00:05:19
《冬のひまわり》?A / 淳吉郎
?@より

金曜日、定時で仕事を終えた誠二は帰宅するなり着替えをはじめた。街なかにあるライブハウスへ友人のライブを観にゆくのだ。
店では酒を飲むため、車ではなく電車をいつも利用する。この日も帰宅ラッシュで混みあう電車に揺られ街へと向かった。
車内の中吊り広告や壁面広告に目を向ける。芸能人スキャンダルが満載の週刊誌。格安旅行を案内するツアー会社。似合いの相手を約束する結婚相談所。そんな中、ひとつの広告が目に留まった。
『絵を描くとき それは想像が現実になるとき』
美術学校の学生募集広告だった。それを見るやいなや「これだ!」と誠二はひざを打った。
翌日、高校時代からの友人である加藤が経営する喫茶店に行った。加藤は趣味で油絵をたしなんでいるのだ。

ランチ・メニューを食べ終わり、用意されたコーヒーを飲みながら誠二が言う。
「あのさあ加藤、ひとつお願いがあるんだ」
「どうした?」
「おまえに絵を描いてもらいたくてさ」
冬に咲くひまわりが欲しい、と言った悦子の話を「なるほど。エッコちゃんはあいかわらずだね」黒いキャスケットにオーバーオール姿の加藤は、あごひげを擦(さす)りながら笑った。
これまでに幾度か悦子を連れて誠二は店を訪れている。
加藤は悦子の「独特な感性」を堅物な誠二よりも理解していた。なぜなら、まがりなりにも加藤は「芸術家」の端(はし)くれなのだから。
そして、梅干を食べたかのように眉間にしわを寄せるとこう言った。
「おれが描いてやってもいいけど、やっぱりおまえが描いたほうがいいんじゃないの? プレゼントなんだから」
「いやいや、絵なんて無理だよ俺には。ぜーったい無理」
「ばあか。絵っていうのはなあ、上手い下手じゃないんだよ。たいせつなのはここだよ、ここ」
そう言って加藤は右こぶしでぽんぽんと左胸を叩く。
「たいせつなのは心臓なのか?」
「あはは、ばーか。それによお、ビギナーズ・ラックって言葉があるだろ。賭けてみるのも、おもしろいんじゃない?」
ラックになにを引っ掛けるんだろう。誠二は思った。

?Bに続く

No.1617 - 2021/12/10(Fri) 00:11:29
《冬のひまわり》?@ / 淳吉郎
週末のデートが終わり、誠二は悦子のうちの玄関前に車を駐(と)めた。
十二月最初の日曜日。あたりにイルミネーションの明滅する家屋がいくつか見受けられる。
助手席の悦子にお別れのキスをすると誠二は言った。
「ねぇ、エッコ。今年のクリスマス・プレゼントには何が欲しい?」
フロント・ガラスの向こう側でちかちかと灯る青い光。それを見やりながら、悦子はこう答えた。
「そうね……あたし、冬のひまわりが欲しいわ」
「は? どうしてひまわりが冬に咲くんだよ?」
「んーん。あたし、見たことがあるの」
首を横に振りつつ悦子はまじめな顔で言った。
「うそつけ」
「ほーんとよ」
本当なのか、嘘なのか。本気なのか、冗談なのか。悦子はいつもこんな感じだ。

誠二は二十四歳、悦子はひとつ年下の二十三歳。つきあい始めて丸三年が経っている。
出会いはライブ会場だった。誠二がギターを担当しているロック・バンドのライブに、悦子は客として来ていた。
終演後、誠二のほうから声を掛けた。理由は至極簡単、悦子が着ているTシャツにボブ・ディランのアルバム・ジャケットがプリントされていたからだ。
「こんにちは。はじめまして。今日はありがとう」
あたかも俳句を詠(よ)むような口調だ。女性に声を掛けるのはもともと得意なほうではない。
「あ、おつかれさまでした」
「カッコいいTシャツ着てるね、ディランの二枚目『フリーホイーリン』」
「うん。あたし、ジマーマンの顔が好きなの」
ディランとは言わず、同級生のように彼のことをジマーマンと本名で呼んだ。多くの人間がディランの歌詞や声を褒(ほ)めそやすなか、第一声で「顔が好き」と言った。
風変わりなコだな。誠二が抱いた最初の印象がこれである。

帰り際に言われた「冬のひまわり」のことが頭から離れない。シャワーを浴びて、ふとんにもぐってからも、脳内の銀幕スクリーンに写しだされているのはその七文字だ。
「あのとき、あたし見たことがある、たしかにエッコはそう言った。もしかして、夢で見たことと現実がごちゃまぜになっているのかも。ま、いつものことだけど」
誠二は微笑(わらい)ながらひとりごちる。
「でも、たとえ夢だったにしろ、今回はそれを現実にしてあげたいなあ」
クリスマスは大の大人でさえ、ロマンチックにさせてしまう。
翌日からあたらしい一週間が始まったが、誠二は気が気でなかった。仕事をしていても、七文字が頭のなかを歩き回っていた。裸足(はだし)のまんまで。
アイデアがなかったわけではない。たとえば南半球へ旅行するとか。
しかし、赤道以南への旅行を今から計画するのはどだい無理な話。百歩ゆずって現地に行ったとしても、その地は夏。咲き誇るひまわりを見た悦子が「これは夏のひまわりでしょ」と冷静に指摘する顔を、誠二は容易に想像できた。そしておそらく、自分も気の利いたセリフでその場を立ち回れないであろうことも。
ひまわりの実物をあっちから輸入することも考えたが、植物防疫法というものがあり、あえなく却下。むしろ「世の中にはいろんな法律があるもんだなあ」などと、感心している誠二がいた。

?Aに続く

No.1616 - 2021/12/03(Fri) 00:07:42
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